仄暗い深海からのヴィランコレクション 作:ターンアウトエンド
ただ、今週から来週頭まで私事で忙しいので、次回更新は来週水曜日辺りになるかと思います。
宜しくお願いします。
目の高さまで上げた掌を、ゆっくり
足は猫足立ちで、重心は極力上下には揺らさない。
荷重を左足から右足にシフトしつつ、スタンスは維持する。
自分のイメージの通りに、寸分狂いもなく制御していく。
呼吸と体の動きを連動させる。
ヒトガタであるなら、体が鬼であろうが深海棲艦であろうが動かし方は変わらない。
ゆっくりとした動きは、ただの健康体操にも見えるし、空手の演舞が変化したものの様にも見える。
体の、心の調子を整える演舞。
武術の中でも、継戦能力に秀でた流派。
前世からの遺産。
…ふ~っ。
呼吸を整える。
全身に集中力を巡らすのは、全力で体を動かすのとはまた違った負荷が掛かるものだ。
それは体が感じる、と言うよりは体に表れる疲労。精神的な負荷が体にフィードバックされる、本来とは逆の流れ。
久しぶり、それこそ、生まれ変わる前に慣れ親しんだ負荷に、わずかに口が緩んだ。
かつては『気』などイメージの産物だと思っていたのに。
今感じられるこの奔流は何だ?
これが、気か?
それとも、これが私の“個性”とでも?
ゆっくりと『気』を抜く。
絞るように、意を第6穴より抜き、第1穴より溢れ来る奔流は、常時へと移行していく。
考えることは多い。
あのヴィランを喰らった後、この身に訪れた変化は、劇的だった。
変化はいくつもある。でも一番変わったのは、体の感覚だ。
最初はパワーが上がったのかと思ったが、そうでは無い。
これは言うなれば、『調律』か。
元より、この体と、内包された私の意識との間に、私自身も認識していなかった
つい先日まで、前世の肉体の感覚を引きずっているのだろうと、長い目でみて感覚を慣らしていく腹積もりだった。
でもこの変化の後は、ボヤけたピントが合うように、この不調の原因が理解できる。
バラバラなのだ、私の魂が。
魂といっていいのか、意識といっていいのかは未だはっきりしないが、精神に関連する事だというのはわかる。
恐らく、
恐らく、と付けたが半ば確信している。
他者の“個性”の在り方はどうなのだろうか。
気にはなるが、確かめようもあるまい。
この魂がバラバラという表現は感覚的なものだ。
ちぐはぐというか、気配が異なるというか。
私の体であるのに、私の体ではない感覚。
まるで今の私を形作るために、最適なパーツを組み込んだような、俯瞰的な輪郭。
だがそれを得たことで、私の魂は『
今はまだ全てが『定着』していない、と感覚で理解できる。
多分、まだあの
暫くすれば、肉体と精神の齟齬も、取得した個性も問題なく使えるだろう。
…そもそも“個性”とは何なのだ。
読み物としていた頃なら気にもしなかった『設定』。
しかし我が身に降りかかってみれば、げに思う。
個性とは何なのか、何故ヒトの身にこの様な超常の力が宿ったのか、そして、何処へ向かうのか。
知識だけには有る『個性特異点』。
それが引き起こす終末論。
物語としては整合性のある、理屈。
だが、この世界に生まれた私の実感として、それが納得し難い
個性とは何なのか。
『私』は、私の“個性”は何故生まれたのか。
分からないことだらけだ。
まったく、難儀な体になったものだな。
武術の型が一通り終わり、精神的な疲労から来る汗を拭う。
最後に『息吹』と呼ばれる呼吸で意識の区切りを付け、精神の残心を少しづつ
拍手が聞こえた。
その方向に視線を向けると、見慣れた顔が目に入った。
「凄いな!ゆっくりだが力強い動き、何だそれ!?どこで習ったんだミズキ!」
父である。
秘密です。
「えぇ!?良いじゃんか、教えてくれても!」
まぁ、
「おぉ!ありがとよミズキ!いやぁー、昔っから体の使い方
じゃやめる?
「違う違う!そうじゃなくて、ミズキは特別、特別だから!父さんミズキのやってる武道習いたいなぁー!」
うぜぇ
まぁ良いよ。普通に教えるから。
「おぅ、俺ぁやってこなかったのを後悔してる部分もあるんだ」
父さんの身体能力じゃあ必要ないもんね。
あと、『武道』じゃなくて『武術』だから、そこんとこ間違えないように。
「お、おう」
父の戸惑った顔が笑いを誘うが、そこは大事なとこなんだよ。
出たよオタクの妙な拘り?…ほぉ~、なら浮遊要塞クンには後で浸透勁をプレゼントしてあげよう、私はオタクだからね。
この体の筋力で打ったらどうなるか気になるんだよね、私はオタクだから。
しかし父には感謝しかないなぁ。
私の異常性を僅かばかりではあるけど受け止めてくれたし、こうやって協力もしてくれる。
普通の親なら、少しくらいは怖がりそうなものだけど。
父にあのヴィランを
父にふと尋ねてみた。
私が怖くないの?と。
父は特に気にした風もなく、『全然。何で?』と逆に聞いてきたほどだ。
今の私の精神性が強靭過ぎて気付き難いが、確かに、あのとき私は、
そんな、気がする。
父の動きを観察する。
父が自慢したのも頷ける。
少し教えれば、すぐに覚える。これはセンスだな。
生まれつき、自分の身体の細部まで
説明しにくいが、これはセンス、感覚として出来てしまうことで、練習して得られる類いの才ではない。
それを活用すれば、この様に動きを覚えることも難くない。年少の時分ならば、やれ神童だと持て囃されることも有るだろう。
だがなぁ、
こういう類いのセンスは、武術とは余りにも相性が
ボクシングや現代空手など、格闘技系統の理論ならば相性が良いのだが、こと武術系統は反復修練による『イメージの拡張』が技術の根幹にある。このイメージの拡張と父のような優れたセンスは、競合するのだ。
結果として、本質を極めるのを阻害されてしまう。
『十で神童、十五で才人、二十過ぎれば只の人』と言うのもあながち嘘ではないのだ。
だがまぁ、父の場合はそれが高い次元でまとまっている感じか。
極めるのは難いが、技としての機能を活用する分には問題無い。
「うぉっし!」
私が教えた動作を繰り返しさせ、横で見ながら逐次改善する。
父にベストな動きに最適化されるまで、何度も何度も繰り返させた。
今は一つの工程を覚えただけだが、最初の頃とは立ち居からして変わったな。
父さん、どうだった?
「いやぁ、自分の動きがみるみる安定してきて、楽しいな!」
こっちも教えていて楽しかったよ。
すごいじゃん。
さすが父さんだね。
「そうだろうそうだろう!もっと誉めていいぞぉ!」
うざっ
「(´・c_・`)」
…まぁ、今教えた動きはもう大体身に付いたんじゃない?
「そうだなぁ、普段でも使えそうな動きだから、ちょくちょく意識しないとなぁ」
うん。それでいいと思う。
今度教えるときは受け身とかも入れとくよ。
「おぉ!受け身か!あのしゅぱっ、てヤツだろ?楽しみにしとくよ!…ところでミズキ、お前どこでこんなの習ったんだ?」
ん?
「今までミズキが習い事してたこともないし、そもそもお前身体動かすの嫌いな感じだったからなぁ。どこで習ったのか気になったんだよ」
んー、まぁこれはねぇ…
聞かれるのは予想していたので、回答は準備していた。
内容を思い返し、父の『鬼としての特性』に引っ掛からない形で組み立てる。
前世の記憶、かなぁ。
「ぜんせ?前世って、生まれる前の前世か?」
うん。
前世に習ってたんだよ、これ。
「嘘じゃないんだなぁ、前世か、こりゃまたすごいなぁ」
原因が前世の“個性”だったのかどうかすら今は分からないけどね。技術ってば忘れないものらしいよ。
「はぁー、成る程なぁ。なぁミズキ、ミズキの個性が強いのにも関係してるのか?」
さあ。
でも、私の『勘』は、多分関係してるって囁いてるよ。
「そうなのか。まぁ、今の世情だと身を守る力は有って困らんしな!」
満面の笑顔になる父。
すまん、父よ。まだ前世が男だったと白状するには覚悟が足りないんだ。
成人した位に、酒でも呑みながら語り合おうかなぁ。
「ところで、女の身で武術なんてめずらし、ん?ミズ」
ん?
「ぁ」
ん?
「ぃゃ」
ん?なんだい父さん。
「チョット水買ってきまぁす!」
あ、逃げた
チッ
勘のいい鬼は嫌いだよ。
まぁその後は普通に締めの動きを教えた。
身体をほぐして身に落とし込む。これが有ると無いじゃ脳の運動記憶中枢への働きかけに違いが出てしまうからなぁ。
ん?最後の事?何の事だ?
ほら、父も分からないと言ってるだろう、浮遊要塞クン。
ん?あー、ちょうど握りたいところに握りやすそうな物があったから握っているダケダヨ、ホラ。ギリギリギリ
じゃあ私はもう少し動いてから帰るわぁ
「あんまり遅くなるなよ。終わったら中央棟の管理室に事務員さんが居る筈だから、鍵はそこで返したらいい。父さんも言伝はしておくから」
分かった。ありがとうね!
「なーに、こんぐらいどうってこと無いさ!」
実は今日練習していた鍛練場は、一般開放されている場所じゃ無かったりする。
父の所属するレスキュー隊や海上保安隊の、『緊急時に個性の使用を許されている』実務部隊員が訓練するための鍛練場なのだ。
父も含めて、危険な現場で活躍する公務員は、規定さえ満たせば『特殊業務任免状』という形で、個性使用の許諾が出るという。
ただ、統括として特定ヒーロー免状を持っている現場責任者が必要であったり、許可が下りるのは危険な現場に行くときだけであったりと制限は有るらしいが。
そんな実務部隊員が個性を含めた訓練をするために、この鍛練場はそれに耐えうる造りをしていたりする。
私の鍛練というか、身体の使い方を確認するにも、非常にありがたい。
普通であれば、いち一般人の私が借りれるものではないが、
ん?
逸般人?
…バラされたいかテメェ?
んんっ、
「いいよいいよ、
と言う有難いお言葉を頂いたわけです。
父には感謝しかないよ、まったく。
父がドアを閉めるまで見送り、ひと息つく。
まぁこれから本題と言えば本題だからなぁ。
一応、ドアの前には小さくした浮遊要塞のひとつを仕込んである。
誰か近付けば私と浮遊要塞のダブルチェックで気付けるだろう。
さて、と。
じゃあ出てきて貰おうか
足元の影が広がり、そこから人間サイズの塊が競り上がってくる。
影の残滓が空中に溶けるように消え、それに包まれていた
それはー
「お呼びでしょうか、
見慣れた『艤装』は無いが、白磁のような肌に、一度目にすれば記憶に刻まれる妖艶さを含んだ白髪。
美しい
知っている者が“彼女”を見たら、こう呼んだだろう。
『欧州水姫』と。
いよいよチートさんがアップを始めました。