カティア・ヴァルトハイムの演説が始まった。
DFFの電波はベルリンのみならず、国全体へと拡散される。
彼女は堂々とカメラを見据え、静かに、しかし力強く語り始めた。
「私は国家人民軍地上軍第666中隊のカティア…いえ、ウルスラ・シュトラハヴィッツです。この革命に参加した兵士の一人です。そしてかつてこの国を戦ったアルフレード・シュトラハヴィッツ中将の娘です――仕切る政権を信用しないでください。私は東西ドイツ統一を……」
反体制派の革命の意義、政府の腐敗、自由を取り戻すための戦い。
彼女の言葉は巧みに構成され、聴衆の心を揺さぶる。
「父の存在を消され、兄を撃つ事を強要され、妹をその手で殺める。これが果たして幸せな国家でしょうか?答えは断じて否です!今私の仲間はシュタージと戦っています。革命によってこの国に絡みついた鎖を引きちぎろうとしています!父は言っていました。西と東二つのドイツが一つになれば冷戦だって必ず終結できると!」
だが――
その放送は、数分後に突如として途切れることになる。
イングヒルトはDFFの局員に変装し、局内に潜入していた。
彼女の役割は 放送の妨害と情報統制 だった。
ベルリン決戦が近づく中、彼女は事前にDFFの内部情報を収集し、局内の協力者と連携していた。
演説が始まると同時に、彼女は放送設備の一角へと向かう。
「準備は?」
耳元の小型通信機から、協力者の一人が囁く。
「問題ないわ。あとはタイミングだけ」
イングヒルトは小さく頷き、視線を操作盤へと移す。
カティアの演説は続く。
「この国に――」
その瞬間。
バチッ――
突然、画面が乱れた。
「えっ……?」
局内のスタッフがざわめく。
「どうした!? 映像が乱れてるぞ!」
「信号が……途切れた? いや、誰かが妨害してる!」
「なに!?」
放送は突如としてブラックアウト。
全国の視聴者の目に映ったのは――
『Bitte haben Sie einen Moment Geduld.』
という無機質なメッセージだった。
「何が起きた!?」
ズーズィが激昂する。
「すぐに原因を突き止めなさい! 誰かが妨害してる!」
スタッフたちが慌てふためく中、イングヒルトは静かに機材室を抜け出した。
彼女は通信機に小さく囁く。
「作戦成功。DFFの放送は遮断した」
「よくやった。撤収しろ」
イングヒルトは最小限の痕跡しか残さず、密かにDFFを離れる。
一方、ズーズィは放送が遮断されたことを悟ると、拳を握りしめた。
カティアはその光景を見て困惑した。
「……シュタージめ……!」
彼女の瞳に宿るのは怒りと焦燥。
ベルリン決戦の火蓋が、いよいよ切って落とされようとしていた――。
放送が突如としてブラックアウトし、画面には「Bitte haben Sie einen Moment Geduld.(しばらくお待ちください)」の文字が映し出される。
各地の視聴者は戸惑い、動揺した。
東ベルリン
集合住宅の一室。
「えっ、どういうこと?」
若い女性がテレビの画面を見つめ困惑する。
「放送が止まった?」
隣で座っていた老人が首をかしげる。
「まさか政府が…」
彼女の言葉に、部屋の中の空気が張り詰める。
街の酒場では、画面が暗転した瞬間、ざわめきが広がる。
「おい、どうなってる!」
「これは政府の仕業に違いない!」
「カティアは何を言おうとしていたんだ!?」
数人が席を立ち、外の通りへと出て行った。
ライプツィヒにある教会の集会所で、密かに演説を視聴していたズーズィとは別行動してる反体制派のグループのリーダー格の男が険しい顔をする。
「やられたか…」
「いや、これは逆に追い風かもしれない。政府が遮断したとなれば、それだけカティアの言葉が脅威だったということだ」
「そうだな、民衆の怒りを利用できる」
彼らはすぐに次の行動を計画し始める。
西ベルリンでカフェのテレビに映っていた東ドイツの放送が突如ブラックアウトする。
西側の市民たちは驚きながらも冷静だった。
「やはり向こうはまだ言論統制が厳しいな」
「それでもカティアは数分間、世界に向けて語った。それだけでも大きい」
記者らしき男がコーヒーをすすりながら、メモ帳に何かを書き込む。
政府側の対応は早急に察知しシュタージの監視センターでは、幹部たちが騒然としていた。
「すぐに世論の動きを把握しろ!」
「報道規制を強化しろ!『反乱分子による放送の違法乗っ取り』として発表しろ!」
「ベルリン市内のパトロールを増やせ!暴動の兆候があれば即座に鎮圧する!」
彼らは必死に事態の収拾を図るが、すでに流れを止めるのは困難になりつつあった――。
東京・永田町、深夜の首相官邸。
東ドイツの突発的な放送とその遮断の報は、外務省を通じてただちに日本政府の中枢にも伝えられていた。
首相官邸の一室では、外務省の高官や官房長官、内閣情報調査室の職員たちが集まり、緊急の協議が行われていた。
仲曽根首相は、腕を組みながら画面のニュース映像を見つめていた。
「カティア・ヴァルトハイム、いや、ウルスラ・シュトラハヴィッツか……。かなり強烈な演説だったな」
官房長官が資料をめくる。
「東ドイツの国家人民軍、それもエリート部隊の元兵士が、ああして堂々と名乗りを上げた以上、単なる国内反乱ではなく、国際的な問題に発展する可能性があります」
外務次官が頷いた。
「既にアメリカと西ドイツは動いているでしょう。問題は、我が国がどういう立場を取るかです」
内閣情報調査室の分析官が、慎重な口調で口を開く。
「カティアの演説内容を考えれば、東西ドイツの統一を掲げたものです。しかし、これはソ連や東ドイツ政府にとっては体制の崩壊を意味します。当然ながら、彼らは強硬な弾圧に乗り出すでしょう。最悪の場合、ベルリンで大規模な武力衝突が発生する可能性もあります」
首相は静かに頷く。
「そうなると、日本としては慎重に動かねばならんな」
官房長官が確認するように尋ねる。
「現時点では、東ドイツ政府を公式に非難する声明は出さない方向で?」
「当然だ。我々が過度に介入すれば、ソ連との関係も悪化する。だが、人道的な観点から東ドイツ市民の安全には関心を持っている、という立場は維持するべきだ」
「アメリカは既に東ドイツ政府を非難し始めています。我々もいずれは態度を明確にする必要があるでしょう」
「……そのタイミングを慎重に見極めることだな」
一方で、外務省の一部には、西ドイツとの関係を考え、より強く東ドイツ政府を批判すべきだという意見もあった。しかし、日本はまだ冷戦構造の中で微妙なバランスを取る立場にあり、即座に断定的な姿勢を取ることは避けた。
後日、日本政府は「事態の推移を注視し、平和的解決を望む」との公式声明を発表する。
しかし、その裏では、外務省の極秘ルートを通じて、西ドイツ政府との情報交換が進められていた――。
大韓民国
ソウル・青瓦台(大統領府)
夜遅く、大統領府の会議室には韓国政府の要人たちが集まっていた。国家安全企画部(安企部)、外交部、国防部の高官たちが、東ドイツの放送事件について協議を始めていた。
チョン・ドフェン大統領が開口一番、鋭い口調で尋ねる。
「結局、あの放送は何だったのか?」
外交部長官が報告書をめくる。
「東ドイツの反体制派がドイツテレビジョン放送(DFF)を占拠し、演説を行いました。発信者はカティア・ヴァルトハイム、つまりウルスラ・シュトラハヴィッツという元国家人民軍の兵士で、彼女は統一ドイツを目指す革命の象徴と見なされています。しかし、その放送は数分後に遮断されました」
「誰が遮断した?」
安企部の幹部が口を開く。
「おそらくシュタージか、政府側の特殊工作員です。しかし、それまでの数分間、彼女の演説は全国に流れていました。現在、東ドイツ国内では混乱が広がっています」
国防部長官が腕を組みながら言った。
「問題は、これが我々にとって何を意味するか、という点だ」
韓国政府の関心―――韓国は、朝鮮半島の国家として東西ドイツの動向に強い関心を持っていた。
大統領は静かに言った。
「つまり、東ドイツの民主化が成功すれば、朝鮮自治区にも影響を与える可能性がある、ということか?」
安企部の幹部が頷く。
「その通りです。北はこれを自分たちへの脅威と捉えるでしょう。実際、すでに朝鮮自治区は、東ドイツ政府への支持を表明しています」
国防部長官が付け加える。
「そして、もし東ドイツが暴力的に弾圧を進めれば、それは北朝鮮にとっても『反乱分子は容赦なく鎮圧すべし』というメッセージになる。つまり、東ドイツの動向次第で、結末は決まる」
外交部長官は慎重に言葉を選んだ。
「現時点で韓国政府としては、公には『事態の推移を注視する』という立場を取るべきでしょう。ただし、裏では西ドイツ政府と連携し、情報交換を進めるのが賢明です」
大統領はしばらく考え込み、やがて決断を下した。
「よし、公式声明は『東ドイツの市民が自由と民主主義を求める権利を尊重する』という形にまとめろ。しかし、過度に踏み込みすぎるな。北の連中を刺激するのは得策ではない」
「承知しました」
「それと、安企部と国防部は、北の動きを注意深く監視しろ。特に朝鮮軍の動きに変化がないか、即時報告を求める」
会議室に緊張が走る。韓国政府は、この出来事を単なる東ドイツの内乱ではなく、自国の未来にも関わる重大な問題として捉え始めていた――。
DFFの電波が突如途絶えたことは、ベルリン全域に衝撃を与えた。
カティアの演説は途中で遮断されたものの、その言葉はすでに広く届いていた。
街の至るところで、市民たちはテレビやラジオの前で凍りつき、やがてざわめきが広がった。
「今の放送……どういうことだ?」
「カティア・ヴァルトハイム? いや、ウルスラ・シュトラハヴィッツ? 革命軍のリーダーなのか?」
「放送が止まった……シュタージがやったのか?」
民衆の間に不安と怒りが渦巻く。
それを待っていたかのように、反体制派の地下ネットワークが一斉に動き出した。
カティアの演説が始まる前、反体制派はすでにベルリン市内での決起の準備を整えていた。
ズーズィを中心とする急進派は、市内の複数の拠点を制圧し、武器を市民に分配し始めていた。
「放送が止まった? ならば、我々が行動で示す番だ!」
「ベルリンの街を奪い返す!」
革命軍の兵士たちは、西ベルリンとの境界に近い地域、特にクロイツベルクやフリードリヒスハインの要所を確保し始めた。
特にシュプレー川沿いの橋や地下鉄の出入口は、戦略的な要衝となり、反体制派とシュタージの緊張が高まっていった。
カティアは放送の中断に動揺しながらも、すぐに次の指示を出す。
「シュタージが動く前に、我々が先手を打つ。今夜、市内で一斉蜂起を行う!」
その頃、シュタージ本部では長官代行のコンラート・エックハルト大将が報告を受けていた。
「ヴァルトハイムの放送は遮断しました。しかし、市内の蜂起が加速しています!」
「特にクロイツベルクとフリードリヒスハインでの武装勢力の動きが活発です!」
コンラートは机を叩いた。
「ならば徹底的に鎮圧しろ!国家人民軍とヴェアヴォルフ大隊を投入する。ベルリンを奴等の手には渡さん!シュミット長官が、自決したのに……反乱軍め!」
東ドイツの恐怖の象徴だったエーリヒ・シュミットことグレゴリー・アンドロポフは演説始まる前に拳銃自殺となってるが、その真相はベアトリクスを暗殺しようと試みるが逆に返り討ちにされた。
「そして、あの女―――ベアトリクス・ブレーメがこの国を掌握しようとしてるがやむを得ん。祖国の未来は彼女に託すしかない……」
「エックハルト大将閣下……信用していいんですか?」
「反乱軍がこの国を掌握したら滅茶苦茶になる!ぐぬぬ……愚策だが、彼女の勝利を願おう」
政府側はすぐに対応を開始。
ベルリンの要所に装甲車や戦車、戦術機が展開し、シュタージの工作員が反体制派の拠点を急襲する。
しかし、革命軍も組織的な抵抗を開始し、ベルリンの街は徐々に戦場と化していった。
DFFでの作戦を成功させたイングヒルトは、密かに局を抜け出し、革命軍の動向を監視していた。
彼女は混乱の中、シュタージの情報を収集しながら、政府側の次の動きを探っていた。
「ヴェアヴォルフが動き出した……ここからが本番ね」
彼女は暗闇の中、密かに通信機で連絡を取る。
「DFFの放送は止めたが、革命軍はすでに動き出している」
「ベルリンはもう止まらないわ」
こうして、ベルリンの決戦は、不可逆の運命へと突き進んでいく――。