エンジュールの落とし子   作:言巫女のつづら

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久しぶりに読み返してみたら続きが書けました。


人間びいきの堕天使様

 世界のどこか。この世界の人間は誰も知らないその場所で、種々雑多な計器で埋め尽くされたその部屋で、二人の少女は目の前に映し出された立体映像を食い入るように眺めていた。

 

"刮目せよっ!! これが私の、最初で最後の全力全壊ダぁっっっ!!"

 

「シスター32、ここで停めて。それから精霊石を拡大投影して」

 

 シスター32と呼ばれた、幼少に見える方の少女が……始祖リブラより数えて32代目のリブラが計器を操作する。

 

「やはりシスター18のケースも他と全く同じです。ガイアを封印する際、精霊石は7つに砕けます」

「どうしていつもいつも、7つに砕けるのでしょう……」

「結果から逆算すれば、精霊石はもともと7つの独立した存在と考える他ないでしょうね。精霊石は一つ一つでも強大な力を持っていますが、一つにまとまることで更に強力な力を発揮するので、いつの時代どの文明も時間差こそあれど結局7つ全部集めてしまう。ガイアの封印時に7つに分かれるのは、それがもともと7つであって、封印の瞬間の強力な外圧によるものと推測されますが……。いかがでしょうか、シスター31」

「一番ありそうなこととして、私もそれは考えました。シスター32」

 

 シスター32の見解に、シスター31と呼ばれた年上に見える方の少女がうなずいた

 

「でもそうなると、今度はこれが分からなくなります」

 

 シスター31は、拡大投影された精霊石の表面をなぞった。非常に微細だが、文字のようなものが確認できる。解読はできないが、どこか規則性が見られる。しかも、年月を経るごとに、その数は増えていた。

 

「エンジュール絶頂期の、超高精度顕微鏡でようやく判別できるレベルです。人間が書き込んだわけではなさそうですね」

「かといって、精霊石がどれだけ強力な力を秘めていようと、自然物が自ら文字を書き込むなんてあり得ません。となると、精霊石は何者かの手によって作られた人工物で、何かのきっかけで文字が刻まれると考えるのが妥当ではあるけれど」

「人工物だとすると、事の始めから精霊石をひとまとめにしておけばいいという疑問が生まれますね」

 

 独立した複数のシステムが合体強化、というのは創作的には興奮を呼び覚ますものだろうが、現実的には不合理な面が大きすぎる。分散時は独立して行動する機能、合体時は端末して行動する機能、最低二つを併せ持つ必要があるからだ。しかしそうなると片方の機能が作動中、もう片方の機能は完全なデッドウェイトとなる。実用上は更に、互いの機能が干渉し合って不具合を起こさないよう調整する機能も必要になろう。

 精霊石が本当に人工物だとすれば、創造者はあまり利口とは言えない。

 

「リスク分散、という観点からも合体時は一つにまとまっていて、当然衝撃が波及するわけですから、あまり意味はありませんね」

「まあ創造者にも色々いるのでしょう。精霊石が7つに分かれるのも実用性を度外視して趣味に走った結果なのかもしれません」

 

 シスター31は自らの身体に思いをはせる。本来ガイアと戦う事を目的に作られた自分達リブラは、その目的達成のためには全く不要な生殖能力を始祖の時代より変わらず受け継いでいる。自分達もまた不合理の産物である。しかしその不合理は、シスター31にとっては心地よいものだった。

 

「シスター32、この精霊石に刻まれた文字をなんとか分析できませんか?」

 

 シスター32は力なく首をふる。

 

「無理ですね、このラボではこれ以上精密な検査はできません。専門の施設があるところでやらないと」

「そんなところ、この世界のどこにあるというのです?」

 

 質問してみたが、実のところあてはあった。

 

「言わずともおわかりでしょう? 地上にはありませんが、天空にならあるかもしれませんよ」

「アレントですか……」

 

 シスター31はため息をついた。あそこへ行くのは気が進まないのだ。

 

「微弱ですが、生命反応があります。エンジュール人の末裔が生き残っているのかもしれませんよ」

 

 そうと聞いても、シスター31の心はときめかない。偉大なる父や慈悲深き母と同じ一族とはいえ、精霊至上主義が行き過ぎて、その父達から愛想をつかされた連中なのだ。

 

「気分転換ついでに、少し日にあたってきます。アレントに行くかどうかは、それから考えます」

「シスター31、問題を先延ばしにするのは貴方の悪い癖ですよ」

 

 耳に痛い言葉を聞こえないふりをして、シスター31はラボから消えていった。

 

 

 

 

 栄えては滅び、栄えては滅びを繰り返して今この時代に再び勃興した人類の文明は今のところ素朴な水準にとどまり、ガイアも目覚める事なく世界は平和を享受している。シスター31はそんな平和な世界の人類社会をうろつくのが密かな趣味となっていたが、

 

「ねえねえ貴方! 一体どんな化粧使えばそんな綺麗なお肌になるの!?」

「ようよう、そこの美少女! 俺と遊びに行かねーか?」

 

 ナノマシンの容姿最適化により、いつどこに行っても注目の的。男は虫のように集まり、女には妬みの声か美容の秘訣を尋ねらるかの毎日だった。

 

(平和なのは良いことですし、容姿を褒められるも気分が良いのですが、これでは落ち着いてお散歩もできませんね。少し人里から離れますか)

 

 人気のない山道を気の向くまま進み、町をはるか遠くに見下ろす丘の上でシスター31はようやく一息ついた。その丘には、黒い翼を広げた、堕天使とも悪魔とも思える、しかしそれにしては人々の尊崇を集めているのか、そこかしこに供え物が置かれた立派な像が鎮座していた。

 シスター31は像の前にひざまづき、ナノマシンの整形によって一目見てわかるほどに大きくなった耳をさすってから、頭を深く垂れてつぶやいた。

 

「……シスター26。貴方が救った子供たちの子孫は、元気にやっています。貴方はこんな像を立てられて、嫌がっているでしょうね。でも貴方もいけないんですよ? 止むを得ない事とはいえ、人前で翼を発現してしまったのですから」

 

 シスター31の脳裏に、シスター26……第26代リブラの生前の記憶が蘇る。恐慌状態に陥った同胞達に虐殺されていく人間たち、その姿は奇妙だった。頭から角が生えている人間、耳が異常に大きい人間、もはや人間と言うよりも獣人という言葉のほうがしっくりくる人間、そんな奇妙な容姿をした人間達が虐殺されていく。

 ガイアによる直接的な災厄以外では、最大級の惨事。その過去にシスター31が思いを馳せていると背後から声がした。

 

「もし……、そこの、十人並みのご婦人」

「!?(じゅ、じゅうにんなみ!? こ、この私が!?)」

 

 シスター31はうろたえた。彼女の名誉のために付け加えておくと、彼女は決して「ああん!私ったら傾国の美少女!」とか思っていたり、鏡にうつった自分の顔を見て日々悦に浸っていたりしているわけではない。

 彼女の容姿は生体細胞内のナノマシンにより、その時代その世界の美的感覚に適合するように整形されるのだ。だからたとえ彼女の容姿が好みから外れる人間がいたとしても、ブス専だったとしても、彼女は美人でないと思う人間などいるはずないのである。

 

(い、急いでラボに戻ってナノマシンの調整をしなくては)

 

 シスター31は、目の前に立つ見慣れない衣装をまとった女性のことなど気にもかけず、帰り支度を始める。彼女にとっては、容姿が平凡と言われたことより、ナノマシンの整形システムに不具合が起きている可能性の方がより重大事であった。

 

 しかし彼女は決定的な思い違いをしている。

 ナノマシンに不具合があるとか、相手がブス専とかそれ以前に常識的に考えれば、見ず知らずの人間に開口一番このような失礼な言葉を吐く人間は相当な世間知らずかコミュ障である。

 

「あの……、私はアレントのリエーテ。少しお尋ねしたい事があるのですが」

 

 目の前に立つリエーテは、生まれてこのかたアレントから出たこともなければ、友達もだーれもいないので、自分のコピーを作りまくって寂しさを紛らわす気合の入った引きこもり。そして不幸にしてシスター31も、生体部品に悪影響が出ない程度に外の世界で運動したり、人間の町を遊び歩いたりはするものの、基本ラボで精霊石の研究をしたり後継のシスター32の育成をしたりする時間の方がずっと長く、リエーテよりはましであるにせよ彼女もまたヒッキーであった。

 

「……あの、お尋ねしたいことがあるのですが」

「私も尋ねたい事があります! 私のラボへ帰るにはどのルートが一番早いでしょうか!?」

「はい?」

 

 今度はリエーテがうろたえる番である。見ず知らずの人間が、お前ん家の住所なんて知るわけないだろ。

 世間知らず二人の、パスボールの投げ合いであった。

 

 

 

 

「私はリエーテ、アレントの神官です」

「私はシス……ではなく、リブラ。リンゴのリ、にブラジャーのブラ、です」

「あの、リブラさんは殿方にもそういう自己紹介をなさるのですか……?」

 

 とりあえず落ち着いて、お互い自己紹介をやり直す事にした二人。驚くべきことに、社会不適合レベルはシスター31の方が上らしい。

 リエーテよりはましといったな。あれは嘘だ。

 

(うっさいわね、私の素性を明かす訳にはいかないのよ)

 

 しかしそれにしても、もう少し適当な肩書きが思いつかないものか。

 

「私の自己紹介はどうでもいいです。それより貴方、リエーテと言うんですか。……どこかで聞いたような。ん? アレント!?」

「はい、アレントです。お空に浮かんでいる神殿です」

 

 リエーテ、自分がアレントからやってきたこと、アレントのエンジュール人によってつくられたことなど第一級の機密情報をペラペラ喋る。自分のコピー相手とのむなしい一人芝居とは全然違うリアクションが返ってくるのがうれしいらしい。

 目の前の女性が、コピーの淡泊な対応とは百八十度違った食いつきをしてくるのは、リエーテと自分が、両親の離婚で生き別れになった姉妹みたいなものだと気づいたからだという事は知らずに。

 

(確かに、私が受け継いだ古い記憶の中に、リエーテという名のコンピューターウィルスをアレントに逃れたエンジュール教原理主義者が作ったとありますが……。そこからここまで私に近しい存在を作り上げるとは。フッ、さすが腐ってもエンジュール人。お父さまと同じ一族なだけはありますね)

 

「でもそのアレントのリエーテさんが、どうして地上に?」

「はい……どうにも解せない事がありまして」

 

 リエーテが語るところによると、彼女はまだ実体を持たなかった、電脳空間上の存在でしかなかった頃からずっと地上を観察してきたらしい。その長年にわたる地上観察で、奇妙な現象に何度も出くわし、その理由が何なのか、調べるために下界に降りてきたそうだ。

 

「ガイアがこの世に顕現してからというもの、ガイアの封印が解かれるたびにいくつもの文明が崩壊に瀕しました。しかし最後はいつも必ず、ガイアは封印されてギリギリのところで人類は生き延びるのです」

「それは、いい事じゃないんですか?」

 

 悪くはないが、よくもない。生き延びても、ボロボロになった文明を再建できず、結局エンジュール人のようにほどなくして滅んでしまうのだから。

 

「ええ、それ自体はいいことです」

 

 いいのかよ。

 

「ですが……。ガイアの封印には双子の光翼人の力が絶対必要なのです。それなのに光翼人の片方が封印前に倒されてしまい、もうどうしようもなくなってしまったケースが何度もありました。その……こう言っては何ですが、ガイアを封印するという大役を担うには、不適格ではと思うようなご婦人方が光翼人に選ばれることも多々ありまして」

 

(そうでしょうとも。私の記憶にある歴代の光翼人も、精霊に媚びを売るしか能のない連中ばかりでしたから。シスター18とコンビをくまれた方は、とっても清々しい人でしたけど。あんなのに出会うなんて宝くじあてるようなものですからね)

 

「そのような……ガイアを封印するには明らかに力不足な光翼人の片方が倒れてしまい、もうどうしようもなくなって、見続けるのが辛くなって、しばらく下界から目を背けて、覚悟を決めて見直すと、いつの間にかガイアが封印されているのです」

「それはおそらく、黒き翼もつ審判の巫女のお力によるものですね」

「黒き翼もつ、審判の巫女?」

「ええ。この辺りには古くから伝わる、黒翼教という伝承に登場する世界の守護者です。ほら、この像がその審判の巫女を模したものですよ」

 

 シスター31は、像を指さす。

 

「黒翼教の伝承にはこうあります。欲深き人間が身の丈をわきまえず精霊石を自らのものにしようとした時、精霊石はガイアへと姿を変えてこの世は死の世界と化しました。しかし、諸悪の根源である人間ばかりか、大地も、海も、草木も、獣まで死に絶えていくことを嘆き悲しんだ神々が、黒き翼もつ審判の巫女を生み出し世界の守り手とした、と。審判の巫女は大地、海、そして動植物ばかりか我々罪深い人間にまで深い憐憫の情をお示しになられ、光翼人の力をもってしてもガイアの暴走を止めらない時、世界と人類の滅亡を防ぐため現れると言い伝えられています」

「まあ……。光翼人を崇める教えは世界各地にありますが、そのような特異な教えが広まっていたとは、初耳です」

 

(そらそうでしょうよ。アンタは普段アレントに引きこもってるし。私が出撃するときはアレントからは見えない様に、雨月の塔を天候操作して曇らせているもの)

 

「まあそんなわけで、この辺では光翼人より審判の巫女の方がありがたがられているのです。天使みたいなものですね」

「ですがこの像の黒い翼……、随分と禍々しいですね。天使というよりも、堕天使か悪魔の方がしっくりくるような」

 

(大きなお世話よ)

 

 シスター31、さすがに今度の失礼な言葉には素直にイラつく。

 

「戦いの神や天使なんて、大概こんなおどろおどろしいもんですよ……」

 

 自分で言っててちょっと凹むシスター31。普段は発現せず実態もないせいか、この翼だけはナノマシンによる整形が働かない。

 

「そんな怖い見た目でも、信心は集めているのですね」

 

(こいつは一々失礼な発言をポンポンと……。さすがお父さまが距離を置いた連中が作っただけあって、私も好きになれません)

 

「それはそうですとも! 何せ切り札の光翼人でも勝てなかったガイアを倒すんですから! その時点で光翼人より格上の存在ですよ」

 

(まあ最後の始末は光翼人の片割れにやってもらいますけど)

 

 それにしてもシスター31、ノリノリである。それもそのはず、当代の黒き翼もつ審判の巫女は重度の廚二病患者であり、この二つ名を結構気に入っていたりするのだ。

 

「……でも、その審判の巫女様は、随分と人間に甘い天使様なのですね。精霊や光翼人から精霊石を奪った諸悪の根源である人類まで救おうとするなんて」

 

 代々人間びいきであるリブラの額に、青筋が走った。

 

「私に言わせれば、諸悪の根源なのは人間ではなく精霊だと思いますけどね」

 

 その言葉に、リエーテは驚いて目を見張る。

 

「なぜです?」

「人間に、精霊石の力を見せつけたからです。精霊石の力がエンジュールを繁栄させた。エンジュールの富を無尽蔵なものにした。人間は本能的に豊かになりたがるものです。それほどの富をもたらす精霊石をいつまでも光翼人から間借りするだけで満足していられるはずもありません。必ずや自分達の手元に置こうとするでしょう」

「しかし、エンジュールは滅びました。後世の私たちはそれを知っています。精霊石を手にする危うさを、考え直すのでは?」

「確かに考え直していますね。我々はエンジュール人のような失敗はしない。もっとうまくやると。自分達だけは利口だと思って、結局精霊石に手を出しては失敗に終わる。その繰り返しではありませんか」

「その負の連鎖も、いつかは終わると信じています。人間はいつまでも同じ過ちを繰りかえすほど愚かではありません」

「繰り返しますよ。きっと」

 

 シスター31は、冷たく突き放した。

 

「人間が、そこまで愚かだと思うのですか? リブラさんは」

「思いたくはありませんが、そういうものだと思っておいた方がつまらぬ期待をせずに済みます。個々別々になら、立派で聡明な人間も確かにいるでしょう。しかしそういう人間ですら、自分達の子供のためとなればどれだけ愚かな選択肢でも選ぶ。鬼にも悪魔にもなれる。エンジュール人が滅びの道を選んだきっかけもそうだったでしょう?」

「……リブラさん? あなたは何を言って?」

「ああ、そうでしたね。貴方は知らされていないのですね」

 

 シスター31は自分の中の古い記憶を辿り、コンピューターウィルス時代のリエーテは精霊石研究支持派を弾劾する言葉しか発していない事を思い出した。エンジュール教原理主義者どもは、自分達にとって都合の悪い情報をはなからリエーテに伝えなかったのだろう。

 

「話を戻しましょうか。私が精霊をそもそもの因と断じるのは、精霊たちが子供の目の前で飴をちらつかせるのと同じ愚を犯したからです。どれだけ物分かりのいい子でも、遅かれ早かれ手を出してしまう。それが子供というものでしょう? 子供に強すぎる力を与えることの危うさに、精霊は思いを馳せなかったのでしょうか」

 

 リエーテは、何も言い返せなかった。相反する二つの感情に、彼女は混乱していたからだ。

 リブラの主張は単なる逆切れでしかないという思いと、未熟な人間にとって精霊石は過ぎた力であるのは否定しきれない思いが、リエーテの中で複雑に交差していた。

 

「リエーテさんは、審判の巫女が人間びいきだと思っているようですね」

 

 シスター31は、さらに追及する。リエーテは、目の前の得体の知れない人物の問いにただ頷くしかない。彼女の中のなにかが警告を発する。この女は危険だと。

 人間にしか見えない。しかし古代エンジュール人により定義された人間よりもずっと聡明で、人間を弁護する一方で人間を見下してもいる、慈悲と冷酷の混沌のような、理解しがたい存在が目の前にいると本能が告げるのだ。

 

「確かに人間は、弱くて、愚かで、そのくせ中途半端にものを考える頭があるので、身の程を知らず大それたことをしようとして世界を壊す。欠点だらけの生き物です。だけどそんなどうしようもない生き物だから、愛おしく思ってしまう。どうしようもない生き物だから、やる事成す事裏目に出る。それが哀れでならない」

 

 シスター31は、継ぎ接ぎだらけの古めかしい本をリエーテに手渡した。

 

「善意あふれる動機ではじめた事も、結局終末時計の針を速めるだけにしかならなかった。そんな人間の絶望を、貴方にお見せしますよ」

「これは?」

「1000年前の古文書です。当時のガイア再臨の混乱の後の顛末を記しています。心して読むことです」

 

 

XXXX年09月14日

 きょうもまた、新しく生まれた子に異常が見つかった。頭から角が生えていて、耳がおとぎ話のエルフのように細長くとんがっていて、しっぽまで生えている。

 私は有無を言わさず、その赤子を妊婦から奪い取って処分するよう命じた。かわいそうだが、やむをえない。今に残る古文書「夜明け」にも、ガイアの暴走後、人間が獣化して、人々を襲ったとある。並の人間では太刀打ちできないともある。そんな連中を野放しにしておいたら、戦士も数えるほどしかいなくなった今の我々の手に負えるはずもない。右も左も分からない赤子のうちに処分するしかないのだ。

 鬼畜生にも劣る振舞いだと自覚している。それでも我々の文明社会の再建を阻む異常児は、一人たりとも生かしておけないのだ。

 

 

「これは……!」

 

 一読したリエーテは、青ざめながらシスター31を見つめた。

 

「その記録にある「夜明け」とは、古代エンジュール同様、ガイアによって滅ぼされた先史文明が、ガイアの影響で異形の徒と化した人間の経緯を記したものです。彼らは、後世の文明社会がガイアを再臨させてしまった時、封印に成功しても必ずや生じる社会的混乱から立ち直り、迅速に文明社会を再建できるよう、手ほどきを残そうとしたようです」

 

 シスター31の頬を涙がつたう。

 

「それが、善意で作られたものである事は間違いありませんでした。自分達が滅びようとしているのに、後世の人類の事を思いやるなど、なんといじらしい事でしょう。しかし長い年月を経る内に記録が散逸してしまい「どのような魔獣に変化するにしても、ガイアに侵されたものは必ず紫色になる」という最も重要な部分が失われ、「とにかく獣化が始まった人間は危険である」と受け取られてしまいました。ジールパドンの核融合炉から漏れ出した放射能の影響で、亜人化したにすぎない幼児の大量虐殺を招くという、本来の意図とは全く逆の使われ方をされる事になったのです」

「……」

 

 シスター31は歯嚙みした。当時のリブラはガイアとの抗争で深手を負い、ラボに引き返すのがやっとの体であり、欠損した情報を曲解して同族の虐殺を繰り返す人類を、ただ眺めることしかできなかった。跡継ぎを緊急出動させて、僅かばかりの亜人を救いはしたものの、ダムの水を柄杓でかき出すようなものに過ぎなかった。

 

「彼らが過ちに気づいた時は、もう手遅れでした。彼らは自らの業の深さを呪いながら、自らの短慮を嘆きながら、絶望と共に集団自決を遂げました……」

 

 泣きじゃくるシスター31にかける言葉が見つからず、リエーテはただふるえる手で古文書を閉じる事しかできなかった。

 

「精霊石を光翼人から奪ったからといって、なぜ彼らはここまで悲惨な目に遭わなければいけない? 人間が愚かだから? 人間が悪だから? ならばそんな人間に知恵の実を見せびらかした精霊は悪でも愚かでもないと言うの!?」

「で、ですが……」

 

 この期に及んでも抗弁しようとするとリエーテに、シスター31はこれ以上話しても無駄だと悟る。目の前にいるのは、エンジュール教原理主義者どもによって刷り込まれた思想に染まりきった存在なのだ。

 

「リエーテ、アレントから人間の営みを見守る事しかしない貴方はいつまでもそうしているといいわ。私はどれだけ絶望の中にあろうと愚かな人間と共に生きる、決して彼らを見捨てたりしない!」

 

 激情のままに叫ぶシスター31の背中から黒い光が立ち上りはじめた。光はどんどん増していき、ほどなく羽を片形作る。

 

「リブラさん、あなたは……!」

「私は31代目のリブラ。 この時代の、黒き翼もつ審判の巫女!」

 

 驚愕の事実に呆然とするリエーテを尻目に、シスター31は大空へ羽ばたいていった。

 

 

 

 

「アレントには絶対行かない! ずぅぇーったい行かないっ!!」

「どうしたんです急に!?」

 

 その日、シスター32は生まれて初めて駄々っ子のようにわめく先代の姿を目の当たりにすることとなった。

 




・シスター31、シスター32
それぞれ31代目リブラ、32代目リブラを指す。世代交代を繰り返すうちに、姉妹を意味するシスターをお互いの愛称として用いるようになった。リブラの名前を捨てたわけではない。31代目リブラは歴代のなかでもやや激情家で、32代目リブラは歴代の中でもアレントに対する嫌悪感がやや弱い。


・亜人
ゲーム本編中盤以降、世界の果てより東側の世界に主に存在する種族。
角が特徴的なダイト族、ウサギのようなモゲ族など、一口に亜人といっても種族によって外見はかなり異なる。
本作ではリブラ(26代目)に匿われて大量虐殺から逃れた亜人たちが各地に散らばり、各種族の祖先になったという設定。
救出活動の際に黒翼を発現せざるを得ない状況もまま発生し、それがきっかけで亜人たちの間に黒翼教が広まる事になった


・黒翼教
黒き翼もつ審判の巫女、つまりリブラを崇める教え。
匿った亜人たちが一人前に成長するまで、リブラ(26代目)が口酸っぱくして繰り返した

「将来何があっても後悔しないよう(ガイアが復活しても後悔しないよう)、今の一日一日を精一杯生きなさい。生きる事を楽しい事ばかりではありません、むしろ辛い事(ガイア関係)の方が多いのです。ですから人生を修行と思い、何があっても(ガイアを叩き起こしちゃっても)絶望しないで(私が守ってあげますから)最期まで生きなさい(お母さまの生き方リスペクト)」

という思想がベースになっている。
リブラ自身も楽しい事(人間がガイアを復活させない)はこれっぽちも期待していないのがミソ。

「欲に負けるのが人間というものです」
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