不都合がありましたら、修正します…。
「今回の作戦大変意義のあるものだったな。素晴らしい戦果をありがとうレイン・ウォーミング伍長。」
クラウディアは口元だけが笑みを携えその目はただ無機質に自分を射抜いている。そんな様を見てレインはこの言葉が皮肉であることを悟り、沈黙をもって殺した。クラウディアはやれやれとわざとらしく肩をすぼめると言葉を続ける。
「今回の作戦成功の報酬としてキミに配置転換、二階級の昇進、特別報奨金。このどれかが君に与えられるという話は聞いているかね?」
「はっ?」
突然過ぎる申し出に空いた口が塞がらない。何から問いただしたらいいのか、この上官の言葉がどこか遠い国の言葉にすら聞こえてくる。
「なんだ、素っ頓狂な声を出して。てっきりアイリス・ベルガモット軍曹から聞いているものだと思っていたんだがな。」
「……どうしてこんな事を?」
「やれやれ聞いていなかったのか?今回の戦果のーーーーーー」
「そういう事を聞いているわけではありません!どうして今回の作戦がこの程までの報酬が与えられるんです!?」
「やれやれ、君は相当せっかちな奴らしいな。女にモテないタイプの典型だ。…まぁ、いいだろう。説明するとしよう。」
下劣な冗談をレインは再び沈黙を持って殺した。それに構わずクラウディアは続ける。
「ある連邦軍人の男は自軍の作戦行動がジオンに筒抜けになってしまっていることに気がついた。何とかスパイに目星はつけられたが証拠を掴めないことに悩んでいた。」
「そこで思いついたのが、囮の作戦を立案しそれをスパイ疑惑のある関係者と作戦の餌になる参加兵のみに流しその作戦を実行するという方法だ。」
「ただ囮を使うだけでは決定的な証拠がない、実際に情報が漏れているという証拠が。故にこの作戦は必ず実行しなければならなかった。実に意義深い作戦ではないかね!?」
「ジオンの連中やスパイ共にも感謝せねばならんなぁ。いやはや痛快だったよ!新兵達しかいない部隊での奇襲など狂気じみた作戦を罠と疑うことなくまんまと騙されてくれたわけだからね!」
「新兵達なら組織におけるダメージも最小限で済む。それでいて膿を出し切ることも出来る…なんで素晴らしい作戦を考えついたものだ。我ながら自分の頭脳に打ち震えるねぇ!一つだけ誤算があるとするならば、ジオンの特攻だ…基地に損害が出ることだけは予期出来なかったな。」
「……何を…言っているんですか?」
レインは機関銃の様に捲し立てるクラウディアに半ば絶句した。この男の口から出てくる音は遠い国の言葉などではない。呪怨だ。
「……この作戦でどれだけの犠牲が出たと思ってるんです?あなたの策謀がこんな結果を生み出したんですよ?」
「こんな結果とはなにかね?大規模反抗作戦の前にスパイを炙り出し組織の膿は出し尽くした。この何処に中傷される謂れがあるというんだね!?」
「オレたちが基地で情報漏洩を指摘してから3日で出し切れる程度の膿の為に漏洩前提の奇襲作戦までやる必要があったとは思えません。やらずともきっとスパイに辿り着けていた。あなたは…自分の思いついた策をただ試したかっただけだ。オレたちの命を弄んだだけだ!こんな事のために…こんな事のためにルピス達一班、二班のメンバーやダルタニアンやチェリッシュは死んだんですか!?
これじゃあなたに殺されたのと変わらないじゃないか!!」
努めて隠してきた怒りが露わになるかの様にレインの口調は徐々に早くそして強くなっていった。しかし、クラウディアもそれに気おくれすることなど当然なく逆に激昂し捲し立てる。
「口を慎みたまえレイン・ウォーミング伍長!ここは戦場だぞ、甘ったれた理想や倫理は学術書の中にしか存在しない!我々連邦軍人は地球に住む人々を守るという高潔な正義の名の下に戦うだけだ、どんな手段を使ってもな!」
「高潔な正義ですって!?この作戦の何処に高潔さがありますか?正義がありますか?クラウディア大尉はこの戦いの戦死者の墓前に今と同じことが言えるんですか!?自分の目的のために死んだんだと、どの様な犠牲も厭わず戦うことが正義だと!……オレには出来ない…したくない。」
「……」
レインの反論にクラウディアは言葉を返すことなく閉口した。話し合っても無駄だと思ったのだろう。レインは失礼しますとボソッと言うとクラウディアの部屋である執務室を後にしようとドアノブに手を掛ける。クラウディアはどんな形であれ報酬は受け取ってもらわないと困るな、死地から生還した者たちに報酬を渡さなかったとなると他の者の士気に関わると背中越しに問いかける。レインはドアノブに手を掛けたまま、こう言葉を返し執務室を出ていった。
「配置転換も特別報奨金も昇進もオレは要りません。ただ一つだけ、一つだけわがままを聞いて頂けるのならーーーーーー」
ーーーーーー
少し見ないうちに随分と生意気な事を言うようになったものだ。男子三日会わざれば刮目してみよという言葉が東洋ではあるらしいが、どうやら本当らしい。私ーーーークラウディア・フラッツは部下が今しがた出て行った自室の扉を見ながら思った。
レイン・ウォーミングという男は軟弱な男であり、非常に御し易い男だと思っていた。実際今回の作戦を行う前に此処で会った時は少なからず不満な様子は見てとれたがそれを口に出す様な真似はしなかった。それが数日戦場に身を置いただけでこうも利発的になるとは思わぬ、いや望まぬ収穫だった。
ーーーこの作戦の何処に高潔さがありますか?正義がありますか?クラウディア大尉はこの戦いの戦死者の墓前に今と同じことが言えるんですか!?
脳裏に浮かんできた部下の言葉を私は一笑に付した。戦場を経験した男の言葉としても、今という非常時を生きる人間だとしてもあまりに青すぎる。ただ…こういう人間が活きる時がある。
戦後だ。この戦争はどちらが勝つにせよ傷跡を残すだろう。人々は疲弊し大義を失う、そうすれば戦後処理は大きく遅れるに違いない。そんな時に青すぎる思想は人々を惹きつけまとめる力になるだろう。血に塗れていない言葉に理想に人々はきっと酔いしれる事だろう、それが実利のない毒だったとしても。
地球の戦後処理が迅速に進めば地球連邦軍としても復興や連邦軍の権力増強の大きな一助となるはずだ。それに一枚絡めば私自身にも大きな見返りがある…。
ここまで思案して私はふと数日前にシドニー基地を訪れた客人の少佐のことを思い出す。自身の理想を語るだけ語って出て行った傍迷惑な人物で階級上、上官にあたる人物だったから話だけ聞いていたがレイン・ウォーミング以上の青すぎる思想に耳が腐るかと思った程だ。一応礼節として名刺は受け取ったがただのちり紙に等しい価値しか見出せなかった。そう、今までは。
……毒には毒を持って制するか。案外面白いかもしれん。私は独りほくそ笑むと私は胸ポケットに雑に仕舞い込んだちり紙、ではなく名刺に書かれていた番号に電話をかけた。
発信音が2回ほどした後、その人物は応答した。妙な一人称にやけに甘ったるい女の声、どうやら本人に相違なかった。
私はあなた様の崇高な理念に感服致しました。是非ともあなた様の理念にお力添えさせていただきたいと取ってつけたような美辞麗句を並べた。すると相手は少し涙声になりながら私に謝意を表して来た。
ここだ、ここが仕掛けどころだ。
私は内心舌を出しながら続けた。
「そこでなんですが、私の部下の中にあなた様の思想にとても近い考えの男がいるのです。間違いなく彼はあなた様のお役に立てると確信しております。」
「推挙した見返り?とんでもない必要ありません。ただ、クラウディア・フラッツが推挙したということを広く他の上層部に流布していただきたいですな。あなた様の理想の一助の為に…」
上手くいけば私は地球連邦軍の中で権力を握ることが出来る、頓挫しても末端の部下と泡沫団体に脅されて仕方なく名前を出させたとでも言えばリスクは軽減されるだろう。
(さて、どう転ぶか…高みの見物と行こうか。)
電話口の声を聞き流しながら私は笑いを噛み殺すのに必死だった。
ーーーーーー
この電話口の相手とレイン・ウォーミングの邂逅が後のナミブ砂漠での戦闘の行く末に繋がっていく事をクラウディア・フラッツはまだ知らない。
ーーーーーー
執務室を後にしたレインは、廊下に屯していたシトラス、アイリス、シボレーにクラウディアとの会話を伝えた。それにシトラスはなるほど考えたもんだなと、やや投げやりに言葉を返し、シボレーはただ目を伏せて押し黙り、アイリスは曖昧に微笑んでいる。三者三様ではあるが、それぞれ今回の幕引きに違和感を覚えてはいたのだろう。そして、確信は持てないまでも察しはついていたと言う事なのかもしれない。
「そんで、皆どうするわけ?昇進するのか?それとも配置転換?それとも金か?」
シトラスは暗い話題を変えるためか、明るい声を出して問いかける。その明るさにやや無理矢理感を覚えたが3人は敢えて口には出さなかった。
「えー、そう言うのって言い出しっぺが先に言うものなんじゃないの?」
「アイリスは毎度変なところで突っかかるよな〜。まぁいいや。オレはハワイに配置転換だ。」
「暑いところから暑いところに行くんですか?」
「なんだよシボレー、そのキョトンとした顔は。南国ってのはやっぱりイイだろ?そこでアバンチュールな出会いがあるかもしれねーし。」
「うーんなんかシトラスらしいね。フットワークが軽いっていうか…なんというか…」
「アイリスさん、しっかり言いましょう軽薄ですねって…。」
「辛辣ですね2人とも。」
3人の漫才の様なやりとりに苦笑しつつもレインはシボレーに話題を振った。
「私はその…お金をいただくことにしました。実家にお金が無くて…軍に入ったのもお金の為なので。」
「悪いことじゃねーよ、動機よりもやることの成果の方がよっぽど大事だぜ。家族の為にしっかり使ってやれよな。」
「はい、そうします。少しでも家族のために頑張らないと。」
シトラスからの声かけに言葉少なではあったが彼女の顔は凛々しく前を向いていた。戦いの中できっと思うことがあったのだろう。数秒間が空いてからアイリスが授業中の生徒の様にハイハイ、次はあたしだね〜と元気よく手を挙げ話し始める。
「えーっと、あたしは皆とは違って選択肢なかったの。スターイーグル隊って宇宙で戦う部隊に配属されるみたい。」
「えっ、アイリスさん宇宙…ですか。随分遠くに行ってしまいますね。」
「フワフワしてる奴だとは思ったけど、宇宙に行っちまうとはな。」
「大丈夫だよーシトラスもきっと宇宙に行けるって。だって女の子の話してる時の言葉フワフワしてるもん。」
「嬉しくねえ…嬉しくねえよそれ。」
わざとらしく手で顔を覆ってみせるシトラスを気にする様子もなくアイリスはずいっとレインに顔を近づけるとレインは何にしたのと尋ねた。
レインは曖昧に微笑んで誤魔化そうとするがアイリスがムーッと擬音が出るほど膨れっ面を見せて再び凝視すると諦めたように一瞬表情を緩めると口を開いた。
「オレは報奨金も配置転換も昇進も選ばなかったよ。オレが選んだのはーーーーーー」
レインが話し終えるとシボレーは背追い込み過ぎないで下さいねと心配そうな顔し、シトラスはホント軍人に向かねーよお前はと苦笑し、アイリスはレインらしいねと子どもを見守る母親のような優しげな眼差しを向けた。
「今回の作戦をオレは忘れたくない。罪も業も背負うさ…これはオレにとって誓いみたいなものかもしれない。」
「じゃあ〜別の誓いも立てるってのもアリ?」
「別の誓い?」
アイリスの思い掛けない提案にレインは目を丸くした。他の2人も不思議そうにアイリスを見つめている。アイリスは待ってましたと言わんばかりに得意気な顔をして人差し指をピンと立たせて提案した。その様はまるで子どもが初めての作った料理を親に見せるかのような幼なさが見え隠れしている。
「今から一年後、此処に皆集まるの。戦争が終わってるかは分かんないけど皆それぞれ元気にやってるよってお互いに報告し合うの、どう?」
「ここって…オーストラリアに集まるってことですか?それ良いですね!」
「悪くねえ、同窓会みたいで興が乗ってるな。」
「じゃあ決まりね〜来年絶対集まろう?」
そういうや否やシトラスとシボレーの手を取り束ねる。2人はびっくりした顔しながらもそれに応じる。相変わらずマイペースで少し強引だなと内心苦笑しながらレインもそれに手を添える。
「約束だよ!皆」
「ああ、約束だ。」
レインは頷きながら3人の表情を見回す。
瞳の中にある強い意志を感じた。それは約束を糧に生き残ろうとする兵士の気概か、それとも戦場の狂気にに呑まれんとするなけなしの理性か。
その約束を胸に4人はそれぞれの戦場に歩み出す。その先になけなしでも希望があると信じて。
ーーーーーー
地球連邦軍シドニー基地内にあるモビルスーツパドック。そこに一機異質な陸戦型ジムがある。その左肩には黒い羽のエンブレムが刻まれている以外は他の陸戦型ジムと大差がない地味な塗装だ。この羽のエンブレム、それがレイン・ウォーミングが作戦の末に求めた『特別報酬』だった。
名誉や金には目をくれないとんだ変わり種だと周囲は囁きあった。
思いをぶつけ合い死闘を繰り広げ、そして救えなかった男。その生き様を刻み込まんとするレインの悲壮な決意の証は機体が変わっても受け継がれて行くこととなるのだった。
ーーーーーー
そして時は流れ、
宇宙世紀0079 12月31日
一年戦争最後の日を迎える…
足掛け約3年
失踪期間約2年
実働活動期間約1年
そんなお話も次回で最終回です。(次回投稿は未定ですけど…)
毎度コメントくださる先生やお気に入り登録していただいてる先生閲覧していただいている方々に心より感謝申し上げます。