ホロライブラバーズ   作:ななえるc

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プロローグ

 春風色とは、何であろうか?目の前の桃色の物体を見ながら、さも難題に挑む学者の如く、思考に耽る。

 まず、大前提に色と言うからには視覚に捉えられる光のパターン、信号であるべきだ。緑なり赤なり青なりの、人の脳に感知できる、そんな色。しかし、件の色は春風色、視覚に捉えられない風の色に、物体ではなく概念である春の色ときたではないか。

 今自分が観察している物体は桃色だが……しかし、先輩はこれを春風色と申した。明確に意味を表せる桃色ではなく、春風色と。

 『風』を連想する色は緑や青に近い色。ビュンと吹き抜ける様に開放的で、キンキンに冷えた清涼飲料水の喉越しの様に、スッキリとして爽快な配色が望ましかろう。

 次いで、『春』の色。それには生命の息吹の色、すなわち『新緑』色が真っ先に頭に浮かぶ。他には、山にほんのり残る残雪の白色、先程通った校門に咲き誇る桜色が候補に上がる。始まりの季節でもある『春』を表すなら、エネルギッシュで明るい色が良いだろう。

 『風』と『春』。姿形の無いこの二つから連想される色の中で、双方から思い浮かんだ色…それは緑色。では、春風色は緑を基調とし、風の爽やかさを表す為に明るさを足す。目の前の桃色ではなく、そうして出来上がる若葉色こそが春風色と呼称するには相応しいのではなかろうか?

 

 しかし……

 

 「スゥーーーーーっ……」

 「ひゃっ!?」

 

 目の前から香る、この匂いは……そう、桃の香り。くどくなく、しかして記憶には残るこの匂い、さぞ良い香水を使っているのだろう。

 ……なるほど、そうか。先輩は風の匂いすらも含めた上で、目の前の物体を春風色と判断したのか。これはこれは……流石は先輩、人生の先達と言うべきか、何とも判断に困る。

 確かに、桃色の風という言葉は聞いた事がある。桃色の風が起こる季節も春であろうことも簡単に連想できる。当然、その匂いも。

 春風色を印象を中心に判断するならば若葉色、匂いなどの他の五感で判断するなら桃色と言うことか。

 難しい、先輩が桃色を春風色と呼ぶ理由が分かるだけに、余計に。これはフェルマーの最終定理にも勝るとも劣らない大難問ではないか。

 クソぅ、これだけでは情報が足りぬ、発展の為にもっと情報を得なければ。思考の進歩の為にも判断材料は多ければ多い方が良い。例えば他の五感を、触覚と味覚も活かすべきだ。

 

 まぁ端的に言うならば……

 

 「すみません、頬擦りして舐め回しても良いですか?」

 「キャァァァアア!!??良いわけないでしょう!?変態!!!!」

 「ごふぁっ!?」

 

 

 ■■■■■■■■■■■

 

 

 後頭部にヒヤリと、作りたての氷嚢の感触が伝わる。結露した水滴が首筋をつたり、くすぐったさに首を引っ込める。冷たい。

 

 「……はい、とりあえず回復魔法で打撲の処置はしといたから、後でしっかりと療養しておくように」

 「すみません、ありがとうございます」

 

 ふう、と息を吐き、美しい翡翠の瞳を持つ目の前の魔族の女性―――この学園の保険医の先生はふわりと笑んだ。『怪我をした生徒がいる』の一言で校門前通路のベンチまですっ飛んできてくれた先生には感謝である。流石はホロライブ学園といったところか、本当にいい先生が揃っている。

 それに、周りの生徒の視線、羨ましそうな視線、好意的な視線、そこ変われよの視線、先生美人だなの視線、お前先生から離れろやの視線から察するに、目の前のどう考えても天使(魔族)な先生は、大層慕われているらしい事も窺える。あと、俺は不意打ちに気を付けたほうが良いという事も分かった。

 

 「一応の確認だけど…打った頭は大丈夫かしら?記憶の混濁等は見られないとは言え、獣人族の蹴りを顎に受けて、その勢いで打ったと聞くし……本当に大丈夫?」

 「ええ、気を失ったのは一瞬ですし、何よりあの桃色のパンティー、そして太もも……くっきりと細部まで覚えてます」

 

 そう、桃色のパンティーだ。春風色は若葉色であると俺の中で結論が出たので、桃色だ。しかし、あの匂いといい、見るだけで分かる絶対柔らかい質感は最高だった。

 

 「あら、可愛い顔しておませさんなのね」

 「いやぁ、男の子なもんで」

 「うふふ、入学式のお祭り騒ぎが楽しいのは分かるけど……無茶はメッ!だよ?」

 

 ツンと、しなやかな指で鼻先をつつかれる。レモンの匂いがふわりと香った。おまけに周りからの殺気もグサッと刺さった。

 

 「おーけー?」

 「オーケーです、先生」

 「うん、よろしい」

 

 可愛い。

 にっこりと子供っぽく、無邪気に笑うのは魔族ゆえか、それとも本人の気質ゆえか。先程の邪な思考に染まっていた己の精神が浄化されんばかりの清純だ。なんなら後光すらも幻視してしまう。

 これは人気が出るのも頷けるものだ。人柄、容姿、振る舞い、偉そうな物言いかもしれないが、全てが百点満点だと言わせていただきたい。

 

 「ところで、さ」

 

 ぱたぱたと背の翼をはためかせて、先生が何故か緊張した面持ちで俺を見た。いや、少し視線がずれている。見ているのは、俺の後ろ。

 

 「はい、何ですか?」

 「あそこの木の裏で、何か唱えながらこっちを見ている女の子は知り合いの子?」

 「……へ?」

 

 すっと指をさされた方向に、ゆっくりと顔を向ける。

 そこに視えたものは、まるで人一人くらいなら簡単に殺せるのではと思うほどの負のオーラを放っている、虚無顔で何か(呪詛)を呟いている幼馴染のるしあだ。

 

 「……多々良君、るしあを置いてけぼりにしたと思ったらあんなに綺麗なお姉さんと楽しそうにおしゃべりしてる。なんで?なんで?入学式は一緒にいてクラス分けの票見ようねって約束していたのに、なんで??まぁでも、仕方ないかな??るしあより綺麗でスタイルがよくて胸が大きくて優しそうでいい匂いがしそうで胸が大きくて胸が大きいもんね??ね??昔っから多々良君は年上のお姉さんに弱かったもんね。るしあと一緒に遊んでいるときも年上の美人さんが通り過ぎたら必ず振り返るもんね。男の人は甘えたがりってお母さんが言っていたけど、やっぱり本当なんだね。さっきも誰かのお、おパンツをガン見してたけど、あの人も年上の人だよね?こうなれば、多々良君の心を惑わす奴らを、多々良君より年上の女を残らず抹消するしかないかな?ま、仕方ないよね、だって多々良君が私以外のところに行っちゃうんだったら、致し方ないよね。るしあは悪くないるしあは悪くないるしあは悪くないるしあは悪くないるしあは悪くないるしあは悪くないるしあは悪くないるしあは悪くないるしあは悪くないるしあは悪くないるしあは悪くないるしあは悪くないるしあは悪くないるしあは悪くない、全て、他の、女が、悪いんだ。一先ず、多々良君の目の前にいる売女から消去しようかな」

 

 「……なんというか、先生、命の危険を感じるんだ」

 「る、るしあぁぁぁぁっ!!まてっステイだあああぁっっ!!!!!!」

 

 ゆらり、と幽鬼のように近づいてくるるしあ。それに冷や汗を流す先生。全力でるしあに駆け寄る俺。

 この後、めちゃくちゃ説明した。

 

 

 

 

 

 

 

 【統合教育機関ホロライブ学園】。人族、魔族、獣人族、天使族、妖精族、etc……世界中全ての人種が集い切磋琢磨する為に設立された、文字通り世界一の学園である。

 幻想の極地と名高い世界七大不思議。その中でも最大の謎である天空城の真下にホロライブ学園は土地を構えている。ホロライブ学園は勉学に励む生徒だけではなく、天空城の幻想を解き明かすべく世界中から研究者が集う研究機関の顔も持つ。幻想と科学の二つが高濃度に浸透するこの学園は人類文明の最先端といっても過言ではない。学園を取り囲むように研究機関が、研究機関を取り囲むように居住区が、居住区を取り囲むように防壁が、その周りにまた街が、そのまた次、そのまた次……その繰り返しで、いつの間にか一つの巨大都市となったホロライブ学園は【都市学園】のあだ名で呼ばれることもあった。

 だからか、学園内にも学生や学者だけではなく、見学に来た観光客や近所のちびっ子、やがてホロライブ学園への入学を目指す者達などの部外者も多く出入りしている。都市の中の学園ではなく、学園の中に都市がある。この規模の学園は後にも先にもこのホロライブ学園だけであろう。

 そう、だから

 

 「俺がるしあから離れてしまったのも、全てはここの馬鹿でかい敷地が悪いんだ。決して、決して!るしあと別行動しようとしたわけではないんだ!!」

 「へー」

 

 だから、そろそろ機嫌を直して欲しい。切実に。

 ベンチを離れ、入学式の為に体育館へ向かう道行きの中で、俺たち二人は確実に目立っていた。るしあが機嫌が悪い時に放つドス黒いオーラは、この春爛漫の桜が並ぶ道では目立ちすぎるのだ。

 

 「じゃあ、何でるしあとはぐれたの?」

 「……ああぁー」

 

 正直に言うと、出店やら賑わいに大はしゃぎして、猛ダッシュで駆け出していったるしあのせいではあるが……言わぬが花だろう。それに、原因をあからさまに女の子に擦るには俺の男の子ポリシー的にもナッシングだ。

 しかし、目立つからオーラを出すのだけはやめてほしいが。

 今だって、「痴話喧嘩?」「何か、寒気が…」「彼氏くん何やったんだと?彼女ちゃん激おこじゃん」「入学早々喧嘩か〜仲が良いカップルだなぁ」とか言われて目立ってるし。

 

 「彼女……カップル…………ふふふ」

 

 周りの喧騒の中から、声を拾ったのか、るしあが俯いてなにかを呟く。

 

 「る、るしあ……?」

 

 突如、るしあから発せられていたオーラが、消えた。触れるだけで呪いにかかりそうな禍々しさの、あの純黒がほしゅりと消えてしまった。

 何があったのかと、やや俯き気味のるしあの顔を覗こうとするもプイとそっぽを向かれてしまった。かろうじて目に映る彼女の表情の一端、頬はほんのりと赤く染まっていた。

 

 「ん、んん!!ま、まぁ?今回は悪気がないっぽいし、許してあげようかな!」

 

 こちらを振り向いて居上高にそう言うるしあ。言動に似合わず、緩まった口角を見るに、機嫌は直ったようだった。

 

 「それはようございました」

 「これからは気をつけるよーに!」

 「はい、分かりました」

 「絶対だからね!」

 

 にへへ…と笑いながらこちらに念押しする姿は可愛らしく、魔族のお嬢様という肩書きに不足はない。

 

 「次は……分かるよね???????」

 「はい、勿論です!!」

 

 ズンと、鉛を背負わされたような重圧。目のハイライトは無い。

 この殺気……うん、まさしく魔族のお嬢様だ。心からそう思うとも、はい。

 

 「……あ、見えてきたよ!入学式をする体育館!」

 「本当だ、随分と大きいもんだ」

 

 桜の並木に隠されていた体育館が、遂に目に映った。出入り口に飾られた随分と達筆な『入学式』の看板と、ズラリと並ぶ学生の列から、ここが会場で間違いないだろうと判断できる。遠目から見ても分かる桁違いな横幅と高さは圧巻である。真っ先に建設費やら設備費やらが気になるのは己の貧乏性ゆえか。だが、この体育館の真に恐るべきは、規模でもデカさでも無い。

 この体育館の正式名称を【第三十四号体育館】。これ程の体育館が他にも最低でも、あと三十三棟ある事こそが一番に驚くべき所だろう。

 

 「すっごぉーい!!本当にお祭りみたい!!!」

 「ちょっ!?るしあ!?またはぐれちゃうから、待って!」

 

 突然、隣から突風が吹き、るしあが飛び出していった。ご丁寧に風魔法を使ってまで加速している。

 

 「多々良君も早く!早く!!」

 

 振り返ってそう叫ぶるしあの、春風色の髪が揺れる。

 ああ、そうだ。思い出した。

 

 ────春風は気まぐれで、よく突発的に吹くらしい。

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