仄暗い深海からのヴィランコレクション 作:ターンアウトエンド
「ミズキ、お前サポートアイテムの開発に回りたいって言ってたらしいけど、どんなのが作りたいんだ?」
休日、リビングでソファに寝転んでいたら、同じく休日だった父に話しかけられた。
父は隠していたお菓子とお酒を持って、昼酒を楽しむ準備をしていた。
その持っているお菓子は、私が見逃していたやつだな。ピリ辛は要らん。
んー?
いきなりどうしたの。
「いや、母さんに聞いてな。サポートアイテムってんなら、俺がテスターやれるかもしれないだろ?」
なるほど。
今は特に具体的には考えてないからなぁ。
父さんは私にヒーローになれとは言わんね?
「ん、あぁ。人助けなんて、本人のやる気が無けりゃ有り難迷惑ってもんだ。お前はお前がやりたいことをすれば良いさ」
へー、さすが大黒柱。
じゃニートで。
「それは話が別」
前言撤回が早すぎるぞぉおやじー。
かかか、と笑う父は、気の良い漁師みたいな為りだ。
骨太で大柄な体は重厚な筋肉で覆われていて、第一印象は軍人かプロレスラーである。
父の職業は、レスキュー隊員。
これはヒーローとかではなく、そのサポートもこなす真っ当なレスキュー隊員だ。
海難に限らず、山岳遭難、交通事故、災害救助まで、所属している管区内の事故・災害に日夜対応している。
その他にも、緊急のレスキュー要請がなければ、消防活動や、訓練、延いては教導まで行っているそうだ。
何でこんなに詳しいかって?
定期的にこう絡み酒で自慢するからだよ。耳にオクトパスだぜ。
そういえば、
父さんはなんでヒーローにならないん?
やってることヒーローと変わらないじゃん。
「あー、それな。それはなぁ」
さっきまでのテンションと違い、やや言い辛そうに言葉を選ぶ父。
これは気になるが?
なんかあった?
ヒーローに虐められたとか?
「んー、これ、
と言って話し始める父。
龍鬼ってのはヒーローに憧れる弟の名前だ。
変身しないよな?
「昔な、俺の高校の恩師が事故で亡くなったんだ」
ふむ。
でも事故ならヒーロー関係なくない?
「まぁ聞け。でな、その事故で亡くなる前から、方角先生って言うんだが、方角先生はある活動をしてたんだ」
活動?
「ああ。ヒーローのな、この名前は言わないが、昔の教え子のヒーローを辞めさせようとしていたらしい」
辞めさせるって、ヒーローを?
またなんで?
「精神的にかなり憔悴していたらしくてな、何度か相談を受けていたみたいだ。それで、暫くヒーローから離れてはどうか、と勧めてたみたいだが…」
辞めなかった?
「いや、辞めさせて貰えなかったらしい」
誰に?
事務所の社長?
「いや、……ヒーローの、公安委員会がだな」
…なるほど。
あれか、なんか漫画の方でも居たな。公安の暗部。
と言うことは?
その方角先生は公安に殺された?
「いや!…さすがにそれはない、と、思いたい」
なんでそんなにブレブレなの。
「その後の対応がな…でも何かはしたんだろうな。方角先生は事態を大きくしようと色々と、教育委員会なんかも巻き込んでいたんだ。でもニュースどころか地域広報にすら載らなかった。それに結局、そのヒーローも辞めて音沙汰無くなったし、…色々後味の悪い結果だったんだ」
だからヒーローに不信感があるんだ?
「ヒーローには無いさ。ただそのまとめ役の公安委員会は、ちょっと信用がならん。そのあと、俺らの世代でも何人かはヒーロー志望を辞退したんだ。俺も含めて、な」
そっか。でも龍鬼はいいの?
「ああ、ヒーローを目指すことは悪いことじゃない。人を助けるために体を張ることは、とても尊い事だ。龍鬼がそれを目指すなら、父さんは応援するさ。でもな、もし公安委員会が龍鬼を利用しようってんなら、俺が許さねぇ。例え何かされようと、俺の息子は守ってやる」
さすが父さん。
でも決めるならそのお菓子とお酒は手を離そうよ。
「これがないと気恥ずかしくて無理」
さすが父さん
締まらないね。
「るせえゃ。じゃあお前だお前。ミズキは何したいんだよ?」
私は家族が笑って過ごせるように頑張るよ。
「お、おう?」
戸惑ったような父の顔が、少し面白かった。
もし家族を害しようとする者が居るのなら、私は力を使うことを躊躇わない。
父が守ろうとするものを、
その結果、この世界が混乱しようとも、ね。
ん、何。お前達も頑張るって?
有り難う。ただ、撃つなよ。
あん?フリじゃねえよ。威力の調整も出来ねぇモン使えるかよ。
あ?上に調整してどうするんだバカ。
「ねぇちゃんは俺が守る!」
お、おぅ、いきなりどうしたよリュー坊。
「ヒーローってすげェよねぇちゃん、オールマイトすげェよ!」
あぁ、そういやあの映像か。
あれだろ?
「もう大事ョーブ!わたしがきたぁ!」
可愛いなこいつ。
何より性格がまっすぐで、ひねくれた私にとってみれば非常に眩しく映る。
よかったぜ、クソを下水で煮込んだ様な性格にならなくて。
で、いきなりどうしたんだ?
「ん?ねぇちゃんヒーローにならないんだろ?だから俺が守ってやろーと思って」
ほぅ、そう言うのは姉弟喧嘩に勝ってから言うんだな。
「ねぇちゃんに勝つ?俺は無理なことはしねぇんだ」
何言ってんだおめぇ。
ヒーローだってピンチは有るだろうに。
「大丈夫だよ!」
おう?
「そんな時は、オールマイトが来てくれるから!」
…お、おぅ、そうか。
まぁ、お前がピンチになるこたぁ無ぇよ。
「なんで?」
父ちゃん
「おぉ、父ちゃん強いもんね!」
おう。
ふう。
バスの中でも、空いていれば一番後ろに乗り込むのは前世からの習慣だな。
視線が一番高くて、見晴らしの良いのが好きなのだ。
あ?何と何が高いとこが好きって?
最近調子のって無いかオイ浮遊要塞さんよ。あとで覚えとけよ。
休日のバスは余計好きだ。なんてったって空いてるからな。
まそうそう休日にバス乗ることもないか?
席について、ポータブルプレイヤーを耳に掛ける。
イヤホンと一体型だからワイヤレスで鬱陶しくない。この辺は、個性が広がる前の時代からそんなに変わってないらしい。
企業のリソースの問題かね。安全保障が優先だものな。
久しぶりにバスにのって向かう先は楽器店だ。
前世はギターを嗜んでいた。生まれ変わってからは引いていないので、すぐに引けるかは疑問だが…
父と話した折、父も昔ギターをやっていたそうだ。
なので自分もやりたい旨を伝えた。
計画通り、父から軍資金をせしめることに成功したというわけだ。
私はやりたいと言っただけで金の無心はしていない。
なので母に怒られるのは父だけである。
父の犠牲は無駄にはしないよ。
窓の外の光景はゆっくり穏やかに流れ、治安の悪さは感じさせない。
私の住む地域のベッドタウンは、結構治安が良い地区なのだけど、市内は軽犯罪が多いと聞く。
路地には入らないように気を付けよう。
と、バスが急に止まった。
速度が出ていなかったとはいえ、急ブレーキに乗客の声が上がる。
私は何となくブレーキが掛かるのを事前に察知して身構えていたので、大した衝撃はなかったが。
肌が、チリついた。
おや~?