機動戦士ガンダム ghost chaser   作:凛九郎

9 / 28
あけましておめでとうございます、遅くなりましたが本年もどうぞよろしくお願いします。


束の間の憩い

「ねえねえ、レイン。お腹空かない?」

 

ジオン軍のゴールドコースト基地から決死の脱出を図ってから3時間以上が経過した頃、アイリス・ベルガモットが呑気にレイン・ウォーミングに通信を飛ばして来た。レインは唐突な申し出に面食らい返答に窮した。

 

「えっ、いきなりどうしたんだ。まだ連邦のシドニー基地までは500㎞以上あるんだぞ?」

 

「じゃあレイン君はあと500㎞以上の道のりをご飯なしで移動出来るんですか〜?」

 

アイリスはやや拗ねた調子で駄々をこねる。通信であるためレインにはアイリスの顔は見えないが、彼女が頬を膨らませてぶー垂れている事は容易に想像出来た。それにアイリスの言うことも一理あることも確かだ。長い道のりを進むには何処かで休息を入れなければパイロットの集中力が低下してしまいシドニー基地への撤退そのものにも支障が出て来てしまう。レインはしばらく考え、アイリスの提案に乗ることにしてシトラス達に無線連絡を入れた。

 

ーーーーーー

 

「それで、お腹空かないって言っても何か食べるもの持ってるわけ?」

 

アイリスの提案を受けたチェリッシュが怪訝そうな顔でアイリスに詰め寄る。敵がいつ来るかも分からない時に何を呑気なことを言っているのか、彼女の眉間に刻まれたシワが彼女の心中を雄弁に語っていた。

 

「携帯食料とレトルト食品でしょ、缶詰に料理する鍋もあるよ?」

 

「えっ、アイリスさんどうして鍋なんて持ってきたんですか!?遠足じゃないんですよ?」

ダークブラウンの長髪に黒い眼鏡がトレードマークの女性シボレー・リンスがアイリスの言葉に狼狽しツッコミを入れる。その姿はクラスの学級委員長の様に見える。アイリスはあいも変わらずニコニコと微笑んでいるだけで自分が何故突っ込まれてるのかも理解してるか怪しいところだ。

 

「いや、遠足でも鍋なんて持っていくやつなんていないんじゃねーかな。」

 

「けど、アイリスの準備の良さは褒められるべきかと思いますよボクは。」

 

シトラスの苦言にダルタニアン・クレベルがやんわりとフォローを入れる。そういう彼の手にも携帯食料の入った袋が握られている。ダルタニアンは、自分と同じ匂いを感じたアイリスに親近感を抱いたのだろう。彼は意外といじらしい性格だなとシトラスは思った。

 

「よし!じゃあこの鍋と携帯食料で何か料理を作ろう〜♪」

 

「ちょっと!何勝手に話進めてんのよ!」

 

「そういうこと言っちゃうチェリッシュちゃんにはご飯あげないよぉ?」

 

「ぐっ……だ、誰も一緒に作らないとは言ってないわ!手伝えば良いんでしょ手伝えば!」

 

「ダルタニアン、私と一緒に周りを散策して何か他に食べれる物がないか探しませんか?献立が多いに越したことないですし。」

 

「わかりました、一緒に同行します」

 

「じゃあ残りもののオレは火でも起こすか。正直自信ねーけどなんとかなるだろ。レイン!お前は見張しといてくれ。基地から離れてるとはいえ、いつ追手が来るか分からねーからな。じゃあ頼んだぜ〜」

 

レインを除く5人はそれぞれご飯に向けて準備を意気揚々と始める。仲間と一緒にご飯を作り、共に食べる。それはとても微笑ましく平和な光景だ。だからこそレイン達のいる場所が戦場であることが、レインにはひどくアンバランスな状況に思えた。その状況を生み出している戦争が早く終わって欲しいとそう願わずにはいられなかった。レインの祈りにも似た気持ちはアイリス達の会話に紛れて消えていった。

 

ーーーーーー

 

 

「ダルタニアンさん、そっちには何かありました?」

 

「いえ、食べれそうな物は何も。自然が多いところでもそう上手くはいきませんかね。」

 

「うーん、残念です。折角の食事なのに…」

 

「シボレーさんは食べることがお好きなんですか?」

 

「ちょ、ちょっと!?人を食べること大好きな大食漢みたいな風に言わないでくださいよ!他の人よりちょっと、ほんのちょっと食欲が旺盛なだけです!」

 

「…誰もそこまでは言ってませんよ。」

 

分かりやすく狼狽えるシボレー。語るに落ちるとはこのことなのだろうとダルタニアンは内心苦笑したが顔には努めて出さない様にしていた。自分も一介の宇宙連邦軍の軍人であると共に1人の男だ。女性に対する節度はある程度持ち合わせてはいる。

 

「私、7人兄妹の長女なんです。料理に洗濯にお風呂にオムツの交換とかお母さんの家事を手伝いしていたんです。その中で1番料理の手伝いすることが多くて、いつの間にか料理や食べることが好きになってました。」

 

ダルタニアンの内情など知る由もなく、シボレーは身の上話を始める。ダルタニアンとシボレーは同じ第3班ではあったものの、班になって間もなかったこともあるせいか今まで自己開示をお互いにしてこなかった。この様な機会でも無ければする事もなく任務を終えていた事だろう。身の上話をしているシボレーの顔は穏やかだ、いつも通信で聞く彼女の声とも違って聞こえる。これが彼女本来の姿なのかもしれない。

 

「……だから、時々家族のことを思い出すんです。戦争が始まってからは中立コロニーに家族は移り住んで私は連邦軍に入りましたからろくに会えてないせいもありますけどね。」

 

「シボレーはどうして連邦軍に入ったんですか?」

 

「大家族だとお金がかかるんですよ。だから軍に入れば安定して収入が得られるかなって…それに軍の仕事は戦闘だけじゃないって聞いてオペレーターとか希望していたんです。まぁ、結局は入隊してすぐにジオンと戦争が始まってオペレーター希望も叶わず今に至るって感じですね。」

 

「……」

 

「す、すいません。お金の為に軍に入ったなんて不純ですよね。」

 

「いえ、大切なことは入隊した理由ではなくて今入隊して何をしているか何が出来るかだと思いますよ?」

 

「おおおおっ、なんだか胸に響いた気がします!ダルタニアンさんありがとうございます!」

 

ダルタニアンの言葉を聞いて大袈裟にお辞儀をするシボレーに彼は曖昧に微笑み会話を終了させた。そして、自身の胸に自身の言った言葉を反芻させる。今入隊して自分は何が出来ているのか、そして何が出来るのかと。

自軍のモビルスーツの残骸を見て慄くほどの肝の小ささ、班の中でもろくな役目を担えてもいない。そんなことで良いのだろうか。兄も連邦軍の軍人であり、ルウム戦没でその命を散らしている。兄の分まで連邦軍人として精一杯生き抜いてみせる。その為には何が自分に出来るのか彼は思考を巡らしていた。

 

ーーーーーー

 

 

チェリッシュとアイリスはシトラスが起こした火を使い鍋に入れた水を沸騰させていた。

 

「全く、なんでアイリスは鍋と携帯食料とかレトルト食品を持ってきて水を用意してないわけ?」

 

「いや〜ついうっかり…ってことじゃダメ?」

 

「……はぁー。こんなど天然がルピスの次に成績の良い同期だなんて思えないわ。」

 

「おいおい、そんなに水1つで責めてやるなよチェリッシュ。むしろお前がミネラルウォーターを大量に持っていたことの方がオレとしてはビックリなんだけどな。」

 

わざとらしいため息をと共に悪態を吐くチェリッシュをシトラスがさりげなく話題を変えながら止めに入る。女同士の喧嘩ほどおどろおどろしく、男として居心地の悪い環境もない。シトラスからすれば巻き込まれるのは絶対にごめん被りたいところだ。

 

「何よ!私だって肌とか健康には気を使うタイプなの。だからいつも同じ銘柄のミネラルウォーター買って飲んでるのよ。」

 

「うわぁ…コイツ、絶対結婚とかしたらオーガニック食品とかに凝って散財するタイプだろ。子ども服とかにも高いの買ったりしてーー」

 

バキッ!

 

シトラスが言葉を言い終わるよりも先にチェリッシュの渾身の右ストレートが頬に炸裂した。

 

「痛っ〜何すんだよ!」

 

「そんなことアンタに言われる筋合いなんて全く無いわね!」

 

「だからって殴ることないだろ、親父にも殴られたことないのによ。」

 

「なら、私がアンタの教育係ね。そのデリカシーの無さ、修正してやるわ!」

 

「あの〜2人とも…」

 

2人の息のあった口喧嘩を見ていたアイリスが思わず口を挟み、鍋の方を無言で指を差した。

2人が鍋に視線を移すと鍋の中の水は既に熱湯に変わっており、鍋から勢いよく吹きこぼれていた。慌てて2人は口喧嘩を中止し火を弱め始めた。

 

ーーーーーー

 

レインは周囲に警戒しながらも料理を作る同期達の姿を見守っていた。気分はさながら旅行引率の教員だ。いつのまにか拾ってきた木の実の殻を剥がすダルタニアンとシボレー。お湯を沸かすのに失敗したのかお互いに憎まれ口を叩きながら再度お湯を沸かしているシトラスとチェリッシュ。

そんな彼等の姿は微笑ましい、しかしその輪に入ることができないことがレインに少しの寂しさを覚えさせていた。もっとも見張りをしている以上は仕方のないことではあるのだが。

その時、レインはアイリスが居ないことに気がついた。何処に行ったのか、もしかしたら何か良くないことが起こったのではないか。レインが自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じた次の瞬間、彼の視界が不意に暗くなった。

 

「だーれだ?」

 

レインには声の主はすぐに分かった。天真爛漫な声、こんな子どものいたずらの様なことを自分にしてくる人間は自分の知り合いの中では1人しかいない。

 

「アイリス、こんなところでサボって何をしてるんだ?」

 

「レインの話し相手しに来たの。レイン1人でいてすごく寂しそうだったから」

 

「そ、そんな事はないさ!」

 

レインは自分の胸中を察せられたことが恥ずかしく思え、いつもよりも強く否定してみせる。

しかし、アイリスは優しく微笑んでいるだけでレインの否定に立腹する様子はない。きっと発言の真意が、照れ隠しであると理解しているからだろう。

 

「えー嘘だぁー。レイン絶対寂しそうだったよ。遠くから見ても分かっちゃうくらいに寂しそうだったもん。」

 

レインは自分の気持ちが、ここまで他人から見てもわかるほどに露見していることを反省した。もしかしたら表情に表れていたのかもしれない…無意識に口周りを手で触れる。しかし、そこにはただ皮膚の感覚があるだけで他には何もない。不思議そうな顔をして彼を見つめるアイリスが自身の瞳を通して見えているだけだ。さらに居心地が悪くなったレインは話題を変えることにした。

 

「と、とにかく第一オレは見張りをしてるんだから、もし敵が来たらどうするんだよ。」

 

「大丈夫だよ、多分敵は今は来ないから。」

 

「どうしてそんなことが分かるんだよ?」

 

「うーん、なんとなく?」

 

「聞いたオレがバカだったよ…」

 

以前彼女は自身をニュータイプだと言っていたが、おそらくは冗談なのだろう。彼女の口から出てくる言葉はいつもニコニコしている表情も相まって嘘なのか本当なのかなかなかレインには判断がつかなかった。

 

(まぁ、気にしたところでどうしようもない…か)

 

レインは自身を納得させ、アイリスに再度向き合った。

その後2人はたわいも無い話に花を咲かせた。時間にすると大した時間ではないがレインは人と触れ合えることが出来た充実感からか穏やかな表情をしていた。その充実感はアイリスも同じだった様でニコニコ笑いながら話を弾ませていた。

 

「おーい、2人とも何いちゃついてんの?早く来ないと2人の分無くなるぞ〜」

 

シトラスの声で2人は駆け出していく。そして今度は同期達も巻き込んで大したことない話題を肴に食事を楽しむ。鍋の中の料理が無くなるまでの時間、それが彼等の食事の時間であり彼等の束の間の憩いの時間でもあった。戦場ということを忘れて、6人の間に穏やかな時間が流れていた。

 

ーーーーーー

ジオン軍亡霊部隊のジュリアス・ヴァルトロはウォランビンの森林地帯を連邦軍を発見した。敵は呑気に食事を楽しんでいる様だった。今自分が単騎で乗り込んでも恐らくは連邦を制圧する事は十分に可能だろう。ジュリアスはヅダのマシンガンの照準を連邦のモビルスーツに合わせる。この引き金を引けば、引きさえすれば良い。

 

(……無粋だな)

 

距離を考えればあと1時間もしないうちに、奴らと自分達亡霊部隊は交戦することになるだろう。今、流れている穏やかな時間が奴らにとって最後の日常の時間になるはずだ。そのつもりで亡霊部隊は決死の攻撃を仕掛けるつもりだ。

であるならば、今この場はこの場だけは見逃す事にしよう、これが連邦軍に対する最初で最後の情けだ。ジュリアスは自らの気持ちに踏ん切りをつけるとヅダのマシンガンの照準を外し、隊長サニー・コールディに報告するべくヅダを発進させた。

 

時に宇宙世紀0079 11月16日 午前10時15分のことである。

 




日常回でしたね。7話くらいから主人公交代してるんじゃないかと思うくらいジオンサイドの話しか進んでなかったので、今回は久しぶりに連邦軍サイドです。いつの間にか年が明けて、立春になりました。皆様もお身体に気をつけてお過ごし下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。