仄暗い深海からのヴィランコレクション   作:ターンアウトエンド

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次回の投稿は火曜日になるかと思います。
完結まで頑張りたいと思いますので、気を長くしてお待ちください。


はしやすめ、そのにぃ!


閑話その②

【とあるバス会社の事務所】

 

「う~っ!」

 

男が唸っていた。

体型は小太り、顔色も悪い。

最近は苦情の電話の対応で、夜も眠れない状況だった。

 

「社長、大丈夫ですか?」

 

事務所の管理を任せられている中年の男性が声をかける。

社長と呼ばれた不健康そうな男が、すがるような目で部下を見た。

この部下とは会社が未だ小さい時からの付き合いだ。バスが一台しかなかった時代、苦労の連続だった。

観光ブームのおり、彼と交代しながら何とか遣り繰りしていた経験は、そこそこ大きなバス会社まで成長させた今の自分にとって、(たから)と言って良い経験だ。

 

「耐熱ステンレスすら蒸発させる個性に、何をすりゃよかったんだぁ!?安全のためにクソ高い個性耐性バスを仕入れたってぇのにぃ!」

 

「社長、落ち着いて」

 

「落ち着いてるよぉ!見て分からないのかぁ!」

 

「分かるから落ち着いてと言ってるんです」

 

「ぐぅぅ!みんな敵だぁうぁぁ…!」

 

「社長……っあ、ダメです!」

 

「あだっ!」

 

社長が、咄嗟に頭を抱えようとしたのを殴って止める。

それは社長の凶悪な能力が発動してしまう恐れが有ったためだ。

 

「社長!()()()()()()()()頭なんて触ったら、とんでもないですよ!」

 

「あ、ぁあ、有り難う、河童くん」

 

部下の男は社長のお礼に頭を下げつつ、郷愁の面持ちで社長を見つめるのだった。

 

社長の個性は大変凶悪なもので、学生時代は友達も恋人も作れないほど不遇な扱いを受けていた。

彼が会社を立ち上げた理由も、自分だけの城が欲しかったというのが、一番の理由だ。

 

それは、指を五本、揃えて発動する個性。

あまりにも強力で、人の心を腐らす兇手。

 

「こんな個性で生まれ、頑張って会社を立ち上げれば個性持ちにズタズタにされる、こんな社会、クソじゃないか!」

 

「社長、落ち着いて」

 

「もう落ち着いてられるか!娘だって抱けないんだぞ!」

 

「社長…」

 

そう、社長の個性はひとを選ばない。五つの指で触れるだけで、発動してしまう。

 

「それは、仕方無いでしょう?」

 

「ぅぅうぅっ…!」

 

「だって、社長の個性が発動してしまったら、死んでしまいますからね…

 

 

 

 

 

 

 

毛根が」

 

「うるさい!はっきり言うな!」

 

 

実に凶悪極まりない個性である。

 

苦笑いをして目をそらした部下の男は、午後のチャイムが鳴っていることに気づいた。

 

「社長、昼食を摂りましょう」

 

「ぅぅ、食欲が湧かん、君だけで摂りなさいっ」

 

「社長!食べるものを食べないと、本当に体を壊しますよ!?」

 

「ぅっ、分かったよ…」

 

社長と部下2人、取り敢えずさまざまな問題は棚上げして、持ち寄りの弁当を広げることにした。

 

「社長、お茶とコーヒー、どちらにしますか?」

 

「ん?あぁ、お茶を、っ!」

 

部下の男が異変に気付き目をやると、社長が弁当を広げ、固まっていた。

 

「社長?どうされたんです?」

 

部下は心配になり、社長に近付いた。

社長は、小さなメモ用紙を見て固まっていた。

男は気になり、覗いてみると…

 

 

 

 

 

『おとうさん、いつもありかとう、

 

おしごとがんばってね!かなみ』

 

 

 

それは、社長の娘からのメッセージだった。

 

「河童くん」

 

「はい、社長」

 

社長の声は少し震えていた。

しかし部下の男はそれを茶化したりはしない。

なぜなら、自分の声も震えていたからだ。

 

「もう少し、頑張ろうと思う」

 

「はい、私も微力ですがお付き合いしますとも」

 

 

社長の会社の未来は、そんなに暗くないのかもしれない。

 

 

 

社長の頭髪の未来と違って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある火災現場】

 

「避難の遅れたものは!?」

 

男が声を張り上げる。見上げるような巨躯、その高所からの一喝。

強力な筋力から絞り出されたそれは、遠くまではっきりと聞こえた。

 

「娘が、むすめがまだなかにぃ!」

 

母親の悲痛な叫び。

 

燃え落ちる家屋の梁の音と重なるも、男は聞き逃さなかった。

 

「わかったぁ!!ちょっと待ってろぉ!!鮫島ぁ!呼吸器と搬送のよぉい!」

 

「うっす!!」

 

「ちょ、ちょっとイクサ隊長!?危険です!!」

 

隊員の制止も聞かず、水を被っただけで崩れ落ちそうな火災家屋へと飛び込んでいった。

 

「糸出ちゃーん!搬送ラインの確保ぉ!すぐ出てくるからさぁ!」

 

「治療系個性の隊員の確保完了です!はーい、皆さん怪我人が通る道を開けてくださいねぇ!」

 

「え!?え!?なんで助けにいかないんですか鮫島さん!隊長が!」

 

てきぱきと指示を出すベテラン隊員たち。

彼らは知っているのだ。

自分達の隊長が、殺したって死ぬような人間じゃ無いってことを。

そもそも人間かも疑わしいと、思ってたり。

 

そんな周りの反応に困惑を隠せないのが、最近入った新人の女性隊員だった。

 

「ミナミちゃーん、ウチらの隊長がそんな簡単に怪我するわけ無いよー!」

 

「何を言ってるんですか!今にも崩れそうな家屋に装備無しで入っていったんですよ!?」

 

「だってそりゃぁ、あ、」

 

鮫島と呼ばれた隊員が説明しようと火災家屋に視線を合わせると、次の瞬間まさにその家屋がバキバキと大きな音を立てて崩れて行くのだった。

 

善鬼(ぜんき)せんぱい!?善鬼せんぱぁい!!」

 

「ありゃりゃ、こりゃぁ…っ!」

 

鮫島はなにかに気付くと、後ろを振り返って急いで注意を促した。

 

 

「破片ちゅーい!!」

 

 

叫びながら、隣の新人を抱えてそのタイミングに備えた。

と、同時に、

 

ガァン!!

 

という、まるで巨大な破砕機で木材を砕いたかの様な音が響き渡った。

 

ちゃんと飛ぶ方向は考えたのだろうが、それでも燃えた木材の破片が辺りに降り注ぐ。

 

「なっ、なっ、なんですかー!?」

 

抱えられたのと、隊長が潰されたであろう家屋が吹き飛んだの、そして、

 

「おーう、タンカ持ってこーい!!」

 

傷ひとつなく女の子を抱えて出てきた()()()()()を目にして、新人隊員の()()()()()は頭がパニックになるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅー、今回は危なかったなぁ!」

 

「え、そうなんすか?」

 

火災はほぼ鎮火し、後は燃え残りを片付けるのみとなった現場。

レスキュー部隊の隊員たちが、各々の格好で待機していた。

 

その中で、隊長の『イクサ善鬼』は崩れ落ちる最中の事を語った。

 

「やっぱりイクサ隊長無茶してたんじゃ無いですかぁ!」

 

「隊長が珍しいっすね」

 

隊員たちも、滅多に聞かない隊長の弱音に驚きを隠せない。

 

「あぁ、もうちょっと大黒(柱)殴んの遅かったら、あの子に怪我させてたかもしんねぇからなぁ」

 

「あぁ、そういう」

 

隊員たちは納得した。

一人未だ納得できていない隊員が、

 

「でも隊長だって危なかったんじゃないんですか!?」

 

「俺が危険を感じる状況、かぁ。多分50階建てのビルに潰されそうにでもなったら、気を付けるな!」

 

「( ̄* ̄)」

 

 

 

 

 

「隊長!」

 

ふと、緊急車両の側で休んでいた隊員が緊張感を伴った声色で、隊長に呼び掛ける。

 

「おう、どうした」

 

「中央区のランデリオンビルで高層火災です、まだ要救助者多数と!」

 

「おっし皆休憩は終わりだ!さくっと救助して風呂入って帰るぞ!!」

 

 

「「「おうっ!!」」」

 

レスキュー隊員たちの今日はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

恋の予感もまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある支部のオペレータールーム】

 

 

海上保安庁オペレーターハウス千葉支部は、遭難者の救難連絡から海上のゴミのクレームまで、様々な連絡が飛び込んでくる。

しかしそう大きい事が有るわけでもなく。

それでも日々の通報には、それなりの緊張感を持って臨んでいるのだった。

 

そんなある昼の出来事。

 

 

「イクサさーん、十一番線、不審物の通報お願いしまーす」

 

「あら、増田リーダーったら。分かりました、回してください」

 

人に仕事を振るのは超一流と言われる、千葉支部オペレーターハウスのハウスリーダーから、ある一件の通報を託された。

こう言うときは面倒になることが多い。咄嗟の判断を評価されている自分に回したのも、なにか意図があったのだろう。

 

 

「はい、海上保安庁です。事故ですか、事件ですか?…はい、それは××××の海域で、あ、ではその海図の、ええ、番木出版のですよね?はい、存じてます。ええ、七番の。GPSの座標を教えていただいても?ええ、はい、そうですお願いします。えぇっと、北緯○○○○、東経○○○○、はい、ご連絡先をー……」

 

 

情報を汲み取りながら、必要なデータを集めていく。

通報者は場合によってひどい興奮状態に陥っていることがある。

その場合は、まず通報者を落ち着かせることから始めなければいけない。

 

彼女はそれが非常に巧かった。

声の質もあるだろうが、技術と言うのは喋る質に繋がる。

通常、電話口と言うのは表情が見えないぶん声に集中してしまう。

パニックになっている人間は余計に耳をそばだててしまうだろう。

そんな状態の通報者に対して、対応するオペレーターが浮わついていたり、声に真剣さが感じられないような雰囲気だと。

通報者はパニック状態、判断よりも内容の強弱で主張してしまうだろう。

つまり余計に空回りしてしまって、伝えたい内容が伝わらないと言う結果になる。

オペレーターの質が、災害の初期対応の良し悪しに直結する。

 

自分は貴方の話を聞きます。

それを声だけで相手に信じさせるのは、一種の才能(タレント)が必要になってくるのだ。

 

 

主要な情報を聞き取った彼女は、この通報が大事になる予感を感じていた。

少なくとも、ここのシステムでは早期警戒機と巡視船の連携はキャパオーバーである。

 

彼女は優先順位をつけた。

まず始めは、早期警戒機だ。たしかルートは太平洋上が二機、午前と午後に分けて飛ぶから、今際この位置で、IFFコードはこれか。

 

 

「ピュアバード、聞こえますか、ピュアバード。こちらCC(センターコントロール)N3、聞こえますか?」

 

『こちらピュアバード。CCN3、アクティブ!』

 

「ピュアバード、現在地を送れ、どうぞ」

 

『こちらピュアバード、現在北緯○○○○を南下中、5分後に東経○○○○へと到達する見込み』

 

「こちらCCN3、ピュアバード、東経○○○○へ変進されたし、どうぞ」

 

『こちらピュアバード、変進理由を送れ、どうぞ』

 

「こちらCCN3、当該座標付近で爆発音、状況を確認されたし」

 

『こちらピュアバード。了解した、到着次第送る。以上』

 

「了解、報告を待つ、以上」

 

緊張感を孕んだ早期警戒機との連絡。

向こうの定期航路を外させるのだから、効率的なルートを指示するのはオペレーターの役割である。

普通は、航路管制官に助言を貰ったりするのだが。

 

「すごい…」

 

たまたま今日見学に来ていたインターン生が、感心したように呟いた。

しかし今は時間が勝負、優先順位を消化していかなければ。

インターン生の娘に笑いかけて気を解してあげると、戦略オペレーティングセンターへと権限を移す手続きに取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

「どうしてこちらでやり取りしなかったんですか?」

 

インターンの娘が聞いてきたのは、先程の件だった。

このままオペレーション業務を進めていても問題がないように思えたからだ。

 

「内容が爆発音がした、だったでしょう?」

 

「はい」

 

「じゃあ、何が爆発したと思う?」

 

「あっ、船とか飛行機とか、救助の必要性もあるんだ!」

 

「そう、船だとすぐに移動というわけにもいかないから、一番近い船とのやり取りもしなきゃいけないの。其処までの複合オペレートはここのシステムじゃぁ、ちょっと無理かな?」

 

「あの一瞬で判断したんですか?すごい…」

 

「あはは、決まったことをやってるだけだから、全体の流れを意識すれば、そう難しくは無いわよ?」

 

「それがいちばん難しいとおもいます…」

 

目が真ん丸になったインターンの娘にお茶を出しながら、今日はこれで終わりかと気を緩めようとしたそのとき。

 

『こちらピュアバード、CCN3、応答セヨ、繰り返す、こちらピュアバード、CCN3、応答セヨ』

 

「え?珍しいわね」

 

「…大丈夫なんですか?」

 

インターンの娘の問い掛けを、唇に人差し指を当ててこたえる。

最後の一仕事を、確り終らせよう。

 

「はい、こちらCCN3、ピュアバード、どうしました?」

 

『あぁ良かった!こちらピュアバード、確認したい、そちらの指定した島が見当たらない、海図を確認してくれ、どうぞ!』

 

「見当たらない?はい、こちらCCN3、確認してみます。暫しお待ちを」

 

島が見当たらない?そんなはずはない、少なくとも外周2㎞半の島だ、いくら海抜が低いからって見えないなんてことはないはずだ。

 

データを回線でも送りつつ、無線でも座標を伝えた。

 

「こちらCCN3、座標は今の通りです、外周2㎞を超える島です。そちらのGPSは正常ですか?」

 

『こちらピュアバード、GPSに問題は無い。自己診断機能も付いてるんだ。それよりも、中央部が深くなっている浅瀬を確認、…まさかとは思うが、あれか?』

 

「ピュアバード?大丈夫ですか?」

 

『すまない、こちらピュアバード。当該座標に中央がくぼんだ浅瀬を確認した。これは、不味いかもしれない』

 

「ピュアバード、TICC(戦略情報管理センター)との連絡は付いてますか?」

 

『こちらピュアバード、問題ない。これ以上のデータ取得は困難とし、船の手配をする。CCN3、対応感謝する』

 

「こちらCCN3、了解、帰路の安全を祈る、以上(オーバー)

 

『…こちらピュアバード、女神の加護に感謝する。以上(オーバー)

 

「っ!?もう、あんな軽口して!」

 

 

最後の台詞は確りインターンの娘にも聞こえた様で、可愛らしくクスクスと笑っていた。

 

「最後の最後にカッコ悪いとこみせちゃったなぁ」

 

「そんなことないですよ!パイロットとの通話憧れます!」

 

「あはは、あちらのオペレーターだよ。まぁ多分最後はパイロットだと思うけど」

 

最後だけ声が違った気がする。

たぶんパイロットだろう。何故ならやつらはキザだから。

 

「今日は私も終わりっ!あ、インターン今日までだったわよね?」

 

「はい、寂しくなります」

 

「ヒーローになるのも大変だと思うけど、きっとなってからも大変だと思うわ。頑張って!」

 

「はい、ありがとうございます!こちらで学んだことを活かしていきたいと思いますから!」

 

その笑顔は、ヒーローを諦めた自分には眩しいものだったけど。

それでも彼女たちを支えていける仕事をしようと、改めて心に決めたのだった。

 

 

 

 

「じゃあ、今度会うときはヒーローになってるかもね、

 

 

 

 

 

頑張ってね、

 

 

()()()()ちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

人は繋がる。

 

繋がりが人を創る。

 

 




キャラクター紹介memo③


イクサ アユミ
戦 歩美
(旧姓:水橋)

性格
・おおらか
・プラス思考。旦那と似た者夫婦。
・意外とお嬢様。それなりに格式高い家なので、日本混乱期をそこそこ詳しく知っている。だから組織の後ろ暗いところにも理解は有る。

属性
善(独自)
意外と自己ルールが行動理念。そして家族が大切。

個性・能力
・個性:水上歩行
・能力:類いまれなる情報処理能力。記憶力。
専修学部の段階でその片鱗を見せており、実地研修時は本職を差し置いて、テクニカルオペレーターとして実戦に参加した経緯を持つ。付いた渾名が『オペレーション・スクリプター(管制脚本家)』。
いわゆるチートの類い。

スタイル
・身長165cm
・た


・…E。最近娘に負ける覚悟をした、さんじゅうさんさい。

情報
・本局から未だに勧誘が来る。単身赴任になるので絶対嫌だと断っている。
・体力は有る。筋力がない。
・声と喋りで、他所のオペレーターに人気。
指名されることもあるが、とあるハウスリーダーによって別メンバーに振られる為、レア度が高い。
余波でハウスリーダーの渾名が『鉄壁』とか『通信の割り振りだけ超一流』となった。
ちなみに、各局オペレーター内では『通信の女神』とも呼ばれてたりなかったり。

・外反母趾

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