宇宙世紀0079 11月16日 午前10時
ゴールドコーストから南に140㎞ほど離れたナイトカップ国立公園。自然豊かなオーストラリアらしい風景の中、それに不釣り合いな4機のヅダFが身を潜めていた。ジオン軍ゴールドコースト基地の窓際部隊、通称亡霊部隊である。
彼らは自分の機体を降り、休憩がてら今後について話し合っている。ミノス・カンパニュラは隊長であるサニー・コールディに少し不貞腐れた様子で切り出した。
「隊長、どうしてこんなとこに陣を張ったんすか?連邦とはまだ距離が離れていると思うんすけど。」
「泥縄になるよりはマシだろう。相手の出方を伺うことも索敵を行うことも立派な戦術だぞ、ミノス伍長。」
連邦に先制攻撃を決め込むつもり満々だったミノスは肩をすくめ気の抜けた返事を返した。隊長の言い分も確かだが、武功を一つでも立てたい自分にとっては気を急くなという方が無理な話だ。ようやく自分たちの部隊が日の目を見た、その喜びを溜まり続けた鬱憤を弾丸に込めて戦場に乱れ飛ばす。ミノスの頭にはそれしかなかった。
「お前の熱さや焦る気持ちもよく分かる。ただそれだけでは戦いに勝つことは出来ない。物量も兵力も拮抗している中で勝つには頭を使う必要があるんだ。」
ミノスを諌めるサニーの表情は穏やかだった。口から覗く鋭い犬歯がやや表情にアンバランスさをもたらしているが、安心感を覚えたのか自然とミノスは返事を返していた。
そして、ミノスはサニーのこの顔に存在も知らないはずの自身の父親を重ね思いを馳せた。
ミノスには戸籍がない。そのせいでろくな目にあっては来なかった。教育も受けられず、社会性も身に付かず、公的なサービスからも抜け落ち、母親は見知らぬ男を季節の花の様に摘んできては捨て捨てられを繰り返しミノスを育てることを半ば放置した。もしも不幸自慢大会というものがあれば順当に勝ち抜けるだろうと思う。だからこそ、もう不幸でいるわけにはいかない。もうオレは幸せになっても良いはずだ。
ーーーミノス!アンタがいるせいでいい男が寄ってこないのよ!コブ付きの女はゴメンだって言われてさ!せめてアンタが女の子ならまだよりつく奴もいるだろうけど…あーあ、あんたなんか産まなきゃ良かったわ。
ーーーおかあさん、おかあさん…ぼくうまれてきちゃいけなかったの?
ぼくのせい?ぼくのせいなの?
ごめんなさい…ごめんなさい。だけど…だけど
ぼくをひとりにはしないでよ
ねぇ、おかあさん…おかあさん!!
涙ぐむ幼いミノスを母親は一瞥することもなく自室に消えてゆく。その部屋のベットには見知らぬ男、年端も行かない少年にとって地獄と遜色ない光景がそこにあった。それを彼は潤んだ瞳で見送ることしか出来なかったのである。
……もうオレは幸せになって良いはずなんだ。
オレでも幸せになれるはずなんだ。
ミノスの願いは長く苦い記憶と共に自身の胸の中に消えていった。
ーーーーーー
「ジュリアス、偵察に行ってきてくれないか?連邦の動きと隊列をどう組んでいるか知りたくてな。」
「了解。偵察はオレだけで行くんですか?」
「不満か?」
「いえ、とんでもない。オレは今必要とされている。それだけで十分です。」
ジュリアスはそう言うと自機に戻って行き、オーストラリアの空に消えた。無駄話をせず淡々と勤務に向き合う姿はよく言えば職人気質だが悪く言えば淡白だとサニーは思う。ジュリアスが素晴らしいパイロットであることは間違いない。それは上官の自分が1番良く知っている。
しかし、ジュリアスは自らの意見を述べることを極端に嫌う傾向があった。上からの指令に従順過ぎるのだ。サニーはミノスに視線を移し、溜息を吐いた。ジュリアスにもミノス程でなくとも自分の意見を持って動いて欲しいものだ。
「オレたちの部隊はどうしてこうも考えが極端なんだか。」
「た、隊長。その、その…何かあったんですか?」
不意に背後からか細い声がする。振り向くとエリカ・ローズマリーが心配そうにサニーの顔を見上げている。潤ませた黒い瞳からは今にも雫が落ちてきそうになっている。
(いや…全く訳がわからん…)
サニーは内心頭を抱えながらも努めて穏やかに微笑んで見せた。しかし、その笑顔はあまりにぎこちなく戸惑いを隠しきれてはいなかった。
ーーーーーー
サニーは子どもの相手が苦手だ。自分が妻子を持っていない事もあるだろうが1番は自分の想像や理解を超えた行動や反応をされた時にどの様な言葉をかけて良いか分からないからだ。
今、何故この幼い部下は泣きそうなのか。理由も分からず気の利いた言葉さえも出てこない。サニーは自分の推察力と語彙力を恨みつつ、とりあえずありきたりな言葉を彼女にかけてみることにした。
「エリカ、お前こそ何があったんだ…?
まだジュリアスの偵察が終わるまで時間がある。だからゆっくりでいい、話してくれないか?」
「わ、私…怖いんです。こんな事言って、いいのか分からない…ですけど、死ぬのが怖いんです。……私、移民の子だから、その、周りの人から怒鳴られたり…石投げられたり…いい事無かったけど、し、死にたくないんです私。おかしい…ですよね、そんなことで泣きそうになるなんて。」
「エリカ…」
サニーはどんな表情でどんな言葉で彼女と向き合えば良いのか分からなかった。自分の死の恐怖を『そんなこと』と表現したエリカの歩んで来た人生の壮絶さ。そして、それを必死に吐露しようとする健気さに答えうる言葉を、心をサニーは持ち合わせていなかった。
しかし、それがなんだと言うのか。今彼女は自分に自分は生きていて良いのかと問いを投げかけている。上官として、いやエリカを知る1人の人間として自分は言葉を紡がなければならない。
「死ぬのは誰だって怖い、それは移民であろうとなかろうと怖いんだ。移民もそうでない人間もな。心に民族は無い。同じなんだ、皆。」
死は誰もが恐れるものだ。自分も死ぬことに未練は残していないつもりだが、では今すぐ死ねと言われれば確実に拒絶する。恐らくはこの世に生きる人間誰しもがそうだろう。それをおかしいとエリカに思わせた周囲が社会がサニーには余程おかしいように思えた。
「それにエリカ、お前は1人じゃない。オレ達がついてる。」
「1人じゃないと、怖く…なくなるんですか?」
「そうだ、皆で集まれば怖さも乗り越えられるんだぞ。大丈夫、守ってやるから。」
我ながら見えすいた嘘だ。皆で気持ちを共有すると逆に増幅すること危険性もあるし、一体感に水を差す事になりかねない。しかし、今は嘘でもなんでも良かった、彼女の孤独や苦悩を一時でも癒すことが出来るのなら。
「ホントに守って…くれますか?」
「ああ、勿論だ!」
尚も潤むエリカの瞳を真っ直ぐに見つめてサニーは決意を示す。自分は出来ない約束はしたくない人間だ。
しかし彼女と契り交わしたこの約束は、この約束だけは必ず守り通したいとサニーは強く思った。
ーーーーーー
エリカとのやりとりからしばらくして偵察に行っていたジュリアスが帰って来た。彼は顔色ひとつ変えずサニーに状況を報告する。
「連邦は進路をやや南東に変更してウォンランビンを進んでいます。隊列はジム1機後方に戦車が2台、その後方にジムが3機。あと30分もすればここに到着するはずです。」
その報告を受けたサニーは犬歯をギラリと光らせ微笑む。その目は少しも笑っていない。獲物を前にする捕食者の表情だ。
「基地からの追手を警戒してジムを敢えて後方に回しているということか。ふっ、まさか追手に先回りされているとは思わないだろうな。」
「どうするつもりです?」
「機動性はこっちに遥かに分があるが、戦車が厄介だ。戦車と敵モビルスーツとの距離を開かせる。ミノスにモビルスーツ三機を相手どってもらう。」
「ミノスを囮に使うつもりですか?」
珍しくジュリアスの眉間に皺がよる。部隊の人間1人に危険を被らせることに少なからず不満があるのかもしれない。しかし、表立って不満を言葉にはしない。それがサニーには心強い反面不安でもあった。
「悪い言い方をすればそうなるな、だがミノスは全力で連邦のパイロットの命を狙い行くだろう、向かう側が本気じゃなけりゃ相手の足は止まらない。」
「なるほど…確かにそれなら適任かもしれません。」
「この作戦で大切なのは、敵モビルスーツを足止めすることで隊列を間延びさせ、その隙に側面から戦車と防衛のモビルスーツ目掛けてオレとジュリアスそしてエリカが突撃をかける。」
「…勝てますかね?」
「さあな、こればかりは言い切れないな。ただ、ヅダの機能性を活かすなら奇襲を用いない手はない。他の2人にもそう伝えてくれ。特にミノスには発破でもかけてといてやれ。」
「オレが発破かけても驚かれるだけでは…」
「だからこそやるんだ、意外な奴から掛けられる言葉ってのは案外響くもんだぞ心に。」
「そういうもんですかね」
「お前も少しはミノスみたいに熱くなってみたらどうなんだ、お前は少し冷静過ぎる。」
「……カッとなって熱くなったところで良いことなんて何も無いんですよ。」
そう言うジュリアスの表情は暗く、瞳は少し潤んでいる様に見えた。恐らくは自身の過去を心から悔いているのだろう。しばらく俯いたかと思うとサニーに背を向けて無言で自機に戻って行った。本来なら上官に背を向けるのは無礼なのだがサニーはそれを咎めなかった。その行動が自身の顔を見られなくない一心の行動であると分かっていたからだ。サニーはジュリアスに何かを言いかけ、その言葉を唾と共に飲み込む。
(全く、オレも無粋なことを言ってしまったものだな…)
エリカの瞳にもジュリアスの瞳にもおそらくミノスの瞳にだって悲しみや後悔が宿っている。
それがこの戦争によって晴れることなど決してない。それでも自分たちは一緒になって前に進んでいく。
進んだ先に未来があるのだと信じて。その瞳に悲しみや後悔ではなく希望が宿ると信じて。
サニーはおもむろに胸にぶら下げている大砲を模したペンダントを握り締めた。父親との思い出が脳裏に流れ込んでくる。
ーーーーーーいいかい、サニー。この大砲を見る度に思い出して欲しいんだ。どんな目にあっても諦めないって事を、この先どんな…どんな事があってもあきらめないでくれ。お父さんとの約束だ。
ーーーーーーうん!ボク絶対にどんな時も諦めない、約束する!
そう答えたサニーをサニーの父親フロスト・コールディは瞳を潤ませながらサニーを優しく抱きしめ何度も何度も頷いていた。サニーの肩には雫が何滴か滴り落ちていた。
父さん、アンタは甘い男だった。優しさだの愛だのと空虚な言葉をよくオレに話していた。オレはアンタの言葉は今のオレには何一つ響かない。守るつもりもない。だけど、どんな時もあきらめないって言葉だけはオレの心に今も生きてるよ。
サニーはもう何処にもいない実父に胸中で語りかけると、エリカとミノスに作戦説明のために声を掛けた。
時に宇宙世紀0079 11月16日 午前10時25分
レイン・ウォーミングとサニー・コールディ
立場も思想も異なる2人の男の邂逅はもう目前に迫っていた。
書いていてサニーさんの方が主人公らしい気がして来ました。
サニーさん、話考え始めた頃は冷酷な連続殺人鬼として書くつもりでした。サニーさんと一緒に戦うと生き残れない=亡霊になる。
だから亡霊部隊という設定だったんですが…最早別物ですね!笑
ではまたノロノロ更新ではございますが、読んでいただければと思います。良いお年をお迎えください。