連邦軍人の微笑み
ーーーーーーなんだ、あの光は!?うわっうわぁァァァァ
ーーーーーーくそっ、くそっこんなところで
ジオンめぇええ!!
ーーーーーーこれは、これが命の光…!!
「いやっ!お願い!!お願いだからもうやめてぇぇぇ!!」
宇宙世紀0079 12月31日 午前3時
戦艦サラミス艦内の一室でアイリス・ベルガモットは悲痛な叫びと共に目を覚ます。ハアハアと荒い息遣いをしながら周りを見回すが、夜の闇と共に静寂が広がっているだけだった。
「……夢…だけど夢じゃない。」
つい1日前の出来事だ、悪夢として出てきても何も不思議はない。ジオン公国が総力を結集した大量破壊兵器ソーラレイ。本来同胞の居住地であるはずのサイド3のコロニーを軍事転用して造られたという狂気の産物。それによって生み出された強烈な閃光はネビル将軍を始めとする地球連邦軍の重鎮たちと半数の友軍を燃やし尽くした。
それらの命の燃え残りが悪夢としてその姿を顕現し少女の心をまるでコップの中の水に黒インクを垂らしたかのようにジワジワと侵食し蝕む。彼女はその痛みがおそらく癒えることはあれど、消えることはないということを過去の幾つかの経験から知っている。だからこそ彼女は無意識に救いを求める。死地を生き抜いた仲間たちとの約束に、敬慕の念を抱く相手との再会に。
(大丈夫、あの時よりは辛くない。大丈夫…あたしはもう1人じゃないんだ。大丈夫、大丈夫…。)
極北の地での地獄よりは遥かにマシだと自分に言い聞かせる。愛する人の姿を思う。すると不思議と潰れてなるものかと死んでなるものかと今に抗い生き抜こうとする力が、まるで沸騰し始めの水泡の様にふつふつと湧き上がってきた。もう夜の闇も夜の静寂もあの光に消えていった命の叫びだって…きっと大丈夫。きっと乗り越えられる。約束を信じ未来を想う。それが彼女を突き動かす希望(ちから)になっていた。少女はもう一度瞳を閉じ微睡を待つ、夢枕に彼や彼の仲間との未来の情景が浮かんでくると信じて。
ーーーーーー
宇宙世紀0079 12月31日 午前6時
ハワイ基地付近の海岸でシトラス・アルグレイは静かに明け方の海を眺めていた。晴れた空にベージュ色の砂浜、そしてインディゴブルーの波打つ海。これが勤務地ではなくデートスポットならこんなに最高な場所はないだろう、今度異性の同僚を誘ってみるのもいいかもしれない。シトラスはとても戦時中の軍人とは思えない呑気な思考を海に向かい垂れ流した。無論それには理由がある。
ここ一ヶ月で地球圏全体の戦況が尚のこと大きく地球連邦優位に傾き、連邦軍が地球圏の利権を確保したと言っても過言ではない状況になっていた。その為以前のような大規模な戦闘活動は殆どなくなり、圧倒的優位性が確保された戦闘や敗残兵に投降を呼びかけ身柄を保護すると言った活動に変化していたからである。
戦争の終わりは近い。この雰囲気は漠然としているが確実に地球に駐在している連邦軍に漂い始めていた。
無我夢中で敵を屠ってきた時と違い戦局以外にも思考を回せるゆとり、いや緩みがシトラスにも例外なく生まれていたのだった。
彼の頭をよぎったのはオーストラリアで共に戦った仲間の言葉だった。
シボレーは自分が軍に入隊したのは金のためと言って自嘲していたがシトラスから見れば自嘲するほどの元とは思えなかった。ただ親の口車に乗り、時流に流され生きてきただけの自分に比べればいや比べるまでもなく芯がある生き方だ。理想もなければ信念も無い。迷いもなければ自戒もない。磨かれたのは周りの人間達の顔色を伺って生きていく処世術だけ。そんな自分を軽口とキザな振る舞いで包み隠した人間、それがシトラス・アルグレイだ。
だからこそレインやアイリスの甘すぎる理想論もチェリッシュの行き過ぎた信念もシボレーやダルタニアンの純粋さ、純朴さがシトラスには眩しかった。軽口を叩いていたのも、もしかしたら無意識に心を芯をもって生きる彼らに嫉妬していたのかもしれない。
(ったく、軍人に向いてねーのはどっちなんだって話だろ。)
かつてレインにかけた軽口がより鋭利なものとなって自身に返ってくる。今更ながら仲間達に言った軽口への罪悪感が芽生え出したが、レインはきっと気にも留めないだろうし、アイリスなら訳知り顔してこれから心に芯をもって生きていけば良いんじゃないかなとかフワフワした口調で嗜めてくれるし、シボレーは軽薄ですねと毒突きはするだろうが話は聞いてくれるだろう。チェリッシュなら怒って殴ってくるんだろうな、間違いなく。ダルタニアンは…きっと困ったように笑うんだろうな。
知らない間に支えられてたのかな…俺。
ウジウジ考える前にまずは頑張ってみるか、俺なりに。
インディゴブルーの波打つ海にポツリと呟くと海に背を向けて基地へと歩き出した。その足取りは来た時よりもほんの少しだけ軽くなった気がした。
ーーーーーー
くそっ!なんでこんな事に…!
マラド・アルタナは憤怒で奥歯を砕かんばかりに噛み潰しながらザクの操縦桿を握りしめた。連邦軍の残党狩りに見つかり交戦してから40分余り。その間絶え間なく続く連邦軍からの追跡と砲撃から逃げ惑う中で部隊とは完全にはぐれ、通信も途絶えた。仲間の所在はおろか安否さえも分からない。
もしかしたら皆はもう…。マラドの脳裏に最悪の想像がよぎる。やめろ、ダメだ考えるな。折れるな、アイツらは絶対に生きてる。
だから俺は生きる。今ここを生き延びる、だだそれだけだ。サニー少尉との約束を守らなければ…!!
半狂乱になりそうになるのをマラドは必死に耐え、先に死んでいった者との誓いに縋り付く。
そんな時、耳元で小さいが自身を呼ぶ声が聞こえた。
『こっちだ。こっちだマラド』
いよいよ追い詰められて幻聴が聞こえ始めたに違いない、しかし何故かその声に素直に従ってみようという気持ちが芽生えた。声に導かれる様に操縦桿を動かし戦場を駆けていく。幻聴に従っているうちに不思議と昂っていた情緒は落ち着きを取り戻し、いつの間にか連邦軍の砲撃の音も聞こえなくなっていた。
『もう少しだ。』
もう少し?もう少しで逃げ切れるのか?
マラドの胸に希望が灯る。自然と操縦桿を持つ手にも力がこもり戦闘服にもしっとりと汗が滲む。眼前にザクを隠すには持ってこいの青々とした森林地帯が見え始めている。
頼むこのまま草原を抜けて森林地帯に入れさえすれば…。
その時その進路を遮るかの様に一機の陸戦型ジムが躍り出てきた。左肩には黒い羽根のエンブレム、おそらくは部隊のエース機に違いない。コイツを堕とさなければオレに未来はない。ならばオレが通る道は1つ。
右手に持ったヒートホークを振りかぶり敵機に向かい突っ込んでいく。
一機だけならなぎ倒せるっ!いやなぎ倒す!
「ぶっ潰してやるよ、エース野郎!」
戦う。
それが例えどんなに醜くとも。
自分の目的の為に守りたい誓いの為に。
それがオレの生き方(たたかい)だ。
バチィィィィィン
互いの得物がぶつかり合い動物の咆哮の様な音が響く。己を突き動かしぶつけているのはなけなしの意地、ただそれだけだ。
ーーーーーー
打ち合いがどれほど続いた頃だろうか、マラドに無線通信が入る、相手は今打ち合っている連邦軍パイロットからだった。随分と余裕があるんだなと悪態を一言吐いてからマラドは自らの名と階級を答える。すると相手はそんな悪態には気にも止めず、切迫感ある声で返して来た。
「投降して下さい!その先の森に行けばあなたは殺されてしまう!」
「あの森林地帯には今、残党狩りの指令を受けた部隊が潜伏している状態です。そんな中に1人入ったら生きては出られない!」
「随分見え透いたハッタリを言うもんだな」
「ハッタリじゃない!あなた以外のパイロットは既に投降しています、残るはあなただけだ、投降して下さい。」
「会話にもならねえかお前を打ち倒して先に進む、ただそれだけだ!」
「マラド軍曹、あなたは今何のために戦っているんです!?」
「戦争なんぞ始まってしまえば目的なんぞ必要あるか、くだらん問答なら他所でやれっ!」
「オレが殺してしまった人もそうやって悪態を吐く人でした。オレの考えを否定して現実を突きつけてくる人でした。きっとオレのことは死ぬほど嫌いだったんだと思います。」
「でも、その人ですらオレに最後に生き延びろって言ったんです。敵であり、思想も正反対の人間に生きろと遺して逝ったんです。」
「今でも思うんです、あの人は心の底では生きたかったんじゃないかって。その思いをオレに託したんじゃないかって…」
「MS越しでなければ、敵味方で別れてなければ、戦場で出会ってなければ分かり合えたかもしれないって!!」
男の声色は徐々にがなり始め、最後には嗚咽が混じっていた。この男がハッタリをかましているのではない、マラドは男の真剣味を心で感じ取った。
「敵に涙を流す奴がいるとは思わなかったな、お前の名前を聞いておきてぇ。今生忘れねえようにしておきたいもんでな。」
連邦のパイロットは鼻を啜ると自身の名と所属と精一杯の懇願を口にした。努めて威厳あるように話したつもりだったのだろうが泣いたせいか声は少し上ずっていた。
「オレは連邦軍シドニー基地所属レイン・ウォーミング伍長です…!マラド軍曹、お願いです…投降を!投降してください!」
そうか、お前かお前がレイン・ウォーミングだったのか。サニー少尉が憎んでいた男、エリカが甘ちゃんのナルシストと評していた男、そして何より戦場で俺を殺さなかった男。
マラドは今までただの敵兵だった陸戦型ジムのパイロットがまるで顔馴染みになったかのような感覚になった。親近感とは違うがただの有象無象でもない、この他人を分類することはマラドには難しいことに思えた。
それはきっとこれからも出来そうにない。
だだ、この男の言葉は信じるに値するかもしれない。一度自分を殺さなかった男だ、信じてみる価値はあるかもしれない。
「……了解した。ジオン公国軍曹マラド・アルタナはこれより要望通り投降する。」
そう思い意を決してコクピットのハッチを開く。その時、3度目の幻聴が聞こえた。その声は今までの中でハッキリとした声だった。
『マラド軍曹。ありがとうな、約束を守ってくれて』
そうか、オレを導いてくれたのは…。
マラドの頬には約束を果たせた安堵か軍人として2度同じ相手に敗北を喫した悔しさか、自然と頬に雫がつたう。
そんな様子を侮蔑することもなくレインは両手を上げて自身が丸腰であるとアピールしたかと思うとヘルメットを外し、ワインレッドの長髪が乱れるのも気にせずそれを左脇に抱えて笑顔で右手を差し出す。マラドはその様に自身が2度も負かされた理由を見た気がした。
「戦場でこんな顔晒してる奴がいるとはな…完敗だ。」
「勝ちも負けもありませんよ、オレたちは生きている。それが全てじゃないですか。」
男の微笑みには戦場に不釣り合いなほど穏やかさが溢れその背後から夕焼けが入り込んで来る。それは地球で今まで見た中で一番柔らかで優しい光だった。
ーーーーーー
宇宙世紀0079 12月31日 午後19時30分
レイン・ウォーミングと亡霊部隊の戦闘はここに完全終結を迎える。
ここにレイン・ウォーミングの一年戦争は終わったのであった。
憂鬱から微笑みで終わるお話
これにて一巻の終わりでございます。
書き始めてからここまで役5年です。
失踪してた期間が執筆期間の倍とはたまげたなぁ。
執筆当初はコロナ禍や仕事で心身が今より遥かに屈折していた時期だったせいか理想と信念がぶつかりキャラクターが次々と退場していくダークな話を書くつもりでしたが随分甘いというかハートフルなお話になりました。ガンダムらしくない話かもって思い悩んで失踪したことも…。笑
けどレイン・ウォーミングのお話としてこれがよかったんだなって今は思えます。ありがとうレインくん。笑
最後になりましたが、お気に入りに登録していただいた方々(12人もいらしてビックリしました)星をつけていただいた方々やしおりを挟んでいただいた方々、加えてどんなに遅い更新でもコメントを毎度残して下さったオリーブドラブ先生に心より厚く厚く御礼申し上げ後書きとさせていただきます、本当にありがとうございました!