宇宙世紀0079 11月16日 午前5時50分
ジオン公国ゴーストチェイサー基地上空
一隻のミデアの中でパイロット達は自身のモビルスーツに搭乗し命令を待っていた。無論この時彼らは第一班、第二班に起きた出来事を知る由もない。作戦の成功を神に祈る者や武功を立てようと気を奮い立たせる者、各々心を必死に整備していた。ここまで来ればもうメカニック整備など意味を成さない、必要なのはパイロットの覚悟。ただそれだけである。
午前5時55分
第三班、第四班の計6機の陸戦型ジムに2機のガンタンクがミデアから降下を開始した。
ここに地球連邦軍のゴールドコースト基地奇襲作戦が開始されたのである。
この雲を突き破ったらもう後には引けない。戦場が自分を待っている。眼前の雲がレインには硬い鉄の扉のように思えた。レインは意を決して雲を突き破っていく。死への恐怖がないと言えば嘘だ。だが、自分も連邦軍人の端くれだ、その矜持の一つや二つ持ち合わせているはずだ。そう自分に言い聞かせレインはオーストラリアの空に落ちて行った。
雲を突き破った先に広がっていたのは、朝日に照らされたゴールドコーストの街並み。そして、『ザクをはじめとしたモビルスーツが既に隊列を組んで基地に配備されているという異様な光景』だった。レインは愕然し、アイリスに通信を取る。
「こちらレイン。ゴールドコースト基地のジオンはもう戦闘態勢を整えてる。作戦がバレてた可能性が高い。もしかしたらミデアの姿をジオンが捉えていたのかもしれない。」
「作戦がバレてた?じゃあどうして降下前に攻撃を仕掛けてこなかったの?」
「簡単なことだよ。今回の作戦はオレ達の降下ありきだ。降下前に攻撃した場合、途中で引き返される可能性があるけど、降下させるまで泳がせてそこを叩いた方が戦果を上げやすい。それに連邦のモビルスーツを奪取することだって出来るかもしれない。ジオンにはメリットしかないんだよ。」
「じゃあ、あたし達どうしたら良いの?」
「地上から来る第一班、第二班の合流があるまで耐え凌ぐしかない…もうこれは奇襲作戦じゃない、ただの基地攻防戦だ。」
今回、連邦軍が取った作戦は奇襲である。奇襲作戦の利点は自分たちの行動を相手に悟られる事なく攻撃を開始し、短期決戦に持ち込めるという点にある。しかし、今回は作戦がジオンにバレてしまっている為その利点が完全に消失してしまっている為、事実上の作戦失敗と言えた。
更に言えば、地球圏においての連邦軍は物量は豊富にあるが、モビルスーツの実戦経験には乏しい状態だった。対してジオンはその逆で地球圏での補給路を確保していない為、物量に乏しい反面モビルスーツの実戦経験とノウハウは連邦軍の何歩も先を行っていた。物量の連邦と経験のジオン、この奇妙なバランスで地球圏で争っていたのだが今回の作戦においてはそのバランスすら崩壊している。降下する連邦軍のモビルスーツは8機、対してゴールドコースト基地のジオン軍は目視できるだけで12機のモビルスーツが配備されていた。連邦の取り柄である物量ですら今回の戦場ではジオンが優っていた。つまりレイン達は戦う前から既に負けているのである。今のレイン達に出来ることは眼前に迫る死に争うことだけだった。
宇宙世紀0079 11月16日 午前6時
降下してすぐジオンの猛攻が始まる。実践経験の少ない新兵達で構成されている連邦の部隊がこれにすぐ対応出来るはずもなく第三班は散り散りになって逃げ惑うようにして戦いはじめた。そしてそれを待っていたかの様にジオンのザクがヒートホーク片手に追い回している。状況は戦場というよりは狩猟場に近くなっていた。しかし、第四班は違った。
ガンタンクを守る様に陸戦型ジムを扇状に展開し戦線の維持に努めていた。目的は第一班、第二班の地上部隊との合流までの時間を稼ぐことだった。それさえ上手くいけば反転攻勢をかけることも出来る、それが第四班の狙いだった。
「ルピス達との合流まであと何分だ!?」
「あと3分!それまで何としても戦線を維持して!」
「ったく、こんなに命懸けの3分があるとはねぇ。洒落になってねーっての。」
第四班のメンバーである、シトラス・アルグレイは陸戦型ジムの機内でアイリスからの指令に憎まれ口を叩く。アッシュグリーンの短髪に青い瞳、そして180センチ近い長身。場所が戦場でなければモデルと見間違えるほどの容姿を持つ男だ。
「もともと洒落にならない状況でしょ、バカじゃないの?」
ガンタンクの機内でチェリッシュ・コンパティールがウェーブさせたパステルピンクの髪を揺らしながら悪態をつく。少し灰色の瞳が彼女の嫌悪感をより増長させている様に見える。
「バカってなんだよ!?」
「何よ、アンタがバカだからバカなんじゃない!」
「2人ともこんな時に何してるんだよ…」
レインはこの状況で痴話喧嘩している2人に内心頭を抱えると同時に状況に動じない2人の精神力を少し羨ましく思った。
その時、レイン達は自身の背後つまりは地上部隊との合流地点にモビルスーツの影を見た。
「ようやくご到着って訳か、これで戦局は五分五分だ。」
「そうね、ここからは一気に反転攻勢かけるわよ!」
「2人ともちょっと待って!」
モビルスーツの影を見て安心しきって気を緩めたシトラスとチェリッシュをアイリスが制止する。次の瞬間、ガガガガガとマシンガンの音がした。4人は間一髪交わし切り咄嗟に応戦する。チェリッシュからは怒号混じりの声が飛ぶ。
「背後から攻撃された?どういうことよこれ!」
「……ジオンだ。」
「えっ?」
「……もう、地上部隊はジオンに制圧されているのかもしれない。この戦いはオレ達の負けだよ…」
そのレインの言葉を肯定するかの様にモビルスーツの影はみるみるレイン達に近づいて来る。
ヒートホークを持ち突進して来るそれは正しくジオンのモビルスーツであるザクに違いなかった。
時に宇宙世紀0079 11月16日 午前6時20分
ジオン軍ゴールドコースト基地奇襲作戦は失敗し、その戦線は既に崩壊を始めていた。
ーーーーーー
「地上部隊が制圧されてるってマジで言ってんのかよレイン!?」
「それ以外にジオンがオレ達の背後に伏兵として現れた今の状況を説明出来ないだろ」
シトラスの狼狽に返答しながらレインは思案していた。どうしてジオンが自分たちの背後から現れたのか、それは地上部隊が制圧されたからだ。ではどうしてジオンは地上部隊を制圧することが出来たのか。見たところザクは3機のみ、その3機だけで陸戦型ジム8機を打ち倒すのは至難の業だ。
であるならば、まさか、奇襲をかけたとでもいうのか。奇襲作戦を奇襲作戦で応戦するなんて事は本来あり得ない。そう『本来』ならばあり得ない。しかし、もしも今回の作戦の全てがジオン軍に漏洩していたとしたら、漏洩しているスパイが連邦軍内にいるとしたら…。
レインは自身の出した推論はこの状況を1番端的に説明出来るものであると思った。そしてそれに深く絶望した。つまり、自分たちは最初から精肉所に出荷される家畜の様にジオン軍からなぶられ、生きては戻れない運命だった事になる。やはり自分は死ぬ運命かと視線を下にした時、ミデアで言われたアイリスの言葉が呼び起こされた。
「2人で生きて帰って来るの」
「大丈夫、レインはあたしが守るから」
……生きて帰る。そうだ、生きて帰れないのではなく生きて帰らなければならないのだ。連邦軍内にスパイがいる可能性を生きて帰ってクラウディア・フラッツ大尉に伝えなければならない。そうしなければオーストラリア大陸の奪還作戦にも大いに支障をきたす事になるだろう。
最悪、この作戦の様に崩壊してしまうかもしれない。それだけは避けなければ。オーストラリアに住む人々、強いては地球圏で過ごす人々を守る為にレインは連邦軍人としての矜持を胸に宿して目前に迫るザクに視線を移す。
そしてアイリスに通信を飛ばした。
「こちらレイン、アイリス聞こえるかい?これからオレはあのザクと戦って来る。その間に戦線を維持しつつ、第三班と連絡を取って欲しいんだ。」
「レイン、どうするつもりなの?」
「第三班と合流次第、オレ達はこの戦線を離脱して地上部隊が来た道を戻ってシドニーに帰還する!生きてみんなでね!」
宇宙世紀0079 11月16日 午前6時23分
オーストラリア ゴールドコースト
ここに新兵達の命懸けの撤退戦が幕を開けた。