その後、脱落者が出る度に班は再編を繰り返した。
そして予想通り、私と都、華太は常に同じ班だった。
再編の度に、私達をいがみ合わせ陥れようという、教官達の悪意に満ちた笑顔が浮かんだ。
坂元もその一人だ……。
だが彼らの目論見に反し、2度目の再編以降、私達は通常運転で問題行動は起こさずいつも通りに過ごしていた。
どういう心境の変化が起こったのか、華太が私と都の会話を割り入る程親密の仲になっていた。
私としてはそれで嬉しいのだが、最も喜んだのは都だ。
………新井と神宮司については班が違うので深くは詮索しないがこれだけは言える。
華太曰く「新井が無用な接触を避けたおかげだからか、訓練中の最低限の会話だけで済んでいる」との事だ。
やはり新井は馬鹿ではなかったらしい。
そうやった方がお互いに効率が良い事をいつの間にか学習能力を身に付けていた。
仁義と任侠がある華太も最初は学がなかったが、私と都に出会ったおかげで心を開いていった。
ある意味、それは私にとって願ってもない事だった。
今度は都と華太の成績争いが勃発し、互いにライバル視していた。
私と都の成績が下がる直前、華太は引き離しにかかるという事を繰り返した。
その影響だからか、『小峠班』は常に2位を取り続けた
神宮司がいる『新井班』の下の成績だ。
―――そして私達は、総合戦闘技術評価演習の時を迎えた。
「オイ!そっちはどうだ」
華太は焦りをせず冷静に怒鳴った。
他の連中も一斉に私を見る。どの顔にも不安がべったりと張り付いている。
私は手頃な石を運び、少し離れたブッシュへ投げた。
「――ッ!」
演習用のシリコン弾とは言え、当たり所によっては大怪我をする。
それを目に直撃したら失明は免れない。
湿度と温度も相まって、背中に汗が伝う。
「……」
「どうだった?鈴乃」
「ダメだ………完全に頭を押さえられている」
「クソ!」
華太は悔しげな表情を浮かび拳を地に叩く。
華太が悪態をついた。私もそうしたかったが都に「意味がないからやめろ」と言われやめた。
同じ班にいる班員達は焦りを出していた
休まずに歩いてたからな……無理もない。
「おい……どうにかならないのか!?」
「もう疲れたよ……」
不安げな班員に応え、私は背を預けていた。
岩の陰から、撃たれた方向を見る。
崖の上に重機関銃を備えた自動制御の露天銃座が見えた。
「………」
3班に分かれ、中継地点を破壊した後に合流した私達は、距離こそ最短だが、最も険しく困難な道を選んだ。
常識を逸脱したルートを選択する事で、軍事的障害を効率的に回避し、行軍に集中する狙いだった。
事実、行軍ルートに軍事的障害は殆どなく、目論見は成功した……かに見えたが最後の最後に罠に嵌ってしまった。
必死の思いで2昼夜殆ど休まずジャングルを踏破し、やっと回収ポイントの目と鼻の先にたどり着いたと思った矢先に目の前にあの銃座が立ちはがかっていた
「華太ぉ。このままじゃ私達不合格になるぞ?」
都は華太に不敵な笑みを浮かび、ゆるんで少し開いた唇と、エロチックな視線とが、射るように圧迫しつつ腕を回し首を囲んだ。
「オイ…誤解されるだろ」
都は笑みを崩さず疲れは見えるが冷静に振る舞っていた。
どうする…この先は。
当然、私達だけでなく他の訓練兵は疲労と絶望が重く圧し掛かり誰もが苛立っていた。
この状況下で笑みを浮かべているのは都だけだ。
メンタルが強過ぎる……これは本気で私達を合格に導こうとしている。
都に助けっぱなしだ……今までの人生で深く慕ったのは都……貴女だけよ。
恩返ししなければ……。
「落ち着くんだ皆、活路は必ずある。まずは状況整理だ」
副班長である都は状況整理を行った。
敵の露天銃座は私達のいる窪地を見下ろせる位置にあり、火力は機関銃1門
人間が使う通常の重機関銃に可動機構を加えただけの簡易自動制御銃座だ。
今、身を潜めている大岩から身を出せば銃撃される
銃座のセンサーが何を似て私達を感知してるのか……?
投げた石がブッシュに届いてから銃撃が始まった事。大声出しても身を隠している銃撃がない。
……複合センサーか?
そういう事、随分と滑稽な仕掛けしてくれる。
私達の火力は、通常ポイントで鹵獲した自動小銃1艇と10発の弾丸のみ。
それ以外の武装はアーミーナイフとサバイバルナイフにマチェットナイフの3つ
私達に残された選択肢は二つしかなかった。
この状況を脱するためにかなりの無理をするか、後退して大きく迂回するか……。
華太、班長としての貴方ならどの選択肢を選ぶの?
「強行突破だな。他の班もそう判断している」
「無茶だ!俺達を全滅させる気か!」
訓練兵の一人が不満をぶつけながら華太に咆哮。
しかし華太は揺るぎない様子は見られない。
「迂回したら、回収予定時間が間に合わねぇ」
あの銃座を迂回するには、相当な距離を後退して、あの密林を再び行軍しなければならない
華太はそれをわかっていた。
制限時間内にゴールする事は………絶望的だ。
「畜生!ここまで来て脱落かよ!」
「あぁ、帰りたい…」
他の班員が弱音を吐いたが華太はこれを叱咤する
「馬鹿野郎!ここで弱音を吐くんじゃねぇ!鈴乃、何か良い策はないのか!?」
私に委ねるのか……。
理由はどうあれ華太は私に委ねようとしている。
「華太、この状況は貴方が指揮した結果よ。自分のケツは自分で拭きたい…違う?」
「……ああ、だから何でも言ってくれ。出来る限りの事はやるさ」
今置かれた状況が、些細な事に構っている暇はない。
自分が招いたと華太は自覚していた。
私は一つの策を思いつき、その策を言い放った。
「あれを叩くしかないわね……」
私は銃座を見つめた
「……ああ、それしかなさそうだな。もう一度言っておくが迂回したら制限時間内に間に合わず俺達の班は落第だ」
「意見が一致したわね」
華太は私に強く握手した。
一度落第し半年間、レッテルを貼られる事になる。
衛士を目指すものとして、総戦技に落第する事ほど不名誉な事はない。
その指導をした教官の不名誉はそれ以上だ。
普通なら二度と落第させないよう、教官達は今まで以上に過酷な訓練と残忍な罰則を科すに違いない。
だが、坂元は普通の教官とは全く異なっていた。
坂元が指導した訓練兵達は一度落第したら連帯責任として指を全部切られた。
山田の件もあるが、他の人達の事思うと心が痛む。
(俺の顔を泥塗って…勇気あるじゃん。死にたいんだね?)
この狂気じみた笑顔が思い浮かぶと恐怖が震えあがる。
失敗は許されない………。
だが、私と都、華太がついてきても他の班員はついていけない。
それを考慮して作戦を立てなければならない
「分かってると思うが、不合格になるのは俺達だけじゃねぇ。他の人もだ」
華太の言う通りだ
確かにそうだな……仲間の気遣いが大事だ。
肝心なところでこれか。
「……」
「言い争うほど私達は馬鹿じゃない。華太、都…貴方達が決めてくれ。黙って従うわ」
「分かった」
「……」
華太は形容のできない妙な表情でここで休息を命じた
「各自20分休息取るぞ。都」
「了解したよ」
何もしないよりはマシね。
ノーリスクで現状を打破出来るような最良の策は思いつかない
ハッキリしているのは、ここでモタモタしていたら時間切れ
坂元による班員達の禊が下される。
それだけは絶対に避けなければならない。
迂回をして進撃速度を上げるという策にも僅かな可能性はある。
だが、ここ数日の強行軍で既に全員が体力の限界に達している。
あの密林を今まで以上の進軍速度で踏破する事は絶対に不可能だ。
やはり銃座を潰すしかない。
ここを突破すればゴールは目と鼻の先だ。
まずやるべきなのは複合センサーの種類を特定
そして有効範囲と作動条件を明らかにすることだ。
「……」
私は再び手頃な大きさの石を持つと、身を潜めている大岩を超えるように高く投げ上げた
成る程……この岩が射界外という訳ではないのか
それに射撃は音に反応して開始されているのは確かだ。
やはり音感センサー以外に、無駄弾を撃たないような仕掛けがある
それにしても投げ上げた時点で反応していないのはおかしい……どうなってるんだ?
温感センサーは………?
試してみるか。石を焼く必要があるな
「鈴乃、何か分かったのか?この銃座は」
「華太、落ち着いて聞いて。あの砲台のメインセンサーは音感式だ。この20分で散々試したから確実だと思う」
「さっきから何度も石投げたり火を起こしていたのはそういう事だったんだな」
「補助センサーがあるのは確実だけど特定はできなかった。石を2、3個同時に投げても一番大きな音に反応している。だが、センサーの有効範囲内であっても、音源の手前に障害物がある場合は……」
「撃ってこない………温感式や振動探知ではなさそうだな」
「演習用の簡単な方式ではあるけど、無駄弾を撃たないよう、上手く設計されているわね」
「舐めやがって……俺達はそんな簡単な足止めにやられているのか」
私は真剣な眼差しで本題を切り出す
「ここからが本題。銃座の3mぐらい下を見て」
華太は私に言われるがままに従う
「!?」
「岩が突き出して逆ハングになっている部分があるでしょう?あれのおかげで、その真下の死角がかなり広くなっている」
「成る程」
「射撃一回につき3点射2回。再射撃のタイムラグは約2秒。つまり射撃開始から次のターゲットを射撃するまで3秒強の時間があるんだ」
私がそう言った後、華太は不審の眉を寄せて言葉を投げる
「……実際どうするんだ?」
「そうね…石でも投げて攻撃させれば3秒稼げる。その隙に陽動が崖の上まで走る。陽動は、銃座の死角ギリギリのラインまで戻ってアーミーナイフで岩を叩く。そうすれば、機銃は最大俯角を取ろうとして、機関部を曝すわ」
「そこで小銃を狙撃か……」
「これが私の作戦よ。どう?」
華太は、点を見つめ考え込んだ。
「華太はどういう作戦立てるんだ?」
私はほくそ笑みしつつ華太に話しかける
「……鈴乃の作戦で行こう」
と呟く
「ん?」
「リスクもあるが、俺の策より合格できる可能性が高い。ここはお前に任せる」
「……」
「俺は結局、迂回案しか思い浮かばず守りに入ってしまった」
華太は安全な消極策を選ばせたのか。
何にしても今は、部隊全員の合格の為に最良の選択をしようとしているのは確かだ。
女である私の提案した作戦であっても素直に受け入れてくれる
事実上、認めた訳だ。
「その代わり陽動は俺と都がやる」
華太の言葉を聞いた都は「?」を浮かび「私もやるのか?」と言い放った。
「この状況を呼んだ責任は俺がある。手伝ってくれないか?」
確かに体力的に、私と都、華太以外の者に陽動は無理だ。
だが……。
「華太、鈴乃に陽動やらせろ。お前は後方支援だ」
「俺の方が体力的には上だ。走るのは速い」
「だからこそだ、狙撃の腕はお前が上だ」
悔しいけど、これが現実なのね。
「お前……」
「この作戦で一番重要なのは狙撃だ。能力が高い華太……お前が適任だ。」
「……」
…………。
「……班長に向かって『お前』呼ばわりするなんて良い度胸してるじゃないか」
!
もう教える時間すら惜しい。時間がない…華太、お願いだ!
「分かった、それで行こう!」
私に陽動を承諾した華太は都に頭を撫でられた
「何してるんだ?」
「よしよし、良い子だ」
「俺を子供扱いするんじゃねぇ!」
「早速みんなを集めるぞ」
「おい!無視するな!」
私は身を隠している岩から少し離れ、いつでも走り出せる準備を整えた。
「鈴乃!準備は良いか?」
私は手を挙げて華太に返事する。
「みんな!一斉に投げるんだ!いいな!?」
拳より大きな石を手にした班員達が無言で頷く
石の着地と同時に崖の資格を向かって走り出す。
この距離……完調であれば3秒という時間は十分なものだ。
だが、蓄積した疲労と足場の悪さ、それに加え多少の登りという条件が思いプレッシャーがのしかかる。
アンダーウェアがべっとりと張り付いた背中に、更に汗が伝う感じがした。
「行くぞ!」
班員達は一斉に思いっきり力強く石を投げだした。
「!」
1……2……3!
私は渾身の力で銃座に向かって走り出した
岩場を登り伝って
慎重に速く走る
もう少し……もう少しだ!
「飛べ!鈴乃!」
渾身の一撃でアーミーナイフで銃座を破壊しようとするが、感知され弾丸が放たれ私はバランスを崩し崖から落ちてしまった。
……!
「オイ、大倉!大丈夫か!?」
崖から落ちへたり込んでしまった。
班員の一人が心配そうに私の顔を見ている
視界が霞んでいるが、まだ再起不能ではない。
疲労困憊だからか私は吐息し挑戦的な顔を浮かびつつ錯乱した。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…ふふふふふふ、あははははははは」
「大倉!?」
「オイ、どうしちまったんだ!?」
息を整えながら立ち上がると、私は慌てて自分の身体を見た。
……どうやら着弾痕がない。どうやら撃たれなくて済んだようだ。
崖に背を預け、左手で親指を突き立てると皆が歓声を上げた。
「………!」
着弾痕も何も、そもそもシリコン弾の痛みがなかった。
それに気付き、それほど錯乱した自分の愚かさに顔がにやけた。
「―――華太ォッ!次は貴方の番よ」
私はアーミーナイフをシースに収納し別のシースに収納しているマチェットナイフを引き抜き、地面に這いつくばった。
「こっちはいつでも行けるぞ!」
ゆっくりと腕を突き出し、私は地面を叩いた。
――――ッ!
慌てて腕を引っ込める。
飛び散る土や小石が、容赦なく襲い掛かってくる。
同じ場所への攻撃なら、再射撃のタイムラグは1秒もない。
私はまるで餅つきの介添えのように、地面を叩いては引っ込め、射撃が止めばまたマチェットナイフを突き出して地面を叩く。
「――次で行くぞ!鈴乃!」
「何でもいいから確実にやってくれ!」
弾丸が10発しかない。
――――華太が岩の上に姿を現す。
!
―――射撃が止まない、失敗だ。
華太は岩の向こうに消えた。
一瞬前まで華太がいた場所に、土埃と岩の破片が舞い上がる。
都が苛立ち華太に怒鳴った
「――何をやってる!下手糞!」
「テメェ、誰に向かって言っとるんじゃ!ぶち殺すぞ!ゴラァ!」
「さっさと終わらせろ!私達に迷惑かけるな!」
都と華太はドスを効いた声で言い争い始めた。
都、一回落ち着こう。
うん、落ち着いて。
「チッ、今のは様子見だ!馬鹿野郎が!」
華太は舌打ちして自信ある頑固そうな眼つきをしつつ都に向かって言い返した。
「だったら最初から言え!」
成る程、アタリを取ったのか……冷静だ。
流石、小峠華太だな。
極道に憧れてる男が衛士として降臨しようとしている……と私は勝手に思い込んでいた。
「――――次は3点射2回で決める!早く準備しろッ!」
残弾6発……一気にいくのか
再び華太が岩のてっぺんに現す!
今度は反応が速い!
――――ッ!?この音は………!
「クソ!弾が詰まりやがった!!」
トラブルが起こりつつ華太は岩の向こうに飛び降りる
銃座が御丁寧に華太がいた場所を掃射する。
「………」
嘘だろ……ここで来てジャムるなんて………最悪だ!
それに華太や都の所為ではないと分かってる
分かってるが……!
4発も撃って機関部に命中させられなかった華太が無性に腹立たしい。
今すぐあの岩まで走り戻って、ぶん殴りたい気持ちが込み上がってくる。
肝心な時に役に立たないなんて…!
「………っ……!」
いや、そんな事で恨み言を言うのは無意味だ。
華太の狙撃の腕を信用したのも都の助言であり鹵獲した銃が真面に動作する事に期待したのは私だ。
私達は最後の賭けに敗れた……ただそれだけだ。
身体から力が抜けていくのが、自分でも分かった。
ここで、時間切れまで迎えるしかないのか
いや、それは断じて否だ。
落第すれば即ち『死』を意味する。
「畜生!ふざけやがって!!」
遠くから聞こえてくる華太の怒声。叩き付けられる銃の音。
呆れ顔の都
班員達は皆、押し黙っていた。
「………」
落第は即ち『死』……私は坂元の狂気な笑みが離れられず体が震えぞっとしていた。
”ほらほらほらぁ…どんどん切っていこう!”
”ドラ〇もんになーれ”
”ヒャヒャヒャ!アミバだ!アミバ!”
このままでは衛士生命が絶たれてしまう
そうなってからは既に遅い。
暫く呆然としていたが、次第に胃の辺りがムカムカしてきた。
顔面蒼白になった山田の叫び声
躊躇もなく訓練兵の指を鎌で切る坂元
何とも言えないドス黒い何かが込み上げてくる……。
……冗談じゃない。
冗談じゃない!ただじっとして時間切れ迎えるのは嫌だ!
指も切られたくない!叫びたくない!
ただただ私達は一人前の衛士になりたいだけなんだ。
あんな外道教官の掌に踊らされてたまるか!!
どうせダメなら……シリコン弾に撃たれてみるのも悪くない。
私はマチェットナイフをシースに収め、立ち上がった。
「おい大倉!?何やってるんだ!?」
崖をよじ登り始めた私を見つけ、班員達が騒ぎ始めた。
「おい!大倉が……大倉がブチ切れたぞ!」
「もう十分だ!ここで無理して怪我でもしたら、それこそ次に差し支えるぞ!」
残った体力と気力を振り絞っている私に、彼らの声に応える余裕はなかった。
「馬鹿野郎が…!彼奴あのままじゃあの逆ハングを超えたところで撃たれちまうぞ!!」
そうだ。今もこうして死角を作ってくれている銃座下の逆ハングが最後には最大の障害になる。
それ以前に、今の体力で登り切れるのか?
それだけが不安募っていた。
仮に突破することが出来ても、班員が言ったように私は射線に身を曝す事になる。
だが、例えそうだったとしても……あの銃座に一矢報いたい。
死亡判定出ようが、シリコン弾で撃たれようが、マチェットナイフの刃先が折れるまで機銃をぶち叩いてやりたい。
私達をもう半年間の地獄を突き落とす、あの心なき機械に怒りを叩き付けなければ気が済まない。
自分の甘さが仇となった心が、疲弊しきった精神と肉体を鞭を入れる。
班員達は黙って私を見上げている。
そして私はとうとう逆ハングまで辿り着いた。
私は逆ハングとなっている岩塊の一番低い突き出しの所まで慎重に移動した。
二点支持しながらマチェットナイフを抜く。岩を叩いて撃たせ……数秒稼ぐ為に。
「大倉!機銃はお前の左を向いているぞ!」
「―――!」
華太が班員達に石を投げるよう指示した。
「みんな、石を投げろ!センサーの注意を引き付けるんだ!!」
華太の指示で皆が石を投げ始めた。
勿論、都も石を投げる
「………」
―――ダメだ!射撃どころか、可動機構の作動音すらしない!
「動かないぞ!機銃は大倉の方を向いたままだ!!」
私はマチェットナイフで死角外だと思われる石を叩いた。
「―――ッ!!」
恐らく、音源との距離で何かが脅威度を識別して、ターゲットに優先順を付けている!
銃口を此方を向いたままなら……例え一度撃たせても、再射撃までのタイムラグは秒もない。
「………」
だが、シリコン弾を受ける覚悟はとっくに出来ている
1秒あれば、致命的な頭部の被弾は回避出来る筈だ。
………よし、行くぞ!
その直後、華太は高らかな叫びをしつつ石を投げた。
「うおおおおおお!!」
「―――!?」
岩から走り出た
真っ直ぐに回収ポイントの方へ走っていく。
都は何かを察し感じた
「ん……?」
機銃の作動音だ。
都も走っていきながら私を呼び掛けるよう叫び出した。
「鈴乃ォッ!!行けェェェェッ!!!」
「(都……)!」
私は華太に向け叫ぶ。
「―――華太ォォォォッ!!!」
「ボーっとしやがって、何やってるんだ」
生まれて初めて見る南の島の夕日をひとりで見入っていると、レーションのトレイを持った華太がやってきた。
「合格の余韻にでも浸しているのか?」
……そうだ。
私達は総戦技評価演習に合格したんだ。
だからこそ明日の撤収まで与えられた自由時間を、こんなに落ち着いた気持ちで過ごせるんだ。
そうでなければ、呑気に夕日なんて眺めてはいない。
「……随分活躍したな」
「……」
あの時、華太や都の陽動のおかげで、私は撃たれることなく銃座に辿り着き……そして見た。
機銃の機関部を保護する防弾カバーを突き刺した破損孔を。
どういう経緯であれ、華太の狙撃は、少なくとも数発は命中していた。
動作不良起こさなければ、次の3点射で機関部を破壊出来ていたに違いなかった。
私はその孔に狂ったようにマチェットナイフを突き立て、動力ケーブルを切断し銃座を沈黙させたのだ。
だがそれは、カバーが損傷していたから可能だった事だ。
ライフル弾数発の直撃ですらあの程度の損傷しか与えられなかった。
カバーが無傷なら、マチェットナイフ以前にアーミーナイフやサバイバルナイフもどうにもならなかった。
あの時私は、小峠華太という男のあらゆる能力の高さを再認識させられた。
「活躍したのは華太……貴方の方よ」
「そうか?鈴乃も活躍していたぞ。いい動きだ」
「機関部の狙撃を成功させて、咄嗟に陽動までしてくれた……自信を持っていいのよ」
どういう風の吹き回しか、華太は私に握手を求めていた。
彼は感情より冷静的に、班の合格を優先した。自分の過ちを素直に認め、隊長として状況を把握した行動を選択したんだ。
そんな事は分かっていた……だが、その理由を本人の口から聞いてみたかった。
何でそんな事が聞きたいのかは自分でもよく分からなかった。
「俺達は合格したんだ。素直に喜べばいい」
「そうね…」
と誇らしい笑みを浮かべ私は華太と握手を交わした。
「座っていいか?」
私の許可を待たず、華太は少し離れたところに腰を下ろした。
座ると同時に、四角柱状の固形で、十個の穴が開けられており、クッキーというよりもショートブレッドに近い形状の携行食一つを差し出す
「食べるか?」
私は華太の近くに座り込みその携行食を手にし口を入れた
味は……フルーツ味。
「………」
それにしても、これだけ疲弊した身体で携行食を食べられるな。
だが、どんなに疲れていても食べられる事が華太のタフさの秘密かもしれない。
食事も任務の一部とはいえ、ここは南の島なのだから、せめて夏向きのレーションを用意して欲しい所だ。
「……俺は、この総詮議演習で分かった事がある」
あっという間に携行食を平らげた華太が夕日を見つめながら言った。
「何の話?」
「俺といつも鈴乃や都と同じ班に入れていた理由だ」
「へえ……」
「俺は編成が変わる度にお前と同じ班になりたいと祈っていた」
「奇遇ね……実は私もよ」
「俺は思ったよ。教官殿は馬鹿揃いってな」
そう思うのが当たり前だ。
「そうじゃねぇとすれば、それは坂元教官による妨害工作だ……俺はそう思ってた」
何処に行っても嫌な奴が粗利が合わない奴はいる。
だがどんな奴と組もうが、軍人である以上、任務は成功させなければならない。
そんな事は分かってる。
だがそんな綺麗事は、何も意味がない。
軍隊で求められているのは効率だ。教育的な意味でそれを実践させようとしている訳ではない。
だからこそだ、上手く折り合いを付けながらやってきた。
「だけど、分かった…教官殿達が何をしようとしていたのか?を」
だが、今日、私はその綺麗事の本当の意味で理解した。
そこに教育的な意味で仁義や任侠があろうがなかろうが、その結果齎されるものの大きさを知ってしまった。
「……坂元教官は、まだ未熟な俺を成長させる為に、お前と組ませてた」
あの『鎌のサカモト』がね………。
「役に立つなら強かに使いこなせ、そう教えたかったんだ」
「………」
「俺は女を戦場に立つべきだと考えてる。戦争は男も女も関係ない……それは今でも変わらない。世の中は不平等なんだよ――――鈴乃、俺は認めるよ。『私作る人、俺食べる人』という考えはもう既に古い」
「え?」
華太が私を認める?
どういう事?
「華太……」
「鈴乃、お前は立派な衛士になれる。それだけは自信を持て」
………。
「呆れた。何て言えばいいのか……」
何が言いたいんだ?
「今日からお前は俺が認めた正真正銘の衛士だ。言葉使いなんとかしたらどうなんだ?」
女口調を男口調に直せと?そう言いたいのね。
私はその時、華太の顔が妙に赤い事に気付いた。
耳まで真っ赤なのは決して夕日の所為ではない。
そうか、そういう事か。
「……」
自分の成長云々、坂元教官が何々をというのも、彼なりの考察だろう。
そして、双方の関係改革の申し出でもある。
遠回しで言ってるものの、華太にとっては赤面するほど恥ずかしい事なのだ。
つまり、それ程照れる言葉を、意を決して私に言ってくれた。
私が男のような喋り方をする事……互いの妥協点。
そういう事なんだ。
「……」
「分かった」
「そうか……」
「そうする事でお前と私の関係を改善されるなら喜んでそうする。だが、私は女だ」
私がそう言うと、華太は和やかな笑みを浮かんだ。
「そこは好きにすればいい。自分が女だと思い込んでる男は、軍隊じゃ珍しくない」
「……ケツはいつも綺麗にしておけよ」
「……大倉鈴乃、彼女は後に狂人並みのオーラを出す衛士になってそうだ」
「何か言ったか?」
「何でもねぇよ……うん」
気が付くといつの間にか私は笑っていた。
華太に関わってる事で笑ったのはこれが初めてかもしれない………。
と思ったが都が気配を消しつつ私を華太を両腕で回し馴れ合いをしながら穏やかな笑みを浮かんだ
「お二人さん、お疲れ様だ」
「え!?」
「おま、急に現れるなよ!」
「悪いか?」
「……別に悪くねぇ」
こうして私達は総戦技評価演習に合格し衛士の道を少しずつ進んで行った