宇宙世紀0079 11月16日 午前7時半
ジオン公国ゴールドコースト基地から離れること南西に20㎞、レインたちはナランウッド・パークに行き着いていた。そこで彼らが見たものは変わり果てた陸戦型ジムの残骸だった。
レイン達は機体状態を確認し、生存者を探したが1機のみコクピット内が空であった以外全員この世を旅立っていた。レインたちは撃墜されたジムから使用できる弾薬を調達したり装備を交換すると改めてその残骸たちに目をやった。
「これは…おそらく地上部隊はここでジオンの攻撃を受けたに違いなさそうですね。」
ダルタニアン・クレベルは努めて冷静に状況を分析する。しかし、いくら戦場と言えども友軍機の残骸を見るのは気分が害されるものだろう、彼の顔はあまりの惨状にしかめ面になっている。弾丸を喰らって穴が空いた機体に、コクピットを一突きされている機体、1体1体が悪趣味なオブジェの様に大地に横たわっている。ダルタニアンはこの気色悪い場所から一刻も早く立ち去りたかった。次にここに転がるのは自分かもしれないと思うと全身から汗が噴き出て、歯が震える。ダルタニアンは必死に恐怖を押し隠すとこう言葉を続けた。
「ここはまだ基地の近くです、急いでここを立ち去りましょう。」
気弱な男と精一杯の強がりを一連邦軍人としてもっともらしい言葉で内包しダルタニアンは歩を先に進めた。
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信じたく無いが、やはりそうなのか。レインは内心愕然とした。正直その可能性は高いとは思っていたが、やはりここまで確信が持てるものとなると強いショックを覚える。
まさか連邦軍のそれも今回の作戦メンバーの中に裏切り者がいるなんてレインは信じたくなかった。しかし、ある陸戦型ジムの残骸を目にした時それは確信に変わった。その裏切り者のせいで数多くのパイロットの命が失われたことを思うとあまりに酷い仕打ちだと思う。そのパイロット達には1つの落ち度もない。ただ奇襲作戦に参加をしていたというだけで情報が筒抜けであったであろう作戦に命を散らすことになってしまったのだ。
レインは下を向いて俯くことしかできなかった。今、自分が生きていられるのもたまたま班分けが第4班であったということだけだ、自分がここで命を落としていた可能性も十分に考えられることだった。自分はただ幸運にも生き残っただけに過ぎない。だからこそ、生きてこの戦場を抜けなければならない。レインは改めて生き抜こうと決意を固めた。
「レイン、どうした?何かあったのかよ?」
シトラスがレインに通信を飛ばす。メンバー達の会話に入ってこないレインを心配したのだろう、レインは大丈夫だと返答するがシトラスに納得する様子はない。
「またまた、レインが押し黙る時ってだいたい暗い事考えてる時だから分かりやすいんだよな〜。誰に言いやしねーから話してみな。」
このシトラス・アルグレイという男は不思議な男である。容姿端麗でありながら話すと掴みどころがなく飄々としているため、無責任な男の様に見られあまり人気がない。そうでありながら、人の様子を彼なりに気にかけ観察している節がある。口ぶりのせいで損をしているだけで彼もまた人並みの優しさを持ち合わせているのだとレインは思った。そうでなければ、こんなことをとっかかりに話しかけてはこないだろう。レインはシトラスに作戦参加メンバーに裏切り者がいる可能性が極めて高いこととその根拠を話した。シトラスの表情はキリッと引き締まったかと思うと声を低くしてこう言った。
「それは本当に誰にも言えねー話じゃねーかよ…下手に言えば大混乱だ。この話、オレとレインだけの秘密だからな。」
この声色と顔つきを常日頃からしていればシトラス・アルグレイはもっと信頼もされ、異性にも人気が出るだろうにとレインは場違いな思考を巡らしながら頷いた。
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必ずこの仇を討つ、チェリッシュは固く決意していた。残骸と化した友軍機を見るとジオンへの憤りが全身の血液をめぐる。ましては、この兵士たちは自分の同期達でもある。この手で無念を晴らすことは連邦軍人として当然の務めであるし、ジオンを粛清することを躊躇う人間などこの軍には必要ないとすら思う。
オレ達の目的はここからの脱出、そしてシドニーに生きて帰ることだ。基地を破壊することじゃない。
チェリッシュはなよなよした赤茶髪の同期軍人の言葉を思い出していた。レイン・ウォーミング、訓練生の頃から優秀な成績ではあったが軍人としては落第もいいところだろう。敵を殲滅してこその戦争であって、脱出や生存を第一に考えるというのは自分本位な考えで職務放棄にすら近い。その甘さが、軍人というものの責務を全うしようとしない姿勢がどうにも気に入らなかった。
次、ジオンのモビルスーツが現れたならば必ず墜とす、自分がこの手で。レインの様な甘ちゃんの意見など聞いていられるか。ジオンを殲滅するのが連邦軍人としての務めで、それを全うする自分は絶対的に正しい。チェリッシュは灰色の瞳でしっかりと前を見据え、ガンタンクの操縦桿を強く握り直した。
その時、隊の1番先頭にいたアイリスから通信が入った。前方にモビルスーツを1機発見したとのことで機体は陸戦型ジム。友軍機の生き残りであると。
「1機だけか…後の機体は全滅って訳ね。ジオン、今度は私が同じ目にあんた達をあわせてやるわ。」
灰色の瞳に宿る凄まじい敵意をレインたちはまだ知らない…。
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「1機だけ?そりゃずいぶん奇妙なもんじゃねーか。」
シトラス・アルグレイはコクピットの中でそう呟いた。シトラスはレインに再び通信を送る。
「レイン、そのパイロットを避けて進め。オレがそのパイロットの回収にあたる。」
「……」
「お前にはこれからオレが何をしようとしているのか分かってる、だからこそ黙ってるんだろう。お前は犠牲を嫌う人間だから。」
「……」
レインは黙ったままだった。画面には少し涙を目に溜めた男の顔が画面に写るだけだった。
「チェリッシュは甘いというかもしれないし、アイリスは味方になってくれるかもしれない。けど、オレはどちらでも無いしシボレーやダルタニアンみたく生真面目でも無い。適材適所って言葉があるだろ?お前の思想は今回は向かない。だからオレがやる。だからレイン、お前はお前の出来ることをやれ。」
「シトラス、お前…」
「レイン、出来ねえことは出来なくていい。背負えないものは背負わなくていい。ましてやここ、敵基地近くの危険なとこで1人で抱え込まれても危なかしくて背中預けられねーっての。パイロット回収して戻ってくるまでにその泣きそうな顔直しとけよ。じゃあ行ってくるわ。」
そう言ってシトラスは部隊の列から外れ、生き残りの陸戦型ジムに向かって歩き出した。向こうもシトラスの動きに気が付いたのか、シトラスの機体に向かい歩を進め始めた。
そして2機の陸戦型ジムは正面を向き合った。すると相手のコクピットが開いて銀髪のマッシュショートの女性軍人が顔を出した。
凛とした佇まい、目は三日月の様に少し細く、そこから覗く黒い瞳は白い肌をより強く印象付ける。ここが戦場でなければ食事に迷うことなく誘っていただろう。良い友人にもなれたかもしれない。そう思うとシトラスはこの状況を恨めしく思った。しかし、自分の役割は果たさなければならない。シトラスは意を決して自機のコクピットの扉を開けながら1人呟いた。
「嫌なもんだな、軍人ってやつも。今なら少しだけレインの気持ち分かる気がするよ。」
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「第2班のシスール・チェスカです。わざわざお迎えに来ていただいてありがとうございます。」
シスールは柔和な笑顔を浮かべてシトラスに話しかけてくる。しかしシトラスの表情は鋭く、シスールが何をしてくるのか見定めて、一挙一動を警戒している。まるで敵国軍人と話をしているかの様だ。
「お迎えじゃねー。シスールあんたを止めに来たのさ。ジオンのスパイであるあんたをな!」
「止める?スパイ?意味が分からないのですが…」
シスールの顔に動揺が走る。しかし、すぐにその動揺は消え失せ困惑した表情へと変わる。大した役者だとシトラスは思った。
「お前さんたちはここでザク3機と戦闘しているはずなんだ。どうして生きているんだ?」
「どうしてって、必死に戦って撃退しただけです。」
「ほー、じゃあどうして基地にいるだろう他の班に状況を通信で伝えなかった?気が動転していてそれどころじゃなかったか?」
「何か可笑しなところでもあるんですか!?」
「ああ、可笑しいね。交戦していたであろうザクはオレ達第3班と第4班の背後から現れたんだ。これがどういうことか、分かるよな?」
「ザクがあなた達の背後に現れたのと私を止めることと何の関係があるんで…あっ!」
「気がついたろ。オレ達の背後から現れたってことはよシスール・チェスカ、『あんたに背を向けた』ってことなんだぜ?どうして追撃をしなかった?」
「……」
「そもそも、第1班と第2班はザクに落とされたのか?」
「何が言いたいの?アンタ」
睨みつける様な視線をシトラスに浴びせつけながらシスールはシトラスに言葉をぶつける。先程までの柔和な笑顔はどこにもない。おそらくこれがシスール・チェスカの本当の表情なのだろう。女性は強かな生き物であるとは思うがこれだけ怖さだけを訴えかけられるのは流石に不快だ。シトラスは敢えて言葉を軽くし茶化してみることにした。
「随分言葉が刺々しくなってきたもんだな、おっかねー女。仲間殺しまでしてても驚かねーや。」
「さっきから何なんです?何か証拠でもあるんですか?私がスパイをしていたって証拠が!」
激昂しながらも言葉遣いは丁寧なものに戻っている。しかし、目つきは相変わらず獰猛なままだ。彼女も混乱しているのだろうとシトラスは思った。ここだ、ここで勝負をつける。下手に言い訳をさせる時間を与えてはならない。
「そこ言われちまうと弱いんだよな〜。スパイしてる瞬間を見た訳じゃねーし。」
「それなら…!!」
「でも、仲間殺しが第1班第2班内であったことは間違いないんだぜ?さっきから言ってるけど第1班と第2班はザク3機に会ってる。もしザクに落とされたって言うなら機体はマシンガンで蜂の巣になってるか、ヒートホークで切り裂かれてるはずだ。けど、陸戦型ジムの残骸中ににコクピットを『貫かれた』機体があった。ザクのヒートホークじゃコクピットを貫くことは出来ねー。」
「くっ。けど、それは全部状況証拠じゃないですか!私がやったって証拠にはならないわ!」
「部隊が全滅していても連絡せず、自分たちの背後に回ろうとするザクを見逃し、友軍機にはザクでは出来ない痕跡が残ってて、あんただけが生き残ってる。確かに全部状況証拠であるぜ?けどな、ここは戦場なんだ。戦場で偶然がこんなに重なることはまず有り得ねぇ。
シスール・チェスカ、お前がスパイだな?」
シトラスは青い瞳を刺すようにシスールに向ける。シスールは視線を虚空に彷徨わせる、何とかここを脱しようと考えを巡らせているのだろう。もうその時点で『クロ』であると認めている様なものだろう。
「そうだ、全部無かった事にしちゃえばいいんだ。全部全部全部全部全部全部全部全部全部壊しちゃおう❤︎」
シスールは不意に笑い始めた。それは狂気に満ちた笑みであった。シトラスは咄嗟にコクピットの扉を閉めて臨戦態勢を取る。こうなった人間は何をしでかしても可笑しくない。
こういう姿を人に晒していることを俯瞰的に見えていない時点で、危険度では導火線に火がついた爆弾と大差がない。
シスールの陸戦型ジムが起動したかと思えば、ビームサーベルをシトラスに向かって振り回してながら突撃してくる。通信から聞こえてくる言葉はもう言語として成立しているかすら怪しい。こんな女性に一目惚れしかけた自身の眼力の無さをシトラスは呪った。しかし、そんなことお構いなしにシスールの陸戦型ジムは壊れた人形の様に動き回っている。
「これじゃ事情聴取も何もあったもんじゃねーって。この場にレインやアイリスが居なかったことだけが救いだよ、全く。」
レインはスパイの存在を知りながらも苦悩し涙を目に溜めるほどのお人好しだ。そんな彼がシスールの狂気を見ていたらまた思うと本当にスパイと対峙する役が自分で良かったと心底安堵した。そして長い溜息を吐いて装備されていたショートバレルのロケットランチャーを持つと標準を合わせ撃った。その弾頭は正確にシスール機のコクピットを捉え着弾し、その刹那爆発した。
「こちらシトラス、陸戦型ジムに乗っていたのはジオン兵で攻撃を行ってきた為撃墜した。以上報告終わりっ。」
部隊のメンバーに虚偽の報告をするとシトラスは通信を切る。シトラスはスパイの存在を公にしたくはなかった。シドニーまではまだまだ距離がある、協力関係に疑心でヒビを入れる様な報告をする必要はないだろう。おそらくレインはこの報告が虚偽であると理解しているはずだ。しかし、彼は自分を咎めない。むしろ、犠牲が出た事に対して悲しむだろう。それで良い。レインはそれで良い。理想を求める生き方は自分には出来ない。自分に出来ないことは出来なくても良い、しかし見守り事や時に支えることくらいは出来るはずだ。
シトラス・アルグレイはそう信じている。
時に宇宙世紀0079 11月16日 午前8時
シトラス・アルグレイはスパイの殲滅に成功した。
失踪してました、申し訳ございません。
今後とのノロノロ更新ではありますがお付き合いください。