私もどこかにひっそりと見に行きたいものです。
「時間だ、始めるぞ。」
サニーの一言でゲリラが敢行される。少し霧が見え始めている中ではあったが作戦に支障が出るほどではないだろう。
「霧か…」
「昼前には晴れるんだそうですよ、隊長」
「心配はしてないさ、ただ…」
嫌な予感がする。そう言いかけてサニーは口をつぐんだ。これから戦闘だと言うのに士気を下げるようなことを言うのは不適切だと思ってのことだった。幸いジュリアスはそれ以上言及することなく黙って作戦準備に取り掛かる。
サニーはこの予感が杞憂であることを祈りながらその時を待っていた。
宇宙世紀0079 11月19日 午前4時
2日間続いた静寂は突然破れられた。激しい爆音が辺りに響き渡る。それは戦いの火蓋が再び切って落とされたことを意味していた。
「敵はどこにいる?」
「分からない。けど、爆撃はここから南西に少し行ったところで起こったと思う。」
「よし、じゃあ南西に敵がいると考えて索敵した方が良さそうだな。」
レイン、アイリス、シトラスは自機を南西へと向けて歩を進め始めた。しかし、ただ1人彼らとは別の進路を取った者がいた。チェリッシュ・コンパティールである。
(爆撃があったのに、私たちの方に攻めてこない。もしかして爆撃は囮?)
(もし、爆撃が囮なら敵が来る方向は…!!)
「シボレーちょっと借りるわよ!アンタの陸戦型ジム!」
「え、えっ。シボレーさん何処にいくんですか!?」
「アンタはガンタンク乗ってレイン達の援護に回って!いいわね!」
有無を言わさず口調で、シボレーの陸戦型ジムを半ば強奪したチェリッシュはレイン達の進路とは反対方向の北東方向へと走り始めた。
ーーーーーー
「ジュリアスが上手くやってくれたんだ。ここで俺が戦果を上げないと申し訳が立たねぇな。」
サニーはヅダのコクピットの中で1人息を深く吐いて視線を前へ意識を戦場に集中させる。大丈夫、作戦は上々だ。敵は南西の爆撃に気を取られそちらに足を運んでいるはず。そこを背後から襲えば、数的不利な状況でも戦うことが出来る。これがサニーの作戦だった。
そして、サニーが南西方向にいる連邦軍を追い落とそうと機体を動かそうとしたその時、サニーは意外なものを目にする。それは、連邦軍人チェリッシュの乗る陸戦型ジムがこちらに猛進して来る姿だった。
(作戦が読まれたのか?だが、敵は1機。まだ挽回するチャンスはあるか…!)
「ジオン軍!お前たちだけは必ず、どんな手を使ってでも抹殺!抹殺してやるぅぅぅ!」
チェリッシュのビームサーベルをサニーはヒートホークで受け止め弾き飛ばす。敵はそれに怯む事なく再度切り掛かって来る。
(この禍々しい殺気。俺と、この前戦った奴とはまた別の奴らしい。)
「ああああああ!!殺す殺すぅ!!」
咆哮と共に振り下ろされる刃をサニーは再度受け止める。両者は一歩も動かない。
「連邦にもこんな怨霊染みた奴がいるとは思わなかった。俺の部下が呪い殺されては堪らん。ここで討たなければ…な。」
「やれるもんならやってみろぉぉ!私はあの人にあの人に言われたのよ!連邦軍人としての責務はジオンを徹底的に抹殺する事だって!だから私は責務を、責務を果たさなきゃいけないのよ!」
「誰かに唆されたか。青いな…。その言葉の中に『お前』は居ない。自分の考え1つ持たない奴にオレもジュリアスも殺されるわけには…いかないんだよ!」
サニーのヒートホークがチェリッシュのビームサーベルを弾き飛ばす。そして、ヒートホークの剣先が陸戦型ジムのコクピットを貫いた。
チェリッシュ・コンパティールには1人、彼女に大きな影響を与えた人物がいた。名前をアレキサンドラ・ライオネット。連邦軍中尉に属している男だった。アレキサンドラは、透き通る白い肌と、それと対比するか様な黒々とした瞳。更に短く整えられた銀髪に高身長と人目を引く容姿をしている魅力的な男だった。しかし、彼の1番の魅力はその外見ではなく弁舌の巧みさとカリスマ性にあった。やや過激とも思える言葉を使いながら扇情的な演説を行い友軍の士気を高める事に長けていたのだ。その演説を聞いた人間は熱狂し、やがて崇拝した。チェリッシュもその演説の熱に当てられた人間の1人だった。
ーーージオンによる戦争犯罪は、あまりにも数多い。それの対価はもう彼ら自身の命を持ってしても相殺し切れるものではない!痛みには痛みを持って対処するほか無いのです!
ーーー正義はこの様な戦争の最中でも存在するものです!我々は今正義の中にあります。我々連邦軍は、ジオンのいう悪き国を滅ぼして正義はここにあるのだと証明する時に今来ているのです!
これらのアレキサンドラの言葉は、チェリッシュの胸を強く打ち自分に道を見つけてくれた様な心持ちになった。演説終わりに彼の元に出向き精一杯の感謝を伝えた。するとアレキサンドラは優しく微笑みながらこう答えた。
ーーー君の様な危機意識を持った人間にこそ、戦況を変える力があると私は確信しています。期待していますよ。
その言葉を聞いた時、チェリッシュは天にも昇る心地だった。軍人としてこの言葉を糧にして生きて行こうと心に決め、一心不乱に駆け抜けてきたのだ。このいつ終わるとも分からない深淵の渦中を生き抜いて来た。
なのに
「どうして…どうして…私は」
腹部から血を流し喉から吃音を鳴らしながら彼女は1人、爆発寸前の機体で運命を呪っていた。
「その闘志は見事なものだった。どうか安らかに眠ってくれ。」
「畜生ぉぉぉぉぉ!!」
その刹那、チェリッシュ・コンパティールの乗った陸戦型ジムは爆散し黒焦げた鉄塊へと姿を変えた。
チェリッシュ・コンパティール 戦死
享年21
サニーは、怨霊と言えるほどの憎悪をぶつけて来たパイロットに畏怖と尊敬の念を覚えながら鉄塊と化した敵機の残骸に目をやった。
人間を憎むという事には膨大なエネルギーが必要だ。それだけのエネルギーをジオンへではなく何か別のことに、自身が好み、望むことに向けられていたら…そう思わずにはいられなかった。
「…これだけの熱量があったのなら別の場所でも輝く機会があっただろうに。時代が、戦争がそうさせたのか…」
サニーは自身の唇を苦々しく噛みながら、亡霊部隊のメンバーのことを思い出していた。無戸籍児のミノス、不法移民の子のエリカ、元犯罪者のジュリアス、そして自分自身。社会の歪みが無ければ、戦争が無ければこの様にはならなかったのではないか。少なくとも部下の3人は。いや、もしかすると自分も…
「そんな空想は無駄か…ここは戦場だ。」
サニーは視線を下に下げため息を一つ吐くと、ジュリアスに通信を入れた。
「こちら、サニー。連邦軍機を一機撃墜。これより一時帰還する。」
「了解、相変わらず仕事が早いですね隊長。」
「ゲリラ戦はスピード勝負だ。すぐに戻る。」
そう言って通信を切ると再び敵機の残骸に目を移した。
「連邦兵、名前を聞きそびれてしまったな。だが、その内そっちに俺も逝く。その時は名前を教えてくれ。」
そう言うと、コバルトブルーの機体が宙に浮かびその場を離れていった。異様な形のモニュメントがある以外、平時と変わらない静かな森林が広がっている。オーストラリアの大地は少しずつ濃霧に包まれ始めていた。
宇宙世紀0079 11月19日 午前4時25分の事である。
ーーーーーー
索敵が空振りに終わったレイン達を待っていたのは、仲間であるチェリッシュ・コンパティールの死であった。それはレイン達連邦軍新兵達に少なからず衝撃を与えた。焼け焦げた鉄屑と化した陸戦型ジムを見ながらアイリスは再び仲間が死に絶えたという事実と、それを防ぐ事ができなかった自身への非力さに愕然としていた。シボレーも視線を地面に伏せ頬を濡らし、その様をエリカが複雑そうな表情で見守っている。その中で、レインは唇を真一文字に結び鋭く鉄屑を睨みつけていた。それを見たシトラスは彼に声をかける。
「レイン、何か気になる事あるってのか?」
「……このままだとオレ達は全滅するかもしれない。」
「なに?」
「敵はオレ達の位置を確実に把握してる。もしかしたらオレ達の移動ルートを読んでるのかもしれない。今回の夜襲がその証拠さ。このまま作戦もなく逃げ続けたら負ける。絶対に。」
「そこまで言い切るならあるんだろ、この状況を切り抜ける作戦がよ。」
「……あまり気は進まないけど、彼女を作戦に利用させてもらう。」
そう答えるレインの視線の先にはあどけなさと幼さが残る少女エリカがいた。彼女を見つめるレインの眼光にシトラスは覚悟を感じた。
「らしく無いな。いつものお前ならそんな事絶対に言わないだろうによ。」
「…彼女に必ず仲間の元に生きて帰すって約束したんだ。約束は守らないと。」
「それに、これ以上オレは仲間を失いたくない。生きて基地に帰る事、それが今のオレの戦いなんだ。」
「……それは違うなレイン。」
「えっ?」
「オレの戦いじゃない、オレ達の戦いだ。生きて基地に帰りたいって思ってるのはお前だけじゃねーぞ?理想を語るのもいいけど良いけど一人で突っ走り過ぎんなよ。いいな。」
「…ありがとう、シトラス。」
「なんだよレイン、その締まらねー顔は。まったく、お前ホント軍人に向いてねーよ。」
「ハハッ、そう言えばチェリッシュにも似たような事言われた気がするよ。戦争が終わったら転職でもしようかな?」
「おいおい、真に受けるなって。」
シトラスの軽口に微笑みを浮かべ言葉を返したレイン。その笑顔は戦場にはいたく不釣り合いに思える程優しく、穏やかだった。
この男に戦場は似合わない。それ故に苦悩や孤立もきっとあるのだろう。それらを抱えてても微笑むことの出来るこの男の芯の強さをシトラスは思い知った。
「もうこれ以上、仲間は殺させない。今度はこっちが仕掛ける番だ。シトラス、みんなを呼んできてくれないかな。この作戦を説明しないといけないからね。」
ーーーーーー
戦闘を終え、自機で仮眠をとっていたサニーは部下の大声で叩き起こされた。最近、自分の睡眠を部下達に邪魔される事が多い気がする。全く気遣いが足りない部下達だ、自分が逝った後に苦労しなければ良いが。そんな要らぬ節介が頭に渦巻いたが、それはジュリアスの想定外の言葉で吹き飛んだ。
「連邦兵から通信!友軍機同士の秘匿回線ではなく、一般回線で我々にコンタクトを…。エリカが…エリカが奴等の捕虜になっていると伝えて来ています!」
「なんだと!?」
サニーの意識は一瞬で覚醒し、一音たりとも聞き漏らさぬように耳に意識を集中した。
ーーーこちらは地球連邦軍シドニー基地所属のレイン・ウォーミング伍長です。ジオン公国軍にお伝えします。あなた方の仲間を1人捕虜として身柄を預かっています。もし解放を望まれるのならば3時間後にサウス・マラータにて捕虜の解放を行います。来ていただけますか?
この軍人らしからぬ口調、ウォランビンで戦った奴、理想主義者の青二才だ。サニーは奥歯を噛み締める。何が人を殺し合いを強いる戦争が間違っているだ。蓋を開けて見ればお前も捕虜を、可愛い部下のエリカを道具として利用しているではないか。理想主義者はいつもそうだ。傲慢に理想を語る癖にそれを貫く意志がない。自分だけが特別だとでも言うのか、驕りが過ぎている。
エリカの為にも、そして自身の為にもこの偽善者を必ず討たなければならないと強く決意した。
「こちら、ジオン公国ゴールドコースト基地所属のサニー・コールディ少尉だ。捕虜は、エリカ・ローズマリー二等兵は無事なのか?場所に行って骸と対面するのはゴメンだぞ。」
ーーー信じて欲しい…と言っても難しいでしょうね。分かりました。
そう言うとしばらくして、聞き覚えのある少女の声がサニーの鼓膜を優しく揺らした。その声にサニーは落涙した。その涙は必ず守る約束を果たせなかった情けなさ、生きていたことへの安堵、そんな部下を駒として利用している連邦軍青二才への確かなる怒り…その感情の全てが混ざり合い頬をつたう。
ーーー隊長!エリカです!エリカ・ローズマリーです!わ、私は生きています!私、待ってますから…絶対助けに来てくれるって信じてますから!
「エリカ……分かった。必ず迎えに行く。待っていてくれ。」
サニーは破顔しながらエリカに精一杯の言葉を返す。涙で咽び言葉は上手く出てこない。それでも良い。エリカが生きていた、ただそれだけで良い。
ーーー…では3時間後 でお待ちしています。来なければオレ達はこの捕虜を連れて連邦軍シドニー基地に向かいます。これ以後の捕虜の解放はありません。
そういうと通信は切れた。
「……どう思う。ジュリアス。」
「どういう意味です?私はエリカが無事で良かったと心から思いますが…」
「そうじゃない。なんで奴等がそんな事をわざわざする必要があるのかって事だ。」
「隊長は…これが罠だと疑っているんですか?」
「むしろ疑わない方が軍人としてどうかしている。この機を狙ってオレ達を撃ち落とす三段なんだろうな。だがその戦術が読めない。それさえ分かれば幾らでも策を打つ事が出来る。」
サニーは苛立ちながら爪を噛む。見え透いた策を練ってきたものだ。ましてや、エリカを出汁に使って自分達を討とうなど隊長である自分を余程コケにしたいらしい。到底許せるものではない。
「シンプルに考えるなら伏兵だと思います。それが1番確実でもありますから。」
「……伏兵か。」
サニーは、自機のコクピットから見える霧に覆われた景色を一瞥すると、呟いた。
「今の天気は霧…隠れるには最適な環境だな。」
眼光鋭く眼前の景色を睨みながら笑みを浮かべるその姿は、獲物を狩取ろうとする捕食者そのものであった。
時に宇宙世紀0079 11月19日 午前6時
レイン・ウォーミングとサニー・コールディの2度目の邂逅が静かに始まろうとしていた。
チェリッシュは当初ヒロインのはずだったんです。5話でレインと対立した事をきっかけに路線が変わりました。
もしかしたらレインを姉御肌で引っ張りそれにシトラスが茶々を入れて殴られる、そんな展開があったのかもしれません。
話は変わって、もう4月ですね。
新しい出会いや職場、学校の方も多いと思います。年々新しいものや人について行けなくなっている自分がいます…。
それではまたお会いしましょう。