レイン・ウォーミングは自室のドアが小気味よくノックされた音で目を覚ました。昔から寝起きが良いのが幸いして玄関先までスタスタと歩みを進め扉を開けた。そこには同期のアイリス・ベルガモットの姿があった。朝になると何故かいつも自室を訪ねてくる彼女がレインはいつも不思議ではあるもののあまりの頻度の多さに慣れてきてしまったのかそれをいつもの事としていつしか受け入れ始め、レインにとってのモーニングコールのようなものへと変わっていった。
ただ今朝は少しばかり様子がおかしい。心なしかアイリスの表情が固く、目線も少し下を向いているように思える。レインは何かあったのかと問うてみる。彼女はいつもより小さな声でロシアに人員補充として派兵されることになったことを告げた。その小さな声は少し震え薄紫色の瞳は泳いでいるように見えた。レインはすぐに言葉を紡ぐことは出来なかった。それが彼女にとって喜ばしいことなのかそれとも忌避することなのかレインには判断がつかなかったのである。
しばらくの思案の後、派兵はいつからなんだと問いかけると彼女は今から3時間後にミデアに乗ってロシアに発つと答えた。
早い。あまりにも早すぎる。別れを惜しむ時間すらないと言うことか。レインは心臓を強く鷲掴みされた様な息苦しさを覚えた。今生の別れになるとは思いたくない、それでも何かを…何かを伝えなければ。そう強く思えば思うほど上手く言葉が出てこない。これが最後に交わす言葉になるかもしれないという恐れが脳裏に浮かんだ言葉を掻き消してゆく。
ダメだ、かける言葉が見つからない。レインが下を向いて口籠っていると不意にフフッと含み笑いの音がした。顔を上げると先ほどまで不安げな顔をしていたアイリスが口角を上げて微笑んでいる。その笑みはいつもの天真爛漫なものとは違う強張った微笑みだった。
「レイン、そんな顔しないで。あたしも不安だけど…きっとまた会える。そんな気がしてるの。」
「アイリス…」
「それにレイン君がそんな顔してるんだもん〜戻って来なきゃレイン君、寂しくて死んじゃうかなって。」
「そ、そんなことない!い…いや寂しいかもしれないけど死んだりはしないよ。」
「フフッ、冗談だよー冗談。レイン…またね。」
「ああ…またな。」
別れの挨拶をして去っていく彼女の横顔からは笑みがすっかり取れていて、その顔はやはり少し強張っている様に見えた。レインは無事にアイリスが帰還することを願いながらどこか一抹の不安を胸中に覚えながら彼女を見送った。
(ロシア…と言うことは極北戦線か。昨日の演説した上官の下にアイリスは就くんだろう。あの人の言葉は綺麗だったけど冷淡というか心がこもっていない無機質な印象を受けた。何か良くないことが起きないと良いんだけど。)
ーーーーーー
地球連邦軍輸送機ミデアの機内。少女は言葉少なに窓に流れる景色を眺めていた。今流れている景色のように目まぐるしく変わる実状に思考が追いつかないけれど現実は待ってはくれない。戦場に赴くということがどう言うことなのかを突きつけられている気分になる。
「おいおい、どうしたってんだ?随分と顔色が悪いんだが?緊張でもしてんのかよ?」
隣に座る黒髪ウルフカットに褐色の肌を持つ小柄の男ルピス・ロックリンが声をかける。少女の内情とは正反対にハキハキとした声量にアイリスはやや辟易としながら何でもないよと曖昧に微笑んで会話を終わらせようとするが、ルピスはその派兵が嬉しいのか興奮した様子でオレはあの演説をしてくれたアレキサンドラさんの下で働けることになって最高だとか、自分の思う大義のために必ずジオンを打ち倒したいだのと言葉を捲し立てる。まるで水車のように忙しなく動く口を笑いながら流しながらこの不毛な時間が終わることを期待したがそれは脆い期待だった。壊れた機関銃のように放たれる言葉に頷くのも疲れてきた頃、2人の前の席から声がかかる。
「コラコラ、愛想笑いしてる女の子に長々と話すなんて感心しないなぁ。モテる男は黙って話を聞いてあげるもんだぜ?」
「それで言うとアンタはモテない部類なるわよアレク。」
「wow!辛辣〜。」
「す、すいません、アレキサンドラさん!!」
敬愛しているであろうアレキサンドラに釘を刺されたせいか、先ほどまでの勢い任せの言葉はみるみる萎んでやがて聞こえなくなった。アレキサンドラはやれやれと肩を窄める。
「ベリル、彼と席変わってくれる?僕彼とサシで話してみたいんだよね。彼みたいなタイプなかなか居ないから新鮮なんだよね。」
「ええ、私もアンタの隣にはあまり座りたくなかったから好都合よ。」
「あのー僕君の上官なんだけど…分かってる?」
「上官である前に同期でしょ、いつもアンタがそう言ってるじゃない。」
「はいはい、そーでした。そーでした。ルピス君こっち来てくれる?」
アレキサンドラは少し不貞腐れた声でベリルからの悪態を処理するとルピスを手招きした。
ルピスは憧れのスポーツ選手のサインでも貰ったかのように目の輝かせてアレキサンドの隣の席に座した。その様子をベリルと変わって座ったベリルが冷めた視線で見つめている。
少女はベリルとアレキサンドラの関係性に引っ掛かりを覚えた。上官に悪態を吐く部下とそれを許す上官。それだけでもかなり珍しい光景に違いないが、殊更に奇妙なのが2人の温度差だ。同期であるとは言っていたが、アレキサンドラは軽口を叩きながらもベリルのことを少なくとも憎らしがらずは思っているように感じられたが、ベリルはその反対だ。言葉の端々に棘がありそれを隠そうともしていない。それは陰湿ではないと言えば聞こえは良いが、距離を取りたい意図を隠す気もないと言うことだ。
これは一体どう言うことなのだろう。この上官コンビはどのような関係性を築いているのだろう。
「あのーベリル・フリージア曹長はアレキサンドラ中尉と同期なんですよね?それなのにどうしてお2人は仲が悪いんですか?」
取り敢えず聞いてみることにした。思った事はまず口に出して確認しないと何となくもどかしく思えてしまう。それがこの少女の性なのだ。出逢いたての新兵からの予想外の質問にしばらく呆気にとられ黙ったかと思うと笑いを噛み殺しながら話し始める。
「ッッッ…!!なんて真っ直ぐな質問するのかしらね。子どもでももう少し気を回す聞き方をするものよ?けど、その正直さに免じて答えてあげるわ。そう、私アイツが嫌いなの。心の底からね。」
「けど、もしそうならそれはそれで変なんです。」
「変?私は嘘なんて吐いていないわよ。出逢ったばかりのあなたに吐く理由も意味もない。」
「ベリル曹長はさっきアレキサンドラ中尉のことをアレクって呼んでました。アレクってきっと中尉のあだ名…ですよね?」
「ってことはあだ名で呼べる関係性なのに、曹長は中尉を嫌っていることになるんです。それって変じゃありませんか?きっと関係性が崩れたのは最近の出来事であだ名呼びは昔の名残りなのかなって思うんですけど…。何かあったんですか?」
ベリルの目が一瞬驚きで見開かれたが、すぐに平静を取り戻したのか敵意は見られないながらも強く眼差しを少女に向けて答える。
「驚いたわ。あなたモビルスーツパイロットより探偵になったほうが良いんじゃない?大した洞察力ね。でもひとつ言っておくわ。初対面の人間の傷を除こうとするのは…悪趣味よ。」
「す、すいません!つい気になっちゃって。」
「あなた、名前はなんで言うの?」
ベリルは隣で困った様に微笑みを浮かべている少女に尋ねると少女は薄紫色の瞳でベリルを見つめながら答えた。
「アイリス・ベルガモットです。階級は伍長になりたてです。」
「そう…アイリス。覚えておくわ。私あなたみたいな聡い人結構好きなのよね。」
ベリルはそう言ってアイリスの前で初めて口角を上げでも笑った。凛とした微笑みの中にアイリスはベリルの気丈さを垣間見た気がした。
それからしばらく2人はたわいもない話をしていたがその内緊張で張り詰めていた糸が緩んだのかアイリスは微睡の中に落ちて行った。
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アイリス・ベルガモット…どこかフワフワしていて優柔不断そうに見えていたがその実、洞察力に長けた聡い娘の様だ。ベリルは今隣で寝息を立てている少女に対しての評価を改めた。
上官の真横に座っているのに眠っているというのも良くも悪くも規格外というか大物の風格を感じる。いつまでの期間共に過ごせるかは分からないがその間彼女にモビルスーツの操縦やノウハウのみならず私の授けられる全てを伝えようと思えるほどに彼女に強い魅力を感じた。
そして何より他者から言われてもズレることのない確固たる軸を持っている様に思えた。
年齢も20になりたてのこの若い芽をあの男の扇動の供物にさせるわけにはいかない。この子を護らなければならない。
それが今の私の役目なのではないか。そしてそれが怪物に変わってしまった彼へのささやかな抵抗であり、断罪になるのではないか。
もう少しで極寒の地モスクワ、私たちの戦闘区間だ。ジオンのみならず同期の毒牙から新芽を護り導く…私なりの戦いが始まろうとしている。ロシフォールを喪ってからどこか空虚で冷めていた心に熱い思いが灯った気がする。
こんな前向きになれるのはいつ以来だろう。
思えばロシフォールがいた頃はいつも充実していて寂しさを感じたことさえなかった。
アレキサンドラとロシフォールの周りには男も女も集まり盛り上がる。戦術論から夜のコンパの話題にゴシップ…何でも良かった。
青春だった。ロシフォールが時折見せるはにかんだ笑顔が私はこの世の何よりも愛おしく愛に溺れる実感を私に与えた。
その思いをずっと胸に秘めて置くことは出来なかった。もしかしたら上手く隠せてすらいなかったのかもしれない。ロシフォールが出撃する前の夜、私は彼に想いを伝えた。
拙い内容だったかもしれない。それでも自分の出せる精一杯の言葉で愛を囁いた。
ーーーーごめん。僕は君とは恋人にはなれない。友達として過ごしていたいんだ。
どうして?
ーーーーーーきっともっと良い人がいる。僕はそう思うけどなぁ。
アンタしかいないの!いないのよ…バカ。
ーーーーゴメンね。
そう言って謝ったアイツの顔は滲んで良く見えなかった。もっと良く見ておくべきだった。その顔が生きてる時に見えるロシフォールの最後の顔だったんだから。涙なんか大っ嫌い。
ロシフォール、私今でもあなたが好き。いつかは別の人を好きになってその気持ちも消えちゃうのかもしれない。少しずつ薄れていく記憶の一欠片に変わってしまうのかもしれない。だけどあの時の思いは永遠に忘れない。あなたへの思いを胸に前を向いて戦うわ。それが私なりの戦い方…見守っていてくれるわよね。私が大好きだったあのはにかんだ笑顔で。
コナンの映画を見に行きました。個人的に春の恒例行事なので毎年楽しみにしてます。個人的には瞳の中の暗殺者、ハロウィンの花嫁、黒鉄の魚影が好きです。皆様の好きなコナン映画宜しかったらコメントで教えて下さい。(警察学校組と安室さん好き)