ヒーローを夢見る少年はヒロインに助けられる   作:シーチ

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第四話 僕にとってのヒーロー

「はぁ…」

 

私、澁谷かのんは、私を心配して来てくれたはるくんに怒鳴ってしまったことを後悔し、ため息をついていた。

 

事の発端は、私が結ヶ丘女子高等学校の音楽科の実技試験で歌えなかったこと。それで落ち込んだ私を心配し、様子を見に来てくれたちぃちゃんには冷たい態度をとってしまい、はるくんに至っては怒鳴ってしまった。

 

「なんで怒鳴っちゃったんだろう…」

 

口ではそう言いつつも、その理由はなんとなくわかってる。はるくんは優しい。とても優しい。彼のその優しさに、私は何度も助けられてきた。でも、今だけはその優しさが辛かった。

 

受験前日、はるくんは歌の結果がどうであれ、自分は私が歌えることを知っている。私の歌が大好きだ、そう言ってくれた。それがとても嬉しかった。だからこそ、絶対に歌いたかった。

 

はるくんにもっと喜んでもらいたい。はるくんにもっと褒めてほしい。はるくんと一緒に喜び合いたい。何より、はるくんの期待を裏切りたくない。

 

それなのに、結果は歌えなかった。

 

だから、本当ははるくんに会いたいのに、今は…今だけははるくんと会いたくなかった。

 

歌いたいのに歌えない。会いたいのに会いたくない。優しいはるくんが好きなのに、今は優しくしてほしくない。そんなふうに、感情がグチャグチャなってしまっていたから、つい堪らず怒鳴ってしまった。

 

これからどうすればいいんだろう…もうこのまま、はるくんと今までみたいに遊んだり、お話したりできないのかな…

 

「ヤダよ、そんなの…」

 

大好きな歌が歌えなかった。それなのに、大好きなはるくんまで失ってしまったら…

 

そんな考えでいっぱいになってしまい、私は再び涙が溢れそうになるのを必死で堪えた。

 

昨日は一日中泣いていた。大好きなはずの歌が歌えない。もうこれで音楽をおしまいにしてしまわないといけない。はるくんやちぃちゃんに、もう歌を聞いてもらえない。そう思うと、涙が溢れ出して止められなかった。あんなに泣いたのは、いつぶりだろ…

 

その時、私の部屋の扉をノックする音が聞こえた。そして、私を呼ぶ声が聞こえる。

 

「かのんちゃん。」

 

優しい声。幼い頃から毎日のように聞いてきた、大切な幼なじみの声だ。

 

「ちぃちゃん…?」

 

「入ってもいい?いや、入るね。」

 

そう言って扉を開けるちぃちゃん。

 

「うぇっ!?ちょっ、ちぃちゃん!?」

 

「うぃっす、かのんちゃん。」

 

強引に扉を開けたことなんてなかったかのように、いつものように、でもいつもより優しい声で私に声をかけてくれたちぃちゃん。

 

「これ、ドアノブにかかってたよ。陽翔から。」

 

そう言って、ちぃちゃんはコンビニの袋を渡してくれた。中を見てみると、カフェオレとハンバーグが入っていた。

 

はるくん…そうだ。私、はるくんにもちぃちゃんにも、酷い態度とっちゃったのに…

 

「ちぃちゃん…うっ…うぅ…ちっ、ちぃちゃーん!!」

 

抑え込んでいた思いが、不安が一気に溢れてしまった私は、涙を流しながらちぃちゃんに抱きついた。

 

「おっと…今日の私の幼なじみは、2人とも泣き虫だなぁ…」

 

私を受け止めてくれたちぃちゃんは、とても優しく温かい声で呟いた。

 

「じゃあかのんちゃんも、思ってること全部私にぶつけてきて。今日はちぃちゃんが、なんでも受け止めてあげる日だから!」

 

ちぃちゃんは優しく、そう言った。

 

私は泣きながら、ちぃちゃんに全部話した。私のぐちゃぐちゃになってしまった感情を、不安を、戸惑いを、思いを、全て。

 

ちぃちゃんは優しく微笑んで、そんな私の話を頷きながら聞いてくれた。全部話し終えたら、私の気持ちが少し楽になったように感じた。

 

「私、どうしたらいいんだろう…」

 

「かのんちゃんは、どうしたいの?音楽科落ちちゃったこととか、陽翔に怒鳴ってしまったこととか、もう過ぎちゃったことは変えられないし、どうしようもない。でも、これからのことは違うでしょ?かのんちゃんがこれからどうするかは、かのんちゃんにしか決められないことだよ。」

 

ちぃちゃんに言われて、私はハッとした。

 

そうだ…ちぃちゃんが言ったように、過ぎたことは変えられない。歌えなかったことも、酷いことを言ってしまったことも…そんな私が、今どうしたいか…今1番、したいことは何か…

 

「私は、はるくんと仲直りがしたい!はるくんとこのまま、会えなくなるなんて嫌だ!歌えなかったけど…音楽科には行けなかったけど…でも私は、これからもはるくんと会いたい!」

 

私がそう言うと、ちぃちゃんはニッコリ笑って頷いてくれた。

 

「うん。それでこそかのんちゃんだよ!」

 

「ちぃちゃん、ありがとう!あと、ごめんなさい!ちぃちゃんにも、冷たい態度とっちゃった…」

 

「気にしないで!かのんちゃんと陽翔は、私にとって大切な友だちだから!」

 

「うぅ…ちぃちゃん!」

 

嬉しくなった私は、またちぃちゃんに抱きついた。

 

「ちぃちゃん…ありがとう、大好きだよ。」

 

「かのんちゃん…うん、私も。」

 

しばらく抱きついていた私は、ちぃちゃんから離れて呟く。

 

「はるくんにも、謝らないとね…」

 

「うん。かのんちゃん、行ってきなよ。今なら陽翔、家にいると思うから。」

 

「えぇ!?今から!?」

 

ちぃちゃんの突然の提案に、私は驚いて大声を出す。

 

「こういうのは早い方がいいでしょ?ほら、準備して!」

 

「うん、そうだね!」

 

私はそう答えて、急いで身支度を済ませた。

 

「ちぃちゃん、行ってきます!」

 

「うん!行ってらっしゃい!」

 

ちぃちゃんがそう答えたのを聞いて、私は部屋を飛び出した。

 

「かっ、かのん!?」

 

私がお母さんのいるカフェの方に行くと、ずっと部屋にいた私が出てきたことにお母さんが驚く。

 

「お母さん…あとでちゃんと話すから。だから、今ははるくんに謝りに行かせて!」

 

「かのん…えぇ、行ってきなさい。」

 

お母さんだって、言いたいことや聞きたいことがたくさんあるはずなのに、お母さんは優しく微笑んでそう言ってくれた。

 

お母さんにも、たくさん心配かけちゃったな…そう思った私は、家を出ようとしたところで立ち止まる。

 

「それと、いっぱい心配かけちゃってごめんなさい…ありがと…」

 

「ありがとう」、その言葉を言うのに少し恥ずかしくなってしまった私は、段々と声がしりすぼみになってしまった。でも、お母さんには全部しっかりと聞こえたと思う。何故なら、お母さんはとても嬉しそうに笑ってくれたから。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

かのんちゃん、大丈夫かな…これまでにも何度か歌えなかったことがあり、もちろんその時もかのんちゃんは落ち込んでいた。でも、あそこまで落ち込んだかのんちゃんは初めて見たし、かのんちゃんのあんな荒らげた声は初めて聞いた。

明日またかのんちゃんの家に行く予定だけど、やっぱり不安だ。

 

ピーンポーン

 

すると、家のインターホンが鳴った。

 

「宅急便かな…?はーい!……って、かのんちゃん!?」

 

玄関まで行き扉を開けると、そこに立っていたのはかのんちゃんだった。音楽科の受験が終わってからずっと家にいたかのんちゃんが、まさか僕の家に来るなんて思ってもみなかったためとても驚いた。

 

「どっ、どうしたの!?あっ、立ち話もなんだからとりあえず中に入る?」

 

僕がそう聞くと、かのんちゃんは静かに頷いた。

 

それから僕の部屋に案内し、部屋にある白いちゃぶ台を挟んで向かい合うような形で座る。普段なら何気ない会話をしながら僕の部屋まで来て、遊んだり話したり、時には勉強会をしたりする。しかし、今朝の件もあったためここまで会話という会話もなく、今も気まずい空気が流れている。

 

でも、いつまでもこのままなわけにはいかない…そう思った僕は、意を決して口を開く。

 

「「ごめんなさい!」」

 

すると、かのんちゃんまで同じタイミングで話し出し、僕と全く同じ言葉を発した。僕たちはそのことに驚き、再び少し沈黙が流れる。

 

「えっと…どうしてかのんちゃんが謝るの?」

 

僕はその沈黙を打ち破り、かのんちゃんにそう聞いた。

 

「どうしてって…私、はるくんに怒鳴っちゃったから…」

 

あぁ…かのんちゃんは本当に優しいな。どんなに自分が辛い時でも、こうやって人のことを考えられる。

 

「というか、はるくんこそどうして…?」

 

今度はかのんちゃんが聞いてきた。

 

「だって、かのんちゃんを励ますどころか余計にかのんちゃんを傷つけてしまったから…」

 

僕がそう言うと、かのんちゃんはバンッと机に両手をついて身を乗り出して言う。

 

「そんなことない!そんなわけないじゃん…!むしろ私は嬉しかったよ!」

 

「えっ?」

 

かのんちゃんがものすごい勢いで言った言葉に、僕は呆気にとられてしまった。

 

「私、人前ではいつも歌えないから凄く不安だった。でも、受験前日にはるくんがかけてくれた言葉は本当に嬉しかった!私の歌が好きだって言ってくれて、すごく元気が出たんだ。だからこそ、悔しかった…はるくんもちぃちゃんもたくさん応援してくれたのに…今度こそ歌えるかもって思ってたのに、結局歌えなかった…それでむしゃくしゃして、はるくんにあたっちゃって…本当にごめんなさい。」

 

そう話しているかのんちゃんは、ずっと震えていた。きっと、ずっと不安だったんだと思う。音楽科の受験の前も、その後もずっと…

 

「そんな…気にしないで。僕は全然大丈夫だよ。むしろ、少しでもかのんちゃんの役に立ててたならよかった。」

 

「でも私はっ!」

 

僕はかのんちゃんの言葉を遮って、話し続ける。

 

「僕たちが初めて会った日のこと、覚えてる?」

 

「えっ…?」

 

突然昔話を始めた僕に戸惑いながらも、かのんちゃんはゆっくり頷いた。

 

「あの日、かのんちゃんが僕を助けてくれた日から、ずっと思ってたんだ。今度は僕が、かのんちゃんの助けになりたいって。あの日のかのんちゃんは、僕にとって本当にヒーローのようだった。かのんちゃんは、僕の憧れなんだ。」

 

「そんな…私なんて、何も…」

 

何も、その言葉の続きは言わずに、かのんちゃんは唇を噛んで俯いた。何もない、何も出来ない、明確になんて言おうとしたのかはわからないが、この言葉の続きがネガティブな言葉だってことぐらい僕にもわかる。

 

「そんなことない。今もかのんちゃんは、僕にとって憧れだよ?」

 

僕がそう言うと、かのんちゃんは俯いたまま震えた声でゆっくり話し出す。

 

「私、はるくんが思うほどすごくないよ…弱いところだってたくさんある。」

 

「弱いところくらい、誰にだってあるよ。」

 

「……私、お化け苦手だよ。」

 

お化け?一瞬なんの話かわからなかったが、きっと自分の弱いところのことを言っているんだろう。

 

「知ってるよ。もう5年も一緒にいるんだもん。なんなら僕もお化け苦手だし。」

 

「それに、高いところだって嫌い…」

 

「知ってる。遊園地に行っても、ジェットコースターとかは絶対に乗らないもんね。」

 

「他にもたくさん苦手なものも、嫌いなものもあるよ…」

 

「うん。人間なんだから、苦手なものも嫌いなものもあるよ。そんなものがあっても関係ない、僕がかのんちゃんに憧る気持ちは変わらないよ。」

 

僕がそう言うと、かのんちゃんは腿の上で握っていた手を、より力強く握りしめた。

 

「……それに私、はるくんが言ったようなヒーロー、なんて柄じゃ全然ない。」

 

「そんなことないよ。僕は何度も、かのんちゃんに救ってもらった。いじめっ子から助けてくれたことだけじゃない。かのんちゃんの眩しい笑顔は、弱くて何もできなかった僕に元気をくれた。何もできなかった僕を、かのんちゃんは引っ張ってくれたんだよ!」

 

かのんちゃんの眩しい笑顔に、僕は何度も元気をもらった。それに、かのんちゃんは、ずっと1人だった僕に友達といる楽しさを教えてくれた。臆病な僕を引っ張って、たくさん知らないことを教えてくれた。母に言われた「誰かを助けられる人」、それをただヒーローと捉えていた僕に、その答えにつながりそうなものを教えてくれたのもかのんちゃんだ。

 

「僕をたくさん助けてくれて、僕に元気をくれたかのんちゃんは、僕にとって紛れもないヒーローなんだよ。どんなかのんちゃんだって、僕にとってはヒーローだよ!」

 

僕がそう言うと、俯いていたかのんちゃんが顔を上げた。

 

「だからかのんちゃん、そんなに自分のことを悪く言わないで。」

 

僕はかのんちゃんの隣に移動して、まっすぐかのんちゃんの目を見つめて言った。すると、かのんちゃんは目を見開いた。しかしすぐに泣きそうな目になり、縋るように僕の服を掴んだ。

 

「……っ…でもっ!何より、歌えないんだよ!歌が大好きなはずなのに…はるくんやちぃちゃんにたくさん応援してもらったのに、それでも歌えなかった…みんなを大好きな歌で元気にしたいって言ってたのに、元気にするどころか歌えもしなくて、逆にはるくんたちに心配かけちゃってる…」

 

かのんちゃんは、昔からよく言っていた。いつか大好きな歌で、みんなを元気にしたいと。

 

そしてそれは、実現できてたと僕は思う。みんな、ではまだないかもしれないけど、少なくとも僕は…!

 

「かのんちゃん。僕はかのんちゃんの歌に、いつも元気をもらってたよ?」

 

僕がそう言うと、かのんちゃんは目を見開いて顔を上げた。

 

「えっ?」

 

「音楽科の受験の前の日、言ったでしょ?かのんちゃんが歌が上手なことも、人の心に響く歌を歌えることも、歌で人を元気にできることも知ってるって。そんなかのんちゃんが大好きだって。」

 

「でも、それができなかった…もう私は、はるくんが大好きだって言ってくれる私じゃない…」

 

「違うよ。確かに歌を歌ってるかのんちゃんも大好きだよ。でも、それだけじゃない。歌えないからって、僕がかのんちゃんを好きじゃなくなるわけないでしょ?」

 

かのんちゃんの言葉に、僕は首を横に振ってそう答えた。

 

「僕はかのんちゃんの全部が好き。お化けが苦手なかのんちゃんも、高いところが嫌いなかのんちゃんも、ハンバーグが好きなかのんちゃんも、普段のちょっと内気なかのんちゃんも、芯が強いかのんちゃんも、その全部が大好きだよ!だから、そんなに自分を責めないで。」

 

「っ!……はるくん…うっ…うぅ…っく…」

 

かのんちゃんは、僕の服を掴んだまま泣いた。

 

「うぅっ…でっ、でも…私、はるくんを元気、に…する歌…もう歌えないかもしれない…」

 

嗚咽混じりで途切れ途切れになりながら、かのんちゃんはそう言った。

 

「それでも、僕はかのんちゃんが好きだよ。」

 

「っ…もっ、もう音楽…やめちゃうん、だよ…?」

 

「それは悲しいけど、それでも好きだよ。」

 

「これからも、私と友達でいてくれる…?」

 

まだ不安そうに僕を見つめるかのんちゃんに、僕は笑顔で答える。

 

「もちろん!僕はずっと、かのんちゃんの味方だよ。」

 

「うぅ…っく…はるくん…!」

 

そう僕の名前を呼んだかのんちゃんは、僕の服から手を離したかと思えば、今度は僕に抱きついた。ぎゅっと、力強く。そのままかのんちゃんは、しばらく泣き続けた。

 

そして2、3分すると、かのんちゃんは顔を上げた。涙のあとが残り、目や頬がまだ赤いままのかのんちゃんはくしゃっと笑って言った。

 

「ありがとう!はるくん!」

 

まだ完全には元のかのんちゃんのような元気は取り戻せていないかもしれない。音楽科の受験に落ちたら、あんなに大好きだった歌を辞めようと考えていたぐらいだからそれも当然だ。でも、少しは元気を取り戻してくれたんじゃないか。そしてこれから、少しずつ元のかのんちゃんのようになってくれる。笑顔で僕にお礼を言ったかのんちゃんからは、そう感じられた。

 




第四話でした。いかがでしたか?

書いてて思いましたが、第四話にしては展開が早すぎましたね笑
でも、もう数話したらアニメ本編に入ろうと思っていたので、ここしかないなと思い第四話にして書いちゃいました。

今回の話を経て、次回、とある変化が…?

では、今回はこの辺で…第四話も読んでいただきありがとうございました!お気に入り登録、評価や感想なども是非よろしくお願いします!

次回第五話は、アニメ最終回放送終了の30分後、午後8時に投稿いたします。是非ご覧ください!そして、アニメ最終回も楽しみましょう!
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