レイン達が戦場を脱した頃、時同じくしてジオン公国ゴールドコースト基地の薄暗い仮眠室の中で男が1人寝転んでいた。その男の名前はサニー・コールディ、ジオン軍人だ。青髪のツーブロックに青い瞳、背丈は185センチあろうかという長身にスポーツマンを思わせるがっしりとした体格は正しく軍人と呼ぶに相応しいスタイルと言えた。唯一相応しくないとケチをつけるのならば、基地が攻撃を受けたのにも関わらず仮眠室に篭りベットに横になっている事くらいだろう。寝転んでいる内にサニー・コールディの意識とまぶたは少しずつ少しずつ落ちていき、そして虚構の世界へと沈んでいった。
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白を基調とした外壁と西洋風なデザインの屋敷のオープンテラスでワインレッドのスーツを来た男が背もたれのついた椅子に座り青空の下、丸机に積まれた本を読んでいた。そこに空の様に青い瞳と髪の幼い少年が駆け寄って来る。
「お父さま、何の本を読まれているのですか?」
「んー、サニーには少し難しい本かもしれないぞ?読めるかい?」
男は持っていた本を少年に手渡した。少年は本を懸命に読み理解しようと試みるが、さっぱり分からず、ただ少年の顔にシワが何本か刻まれただけだった。男は少年の顔の変わりようが可笑しかったのか笑いながら少年から本を返してもらおうと手を伸ばすが、少年はそれを意固地に突っぱねて本を持ってテラスに駆け出してしまった。幼いなりに笑われたことに腹を立てたのだ。
こうなれば意地でも読んでやると本を広げ分からないなりに読んでいくと、少年の手がある写真で止まった。それは戦争の一場面を切り取った写真で、大きな大砲の傍に兵隊が2人座している物だった。とても古く不鮮明なものだったが、何故か少年の目はその大砲の雄大さに釘付けになった。少年は先程までの憤りを放り投げ再び男のところに駆け寄る。
「お父さまお父さま、この写真に写っているものは何ですか?」
「おお、これは第一世界大戦といって人間がまだスペースコロニーに住んでいなかった頃の戦争の時の写真だね」
「写真のことじゃなくてこれのことです、お父さま!」
少年は大砲を再度指で指し示して説明を求めた。男は少年の意図を一度で理解できなかったことを頭をかき、バツの悪そうな顔をして謝罪した後にこう続けた。
「これは大砲だね、戦車が作られる前はこれで敵の基地を攻撃していたんだよ」
「お父さま、ボクこれ見てみたい!」
少年はキラキラした瞳で男に迫った。男はその瞳を愛おしそうに見つめながら今度の休みに大砲が展示されている博物館に連れて行くと約束した。すると少年は太陽のように眩しくそして輝いた笑顔を男に返した。
サニー・コールディ幼き日の思い出である。
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「ちょっと!ちょっと!サニー・コールディ隊長、いつまで寝てるんすか!」
思い出の記憶は、部下である男性軍人の大声にかき消されてしまった。サニーは恨めしそうに男の顔を睨みつける。大声で叩き起こされる仮眠など最悪以外の何者でもない。
「お前はもう少し人に気遣いというものを覚えたらどうなんだ。」
「基地が攻撃されてる時も仮眠してた人に言われたくないっす!」
痛いところを突かれたサニーはバツが悪そうな顔をして頭を掻く。昔より歳を取った今なら父親がこうしていた理由が少し分かる。自分の居心地の悪さと相手の気持ちを誤魔化したいのだと。しかし、目の前の部下は誤魔化されてはくれない様で長々と小言を並べている。これではどちらが上官なのか傍目からでは分からないだろう。あまりに小言が長くなりそうだった為、サニーは強引に話題を変えることにした。
「……ミノス・カンパニュラ伍長?お前はオレに寝坊のお小言を言いにわざわざ仮眠室に来たわけじゃないだろ?本題に入ってくれないか?」
「そうでしたそうでした!隊長、オレ達『亡霊部隊』に出撃命令が出てます!」
出撃命令という言葉を聞いた瞬間、サニーの顔つきが変わった。目つきは鋭くなり、自然と背筋が伸びる。その姿は獲物を見る捕食者の様は、先程まで仮眠を謳歌していた男とはとても同一人物とは思えなかった。
「ミノス伍長、その話詳細に聞かせてくれないか?」
「了解しました!」
「ではまず確認しておきたいんだが、今回基地が攻撃を受けたというのは連邦の奇襲作戦に伴うものということでいいのか?」
「はい。協力者の情報通り、基地の奇襲作戦は定刻通り決行され、待ち伏せていた我が軍と交戦、連邦のモビルスーツを複数機撃墜し、壊滅的な打撃を負わせました。しかし、連邦の残党が南西方向に進路を取り逃走しています。」
「つまり、オレ達はその残党狩りを任されたということで良いんだな?」
「はい!その通りです!いよいよオレ達にも出撃の機会が与えられたんですよ!」
サニーは自身の顎を指でなぞりながら、部下の言葉に疑問を投げかける。
「どうしてオレ達なんだ?残党狩りなら他にも適任がいくらでもいるだろうに。」
「それが基地を攻撃された際に格納庫を破壊されてしまって中に収容していたモビルスーツ共々損害を受けてしまって出撃が出来ない状態なんだそうっす!」
なるほど、だからか。だから自分たちに指令が出たのか。基地の中でも屈指の窓際部隊であるこの『亡霊部隊』に。
亡霊部隊はサニー・コールディ少尉が隊長を務めるモビルスーツ戦闘を行う部隊である。部隊といっても隊員は4名の小さな部隊だ。この部隊の特徴として挙げられるのは隊員全員が『曰く付き』という事だ。サニーや他の隊員は日々モビルスーツの訓練を積み重ね、他の部隊に決して見劣りしない実力を持っていたものの、それ故に他の部隊や指令部から邪険に扱われ、ろくな任務を与えられることがなく今まで燻っていたのである。基地内に部隊として存在しているはずなのに居ない扱いをされていることから『亡霊部隊』と彼らは呼ばれる様になったのだった。
「なるほど、了解した。他のメンバーに召集をかける前に先の戦闘で生存したパイロットの話を聞きたい。誰か連れて来てくれないか。」
サニーの伝令にミノスは気前の良い返事を1つ返すと仮眠室を足早に出て行った。
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マラド・アルタナは大変狼狽した。基地に帰還してすぐにサニー・コールディ少尉に召集をかけられたのだ。相手は窓際部隊として名高い亡霊部隊と言えども自分より遥かに階級の高い少尉である。何故自分が呼ばれたのか全く見当がつかない。もしかしてコクピット内での敬礼がバレてしまったのではないか、はたまた亡霊部隊への引き抜きか…マラドの脳内はは遊園地のコーヒーカップの様に無軌道に回り続け妄想の域にまで達しようとしていた。それを振り払ったのはサニー・コールディ少尉の言葉だった。
「マラド・アルタナ軍曹、先の戦闘での連邦軍の動きについて教えて貰えないだろうか?」
マラドは自分の妄想に近い想像とは違う少尉の質問に内心安堵の息を吐きながら言葉を紡いだ。
「連邦軍の動きは比較的迅速な判断で動いていたのだと思います。混乱することなく戦闘を行なっていると思っていました。私を含めた3名が連邦の背後を突いて攻撃を行いましたが、連邦のモビルスーツ1機にまとめて返り討ちにされてしまった次第です。」
「ほう、たった1機でか。相手も大した腕だな。それで軍曹以外は戦死したということか?」
「いえ、3名全員生存しておりますが…」
「なにぃ?」
少尉の視線は指す様にマラドを射抜き、口からは時折鋭い犬歯が見え隠れした。マラドは猛獣の前にいる小動物の様な気分になり、出来ることならこの場からすぐに逃げ出したいと思った。
「は、はい。おそらく連邦のパイロットはわざとモビルスーツのコクピットを狙わずに攻撃を行なっていたのではないかと思います…」
言葉の半分は霞んでほぼ消えかかっていてやや聞き取りにくい声ではあったが、少尉は不快に表情を歪めることなくその言葉を聞いた。
それから幾つかのやりとりの後、聞き取りの終了を告げられたマラドは硬い表情で仮眠室を出て、その扉を閉めた。そしてその直後、脱兎の様な機敏な動きで自室に戻って行った。
亡霊部隊の隊長の聞き取りは怖い、なんなら連邦のパイロットとやり合った時より恐怖を感じたと後日、彼は同僚に顔を青くして語ったという。
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「あいつはどうしてあんなに青い顔して部屋から出て行ったんだ?」
「……隊長の顔が怖い顔して人の話聞くからっすよ、それだから女の子にモテないんす!」
「余計なお世話だ、ミノス伍長。それにしても、コクピットへの攻撃を避けるパイロットか…どう思う?」
「さあ、たまたまじゃないですかね?」
本当にたまたまだろうか?サニーにはとても偶然の産物の様には思えなかった。コクピットだけを攻撃しないというのはパイロットとしての技量以上に、コクピットへの攻撃をしたくないという強迫観念にも近い強い思いがある様な気がしてならない。度の過ぎた平和主義者、博愛主義の匂いがした。そんな青臭いものを戦場に持ち込む奴がいるとはサニーは半ば呆れてた。
そんな理想何の役にも立ちはしない。実利のない信念は何も生み出せない。脳裏に父親の姿が浮かぶ。理想ばかりの甘言を言う男、今は微睡みの中でしか会うことの無い存在で自身の社会性を育てた反面教師。その男とそのパイロットは似ている様にサニーには思えた。
「隊長?大丈夫っすか?」
サニーはミノスの声で我に返った。どうやらずっと沈黙していたことを不審に思われた様だった。サニーはまた頭を掻くと他の隊員達を亡霊部隊のモビルスーツが置いてある格納庫に集合する様に申し伝えると仮眠室を後にした。
しばらく基地を歩くと自機のある格納庫に着いた。幸いなことに格納庫内にある亡霊部隊のモビルスーツは全機無事の様だ。この格納庫に来るまでに爆散、炎上している格納庫が幾つかあったところを見ると自分たちは幸運だったのだと認識させられる。
サニーは部隊のモビルスーツであるヅダFを見上げた。
機体のフレームが加速に対応し切れずに空中分解を起こしてしまうことから欠陥品の烙印を押され、ゴーストファイターの誹りを受けた機体であるヅダの改良機だ。リミッターの改良で空中分解のリスクを無くしたと言われているが、勿論そんな触れ込みを信じるパイロットがいるはずもなく、亡霊部隊のモビルスーツとして半ば強制的に配備されたものだった。サニーは、自機の左肩に黒い羽のマークをつけた。この機体で空を駆け、武功を立てたいと言う願いと空中分解した時に自身を天国へ導いてほしいと言う皮肉めいた願をかけて。
部下が集まり次第、このヅダに乗り自分はオーストラリアの空を飛ぶ、そして連邦と戦う。サニーは体から沸き上がる熱さを抑えられなかった。格納庫に朝日が差し込む。もうとうに朝日は登っている。『亡霊部隊』の長い長い夜ももうすぐ終わる。この太陽と共に登って行くのだとサニーはそう強く強く信じた。