林田の歴史   作:林田力

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播磨国揖保郡林田里

林田は律令時代の播磨国揖保郡林田里に遡る。播州平野に位置し、瀬戸内性の豊かな自然と、安定した気候に恵まれた関西屈指の穀倉地帯である。林田川(はやしだがわ)が流れる。林田里には、ある種の優しさと平穏がある。温かい湯に浸されるような心の安らぎがある。別の場所とは光も色も音も匂いも重力も違う世界に入ったようであった。

 

播磨国は山陽道の一国であり、摂津国、丹波国、但馬国、因幡国、美作国、備前国に接する。播磨国は出雲と大和を結ぶ陸上交通路の中間点である。韓国から筑紫(九州)、大和を結ぶ瀬戸内海の海の道の中間点でもある。揖保郡は西播磨にある。揖保郡の西は赤穂郡で、その西は備前国である。

 

林田里は元々、淡奈志(たなしめ)と称した。これは伊和大神(いわのおおかみ)が土地占有の標を立てたところ、楡(にれ)の木が生えてきたことに由来する。そこで神の手(たな)の印(しめ)という意味で、淡奈志(たなしめ)と呼ぶようにした。実際、林田川の自然堤防には楡の並木が広がっている。

 

伊和大神が土地占有の標を立てた背景は、新羅から来た天日槍(あめのひぼこ)との国占め争いである。交通の結節点であった播磨国は古代から外来者の争いが激しかった。

 

天日槍は新羅国の皇子である。水辺で太陽の光を受けた女が赤玉を生んだ。天日槍が赤玉を床に置くと赤玉は女性になった。天日槍は、この女性を妻とするが、女性は逃げ出してしまった。それを追って播磨国にやってきた。

 

播磨国にいた伊和大神は天日槍に退去を求めた。

「ここは私の国です。他所へ行ってください」

しかし、天日槍は立ち去ろうとしなかった。

 

伊和大神は先住者のように振舞っているが、彼も出雲から来た外来者である。「ぐずぐずしていたら、国を取られてしまう。早く土地をおさえてしまおう」と大急ぎで移動した。その途中、ある丘の上で食事をしたが、慌てていたため、ご飯粒をこぼしてしまった。ここから、その丘を粒丘(いいぼのおか)と呼ぶようになった。これが揖保(いぼ)郡の由来である。

 

伊和大神と天日槍は軍勢を出して戦ったが、決着がつかなかった。そこで伊和大神は提案した。

「高い山の上から三本ずつ黒葛(つづら)を投げて、落ちた場所をそれぞれが治める国にしよう」

天日槍は同意した。二人は山に登って黒葛を投げたところ、伊和大神の黒葛は播磨国、天日槍の黒葛は但馬国に落ちた。そこで伊和大神が播磨国、天日槍が但馬国を治めることになった。

 

伊和大神の子に伊勢都比古命(いせつひこのみこと)、伊勢都比売命(いせつひめのみこと)の兄妹がいた。この兄妹は林田里の伊勢野の山の峰にいた。衣縫猪手と漢人万良の祖が、社を建てて祀った。これによって平穏が訪れ、里を形成することができた。これが伊勢野の由来とされる。後の兵庫県姫路市林田町上伊勢と下伊勢である。この祭祀は林田町上伊勢の多賀八幡社に受け継がれている。

 

霊亀元年(七一五年)に国郡里制は郷里制に改められ、里は郷と改称された。これにより、林田里は林田郷になる。唐の州県郷里制に倣った制度である。五〇戸から成る里を郷とし、郷を新たに二つか三つの里に分割する。行政単位を分割化し、農民支配を強化しようとした。無駄な組織やポストを作る官僚制の弊害が律令国家にも生じている。うまくいかないことは当然であり、天平一二年(七四〇年)頃に里が廃止され、国郡郷制になった。

 

平安時代初期になると林田農業(林田農法)が普及した。これは焼畑農業の進化した形態である。焼畑農業は山林を伐採して火入れし、四年間から五年間畑として耕作して放棄する。これに対して林田農業は伐採後に火入れせずに畑として十年ほど耕作して畑に戻す。林に戻す際はハンノキを植えて地力を回復させる。ハンノキは空気中の窒素を固定するために地力回復になる。ハンノキの樹皮は染料になり、樹木は家具の用材になる。焼畑農業に比べて持続可能性が高い。

 

この林田農業は国司や大領主ではなく、独立した小農民によって運営された。日本には大規模農業が効率的という感覚があるが、小規模の経営の方が資源を効率的に利用できる。

 

荘園制が発達すると、林田郷の一部は林田荘として成立する。林田荘は寛治七年(1093年)に賀茂別雷神社(上賀茂神社)の荘園になった。林田荘では元暦二年(1184年)4月29日の文書で守護人や地頭が横領や狼藉をしていると記録している。守護・地頭は公式には文治元年(1185年)10月、源義経・源行家の追討を目的に設置されたが、それ以前から自称も含めて存在していた。

 

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