黄金の暴君×永遠の二番手=星の皇帝(僕) 作:パンダコパンダ
ちょっとの間は競走馬の話
僕は「ズヴィズダツァーリ」という名前を持った馬だ。
そう。馬だ。
人だった記憶はあるが、正直どんな姿だったのか覚えていない。
もちろん名前も、年齢も覚えていない。あるのは、ただ人として生きたということだけだ。
人として生きた時代、どうやって死んだかは覚えていない。まあ自分の死なんて知りたくもないから別にいいのだが、なぜ馬になったのかがわからない。もし自分の意思で馬になりたい。そう願っていたらどうしようもないが、僕は競馬について詳しくないからおかしいのだ。
と言うわけで、今は年末。
今日も今日とて母親であるヴィルシーナと共に走り回り、厩務員の方々に名前を呼ばれ、たまに来る大魔神に顔を撫でられる生活を送り続けている。
「チビはおとなしいなぁ。ほんとオルフェーヴルの子供か?」
どうやら父親である彼の馬はかなりの暴れん坊らしく、立ち上がるわ、斜めに逸れるわ、騎手を落とすわでやばかったらしい。しかも、それは父の父に当たるステイゴールドも似たようなもので、その上父の祖父と母の祖父であるサンデーサイレンスも似たようなもので暴れん坊らしい。
見た目も生まれ変わりのようにサンデーサイレンスに似ているのに、あり得ないほど落ち着いているから、顔を見に来た多くの人に驚かれる。まあ、中身が人間だなんて外からじゃわからないから仕方ない。
「さあ、今日も走ろうか」
そう言われた僕は母親の周りでウロチョロしたり、一緒に駆け足で走ったりと好き勝手し始める。
どうやら精神的にはしっかり馬のようで、走るのは楽しい。それとおんなじくらい寝るのも好きで、よく厩務員さんに生きてるか確認される朝を過ごしている。
もちろん、競走馬として大成することを求められているので、こんな運動でも将来のための基礎づくり。母を追いかけたり追いかけられたり。時々同じ厩舎の違う馬と軽く走ったり。
あそうそう、生まれた時は0歳なのに、歳越した時点で一歳になるんだね。大魔神がこの前、もう一歳か。なんて言ってて驚いた。
というわけで、気がつけば僕は一歳になっていた。というか、一歳と数ヶ月。季節的にはもう秋だと思う。セミが鳴きまくっていてうるさかったのが嘘のように消えている。
年末は母とともに過ごし、時々来る大魔神に撫でてもらうのも忘れない。厩務員たちからは、おとなしく人懐っこいと思われていて、特に女性には自ら顔を近づける女好きだと思われている。
仕方ないだろ? だって牡だし。
そして何より、栗東トレーニングセンターへお引越しした。
今までお世話になった厩務員たちと別れ、そして愛しの母とも別れ。僕は調教師のおっちゃんと顔を合わせる。名前は忘れた。
もちろん、見た目がサンデーサイレンスなのに大人しすぎる僕はおっちゃんに驚かれるが、それも慣れたものだ。
「今日からツァーリも馴致だな。ハミ着けて鞍とか手綱とか着けて。お前は嫌がるかな?」
大魔神たちのようにチビと呼んでくれる人がいなくなった環境。最初は慣れずにいたが、おっちゃんがいつのまにか、ズヴィズダツァーリを略して呼んでくれることで落ち着いた。まあ、暴れてないんですけどね! 動かなかっただけなんですけどね!
「とりあえずやってみようか。ハミ」
おとなしいから大丈夫だろ。なんで笑いながら言われるものの、経験したことないからわからない。ハミってあれだろ? 噛むやつだろ?
首元を撫でていたおっちゃんが、突然僕の口に鉄の棒を突っ込んだ。
ガリッと歯に当たって擦れたのがすごく気持ち悪くて、思わず首を振ってしまい、おっちゃんも慌てたようにハミを外したが、おっちゃんは大丈夫だと言い続ける。
「なんのこっちゃわからんと思うけど、歯の奥のところにある隙間に入れるだけだ。ちゃんとハマれば歯で噛むこともない。大丈夫」
あら? そういうこと? なら早く言ってよおっちゃん。と、今度は口を開き、しっかり奥に入れてもらう。
本当だ。たしかに食いしばっても歯に当たらない。ちょうどいいわ。
「オッケー。ナイスだツァーリ。嫌がる奴はもっと嫌がるからな。正直頭振った時はついに血が出たかと思ったけど、お前はお前だな」
よしよしと首を撫でるおっちゃん。今度持ち出したのは鞍を乗せるための布? パッド? だったり、鞍そのもの。
背中にぽんぽんと乗せられた僕は、ただ立っているだけで気がつけばおっちゃんが背中に乗っていた。背中の上で揺れてみたり、ちょっとだけ腰を浮かしたりしていたおっちゃんは、僕が嫌がらないのを見て手綱を装着し、引っ張って感触を確かめる。
「そうそう。右に回ってー」
ハミの左側がクイっと引っ張られると、今度は左に軽く回る。馬房が大きいわけじゃないので、その場で回る程度だが、指示通りに動くので問題はない。
「あとは降りるよ?」
もちろん降りる時も棒立ち。おっちゃんが背中から降りると、満足そうに頷く。あとついでに従順過ぎと言葉をもらった。
「まあ、継続は力なりだ。明日も明後日も馴致は続けるし、騎乗に向けてもやってくからな。飯食って、しっかり寝て、遊んで頑張れよ。ツァーリ」
その言葉に僕は、ヒヒーンと一回鳴いた。
調教が順調すぎるらしい。それは、二度目の年越しを前にやってきた大魔神と謎の男に、調教師のおっちゃんが言ったことだ。
調教調教。休んで併せ馬。調教休んでまた調教と、日々を過ごしていた僕は、激しい調教に耐えるために飼い葉を食い、筋肉をつけ、寝まくっていた。そんな中での話だ。
「確かに、かなり体も大きくなってますね」
「かなり食べますし、何より寝ます。体全体に栄養がしっかり行ってるんだと思います」
「素直に良いですね。ほんとにいいんですか? 僕が乗って」
ん? 今乗るって言った? 謎の男。
「チビはヴィルシーナ に甘えっきりでしたからね、できれば彼女を知ってる人に乗って欲しかったんです。それで、あなたにお願いしたわけですよ。打田さん」
「いやぁ、乗りたいと願っても乗れない中で、馬主から乗ってくれなんて。ありがたい話ですよ。佐崎さん」
謎の男改め、打田さんは、調教師のおっちゃんに今から乗れるかと尋ね、もちろんだとおっちゃんは答えた。
「ただ、ツァーリは芝の方がいいんですけど、今ダートしか使えないのでそれだけお願いします」
というわけでダートのコースに出た僕たち。おっちゃんに手綱を持たれ、背中に打田さんがヒョイっと乗る。
うん。おっちゃんより軽い。
背中に乗った感じ、悪くない塩梅だと思う。特別気持ち悪くもなく。打田さんが軽く動いたのがなんとなくわかる感じ。慣れればもっと機敏に感じるのだろうか?
常足、速足の感触も悪くない。
「一周走ってみましょう。状態によっては最終コーナーで上げてみましょう。いいですか?」
打田さんの提案に大魔神が頷き返し、僕は走り始める。
手綱の感じだと、飛ばさなくて良いと軽く引っ張られる感じがあるので、いったんそれほど足は使わない。
左に引っ張られるようにラチに沿って周り、大魔神の向こう側直線を走る。
「……」
なんか言ってよ打田さん! 良いとか悪いとか! というか、早く走りたいから引っ張らないで!
若干抑えるような扱いをされたまま向こう正面を入っていたが、第3コーナー前で手綱が緩んだ。
「ッ!?」
手綱が緩んだのは一瞬。ほんの一瞬だが、僕は走りたくてうずうずしてたのもあり、ゴーサインだと勝手に解釈して飛び出す。
打田さんが抑えるように手綱を引くが、頭を低くして指示を無視し、そのままスピードを上げながらカーブを曲がり切る。そしてホームストレート。
どんどんと加速していった僕に呆れたのかなんなのか、打田さんは手綱を緩めると、大魔神の前を通過して徐々にスピードを落とす。
「どうですか」
「良過ぎますね。見た目はヴィルシーナに近いですけど、走り始めたら暴走しようとしますね。そこはオルフェーヴルというか、ステイゴールドの血を感じる」
打田さんの評価は、シンプルに頭が良い。と言うところから始まり、脚の強さ。前に行きたい気持ち、第3コーナーから動き出してゴールまで持つスタミナ。どれを取っても良いと言うものだった。
「併せは二歳同士でやってるんですか?」
「二歳ともやってますが、体が大きく強いのもあって、三歳馬とやっていることの方が多いです」
「そうですね……。ちゃんと言うことを聞いてくれれば、三冠は分かりませんが二冠は取れます」
二冠? なんだそれ。大魔神も打田さんも険しい顔してるけど、どう言うこと? 僕ってやばいの?
「新馬戦。二歳限定を挟んでホープフル……。行けますか?」
「9月の22日にあるので、それで勝てれば東京スポーツ杯ですね。脚質さえ見極めることができれば」
「みてる感じだと先行ですかね」
大魔神はそう言うが、打田さんは首を振った。
「先行で行けなくもないですが、父親のような、前に他の馬がいるのが嫌なタイプじゃないと思います。多分、我慢させた上で最後解放させる。そんな走らせ方の方がいいかもしれません」
差しか追い込みか。そういう打田さんにおっちゃんも肯定する。
「一人で走らせると前に行きたがりますが、併せ馬をすると後ろに着くんですよ。さすが打田さん。多分言う通りですよ」
まあ、先で走るより前の奴ら全員ぶち抜く方が楽しいよね? なんてことを思ったりはする。けど、一回乗っただけでわかるなんて、騎手っていうのはすごいんだなーと、素人のようなことを思う。
「よし。まずは8月の18日にある新馬戦ですかね。やってやりましょう」
「そうですね。いきましょう」
そして、デビューの日が決まった。
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