どうしたものか、と校門を通りながら考える。夏休み前のテストの開始まで今日であと一週間。日程は確認していたので、高校と小学校でテスト開始日が同じであることはわかっている。教科的な問題で小学校のテストは一日で終わるのだが…、そんなことは別に考えなくてもいいだろう。
「風太郎くん!」
自分の勉強はいいのだ、とっくのとうに全範囲の勉強を終えている。なんだったら今からやれと言われたって全教科で満点を取って見せることだって可能だろう。
…問題はあの五つ子どもだ。
「あ、あれ?聞こえてない?ふうたろうくん?」
あれからどうにかこうにか全員集めて実力確認のためテストを受けさせる事に成功した。そこまでは良かったのだが、結果は惨憺たるものだった。なんと5人の点数の合計で何とか100点を少し超えたところという実際に合計点を自分で計算していなければ信じられないような結果だったのだ。唯一の救いは五月が点数を稼いでいてくれたところだろう。それがなかったなら5人で100点にも届いていなかった可能性すらある。
取りあえず何かの役に立つかと思って全員がどの問題ができてどれができなかったか纏めたノートを取り出してみる。
見渡すばかりの×印に頭痛がしてきた気がして眉間を揉む。そうやってもう一度見返してみても結果は変わらないままだ。
「風太郎君!無視するならこっちにも考えがありますよ!」
特に四葉だ、こんな簡単なテストで一桁を取ってくれるとはさすがに思わなかった。いや、他も五月を除いて団栗の背比べみたいなもんなんだが、流石に一桁は絶望的な何かを感じざるを得ない。
「とうっ!」
「ぐはっ!」
考え事をしながら歩いていたせいで、後ろから突っ込んできた四葉に気づくことが出来ずに腰にまともに突進を食らってしまった。
その衝撃で取り落としてしまったノートを拾いなおし、上機嫌そうに腰に引っ付いていた四葉をその頭についているリボンを掴んで引きはがす。
「なんだよ四葉、今お前のせいで頭痛してるんだから腰まで同じにしないでくれ。」
「ぇぇえええ⁈大丈夫ですか?」
「大丈夫…、と言いたいとこなんだけどな。」
先ほどまでは暗いことばかり考えていたが、明るいことだってある。それが今俺にタックルをくらわせた上で全く悪びれずにニコニコ笑っている四葉だ。
俺の家に泊まってからというもの、四葉は最初の元気のなさが嘘のように元気になった。まさに五月が言っていた性格に戻った訳だ。
自分としても四葉があの京都で会った少女その人だとわかって嬉しかった。もう一度会いたい、お礼を言いたいと思ってはいたものの、本当に会えるとはあまり思っていなかったのだ。結局あの時こいつが“また”といったのはその通りになった。
考えてみれば、俺が初めて五月に会ったときに感じたあの似ている、という感じは正しかったわけだ。それならなんで四葉にあったときに気づかなかったんだという話なのだが、それは四葉の様子があの時と全然違ったからだろう。
あの京都の子は、楽しそうに、よく笑う子だった。それは今も変わっていない。元に戻った四葉は、記憶にあるのと全く同じ笑顔でよく笑うんだ。本当に良かったと思う。
柄にもなく色々なことを言ったが、それはそれで良かったのだろう。
…会う度に突撃してくるのはやめてほしいが、俺の身が持たん。
その思いを込めて四葉を見ると、キョトンとした顔をした後、何かを思いついた様子で手を打った。
「どうしたんですか、風太郎君…。
あ!喉が渇いたんですね!じゃあこの四葉がひとっ走りいって───」
全く伝わっていない、俺は本当に走り出そうとした四葉の首根っこを捕まえて、気になったことを尋ねてみる。
「それで?五月はどうした。こういう時はいつも一緒だろ。」
不満そうな顔をしていた四葉がそれを聞くと、さっと顔をそらした。おまけに下手糞な口笛まで吹いている。
「…おい。」
「お、置いてきちゃいました。走ってきたので…。」
「はぁ、やっぱりな。」
「あ、やめてください、リボンは!リボンだけはー!」
お仕置に頭から生えているリボンを引っこ抜いて校門のほうを振り返ると、ちょうど少し涙目になった五月が走ってくるところだった。
「よ、四葉ぁ、ひどいじゃないですか…。」
「ご、ごめんごめん…。」
「それは前も聞きましたよっ!」
まったくもうっとお冠な五月だが、朝起きて四葉が元気になった姿を見たときはそれはもう喜んでいた。その喜びようといったらよく事情の分かっていないらいはがつられてしまうほどだった。
その時のことを思い出して笑っていると、五月に不満そうな顔を向けられた。
「上杉君も笑ってないで何か言ってください!四葉に走られたらぜったいについていけないんですよっ。」
「分かった分かっただから落ち着け…。四葉、五月を置いて一人で走ってくるんじゃない。迷子になるだろ、五月が。」
「気を付けます!」
「なりませんよ迷子になんて!四葉はホントにわかってるんですか?」
「分かってるよ~。」
少し前までは考えもしなかったほどこの頃の帰り道は騒々しい。それに疲れる。五月だけならまだ良かったのだが、元気すぎる四葉が加わったせいで、非常に疲れる。
…ただ、なんだろうな。
「風太郎君!五月!早く来ないとおいてっちゃいますよー!」
「ほら、行きましょうよ上杉君。」
──こんなのも、悪くはないな。
自分の口がほんの少し笑ってしまっていることには気づいていない風太郎であった。
「さて、目標を決めようか。」
「目標ですか?」
「そうだ、本当なら全部の教科での赤点の回避、と言いたかったんだがそれは無理だとここ数日でいやって程分かった。」
そう言ってリビングにはいるものの勉強道具を出さずに遊んでいる一花をギロリとにらんだ、するとやれやれというような仕草をしてやっと勉強道具を出し始めた。うぜえ。
「しょうがないなぁフータロー君は。」
しまいには口に出してそんなことを言い出した一花を横目に、本題に入る。
「はぁ…、だから全部じゃなくて2つ、出来たら3つの赤点回避を目標にしていこうってことだ。今からその教科を自分で決めて勉強するのをそれに絞るぞ。」
ちなみに、こいつらのテストは五科目、つまり英数国理社全部ある。…小学校なのに英語のテストがあるんだぞ?驚きだね。
まあ内容としては全く難しくはないんだが、こいつらにとっては未知の言語なのでちんぷんかんぷんらしい。
まあ最初はそうだよな。
「わたしは理科と国語と…、英語にします。」
「じゃあ私は国語と社会と、んーと、国語!」
「おい、国語二回言ったぞ。」
「え?えへへ…、じゃあ理科で…。」
「私はねー、算数と理科と…、英語かな。」
「よし、じゃあやってくぞ。」
各々自分の得意とする教科を選んだようだ。まぁ得意と言っても今の時点ではギリギリ赤点くらいのものなのだが…。
まぁそれでもやる気があるのは良いことだ。勉強は正しい努力をすればやった分だけのびる。なかには全く努力をしないでも良い成績を叩き出すものもいるにはいるが、そうでないのだがら、一歩一歩歩いていくしかないのだろう。
さて、ここにいる三人は、意外なことに一花もなんだかんだ言いながらもちゃんとやっている。このままいけば二科目、もしかしたら三科目の赤点を回避できるかもしれない。
問題は後の二人だ。
二乃は今日もいない、どうも友達と遊びにいってるとかなんとか。ただもう五時過ぎてんだよな…、最近の小学生って夜遊びすんの?
三玖は今自室にいるらしい。
居るのなら参加してもらいたい。呼びにいくか。
「三玖を呼びに行こうと思うんだが…、先に聞いておきたいとこあるか?」
「はいはい!ここわからないです!ここ!」
「どこだ?…おい、それ以前の問題だぞ。
このライトはRじゃなくてLだ。」
「あっ…、何回目でしたっけ…?」
「五回目だな。」
「す、すみません…。」
本人がしょぼんとうつむくのに同調するように頭のリボンも萎れている。五月のアホ毛といいこのリボンといい…、この姉妹はどうなってるんだ。
萎れてしまったリボンを直してやる。
「まぁ気にすんな、出来るまでやれば良いんだ。」
「は、はい!」
「四葉、本当に元気になったよね。」
「はい、よかった、良かったです…。」
「わっ、五月ちゃん泣いてる!?」
「フータロー君。」
二階に上がる階段の途中で一花に呼び止められた。質問かと思ったが、問題を持ってきているわけではないしそうではないらしい。
五月も四葉も此方が気になるようでちらちらと目線を送ってきている。早く戻れ、そう言おうとしたが、いつになく真面目な表情の一花を見て、ぐっと思い止まった。
「なんだ?」
「四葉のこと、ありがとね。
五月ちゃんも四葉も何もいってなかったけど、フータロー君がなにかしてくれたんでしょ?」
「俺は…、いや、確かにそんなところだな。」
「五月ちゃんが元気になったのも君のおかげだ、本当にありがとう。
…本当は、家族で、お姉ちゃんの私がやるべきだったから。」
風太郎は目をしばたたかせた。どうやら自分は中野一花という少女の一面しか見ていなかったらしい。悪戯好きというか、うざったい所しかないやつで基本素直な五月とは似ていないなと思っていたが、こんな一面もあったらしい。
「おお…、お前真面目な話もできたんだな、見直したぞ。」
「んなっ!失礼な、私だってちゃんとしたら出来るんだからね!」
「あぁ、そうみたいだ。お前はお姉ちゃんだ。ちゃんと長女してんだな。」
そう言って笑うと、一花はさっとそっぽを向いて何か口の中でごにょごにょと言い出した。
「べ、別に…。そんなの当然だよ…。」
どうやら照れてるらしい。その横顔を見ていると、ふと悪戯心が沸き上がってきてしまった。普段散々やられているお返しだ、と笑みを口元にたたえて思うままに実行に移す。
「なんだ?照れてるのか?珍しいなぁ。」
そう言いながら額をつついてやると、顔を真っ赤にして、ち、ちがうもん!と言って四葉と五月の下に勢いよく戻っていってしまった。満足である。
さて、三玖の部屋の前についたのだが…、こいつは初日からいつも家にいるのにも関わらず、勉強に参加しようとしない。
今日こそは!と意気込んでドアを叩くも、返事がない。聞こえなかったのかともう一度叩いたが、何も反応がない。
さては初日の二乃のパターンかとおもい、取り敢えず部屋の中を確認してみるかとおもい、ドアを開けた。鍵はかかっておらず、すんなりと開いた。
それでも何の反応もなかったので、やはり居ないのかと一瞬思ったが、そうではなかった。
三玖はつけっぱなしのゲームのモニターの前に突っ伏して寝ていた。近づいてよく見てみると、何のゲームかはその特徴的な画面ですぐに分かった。
「歴史モノ…、戦国武将のゲームか。」
その声で、もしくは気配を感じたのか、三玖がもぞもぞと動きだし、顔を上げた。
「ん………?」
寝ぼけているようで目の焦点が合っていなかったが、目の前のゲーム画面と俺の顔を何度も繰り返し見た後、血相を変えて俺の腕を掴んだ。
「……見た?」
いや、見てないといったらダメだろうか。
…ダメなんだろうな。