宇宙世紀0079 11月16日 午後1時26分
戦いを終えジオン軍ゴーストコースト基地に帰還したサニー・コールディに待っていたのは、帰還次第執務室に作戦の成果の報告に来る様にとの命令だった。執務室を訪れたサニーは、自身の立案した計画とその結果を事細かに報告していった。報告の途中で感情の波が押し寄せてきたがそれに流されぬ様に努めて冷静に言葉を紡いだ。
「ーーーーーー以上が、今回の任務における我が部隊の成果になります。」
「戦車を一つ落としただけで、何が成果だバカバカしい!それで貴様達は尻尾を丸めて逃げ帰ってきたわけなのだろう。こんなもの敗走に等しいでは無いか!」
報告を締めた途端にネス・アンカインド中佐が食い気味に声を荒らげる。彼はサニーの上官にあたる人物だ。彼から発せられたその言葉は、サニーの胸に再び大きな感情の波を去来させた。
(バカバカしいだと?オレ達の命がけの戦いはそんな言葉で一蹴されていいものなのか?エリカの犠牲を、犠牲をそんな言葉で言い表させてたまるものかっ…!!)
サニーの上官を見つめる瞳に自然と力がこもる。上官はそれに反抗的な意味を感じ取ったのか、座っていた椅子からガタッと勢い良く立ち上がるとサニーに詰め寄った。そして、軍服の襟首を掴み鬱積のこもった瞳で睨みを効かせた。
「貴様…窓際部隊の分際で上官に睨みを効かすとは何様のつもりだぁ!!立場の違いを弁えろ、恥知らずが。」
「……」
「ふん、だが私も人間だ。多少なりとも情はある。お前たち亡霊部隊に新しい任務をやろう。機体整備が終了次第再度出撃しろ。亡霊部隊に所属するパイロットは残りの連邦のモビルスーツを撃墜し、その後は地球連邦軍シドニー基地に向けて奇襲を仕掛けろ。」
「……本気で仰っているのですか?」
サニーの表情は変わらない。しかし、その瞳と口調は言いようのない憤りをまとっていた。
自身を含めたヅダ3機で敵モビルスーツ5機の撃墜でも困難であるのに、敵基地に突撃を掛けろというのは最早正気の沙汰では無い。
それは死が約束された旅路、事実上の特攻任務だった。
「嘘でこんな事は言えんよ。今我々の戦況は芳しくない。地球連邦は近々オーストラリアで大規模な反抗作戦を決行するという協力者からの情報もある。今は少しでも相手の戦力を削いでおく必要があるのだよ。我々の様な前途あるジオン公国民のためだ…君たちの部隊の様な、ならず者の集まりとは命の価値が違うのだよ。」
「だからその為に死ねと言うのですか。」
「いくら使えん窓際部隊とは言え、一足掻き程度はしてくれるだろう?それに、例えどうしようもなく無能な部下であっても死は平等に機会が与えられる。なぁ、優しいだろう私は。」
「………しかし死に方は選ばせないと?」
憎悪と哀愁が混ざったサニーのせめてもの抵抗をネスは口角だけを上げた奇怪な微笑みで無視して続ける。嫌に整った鼻筋と侮蔑を隠そうともしない青い瞳が、よりサニーの感情を掻き乱した。
「君たちの作戦の『成功』を祈っておくよ。もっとも…失敗の仕様が無いか。では、さようならサニー・コールディ君」
ーーーーーー
執務室から退室したサニーは出撃前に亡霊部隊の面々に話した自身の言葉を思い出していた。
ーーーお前もエリカもミノスもそしてオレも。これから成り上がって行くんだ、皆で一緒に。
何が成り上がるだ。何も、何も出来はしない。爪痕ひとつ残せず次の任務では犬死を強いられる。これではまるで自分達が道化のように思えてくる。
それでも、亡霊部隊はこの無謀な戦争を必死に生き抜いて来た。冷や飯を食わされようが、理不尽な扱いを受けようが、前科や境遇で偏見や差別に遭おうがオレ達は戦い続けてきた。それなのに、それに対する報いがこれなのか…!!しっかり死ねと消えてなくなれとそういうのか!自分達の命は、命の価値は皆無だとでもいうのか!?
サニーは自室に戻るまでに何度も基地の壁を殴りつけた。皮肉なことに右手を通して感じる痛みに彼に何よりも自身の生を実感させていた。
「……」
その様子をある男が静かに見ていた。声をかけようかとサニーに歩み寄ろうとするが、しばらくその場に固まった後踵を返して去っていった。
ーーーーーー
同日 午後2時 ジオン軍ゴーストコースト基地の自室で仮眠を取っていたミノス・カンパニュラは、直属の上官であるサニー・コールディからの電話で目が覚めた。次の任務についての説明をしたいので自分の自室に来て欲しいとの事だった。大抵は上官であるサニーが自ら伝えに来るか、仮眠室で眠りに落ちているサニーを起こして指示を仰ぐかとどちらかなのだが珍しいこともあるんだなとミノスは思った。自室からサニーの部屋までは殆ど距離がない。すぐ向かって指示を聞こうとミノスは、眠気がまだ残る眼を擦りながら自室を出た。
〜〜〜♪♫♪♪♫
サニーの部屋の扉の前でミノスはピアノの音を耳にした。この部屋の宿主であるサニーが弾いているのだろうか。ミノスは、恐る恐る扉を開け部屋に入っていく。決して演奏の邪魔をしない様に扉の開け閉めには細心の注意を払いながら。
部屋の中には同僚のジュリアス・ヴァルトロの姿もあったが、ただ何も言わずサニーの弾くピアノの音色に耳を傾けている。ジュリアスは部屋に入ってきたミノスに気がつき、視線を一度向け人差し指一本だけ立ててジュリアス自身の口に静かにあてた。静かにしろという合図だろう。ミノスは黙って頷いた。
サニーの演奏はとても情緒的だった。その音色はとても繊細で仮に触ることが出来たならシャボン玉の様に割れてしまいそうな儚さを連想させた。その音からは、いつも自分達を導いてくれている上官の姿とは似ても似つかなかった。ミノスには美を愛でる趣味も、それを選別しうる感性も持ち合わせてはいなかった。しかし、彼の繊細な指捌きから紡がれる音は確かにミノスの心を波打たせる何かを持っていた。目に見えない芸術がそこには存在していたのかもしれない。不意に鍵盤に何かが落ちたのが見えた。それはサニーの落涙だった。驚いてジュリアスの方に視線を走らせるが、ジュリアスの表情に変化はない。おそらく見えていたのは自分だけらしい。
サニーが何故泣いているのか、ミノスには全く分からない。そもそも何故彼がピアノを弾いているのかさえも分からない。分からないことだらけだ。しかし、彼の指捌きが一朝一夕に体得されたものではないことはミノスにも理解できた。もしかすると、この音から聞こえてくる、儚さや繊細さがサニー・コールディという男の本質なのかもしれない。ミノスはそう思った。
♫♪♪♫♪〜
演奏が終わる。ミノスは気がつけば拍手をしていた。サニーは、ここで初めてミノスが入室したことに気がついたらしく少し恥ずかしそうに頭を掻くとこう言った。
「ったく、2人ともいつから居たんだよ。今度覗き見したら金取るぞ。」
その顔にはまだ落涙の跡が残っていたが、ピアノの音に乗せた儚さは消え去っていた。
ーーーーーー
「つまり、オレ達が再度出撃して奴らを墜とせってことですね。今回の任務もシンプルで良いっすね!」
「戦争なんざ、やることはシンプルさ。人を殺すんだ、けどなそれをするまでの手順が難解なんだ。よく覚えておくようにミノス伍長。」
「…相変わらず手厳しいっすね〜了解っす。」
同僚のミノス・カンパニュラと自身の上官であるサニー・コールディの会話を聞きながら、ジュリアス・ヴァルトロはサニーの説明に疑念を抱いていた。
(あの時の隊長の様子はどう見てもおかしかった。そんな単純な任務を申し付けられたはずはない…)
ジュリアスの脳裏に基地の壁を殴りつけていたサニーの姿が蘇ってくる。あそこまで禍々しくも悲しい殺意をジュリアスは感じたことがなかった。話しかけようとも思ったが、初めて見るものへの恐怖からか二の足を踏んだ。
だが、今ならいや今の自分でしかサニーの心情を汲み取れる人間はいないはずだ。ジュリアスは沈黙を続けながら口火を切る機会を窺うことにした。
「じゃあ、オレはこれで失礼するっす!」
しばらくジュリアスが押し黙っていると、話を聞き終えたミノスが、別れの挨拶をすると部屋から出て行こうとしていた。思っていたよりも早く訪れた機会にジュリアスは内心喜んだ。あとは同僚の退室を待って話を振れば良いと、頭の中で段取りを考えていた時だった。ミノスがジュリアスとサニーに背を向けたまま、こう言葉を発した。
「隊長、ジュリアス。絶対エリカの仇…とりましょうね。そして絶対上に行きましょう!」
ミノスの顔は見えなかったが、いつもの軽薄な口調や雰囲気は微塵もなく、本気の決意が言葉から滲み出ていた。サニーとジュリアスは短く言葉を返した。それにミノスは無言で頷き部屋を出て行った。
ミノスの退室を見届けたサニーは険しく眉間に皺を寄せ口を真一文字に閉じ切っていた。ジュリアスはその奇怪さに目を見開き彼の全身をじっと凝視した。すると彼の手の爪が掌に強く刺さっているのか血が滴っていた。ジュリアスはサニーの行動が理解出来なかった。ミノスの言動に我を忘れかけるほどの怒りを覚えたとでもいうのか。いや違う、壁を殴りつけていた時もいい今といい、サニーは自分達ではない何かに憤っているのだ。それが何かは分からない、だから本人に語ってもらわなければならない。自分達は志を共にするチームなのだから。
「隊長、何か隠していますね?」
「なんのことだ」
「執務室から出てきたあなたは尋常ではなかった。そして今のあなたも。オレは隊長を信じてるし、これからもあなたを信じて共に戦っていきたいんです。」
「言えばお前も巻き込む事になる!」
「巻き込む?オレ達は同じ亡霊部隊のチームのはずです。覚悟ならしています。共にジオン軍の上に上がっていくと志を決めた時からそれは変わらない。」
「……」
「罪を犯して、社会から弾き出させて家族も居場所も何もかも無くしたオレを亡霊部隊が、隊長が拾ってくれた。オレにはこの場所しかないんです!オレは生きること全てをこの隊に捧げる!オレが死んでもこの隊が残ればそれでいい!それがオレの覚悟です!」
「ジュリアス…お前」
「隊長教えて下さい!オレ達の本当の任務は、本当の任務は一体何なんですか!?」
サニーは必死に平静を装おうと努めて表情を硬らせようとするが、その瞳からは熱いものが流れ落ちてきていた。彼は声もなく泣いていた。
ジュリアスが見る初めてのサニーの涙だった。
「ジュリアス、オレはどうしたらいい…?」
弱さを曝け出した男が消え入りそうな声で呟いた。そこに隊長としての風格はなく、ただの男の苦悩や絶望があった。しかし、ジュリアスにはその姿に尊敬の念を抱いた。何故ならその男の姿に絶望に抗おうとする人間としての威厳を、反骨心を見たからである。ジュリアスはこの男の部下であることを心から誇りに思った。
ーーーーーー
「特攻命令ですか…人の命を物のように使ってくれるものですね上の連中は。」
「オレ達の様なならず者には、人権への配慮がカケラもないというわけだ。全く大した連中だ。」
「それで隊長はどうしたいのです?」
「……この作戦は無謀だ。最早作戦行動としても成立していないだろう。無駄な犠牲は強いることは出来ない。」
その言葉にジュリアスはただ無言をもって返すことしか出来なかった。サニーが、部隊を率いる者としての倫理観と作戦実行の板挟みにあったことは容易に想像がついたからだ。
「……降りるなら今のうちだぞ。」
「どこに降りるんですか?さっきも言いましたがオレは大丈夫です。ただ…ミノスの事を考えると胸が痛みますね。」
自分の様な人を殺めた犯罪者ならともかく、ミノスは何も罪を犯していない。戦争に加担していることが罪ならばそれは今を生きている全人類にも言えることだ。ミノスが犬死して良い理由にはならない。
「アイツは歳がまだ20にも満たない。だからオレはここで命を散らせたくはないと考えている。」
「特攻命令から逃す手立てなんて魔法みたいなこと出来るんですか?」
ジュリアスはやや怪訝そうな顔でサニーを見つめる。正直言ってそんな手立てがあるとは思えない。
「手なら…ある。だが、それには協力者が必要だ。」
そう答えるサニーの表情には、先ほどとは違う強い意志が宿っていて瞳も曇りなく前を見ている。弱さを曝け出した男ではなく、亡霊部隊の隊長としてのサニー・コールディがジュリアスの前に姿を現した。
宇宙世紀0079 11月16日 午後2時45分のことである。
サニーさんの情緒が忙しいですね。読んでて疲れるかもしれません。文才なくてすいません。
評価してくださった、ヤミツキさんありがとうございます!こうやって見てくださっている方がいらっしゃるのだと思うと本当に有り難い気持ちでいっぱいになります。駄文ではありますが、どうかよろしくお願いします。
すっかり春らしい陽気になってきました。花粉症の方は充分ご注意下さいね。ではまたよろしくお願いします。