to the beginning 作:ヘルメス・トリスメギスタス
「池田屋事件…ですか?」
武内さんの言葉に俺は聞き返す。
「はい。今度新選組を主題とした時代劇を作ることになりました」
「それで池田屋事件ですか。キャストは決まってるんですか?」
「はい。346プロのアイドルが出演します。
それで橘さんにお願いしたいことがあります」
「何でしょう?」
「アイドルに剣術の指導をお願いしたいのです。
橘さんは剣道世界大会優勝者だとか」
「まあ、一応は」
「引き受けて頂けるのでしたら、キャストの一枠をお譲りします」
「…わかりました。引き受けましょう」
「ありがとうございます。日程はまた後日改めて」
さてと、誰を出そうか?
剣術指導の日、俺はトレーニングルームに向かった。
トレーニングルームに着くと、複数のアイドルが既にいた。
「兄さん。私が出演することで良かったんですか?」
「出演といってもチョイ役だからな。気楽なほうさ」
「あっ…。橘さん」
俺に気付いた鷺沢さんがこちらに向かってきた。
「本日は剣術指導よろしくお願いします」
「鷺沢さんも気楽に構えてよ。ありすと同じなんだし」
「いえ…。私、運動が苦手なので…。それが不安なんです」
「まあ、分かりやすく教えるから安心して」
んー、緊張してるな。
「橘さんおはようございます!」
島村さんが元気よく挨拶してきた。
うう。笑顔が相変わらず眩しい。
「今日はよろしくお願いしますね!」
「あ、ああ。よろしくお願いします」
相変わらず陽キャには慣れないな。
そうこうしているうちにアイドルが揃った。
「はい。今日の剣術指導を行う橘です。よろしくお願いします」
「助手の珠美です」
「それじゃあまずは持ち方から始めようか」
こうして剣術指導が始まった。
「その持ち方のまま竹刀を振って…そう、その調子」
剣術指導は順調に進んだ。
とりあえず形にはなっているな。
「橘殿! 珠美に一手指南をお願いします!」
突然脇山さんが対戦を申し込んできた。
「まあ、いいけど…」
俺は竹刀を構える。
脇山さんはこちらの攻撃を警戒してか、じりじりと間合いを詰める。
…俺には意味ないんだけどね。胴か。
俺は脇山さんの胴を避ける。
その後も脇山さんの連続攻撃を避け続ける。
「さっきから珠美ちゃんの攻撃が全く当たらないけど、
それだけ橘さんの反射神経がいいってこと?」
島村さんが疑問を投げかけましたね。
ここは兄さんに代わって私が答えましょう。
「違います。兄さんの動きをよく見て下さい」
みんなが兄さんの動きをじっと見てますね。
「…珠美が攻撃するより先に動いてる?」
「正解です速水さん。兄さんは脇山さんの次の動きを知っています」
「いやいや! そんなのどうやって!?」
「本田さん。簡単に言えば千里眼です」
「千里眼!?」
「兄さんの千里眼は過去・現在・未来・並行世界を視ることが出来ます。
だから攻撃を当てるのは極めて困難なんです」
「ちょっと!? それチート過ぎるよ!?」
「ええ。そこに剣の腕が加わってますからね。
兄さんに勝つことは、ほとんど不可能でしょう」
ふむ。脇山さんの腕前も見れたし、そろそろいいかな。
俺は平正眼の構えから、技を繰り出す。
「一歩音超え……二歩無間……三歩絶刀! 『無明――三段突き』!」
パパパン!
全く同時に三つの突きが脇山さんを捉える。
「……参りました」
「前に立ち会った時より腕を上げたね」
「いやあ。それでも橘殿には敵いませんでした」
俺達が立会いの感想を話していると、みんなが集まってきた。
「兄さん。最後に繰り出した技って…」
「ありすには一度見せたっけ。無明三段突きだよ」
「天才剣士沖田総司の必殺技じゃん! そんなのも出来るの!?」
「ああ、出来るよ本田さん」
みんながみんな驚きの表情をする。
「完全に生まれる時代を間違えてるね」
「はは。渋谷さん。よく言われるよ。俺の悩みでもあるんだけどね」
「橘さんに悩みなんて無さそうに思うけどね」
「俺だって悩みはあるさ。全力を出せないという悩みがね」
「「「「「え?」」」」」
「え?」
「いやいや! あれが全力じゃないの!?」
「手加減してるよ。全力だと殺してしまうからね」
「うわあ…。ちなみに全力だとどうなるの?」
「そうだね。こんな感じかな」
俺はそう言って全バフスキルをオンにした。
途端に本田さん達に途轍もない圧が襲いかかった。
「か……は……」
俺を除く全員が呼吸が出来なくなる。
俺はスキルを解除した。
その途端にゼーハーと息する本田さん達。
「まあ、この圧に相対しつつ戦うことになるわけだよ」
「いや、これ本気で無理」
「渋谷さんの言う通りだよ。現代の人間には不可能だろうね」
「じゃあ千里眼について質問。どの位視れるの?」
「大きなことから小さいことまで視れるよ」
「例えば?」
「島村さんが白。本田さんが縞々。渋谷さんが青だね」
「えっ…もしかして…」
「島村さんが思ってる通りだよ。過去を視て今日の下着を確認したよ」
「セクハラですよ橘さん!」
「ごめんごめん。悪用するとこういうことが出来るという見本さ」
「でも未来が見えるのはいいですよね」
「…………」
「橘さん?」
「……島村さんは本当にいいと思っているのかい?」
「それは……未来が視えるなら……」
「それが絶対に回避できない絶望の未来でもかい?」
「それは……」
「俺は母の病気が治る方法を千里眼で探したさ。
でも、見つからなかった。全て死だった。その時の絶望がわかるかい?」
「…………」
「だから俺は千里眼をあまり使わないのさ。今日は気まぐれだよ」
「兄さん。剣術指導の続きを」
「そうだね。それじゃあ続きをしようか」
しんみりした空気を振り払うように努めて優しい声で話す。
そして各自練習を再開した。
しかし、鷺沢さん運動神経が……うん、何とかなるだろ。