林田の歴史   作:林田力

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横須賀造船所

忠順は安政七年(一八六〇年)、日米修好通商条約批准のため米艦ポーハタン号で渡米した。太平洋の船旅で日本人の多くは船酔いに苦しんだ。海に囲まれながら、日本人の知る海は近海だけであった。忠順は船内を歩き、船の構造や仕掛けに好奇心を示した。

 

サンフランシスコ上陸後に陸路でアメリカ大陸を横断する。合衆国政府と通貨の不当な交換比率の見直し交渉を行った。忠順の役職は遣米使節目付であった。米国側が目付をスパイと翻訳したため、「徳川幕府はスパイを使節として同行させている」と騒ぎになった。忠順は目付をケンソル(Censor)と説明して乗り切った。ケンソルは古代ローマの監察官である。

 

遣米使節の太平洋横断には勝海舟や福沢諭吉らが咸臨丸に乗って同行した。咸臨丸はサンフランシスコ到着後に損傷個所を修繕して日本に戻った。遣米使節の帰りは西海岸からアフリカ喜望峰を周ってインド洋経由という世界一周の旅になった。

 

ここで忠順は近代文明に触れ、グラスやネジ、バネといった工業製品を持ち帰った。工業製品を導入して近代化を図るだけでなく、工業製品を国内で製作することから志向した。その具体化が横須賀造船所である。造船所建造に対して、勝海舟は海軍五百年説の立場から反対した。

「軍艦は数年で建造できるとしても、海軍を運用する人材育成には時間がかかる。英国でも三百年要しており、日本では五百年かかる。それ故に人材育成を優先すべき」

 

その後、尊皇攘夷派と気脈を通じていると見なされた勝は失脚し、忠順の提言が採用されて横須賀造船所は建設された。フランス海軍技師のヴェルニーがロッシュの推薦で来日し、建設を進めた。横須賀造船所は単なる箱モノではない。出勤や残業など近代的な雇用関係の概念も導入した。日本の近代化を推進する施設であった。

 

横須賀造船所は、幕府崩壊後は明治新政府に引き継がれ、帝国海軍の重要施設となった。日露戦争でバルチック艦隊を破った東郷平八郎は戦後、小栗の遺族に「日本海海戦の勝利は小栗が作った横須賀造船所のお蔭」と礼を述べた。小栗の先見性が認められた瞬間である。司馬遼太郎も小栗を「明治の父」と評した。小栗は明治政府に先んじて廃藩置県相当の構想も抱いていた。

 

その後、日本は日露戦争の勝利に驕って無謀な侵略戦争に突き進み、国土を焼け野原にしてしまった。ここまで見ると、人材育成を先とした勝の言葉も一理ある。明治になって日清戦争など日本の帝国主義的政策に反対した勝の主張も合わせると一層含蓄がある。

 

このように長期的視点に立てば両者の主張は共に尤もであるが、当時の視点に立てば忠順に軍配上がる。国内に造船所がなければ、船舶は海外から購入しなければならない。実際、幕末は幕府も諸藩も海外から船舶を購入していた。しかし、船舶は購入したら終わりではない。故障すれば修理しなければならない。

 

造船所は新たに船舶を建造するだけでなく、既存の船舶を修理する場所でもあった。消耗品である砲弾や弾丸も作る総合工場とする構想もあった。実際、小栗が訪米時に見学したワシントン海軍造船所が同じであった。造船所で既存の船舶をメンテナンスできれば、外国に依頼する費用と時間を節約できる。旧日本軍の大きな欠点として兵站の軽視が挙げられる。造船所を提言した忠順は日本人に欠けがちな視点を有していた稀有な人物であった。

 

忠順と勝海舟は対照的な存在である。現実に二五〇年以上も続き、当時の人々にとって未来永劫存続すると思われた幕府の限界を見抜いていた点は共通する。しかし、その幕府への姿勢は異なっていた。

 

勝は幕臣でありながら、攘夷から倒幕という時代の流れをもたらした。歯に衣着せずに幕府の無能を批判していた。西郷隆盛に最初に倒幕を意識させた。戊辰戦争では主戦論者を抑えて江戸城の無血開城を実現した。それは各々の出身を踏まえると当然という面もある。

 

忠順は三河以来の旗本の家柄である。三河譜代の中でも家康の祖先の松平氏が安祥城にいた頃からの家臣・安祥譜代であった。これに対して勝は先祖代々の武士ではなかった。勝の先祖は高利貸しで財をなし、御家人株を買って御家人となった。

 

これは勝に師事し、倒幕の推進勢力になった薩長同盟成立の立役者となった坂本龍馬も同じである。坂本家も商人・才谷屋の分家筋で、土佐藩から郷士に取り立てられた。二人の共通点は先祖が財力で武士に成り上がったことである。幕府を絶対視しなかった柔軟な発想には、二人のルーツが影響しているだろう。

 

忠順の言葉「病の癒ゆべからざるを知りて薬せざるは孝子の所為にあらず」は明治になって福沢諭吉が「痩我慢の説」で紹介した。そこには幕臣でありながら、明治政府に出仕して高官となった勝海舟らへの批判が込められている。福沢の反骨精神は了とする。小栗と比べ、勝の幕府への忠誠心が薄いことは、ある意味当然であった。勝や坂本のような存在が活躍する時点で、既に身分制度を前提とする幕藩体制は崩壊しつつあった。

 

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