機動戦士ガンダム ghost chaser   作:凛九郎

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軍人と人間の狭間で

サニーとジュリアスがジオン公国ゴールドコースト基地から飛び立つおよそ2日前の宇宙世紀0079 11月16日正午。亡霊部隊との死闘を切り抜けたレイン達は、周囲の状況確認を改めて行う為に各自モビルスーツを降りて探索を行なっていた。土煙に混ざった火薬の匂いが戦いの凄まじさを感覚に刻みつけていく。

 

まず目についたのは、ガンタンクの残骸。ダルタニアン・クレベルが搭乗していた機体だった何かが辺りに飛散している。はたと見ても分かる、生存の可能性はない。ダルタニアン・クレベルは死んだのだ。頭では理解できていてもつい数十分前まで共に同じ鍋を突き、食事を共にしていた人間の突然の死を感情が受け止め切ることは決して容易ではない。

 

「……ダルタニアンの奴本当に死んじまったのかよ。」

 

シトラス・アルグレイがポツリと呟いた。それは誰に対して問いかけたわけでもなく、純粋な心境の吐露でありそれ以上の意味はない。それを皆分かっているのか誰もその言葉に返答する者はいない。各々、仲間の死に対し向き合っていた。ある者は悲嘆に暮れ、ある者は目を瞑り死を悼たみ、ある者は自身の無力さを呪った。またある者は仲間を殺した敵への憎悪を膨らませた。彼女、シボレー・リンスもまた仲間の死に際し、ある言葉を思い出していた。

 

ーーー大切なことは入隊した理由ではなくて今入隊して何をしているか何が出来るかだと思いますよ?

 

これは数時間前、2人きりで食物を探査していた時にかけられた言葉だ。この言葉は、連邦軍に家族を養う金欲しさに入隊したシボレーにとっては救いの言葉だった。そんな言葉を残して彼は死んだ。シボレーにはこの言葉が自分に向けられたある種の遺言の様に思えてならなかった。自分がこの戦争の中で出来ることが何かを探して欲しい、そう言われている様な気持ちになったのだ。

 

(……そんなこと、1人で見つけられるわけないじゃないですか。ダルタニアンさん、一緒に、一緒に見つけたかったです。私、わたし…)

 

シボレー・リンスは声を上げることなく静かに泣いた。その涙は仲間を失った寂しさが流させたのか、彼の遺した言葉の重みがそうさせたのか、涙の真意は誰も知らない。

 

ーーーーーー

 

続けてレイン達はダルタニアンが没した地から200m程離れた、地面にめり込んだコバルトブルーの機体、ヅダの残骸の周辺を探索していた。シトラスは改めて墜とされたヅダを見上げた。ブースターのみを破壊された為か、機体そのものに大きなダメージはない。おそらく少しくらいなら機体を動かすことも可能だろう。最もパイロットが無事だとは到底思えないが。そんな中、シトラスは共に探索をしているレインの顔に強い憂いを感じた。この機体を墜としたのが彼自身なのだから当然と言えば当然だが、仲間の苦悩する顔は出来ることなら見たくないものだ。少しでも前向きになって欲しいと思う。だからといって、下手な言葉をかければ余計にレインの心に傷を与えてしまうことになる様に思えてシトラスは、敢えて何もせずただ彼の肩を2回優しく叩きその場を離れた。

 

「ねぇ、皆ちょっと来てくれる?」

 

探査中、不意にアイリスが皆に召集をかけた。何事かと思い集まってみると、アイリスがヅダのコクピットのハッチの前に立っていた。

 

「それで?なんでここに私たちわざわざ集めたわけ?」

 

チェリッシュがやや不快な面持ちでアイリスに真意を問うている。きっとアイリスが無自覚に周りを振り回す事をあまり良しとしていないのだろう。最もアイリスにはその不快感は届いていないのか微笑を浮かべてケロッとしている。

 

「多分、この中に人がいると思うんだよね〜」

 

「……は?当たり前でしょ?ここコクピットだよ?そんなくだらないこと言うために集めたわけ。バカにしてるの?」

 

アイリスの不可思議発言にチェリッシュの我慢は既に決壊寸前の様子で、このままでは諍いが起こりそうな険悪さだ。シトラスは、チェリッシュを宥めアイリスにもう少し噛み砕いて発言して欲しいと意見した。コクピットの中に人がいると言うことは周知の事実として、問題は何故そんな分かりきった状況で自分達を集めたのか、それが知りたかったからだ。

 

「うん、きっとこのコクピットの中にいる人、まだ生きてると思う。なんかそんな感じがするんだ。」

 

「………えっ」

 

シトラスをはじめとした4人は言葉を失い、ただ絶句している。当然といえば当然だ。いくら主だった損傷箇所がブースターのみであったとしても、この状況の機体でパイロットが生存しているとはとても考えにくいことであったからだ。しかし、もし仮に生存しているのだとしたら放っておくことは出来ないだろう。非戦闘状態である今、捕虜として帯同して行くことも決して不可能ではないが、周囲の同意が必要なこともまた事実だ。だからアイリスは探索中の自分達を集めたのだろう、相変わらず突飛というか言葉の真意が分かりにくい人だとシトラスは内心苦笑した。

 

「なるほど、生きてる可能性があるならコクピット開けて中身確認しないといけないな。」

 

「シトラス!アンタ本気で言ってるの?この状況で生きてる訳がないでしょ?」

 

「んなこと言っててもしょうがないだろ、コクピット開ける以外に今出来ることなんてないだから。」

 

「オレは結果がどうであれ、確認するべきだと思う。この機体を墜としたのはオレだ……。結果を受け止める義務がある。それがオレに出来る精一杯の弔いだから。」

 

チェリッシュの悪態を取りなしていると、レインが口を出してきた。どうやら彼はチェリッシュ同様に生きている可能性は皆無だと思っている様だ。それでも墜した機体のパイロットの姿を目に焼き付けたいとでも言いたげだ。どこまでも自罰的というか、情を捨てきれない男だとシトラスは思った。彼は繊細過ぎる。それ故、この戦争の中を生き抜く事は彼にとって拷問に等しいのではないかとすら思う。戦場に生きるにはあまりにもさまざまなモノを背負い込み過ぎている。だが、ここは仲間としてその思いを汲み取らないわけにもいかないだろう、シトラスはレインに助け舟を出すことにした。

 

「……ですってよ、チェリッシュ。ここはこの機体を墜としたレインの顔立ててやろうぜ?」

 

「好きにして。」

 

チェリッシュも右手を軽く上げて背を向けた。表情は読み取れないが軽くため息をついているところを見ると、アイリスとレインの思想についていかないと半ば呆れている様に思えた。

 

「けど、コクピット開けるにしてもどうするんですか?そもそも外部から開けられるものでしたっけ?」

 

ここまで沈黙を守っていたシボレーが疑問を呈する。確かにその通りだ。どうやって外部からコクピットを開ければよいのだろう。きっとアイリスがその答えを知っているはずだとチェリッシュ以外の3人の視線が自然とアイリスに集まる。

 

「いや〜それなんだよね…あたしにも全然分からなくて。だから知ってる人いないかなーって思って皆を呼んだの。」

 

これがギャグ漫画なら盛大にずっこけているところだ。彼女が自分達を集めた理由はそういう事だったのかと理解した反面、アイリスの自然と周りを振り回す性質は親睦を深める人を選ぶだろうと思った。事実、チェリッシュは個人での探索に勝手に戻ってしまっている。

 

「1番良いのは自然とコクピットが開いてくれる事なんだけどね〜」

 

「んな都合の良い話がある訳…」

 

その時、ヅダのコクピットが突然開かれた。4人はギョッとして目を見開く。シトラスは咄嗟に懐に忍ばせていた拳銃をコクピットに向けていた。コクピットの中から現れたのは肩までかかるほど長く艶のある黒髪の10代と思われる少女だった。平衡感覚がおかしくなっているのか、目は虚で足元がふらついている。

 

「おいおい……本当に生きてたよ。」

 

頭を金属バットで殴られた様な衝撃が走っているシトラスにはこう言うのが精一杯だった。

 

撃墜した敵機のコクピットから幼いパイロットが出て来た。戦場においては予想外の出来事はつきものだが、今回はその中でも特異と言える事案に連邦軍の新兵の集まりである彼らは大いに動揺した。何故なら彼らには捕虜を帯同させた経験がなかったからである。しかし、ここでまごついて進軍が止まることが1番避けなければならない事態であると各々感じていたためか、誰が言い出したわけでもなく捕虜であるジオンの少女パイロットの処遇についてはペインティングし、進軍を再開することにした。対処困難な事態であるためか誰も何も言葉を発しない、いや発せない無言の進軍は日が没するまで続いた。そして、夜になり進軍を止めた彼らは夕食と夜営の為にモビルスーツを降り、焚き火を囲む形で一堂に会した。無言での食事が進み皆の器が空になる頃、チェリッシュがおもむろに口を開いた。

 

「それで、このパイロット…どうするの?」

 

「どうするって…そりゃシドニーの基地に連れてくしかねーだろ?」

 

「……ダルタニアン殺されてるんだよ、私たち。殺したのはそいつかもしれない…そんな奴に私たちが優しくする義理あるの?」

 

「じゃあ何か?ここで私刑するって言うのかよ?」

 

「……そうよ。悪い?」

 

チェリッシュは周囲がゾッとする程の寒気をはらんだ言葉でシトラスの問いに答えた。その瞳は仲間を葬られた憤りと悲しみで満ち満ちていて、夜の暗さも相まって彼女の瞳はどす黒さを増していく一方だった。左隣に両手を拘束され座っていた捕虜の少女の体は小刻みに震えていた。今そこにある自身の死のリアルを感じ取ったのだろう。

 

「そんな事許される訳ないじゃないか!南極条約で捕虜の人道的な扱いは取り決められてるんだ!」

 

レインが珍しく声を荒げてチェリッシュに食ってかかっている。彼にしてみれば突飛なことを言い出す同僚を何としても踏み留まらせたいのだろう、口調が表情が、その意志の強さを示していた。

 

「へぇ〜じゃあコロニーを落としたジオンが裁かれないのはどうして?南極条約より前に起こったことだからってコロニー落としは許させる行為だとでも言いたいわけ?条約締結より前だからなに?戦争犯罪は戦争犯罪じゃない!そんな条約は死文に等しいわ!裁くべきものを裁けないんだから!そんなことに比べれば、捕虜の1人に報復することくらい軽いもんじゃない!」

 

レインの反論に侮蔑を込めた冷笑を浴びせながら、チェリッシュは早口で捲し立ていく。まるでジオンに対する憎悪をレイン1人にぶつけている様だった。レインはただ静かにチェリッシュに視線を合わせながら聞いていた。口をはさむことなくただ黙っていた。押し黙ったその口は真一文字に結ばれ震えていた。

 

「そう言えばレイン、アンタよね。この捕虜の乗ってたヅダ撃墜したの。その時、何一つ殺意がなかったわけ?」

 

「……!!」

 

レインの瞳から確かに光が消えた。真一文字に結び震える口に唇が少し入り込んでいく。それは泣くことを必死に堪えている子どもに似ていた。

 

「…そんな訳ないわよね?殺すつもりで機体を斬った、違う?今ここで捕虜を殺すのと機体を斬って殺すのと何が違うの?アンタは良いかっこしいなだけだよ!自分に都合のいい偽善振り撒いて、自分が人を殺そうとしたっていう罪悪感から逃げてるだけだろ!?」

 

「いい加減にして下さい!!」

 

チェリッシュの機関銃のような怨念がこもった言霊を止めたのはシボレーの一喝と彼女がチェリッシュに見舞った、一発の平手打ちだった。

この言葉を切っ掛けに連邦軍の新兵達とジオンの窓際部隊の戦いは新たな局面へと動き出して行くことになる。

宇宙世紀0079 11月16日 午後7時51分の事である。

 

ーーーーーー

 

「……アンタ何すんのよシボレー!アタシはただこの軟弱男に現実を教えてるだけよ!」

 

「現実を知るべきなのはあなたの方ですよチェリッシュさん!いたずらに憎悪を煽って何になるんですか?」

 

「敵であるジオン兵を殺す、それがアタシ達連邦軍人の職務でしょ?偽善も理想もこの戦場では何の意味も無いわ!アタシ、何か間違ったこと言ってる!?」

 

チェリッシュの言葉は一見正論だった。しかし、正論であるだけで最適ではない。シボレーはそう思った。本当に正論だけで世界が成り立っているのなら人は過ちを犯さないし、こんな悲惨な宇宙規模の戦争なんて起きないだろう。

チェリッシュの意見は1人の軍人として正論でも1人の人間としての意見としては極論のようにも思えた。

 

「……チェリッシュさん、私には兄弟が多くいるんです。この娘と同じくらいの歳の妹だっています。もし、私の妹がチェリッシュの言う軍人としての職務の一環で殺されでもしたらと思うと…いえ、辛すぎて思いたくもないです。」

 

「そこの軟弱男と同じね。偽善よ。ただ敵に情が湧いただけじゃない。」

 

「いけませんか!?いくら敵だからといって捕虜の娘にまで冷徹になれる程、私の肝は座ってません!」

 

きっと自分の意見は軍人としては落第どころか懲罰対象かもしれない。でも、だとしてもここで異を唱えられない自分ではありたくない。連邦軍人としてではなく1人の人間として、言わなくてはいけない。

 

「職務怠慢を開き直らないで!敵に引き金を引けない軍人なんていらないのよ!」

 

そう言うとチェリッシュは、右手を強く握り締めてシボレーに殴りかかった。それに走らせたのは彼女なりの正義か、連邦軍人としての矜持かそれは誰にも分からない。その拳は真っ直ぐにシボレーの右頬に向かい、その寸前で止まった。その拳を今まで沈黙を貫いていたアイリスが手で受け止めたからだ。

 

「そこまでだよチェリッシュ。この捕虜の娘はシボレーに担当してもらう。きっとシボレーなら仲良くなれるんじゃないかな?」

 

「アイリス!アンタまで何を!」

 

「大切なことを一つ忘れてるよチェリッシュ。南極条約は連邦軍とジオン軍の間で締結された条約なの。どんな経緯があれ守らなきゃいけないものなの。」

 

「何?今度は講義でもしてくれるって言う訳?そんなお題目どうだって良い…」

 

「軍人なら決まりは守らなきゃ。守らないとチェリッシュは軍人ですらなくなるよ?」

 

アイリスの言葉がチェリッシュの怒号を遮る。アイリスはあいも変わらず、ニコニコとした表情をしているが発せられた言葉にはいつもと異なる凄みが感じられた。その迫力に押し負けたのかチェリッシュは言葉に詰まり沈黙した。そのまま畳み掛けるようにアイリスは夕食をお開きにし散会させた。そしてシボレーは捕虜の娘と2人きりになった。捕虜の少女は死を逃れた安堵からなのか迫る死の恐怖に耐えられなかったのか、気を失っていた。このままではいけないと捕虜の少女をおぶって自身のモビルスーツへと歩みを進め始めた。歩く中で自分におぶられている少女をシボレーは思案した。

 

(この幼さでモビルスーツパイロットだなんてこの娘に何があったんでしょう。この娘から聞けるのが1番良いんですが…まぁ厳しいでしょうね。)

 

そんなことを考えていると、自身の足に何が触れた。それはダルタニアンと一緒に採取したものにとてもよく似た木の実だった。シボレーの脳裏にダルタニアンの姿と言葉がよぎりその足は止まった。

 

ーーー大切なことは入隊した理由ではなくて今入隊して何をしているか何が出来るかだと思いますよ?

 

(ダルタニアンさん、貴方のこともよく分からないままお別れしちゃいましたね…部隊も同じだったのにあまり話すこともなかったし、いざ2人きりで過ごしても私の身の上話ばっかりだったし…。)

 

(もっと知りたかったな、ダルタニアンさんの事…)

 

(ダルタニアンさん、私まだここで何が出来るか分かりません。だけど絶対見つけて見せますから、その時は褒めて下さいね!)

 

シボレーはモビルスーツへと再び歩き出した。捕虜の少女と亡くした仲間から託された意志を背負って。

 

宇宙世紀0079 11月16日 午後8時34分の事だった。




連邦サイドも大きくお話が動きました。そして何故かレイン君の影が少し薄くなってますね。仮にも主人公のはずなんですが…。

お気に入りに登録していただいている方も更新していないうちに増えてました。こんな欠伸が出るレベルの更新速度なのに…本当にありがとうございます。

夏の様な暑い日が続いておりますが、皆様もお身体に気をつけて日々をお過ごし下さい。読んでいただきありがとうございました!
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