機動戦士ガンダム ghost chaser   作:凛九郎

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掌の温もり 

ミーティングから3日後

宇宙世紀0079 11月16日 午前2時30分

レイン達第4班と同じく空中奇襲を担当する第3班を乗せた地球連邦軍輸送機ミデアがシドニーの空から飛び立った。敵陣地上空からのモビルスーツ投下による奇襲、その失敗はすなわち死を意味する。8人は死地へと旅立った。

ミデアの艦内で、8人は作戦の最終確認を行った後自由行動を許された。3時間半後自分達が生きていられる保障はない、パイロット達の最後の安息の時間を過ごしていた。

 

レインは自室に籠り、便箋に筆でしたためていた。あて先はバトン・ルージュにいる家族、内容は遺書。新兵ばかりでの敵基地奇襲作戦、作戦の成功する確率も自分が生存できる確率も高くはないと思っていた。最後の安息の時間を連邦軍人としてではなく、1人の人間として過ごしたい。レインの願いがそこにあった。

 

コンコンコン

 

レインが遺書を書き終えた頃、自室をノックする音が聞こえた。レインは、はいと声をかけ扉の錠を外した。扉を開けた先に立っていたのはアイリスだった。レインは予想外の来客に少し戸惑いながら中に招き入れた。

 

「それで一体何の用なんだい?」

 

「うーん、用事は特にないんだ。何となくレインと話したかったから?」

 

「なんだよ、その理由。暇つぶしってことか?」

 

「暇つぶしだなんて言ってないでしょ〜すぐ後ろ向きなこと言っちゃうお口はこうだ!」

 

アイリスはそう言うやいなや、レインの両頬を軽く引っ張った。やや困惑した男の頬が横に横にのっぺりと伸びているその絵面はいささか滑稽だった。

 

「……アイリス、オレで遊んでないか?他の男性にもそんな様なことしてからかってるんじゃないよな、怒られるぞ?」

 

「大丈夫、こんな事しても怒らないのレインくらいだし。あたしレインがもの凄く優しい人だって知ってるもん。」

 

「あのなぁ…」

 

アイリスの得意げな顔を見てレインは肩をすくめた。彼女はこれから戦場に出撃するということを忘れてやしないかと思うほどマイペースな振る舞いをしている。これも戦場を知っている者の一つの特権なのかもしれないとレインは思った。

 

「それで、レインは何してたの?」

 

「手紙だよ、故郷の両親にさ。」

 

「へぇ〜レインって筆まめなんだ。なんか想像つくかも。」

 

アイリスの言葉にレインの表情に少し影が宿る。

 

「いや、別に筆まめって訳じゃないさ。ほら、この後何があるか…分からない…だろ?」

 

そう、自分が書いていた手紙はただの手紙ではない。家族に向けた感謝と手向けの言葉、遺書なのだから。不安感を口にしたせいか、その言葉が明確な恐怖と変わってレインの体を強張らせる。顔は自然と下を向いていた。手先が小さく震え出す。オレは今どんな顔をしている?泣きはしないだろうか、不意に叫びはしないだろうか。溢れ乱れようとする心に必死に荒がっていたレインの両手に不意に温もりが宿った。

温もりの先にいたのはアイリスだった。アイリスが震える手を優しく握りしめてくれていたのだ。

 

「大丈夫、絶対に死なせないよ、あたしが守るから。2人で生きて帰ってくるの。」

 

「アイリス…」

 

「だから…頑張ろ?」

 

今までの子どもの様な笑顔とは違う、優しさと決意が滲み出た微笑み。その力強さにレインはただ黙って頷いた。手の震えは止まっていた。

そのタイミングを見計らっていた様にブリッジへの招集が艦内放送でかかる。

アイリスはまた後でねといつもの子どものような笑顔を見せ部屋を出て行った。

アイリスが出て行った後、レインは先程まで温もりに満ちていた両手をそっと自身の胸に抱き締めるようにして添えた。あと30分も経たないうちにその両手は無機質なモビルスーツの操縦桿を握ることになる。そうなる前にせめてその温もりを人に与えられた優しさを忘れないように。

 

ーーーーーー

 

宇宙世紀0079 11月16日 午前5時半

ジオン公国ゴールドコースト基地から南西に20キロ離れたナランウッド

ルピス・ロックリン軍曹をはじめとした第一班と第二班はゴールドコースト基地の目と鼻の先の森林地帯に身を隠していた。後は30分後に行われるであろう第三班、第四班の降下開始の連絡を受けたら、怒涛の勢いで基地に突撃をかける。作戦は開始秒読みの段階に入っていた。

愛機の陸戦型ジムのコクピット内でゴールドコースト基地に睨みを効かせている男がいた。

 

ルピス・ロックリン軍曹その人である。

ルピス・ロックリンはジオン公国に両親を殺害されている。旅行に行ったコロニーで虐殺に巻き込まれてしまったのだ。両親を殺害されたばかりかその現場もろとも地球に落下させる、その悪魔の所業にルピスは全身の血の沸き上がりを感じた。悪魔相手には悪魔になって対処するのみ、彼に迷いはなかった。地球連邦軍に入隊しジオン公国に鉄槌を下すことのみを心情として生き続けてきた。そして、今回自分の両親が殺されたコロニーが落とされたオーストラリアでジオンを殲滅することができる事が両親への弔いが出来るのではないかとの思いで並々ならぬ心持ちで作戦に臨んでいた。

 

ピーピピッ ピーピピッ!

 

コクピット内にアラーム音が鳴り響く。

 

「敵襲か?」

 

「ザクが3機こっちに近づいてくるぞ、ルピス!」

 

「ジオンの見回りか?数は少ない、援軍を呼ばれて作戦が瓦解するのはゴメンだ。ここで一気に叩くぜ!第一班はオレと共に敵を殲滅する、ついて来い!」

 

「了解!」

 

ルピスの号令一下、第一班は陸戦型ジムのバーニアを蒸して森林から飛び出しザクに猛襲をかけようとした。

その時、マシンガンの乱打音が聞こえ陸戦型ジム一機が爆散した。

 

「こちらルピス、おい何があった!説明しろ!」

 

「こちら第一班、緊急事態発生!緊急事態発生!うわぁぁぁ!」

 

「ルピス、助けてくれ!ルピスぅぅぅ!」

 

断末魔の叫びと爆音を共にパイロット2名の命が消えていく。アラームが鳴ってからここまで2分と経ってはいない。ルピスは完全に冷静さを失い狼狽した。

 

「何が…起こっている?」

 

狼狽する彼に追い討ちをかけるかのように黒い影がルピスの背後に迫る。それに気がつき距離を取り反転したルピスはその影の正体を知り愕然とした。

 

「まさか、そんな…お前がやったのか?お前が…」

 

その刹那、ルピスの愛機陸戦型ジムは一刀の元に切り捨てられ30秒ほどして爆散した。

 

時にして宇宙世紀0079 11月16日 午前5時35分ゴールドコースト基地奇襲の25分前のことだった。


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