機動戦士ガンダム ghost chaser   作:凛九郎

1 / 21
連邦軍人の憂鬱

宇宙世紀0079年

世界は大きく動いた。

サイド3に住む住民がジオン公国を名乗り自国の独立を求めて地球連邦に対して宣戦布告をしたのである、1年戦争と呼ばれる激戦の始まりだった。

 

序盤はジオン公国はモビルスーツと呼ばれる機動兵器を用いて戦闘を有利に進めていくが、徐々に地球連邦もモビルスーツ製作に着手するとともにジオン公国に奪われていた重要拠点オデッサを奪還。戦いは地球連邦軍がやや有利な状況で宇宙世紀0079年11月を迎えていた。

 

ーーーオーストラリア シドニー

地球連邦軍基地

1人の若者が上官であるクラウディア・フラッツの部屋の前に立っていた。若者の名前はレイン・ウォーミングという20歳のモビルスーツパイロットだ。

穏やかな顔つきと鳶色の瞳、赤みがかった茶髪を後ろに縛り歩く姿はなさがら女性士官の様だが、彼は男性だ。中性的な顔つきでもある、だが男なのだ。

 

「クラウディア大尉からの呼び出しなんて一体なんなんだろう。もしかして出撃命令なのか」

 

部屋の前でレインは突然のクラウディアからの呼び出しに1人戸惑っていた。しかし、戸惑っていたところで状況は好転するわけでもない。

レインは意を決してクラウディアの部屋の扉を叩く。

 

「入りたまえ、レイン・ウォーミング伍長」

低く無機質な声が扉の向こうから聞こえた。

レインは失礼しますと一声言ってから部屋へと入っていった。黒革のソファーにどっかりと腰をおろしてレインを待っている黒縁メガネの男、クラウディア・フラッツ大尉はメガネの奥にある瞳は少しも笑っていないのに口元だけ微笑みを浮かべレインを待っていた。白髪混じりの風貌も相まって、軍人というよりは危ない科学者の様な印象を受ける。レインはこのどこか不穏な雰囲気を持つ、この男が苦手だった。

 

クラウディアはレインに淡々と告げる。

 

「レイン伍長、今月末に予定されている連邦軍のオーストラリア大陸における反抗作戦については知っているね」

 

「はい、ある程度は。アリス・スプリング、ダーウィン、アデレードの3箇所に同時に進軍するというものでしたね。」

 

「そうだ。今度の作戦が成功すればオーストラリア大陸におけるパワーバランスが大きく変わる。大陸奪還の為にもこの作戦は失敗出来ないのだよ、レイン伍長」

 

「は、はあ。それは無論心得ていますが、その事と私を呼んだこととどの様な関係があるのですか」

 

レインにはクラウディアの真意は分からなかった。いきなり呼びつけられて話される内容だとは到底思えなかったからである。レインの心を見透かす様にクラウディアは目が笑っていない微笑を再び見せながら続ける。

 

「ハハハ、すまない。話が見えないか。まぁ、簡単に言えば反抗作戦を行う上で重要な任務を君に任せたいんだよ、レイン伍長。」

 

「重要な任務とは具体的にどの様な事をすれば良いのでしょう」

 

「簡単なことさ、ここから680㎞先にあるジオン公国のゴールドコースト基地を奇襲して欲しいんだ。」

 

「……」

 

表情が一気に引き締まる。訓練ではなく本物の実戦、レインにとっては初めての出撃でもあった。

 

「もちろん、この任務にあたるのは君一人ではないよ。君と同期で入隊した者が殆どだ。安心したまえ。」

 

何を安心することがあるかとレインは内心愕然とした。メンバーの多くが自分と同期入隊ということはまだ配属されて間もない新兵という事じゃないか。

そんなチームで奇襲作戦なんてまともに行える訳がない。許されるならばここで声を荒らげて反抗したいところだったがそんなことをすれば軍法会議ものだと自分を律し、罵詈雑言を飲み込む。

 

「レイン伍長。今我々連邦はオデッサを奪還することに成功し地球上でのパワーバランスは連邦に分がある。しかし、宇宙ではどうか、まだソロモンもア・バオア・クーも突破出来てはいない。それにジオンは強大な月面基地グラナダを擁してもいる…これがどういう事か分かるね。」

 

「……宇宙の上ではまだジオン公国の方が攻勢であると仰りたいのですね。」

 

「ああ、その通りだ。今後の戦況によっては再び地球圏にジオンの魔の手が忍び寄るやもしれん、故に我々は早期にオーストラリアを奪還しなければならない。奇襲はその為の第一歩なのだよ、分かってくれるねレイン伍長。」

 

「……はい、了解しました。」

レインは自分の顔が引きつってはいまいかと不安に思いながら返事を返すとクラウディアの部屋をあとにした。目に見えた不安とほぼ確実に訪れるであろう死に足取りを重くしながら。

 

突然の出撃命令から2日後、作戦の説明の為レインは基地のミーティングルームに集められた。集められた同期の瞳には活力がみなぎっている。この場において自分が場違いな存在であると悟った。

その時、黒髪ウルフカットの色黒男がレインに声をかけてきた。男の名前はルピス・ロックリン。

レインと同期入隊で同期の中でリーダ的存在だ。訓練成績も優秀で同期の中での出世頭と噂される男だった。

 

「おっ、お前はレインじゃねーか!お前も召集されてたとはな。ジオンの野郎とやり合えると思うとワクワクするぜ!」

 

「ルピス、お前も呼ばれていたのか。いや、呼ばれていて当然か。俺たちの中じゃあ1番の実績だもんな。何せオレたちの中では一番の出世頭だもんな。」

 

「バカ言うな、オレなんてまだまだだっての。ザク4体に、戦車を3台潰しただけだ。」

 

「……」

 

ルピスは謙遜しているが、十二分な戦果である。連邦のモビルスーツ陸戦型ジムに搭乗して1ヶ月程でこの戦績は正直化け物じみているとレインは思った。

 

「それにお前だって、訓練では3番目の成績だったろ?自信持てって!」

 

訓練の成績で戦場を生き延びられたならば、こんなに楽な事はない。そしてそんな気休めで生き残れるほど戦場もジオンも甘くはない。一瞬嫌味を言われているのかとレインは思い、ルピスの顔を一瞥する。そこには屈託のない笑顔を浮かべる色黒男がいるだけだ。

この男腕も立ち、リーダーシップもある素晴らしいパイロットなのだが人の気持ちを推し量ると言う面では訓練生時代から落第点を叩き出している。

この男から度々出てくる無粋なポジティブ発言をレインは苦手としていた。

 

「ああ、そうだな。何とか生き延びてみせるよ。」

 

レインは内心げんなりしながらそう答えるのが精一杯だった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

ルピスと別れ、レインはミーティングルームの左隅のテーブルに荷物を置き、椅子に腰掛けた。まだ上官であるクラウディアは来ていないようだった。同期の姿を横目で見ながら溜息をつく。ルピスはジオンとの戦いに燃えている、実力も軍人としての心意気も自分とは何段も上にいるのだと痛感させられる。自分にはそんな好戦的な思いはない、むしろ犠牲は少ない方が良いし戦果を上げる事が全てだとは思っていない。

コロニー落としをテレビで見た時には衝撃が走った。そしてその非人道的行為に深く悲しみを感じた。どうしてそこまでのことをしてまで国を起こそうとするのか、戦火を広げようとするのかレインには理解できなかった。

地球に住む人々をジオンから守りたい、レインはそう思い連邦軍へと入隊し、モビルスーツパイロットの適正を見出され今に至っている。

そして、その思いは今も変わっていない。しかし、周りのパイロットとレインとでは明らかな違いがあった。同期の中には両親をジオンに殺されたり故郷をジオンに破壊された者が何人もいる。しかし、レインにはそれがない。

即ちジオンに対する憎しみの深さ、戦闘に対する熱量に大きな隔たりがあるのだ。

その隔たりは、自身の軍人としての存在意義を揺らし、心理的に孤立させるには十分なものだった。

地球の人々を守りたい。そう思い願うキッカケになったオーストラリアという地で男は1人部屋の片隅でまた静かに溜息を吐いた。そのため息は男の苦悩と同じく誰にも気付かれずミーティングルームの中に溶けていった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。