音楽科の実技審査で、かのんちゃんが歌えなかった。そのことをちーちゃんとかのんちゃんのお母さんから連絡をもらった僕は、かのんちゃんの家に来ていた。かのんちゃんの家はお母さんが営んでいるカフェでもある。そのカフェの扉を開けようとするが、緊張して留まってしまう。きっとかのんちゃんは、僕じゃ想像もできないくらい悲しんでいるだろう。それを考えると、普段何気なく開けているこの扉も重い鉄の扉のように思えてしまう。しかし、僕がウジウジしている訳にはいかない。今辛いのはかのんちゃんなんだ。そう思い、僕は扉を開けて店の中に入った。
「いらっしゃいませ。って、陽翔くん。来てくれたのね。」
中に入ると、カウンターの中からかのんちゃんのお母さんが声をかけてくれた。
「あっ、こんにちは。あの…かのんちゃんは…?」
「部屋にいるわ。やっぱり相当ショックだったようで、昨日帰ってからほとんど部屋から出ていないのよ…もし良かったら、陽翔くんも声をかけてあげてくれる?もしかしたら、陽翔くんや千砂都ちゃんに会えば少し元気になるかもしれないから。」
ということで、かのんちゃんの部屋の前まで来たけどやっぱり緊張する。一体なんて声をかけたらいいんだろうか。いつも通りってわけにもいかないし、かと言って僕まで暗かったら元気づけるどころか逆効果だろうし…
僕がそう悩んでいると、部屋の中からかのんちゃんの声が聞こえてきた。
「っ…っぐ…ひっぐ…どうして歌えないんだよ…バカぁ…!」
かのんちゃんは泣いていた。今僕が行っても、きっと逆効果だ。かのんちゃんは、友達の前では自分の弱いところを見せないところがある。僕が行ったら、きっとかのんちゃんは無理をして強がってしまうかもしれない。
僕はそんなかのんちゃんにかける言葉が見つからず、結局何も言えなかった。
僕がカフェの方に戻ると、ちーちゃんも来ていた。
「あっ、陽翔。」
やはりいつも元気なちーちゃんでも、今日はあまり元気がない。いつもの『うぃっす』という挨拶もない。
「どうだった…?」
かのんちゃんのお母さんが心配した様子で聞いてくる。
「すみません…扉越しにかのんちゃんの声を聞いたんですけど、とても声をかけられるような状態じゃなくて…」
「そう…今は、そっとしておいてあげた方がいいのかしら…」
「あの、また明日来てもいいですか?」
「あっ、私も!」
僕とちーちゃんがそう聞くと、お母さんは優しい笑みを浮かべて答える。
「もちろん。ありがとう、陽翔くん、千砂都ちゃん。」
翌日、僕がかのんちゃんの家に行くと、既にちーちゃんが来ていた。
「あっ、ちーちゃん。おはよ。もしかして、もう話した?」
「あっ、うん…でも、今は話したくないって言われちゃって…」
ちーちゃんにもそう言うってことは、かなり深刻な状態なのかもしれない。
「とりあえず、僕も行ってみるよ。」
そして、かのんちゃんの部屋の前まで来て数秒、今日は泣き声は聞こえてこない。
今日こそは、少しでも話そう!
そう思い、僕はかのんちゃんの部屋の扉をノックした。
「かのんちゃん。あの、もし良かったら、少し話せないかな?」
そう声をかけて返事を待つ。しばらく沈黙が続いたあと、言葉が返ってきた。
「ごめん。今は嫌だ。」
普段よりもかなり弱々しい声で、そう返ってきた。しかし、流石に今日はここで帰る訳にはいかない。かのんちゃんのお母さんから聞いた話、かのんちゃんはここ2日ほぼ食事を取っていないらしい。それじゃかのんちゃんの身が持たない。
「……でも、かのんちゃんここ2日全然ご飯も食べてないんでしょ?お母さんも心配してたよ?」
再び声をかけ、今度はさっきよりも短い沈黙の後に声が返ってきた。
「ほっといて…」
そう言われてしまってはどうすることも出来ない。
うーん…無理やり部屋に入る訳にもいかないし…あっ!そういえばここに来る途中、コンビニでかのんちゃんの好きそうなもの買ってきたんだった。丁度食べ物もあるし、せめてそれだけでも渡して帰ろう。
そう思い、僕は再び声をかける。
「あっ、じゃあさ!ここに来る途中にかのんちゃんの好きそう…」
─なもの買ってきたから、それだけでも…
その言葉を言おうとした僕だが、かき消されてしまう。
「うるさいなぁ!もうほっといてよ!!」
かのんちゃんの叫び声に。
「っ!?」
初めてかのんちゃんに怒鳴られた。
今までに聞いたこともないようなかのんちゃんの声に、僕はしばらくその場で放心状態になってしまった。
やってしまった。かのんちゃんを元気づけるどころか、むしろ追い詰めてしまった。何やってるんだよ…僕は…!
「っ…ごめん…本当に、ごめんね…」
僕はそう謝ることしかできなかった。
もうこれ以上僕がいても、余計にかのんちゃんを困らせるだけだ。そう思い、僕はコンビニで買ったものをドアノブにかけてカフェの方に戻っていった。
「あっ、陽翔…」
どうやらかのんちゃんの声はこっちまで聞こえていたらしく、ちーちゃんが心配そうに僕の名前を呼んだ。
「すみません…かのんちゃんを元気づけるどころか、逆に傷つけてしまいました…」
「そんな…陽翔くんは悪くないわ。ごめんね。あの子、ただでさえ繊細な子だし、今は不安定になっちゃってるんだと思うわ…」
結局、今日も何もできずに帰ることになった。
「陽翔…その、大丈夫?」
帰り道、隣を歩いているちーちゃんが、僕の顔を伺いながら聞いてきた。
ダメだ。このまま落ち込んでたら、今度はちーちゃんにまで心配をかけてしまう。切り替えないと!
「大丈夫大丈夫!僕はなんともないよ!今日はダメだったけど、今度はちょっとでもかのんちゃんに元気になってもらえるといいね!」
僕がそう答えても、何故かちーちゃんは心配そうに僕の顔を見てくるままだ。
「ちー、ちゃん…?」
「もう…そんな泣きそうな顔で言われても、説得力ないよ。」
「えっ?」
ちーちゃんにそう言われ、僕の中の何かが崩れ落ちた。
「っ!」
涙が溢れそうになるのを堪えようとするが、堪えきれずに流れてしまう。
「もう、しょうがないなぁ。」
ちーちゃんはそう言って、僕の左頬に優しく右手を置いて親指で僕の涙を拭った。
「っ!っぐ…ちーちゃん…!」
しかし、僕は堪えきれず更に涙を流してしまう。幸いなことに、人通りの少ない路地にいたのでちーちゃん以外誰もいないが、中学生にもなってこんな道端で泣いてしまうなんて恥ずかしい。そう思っても、もう涙は止まらなくなってしまった。
「全く…強がろうとしてもわかるよ。」
「ちっ、ちーちゃん…っ…いつもは厳しいのに、どうして今日に限って優しくするのさ…がっ、我慢しようとしたのに…もうっ、涙止まんなんいよ…」
普段は僕がくよくよしてたら、ちーちゃんが「しっかりしなさい!」って叱ってくれる。今よりもっと弱かった昔の僕が、いくら挫けても、情けない姿を見せても頑張れたのは、そんなちーちゃんのお陰だ。
でも、今日に限って…一番辛いのはかのんちゃんなのに、僕が弱い所を見せてる場合じゃないと思っていた今日に限って、ちーちゃんは優しかった。温かく、包み込んでくれるかのように。
「だって陽翔、かのんちゃんと喧嘩もしたことないんだもん。それなのにあんな感じになっちゃって、どうすればいいのかわからないんでしょ?」
「っぐ…んっ…うっ、うん…」
僕は止まらない涙を何とか抑えようとして、嗚咽混じりになりながら頷いた。
「もー、しょーがないなぁ。陽翔はほんとに泣き虫なんだから…陽翔が思ってること、全部私にぶつけちゃいなよ。今日はどんなことでも、ちーちゃんが受け止めてあげるから。」
そんなちーちゃんの優しさに、僕はさらに泣きそうになってしまう。でも、それを何とか堪えて言われた通り全部話した。
受験前日のことも、今日のことも…
かのんちゃんと出会い、助けてもらったあの日から、今度は僕が助けたいってずっと思ってるのに、僕は結局何もできていない。
僕は、あの頃から何も変われていない。結局僕は弱いままで、未熟で、いっつもかのんちゃんやちーちゃんに助けてもらってばかりだ。未だ母に言われた、「誰かを助けられる人」になれていない。僕はそんな自分が嫌で、嫌いなんだ。
「そっか…でも、陽翔が何もできていないなんてことはないよ。私が昔、陽翔のこと苦手だったのは知ってるでしょ?」
ちーちゃんの言葉に、僕は小さく頷いた。
「出会った頃の私は、陽翔のことかのんちゃんを狙う悪い男の子だって思い込んでた。でも、かのんちゃんと三人で過ごしていく内に違うってわかった。それは、陽翔が優しいって伝わったからだよ?」
「僕が、優しい…?」
「うん。確かに陽翔は気弱なところがあるかもしれない。でも、それ以上に陽翔は心の優しい男の子だよ。陽翔のその優しさは、きっとかのんちゃんにも伝わってる。今はちょっと気持ちが不安定だから、かのんちゃんもあんなこと言っちゃっただけなんだよ。それは陽翔も、わかってるでしょ?」
僕は服の袖で涙を拭き取りながら、「うん」と答えた。
「陽翔の優しさは、私たちがしっかりわかってる。だから、そこは変えなくていいんだよ。今の、優しい陽翔ままで。」
ちーちゃんは優しい笑顔で、そう言ってくれた。
「ちーちゃん、ありがとう…!」
ちーちゃんのお陰で立ち直れた僕は、そうお礼を言った。その様子を見て安心したように頷いたちーちゃんは、「あっ、でも…」と今度はニヤッとした笑顔に変わる。
「かのんちゃんを狙うってのは間違ってなかったけどね〜?」
そう言ってケラケラと笑うちーちゃんに、僕も釣られて笑ってしまった。ちーちゃんのこう言った切り替えの早さは本当にすごいな…きっとちーちゃんも、かのんちゃんのことが心配で心配で仕方がないはずなのに、こうやって僕まで元気づけてくれる。ちーちゃんにも、いつも助けてもらってばかりだな…
「ほらっ、しっかりしなさい!いつまでもくよくよしないで、男の子でしょ?」
ちーちゃんはそう言って僕の背中を叩き、いつものように活を入れてくれた。
「うん…そうだね!今一番悲しいのは、かのんちゃんなんだ!そんな時に、いつまでも僕がくよくよしてたらダメだよね!」
「そうそうその調子!きっと明日になったら、かのんちゃんも少しずつ話してくれるようになるよ!」
「うん!本当にありがとう!ちーちゃん!」
ちーちゃんこと嵐千砂都は、丸が大好きでダンスが上手な、とっても元気な女の子。時々ちょっぴり厳しいけど、とっても優しい僕の大切な友だちだ!
第三話でした。いかがでしたか?
またまた千砂都ちゃんとの絡みメインになってしまいましたね笑
今回の話はとても悩みました。千砂都ちゃんがあんなふうに陽翔を慰めるかどうか。千砂都ちゃんならもっとスパルタな方法で解決しそうではありますが、今回はこれが最善だと千砂都ちゃんが思ったということにしてください笑
あと実はこの話、アニメ第11話「もう一度、あの場所で」視聴前に書いてたんですよね…
これからはかのんちゃんメイン回が多くなると思います。次回は今回の件を経て陽翔とかのんちゃんがどう仲直りするのか、ご注目ください。
ということで今回はこの辺で…第三話も読んでくださり、ありがとうございました!お気に入り登録、評価や感想なども是非よろしくお願いします!
次回、第四話の投稿日はまだ未定ですが、明日中には投稿したいと考えています。是非ご覧ください!