エンジュール暦3012年3月1日
この日、ついに長年の夢がかなった。約200倍という激戦区を潜り抜けて、僕は光翼人の護衛騎士試験に合格したんだ! 夢じゃないかと、家族に何度頬を引っ張らせたか分からない。あまりに興奮していると、普段はやらない事にまでやってみようという気分になる。いい機会だから、日記をつけることにすると言うと、母さんがとってもアンティークで、とっても分厚い日記帳をよこしてくれた。なんでもその手の店を何件もはしごして見つけた逸品物とのことで、背表紙も中身も特殊な合成繊維を原料にしていて、こんな古臭い見た目でも1000年くらいなら読む分には十分耐えうる状態を維持できるとか。
まったく、ありがた迷惑この上ない。1000年も日記が残ると思えば、下手な事なんて書けないじゃないか。いきなり出端をくじかれてしまった。
エンジュール暦3017年4月14日
いくら日記帳が立派で、下手な事を書くのは憚れる、といっても二ページ目に手を付けたのが5年後だった。というのは酷すぎだ。5年前の自分がこの事実を知ったら驚き呆れるだろう。三日坊主ですらないとは何事だ、と。でも仕方がないんだ。この5年間は本当に忙しかったんだから。
どんな仕事だって慣れないうちは大変だろうが、この護衛騎士というお役目ときたら、新人だろうが言い訳無用とこき使われる大変な激務なんだ。まあそこらへんはなる前から分かっていたことだし、やりがいもあるから文句はないんだけど。
とにかくようやく仕事にも慣れて、休みの時間もちょっとだけどとれるようになってきた。これからは、ちょくちょく日記を書けると思う。
エンジュール暦3017年6月9日
珍しく定時であがれたのに、これといった出来事もないので何も書くことが無い。困った。何か起きないかな
エンジュール暦3017年10月25日
まさかこの前の不謹慎な日記を書いた罰が当たったという訳でもないだろうけど、ここのところ、気になる運動が広まっている。精霊石を研究して、人工の精霊石を作ろうという運動だ。
精霊石のエネルギーが僕たちエンジュール人のあらゆる活動に用いられているのは今更言うまでもない事実だけど、実のところ、あの大して大きくもない精霊石がなぜ僕たちの贅沢な暮らしを賄って余りあるほどのエネルギーを生み出すことが出来るのか、まったく分かっていないんだ。無理もない。なぜなら有史以来、精霊石について本格的に調べられたことはないのだから。
分かっていることは、精霊石が莫大なエネルギーを生み出し、そのエネルギーが僕たちのありとあらゆる活動に転用できるという事だけだ。
例えていうなら、精霊石のエネルギーとは自動車のようなもので、僕たちは自動車の操縦方法は知っているから自動車(エネルギー)を与えられれば歩くよりずっと早く、楽に、快適に目的地に到達できるという恩恵を受けられるわけだ。
ところが自動車の構造(エネルギーを生み出す原理)となると誰も知らないので、もし自動車が故障(エネルギーの供給停止)してしまうと僕たちはお手上げだ。前述の運動が問題にしているのはまさにこの点で、いつまで不確かなエネルギー源に
なんとも感心できない動きだ。
エンジュール教の教典にもあるじゃないか。
精霊石を疑うなかれ。
精霊石は人と精霊の絆の証なれば、精霊石を疑うは絆を疑う事である。
精霊石を詮索することなかれ。
精霊石は大いなる神の御業がつくりしもの、卑小なる人の器で計り難きもの。
精霊石の光は、我々の心を映し出す光。正の思い多かれば、我らにあまたの喜びもたらし、負の思い多かれば、我らにあまたの悲しみをもたらさん。
と。
人と精霊の絆の証である精霊石を、片方が都合のいいようにいじりまわして
精霊石の力で僕たちエンジュール人は大いなる発展を遂げてきたのが、国が豊かすぎるというのも考え物だ。最近は教典を紙屑並みに粗末に扱って平気な顔をしている無頼漢がそこかしこにのさばっている。そういう連中に説教しても、やれ非科学的だの。価値観は人それぞれだの。ものの見方は時代によって変わるだの。もっともらしい理屈を吐いて正当化するんだ。全く、口ばかり達者な連中だよ。
無き父が常々、最近の若いのは不信心者ばかりだと愚痴るのにウンザリしたものだが、今にして父の思いが分かる。僕も年を取ったということか。いや、まだ若いけどね。
エンジュール暦3018年6月16日
最近は胸糞の悪いニュースが続いている。
精霊石のエネルギー転換がうまく行われず、生命維持装置が機能停止したために、生まれつき重度の疾患を抱えていた子供が急死してしまったのだ。残念な話ではあるが、どうしようもない。我々の本来の医療技術では、あの子供を生かすことはできないのだから。
精霊石の加護というのもある意味悩みの種で、本来なら一生病院のベッドで寝た切り生活を強いられる人間が、日常生活を送る分には何不自由なくやっていける。しかし今度のようにちょっと不具合を起こしてしまうと、たちまち命の危機なのだ。
タチが悪いのは、この一件がきっかけで、精霊石を研究すべしという主張が、前にもまして勢いを見せてきたのだ。そのような主張は、有史以来幾度となく繰り返されてきたが、エンジュール教最大の禁忌ゆえにその主張が大多数の賛同を得ることはなかった。これまでは。今度もそうであることを願いたい。
エンジュール暦3019年2月22日
認めたくはないが、精霊石を研究すべしという動きは着実に市民権を持ち始めている。全く腹立たしい事に、奴らの主張に共感を示す護衛騎士もちらほら出てきている有様で、今日もとある新米の護衛騎士が「光翼人様も頑固すぎる」とプライベートではあるが愚痴を吐いた事実が発覚した。
事情を聴きだすと、これもやはり精霊石のエネルギー転換の不具合に端を発しており、生命維持装置が停止して死んでしまった娘を嘆き悲しんだ母親が、お願いですから精霊石の研究をさせてくださいと光翼人に平身低頭して頼み込んだが断れたのを間近で見て憤慨したからだという。
この件は内々に処理されたので日の目を見ることはないだろうが、護衛騎士の間でも精霊石の扱いに関する意見は相当に温度差が生じている。職場の空気は随分悪くなってしまった。
エンジュール暦3020年11月3日
精霊石を研究させてほしいという動きは、あらゆる立場から僕たち護衛騎士や光翼人に寄せられている。しかしエンジュール教の禁忌を破るわけにはいかない。僕も何度も諌めはしたものの、もはや効果なく、本日ついに精霊石を研究すべきか否か。一年後の国民投票にてその信が問われることに決まった。
国民投票の結果は、わが国のあらゆる法や教義に優先する。たとえエンジュール教最大の禁忌といえど、いかに光翼人が拒否しようと、国民投票で精霊石を研究すべしという主張が支持されれば強制的に精霊石を取り押さえる事態にもなりかねないということだ。
報道機関による世論調査では、どこもかしこも研究支持派と研究否定派が拮抗しており、まったく先行きが見えないという。しかし世論調査とはいえ、精霊石を研究すべしという主張が半数に届くなどエンジュール史上初の事だ。このままで済むとは、到底思えない。
エンジュール暦3020年12月26日
……この事実を、日記に残す事に躊躇いがないわけじゃない。もしこの日記が、白日の下に晒されるような事になったらと思うと考えるだに恐ろしい。でも僕の護衛騎士としての
今日、護衛騎士長が開口一番、護衛騎士のなかでも特に信頼できると思った者たちをこの場に集めたと言われた。他言無用の重大な任務を任せたい、と。
ローザス、ジェニングス、ケチャ、テパ。誰も彼も敬虔なエンジュール教徒で、光翼人への忠義と赤誠もまた、ひとかどの傑物達だ。そのような
「今度の選挙に勝つために、卿らには根回しをしてほしい」
エンジュール暦3021年11月4日
国民投票本選が終わった。結果は326万3100対326万3008。僅か92票という差で、精霊石はこれまでどおり不可侵の対象とされることに決まった。
研究否定派は喜びに満ちて仲間たちと抱き合っているが、僕はそれに加わる気にはなれない。もっと大差で勝っていれば、僕らの不正が勝敗を決めたのではないと言い訳もできたのに。
エンジュール暦3023年8月31日
選挙という、穏健な方法で自らの主義主張を実現する可能性が失われたことを悟った研究支持派の急進勢力は、ひそかに各地のシンパたちと連絡を取り合い、決起の準備を始めていたようだ。
本日
反乱分子は西エレンシアのケド市・サジュ市・サパタ市・ナレ市、東エレンシアのカボ市・ビダ市・マニ市の7都市で決起。同都市群は本日
エンジュールの主要都市は動揺した。
どこも精霊石の扱いに関して意見が割れているのは前述の通りだが、反乱分子の電撃的な侵攻を受け、もともと深まっていた研究支持派と研究否定派の対立は一層深刻なものになり、各地で小競り合いが生じ始めている。止めに入った警官達まで二派に分かれて相争う始末だ。
このような状況では軍隊も迂闊に動員できない。反乱の鎮圧に向かうどころじゃない。僕たちは、完全に身動きが取れなくなってしまった。
エンジュール暦3024年3月4日
反乱分子の勢いはすさまじい。もとからして精霊石を研究しようという動きが強かった西エレンシア大陸では、この半年でほとんどの都市が陥落ないし反乱側に立って決起。大陸南端では、研究否定派の同志たちがツインタワーに籠って必死の抵抗を続けているがそれもいつまでもつか分からない。
しかし明るいニュースもある。
同日、西エレンシア大陸の反乱分子鎮圧のため、空中都市ジールパドンで運用試験が済んだばかりのゴーレム軍団を中核とする大規模な遠征部隊の出動が決定した。からくり人形に人間同士の争いのケリをつけてもらうというのは何とも情けないが、軍も警察も信用できない現状では他に有力な戦力が存在しないので致し方無い。
とにもかくにも、ツインタワーの攻略に手間取る反乱分子の背後を襲い、挟み撃ちで同地の反乱分子の主力を一気に殲滅するという壮大な作戦の火蓋は切って落とされた。残念なことに、僕はその大作戦に加わる事なく本土に残留するよう命じられてしまったけれど……。
エンジュール暦3024年3月9日
悲しむべき知らせだ。
西エレンシア大陸の反乱鎮圧の為のゴーレムを輸送する大船団が、内海で大嵐に遭い全滅した。連絡が途切れる前、船団の風力計はほぼ最大値となる11を示していたという。内海でそれほどの嵐が生じるなど、過去の記録にもない。
おそらく、かの地の天候操作装置である
このすさまじい大嵐では輸送用の飛行機も船も限られた特殊なものしか耐えられないし、船や飛行機が無事でも中の人間が耐えられない。
もはや西エレンシア大陸の反乱は手のほどこしようがない。僕たちに、かの地の反乱を鎮圧する武力が無いわけじゃない。兵器や人間を、かの地に送る手段が実質的になくなってしまったのだ。
エンジュール暦3026年1月10日
この日ついに、西エレンシア大陸最後の抵抗拠点・ツインタワーが陥落。かろうじて脱出に成功した同志の報告は、僕たちの居を正させるに十分なものだった。
(……不意をうたれて幾つかの都市を失陥したとはいえ、決起当初の彼らは精霊石を奪取するという目的だけを共有した、烏合の衆に毛の生えた程度の存在でありました。それが今では、西エレンシア大陸各地での戦闘で入手した装備と戦訓によって、頭目から末端の兵卒に至るまで指揮命令系統・役割分担が完全に一本化された正規軍に勝るとも劣らない精鋭軍団へと変貌をとげております。もはや彼らは雑多な反乱分子の集団などではありません。「反乱軍」と言ってよいでしょう。本土の同志よ、ゆめゆめご油断なされぬよう……)
エンジュール暦3030年5月21日
もはや劣勢は覆しがたい。
西エレンシア大陸から押し寄せる反乱軍の大船団が、東エレンシア大陸各地の反乱軍の大部隊が、津波の如き勢いで首都に迫ってくる。
同日
要所要所に配された
僕と、僅かに残った同士達の運命も、最後にきたようだ。
補足説明
ゴーレム
原作中盤(後半?)ジールパドンの地下遺跡に出てくるアレ。YoutubeにあるグランディアのOPムービーにも出てくるので要チェックだ!