もしも歳が離れていたら   作:夕暮れの家

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風太郎と三玖のお話です


番外?ー1

昔からずっと、自分に自信が持てないでいた。私には一花みたいな社交的で皆に好かれるような性格もないし、二乃みたいに強く、堂々としていられるわけでもない。四葉みたいに運動ができて皆に優しくなんてできないし、五月みたいに決めたことをやり抜けるような真面目さもない。

私の姉妹達は皆に沢山、たくさん凄いところ、誇れるところがあるのに私にだけ何もない。最初は皆同じ横並びで一緒に歩いていたのに、一人また一人と早歩きになり、小走りとなり、そして走ることができない私だけが置いて行かれた。

置いて行かれるのは怖い、一人になるのは怖かったから精一杯走ろうとして、皆に追いつこうと頑張ったけど、足がもつれて転んでしまった。

…そして、痛みに耐えて起き上がった時にはもう手遅れだった。

皆に置いて行かれてる、と気づいたのはいつのことだっただろうか。正直に言えばはっきりとは覚えていない。でも多分ずっと前。お母さんが私の誕生日にこのヘッドホンをくれた頃のことだったと思う。

今思えば、お母さんは私がこんな事を考えてしまっていることに気づいていたのかもしれない。私はお母さんがくれたヘッドホンを付けている間はオドオドせずにすんでいたし、落ち着いていられた。

だってこれをつければ周りの音は聞こえないし、それだったら視線だってあんまり気にならないから。

つけていなかったら、周囲の視線を感じる度に馬鹿にされてるんじゃないかと思ってしまう。蔑まれているんじゃないかと疑ってしまう。

…実際そんなことはないのは分かっている。だって周りの人みんなが私の事を知ってるわけじゃないし興味があるわけでもないから。

でも、怖いんだ。分かっていても、気づいていたとしても、それを実際に言葉にして叩きつけられたら私はきっとその痛みに耐えられない。立ち上がることが、出来ない。

……だって私は、私には皆みたいな強さなんてないから。

ヘッドホンはいつだって私の首にある。何度も転んだし、落としちゃったりもしたから傷だらけでもう音なんて聞こえないけど、これはお母さんがくれたものだから。ずっと、ずっと弱い私を守ってくれてるものだから。

まだこの先もずっと、私はきっとこのヘッドホンを手放せないのだろう、ずっと、頼ったままなのだろう。

私が何かに寄りかからず立てる日なんて、一人でちゃんと歩ける日なんて来るのだろうか。

 

…寂しい、何時だって私は膝を抱えて泣いている昔のまま変われていない。皆が次々と殻を破って翼を羽ばたかせたり大空を飛ぶことを夢見たりしているのに自分だけ卵の中から出ることすら怖がって出来ないでいる。

皆当たり前のようにやっていることだけど、踏み出すことってとても、とても怖いことだ。

 

家庭教師がくるって、急に五月から知らされた。

…どうしたらいいんだろう。家庭教師なんていらない、来てほしくない。

戦国武将のことなら四葉がくれたゲームが面白くてやってるうちにたくさん覚えたけど、それだけだ。

他は全くできない。だから、戦国時代のことだけ出来ることなんて直ぐにばれてしまうだろう。

そして、馬鹿にされるのだろう。変だって。私だってそう思う。周りの人はテレビに出てくる俳優やアイドルが好きだっていう人ばっかりなのに、私だけ好きなのは髭のおじさんだから。

でも直接言われるのは、やだな。聞きたく、ないな。

じゃあどうすればいい?簡単だ、拒絶すればいいんだ。出来るだけ冷たい表情で、冷たい声音で。弱いところも怯えてるところだって見せないように心に殻をかぶせて。

 

不安になったら首元のお守りに手を添えて。

教師の人が出て行った部屋で一人ヘッドホンをつける。

 

 

 

 

…ほら、これで何も聞こえない。

 

 

「………ぅう?」

部屋に誰かが入ってきた気がして目が覚めた。まだぼんやりとしたままの頭を振りながら後ろを見ると、家庭教師の人がいた。勝手に入って来たのか、そのことに少しむっとしながらいつものように断りの言葉を放とうと思って口を開いた。

 

でも、あれ?その視線は私でないところに向いている。

その視線の先をたどってみると──

つけっぱなしの戦国武将のゲーム画面があった。

「っっ!?!?」

慌てて画面を消し、教師の人の方を振り返って必死に聞く。

「………見た?」

「ああ、勝手に見て悪かった。

その、好きなのか?戦国武将。」

見られてた、見られてた見られてた!

…ばれて、しまった。

「うん、変だよね?……笑ってくれて、いいよ。」

知ってる、知ってるもん。変だってこと。ヘッドホンを握りしめながら次に降ってくるであろう言葉を待つ。覚悟を決めて、せめてその言葉で立ち上がれなくならないように。

「は?変じゃないだろ。寧ろいいことじゃないか、好きなことがあるのは。」

だからだろう、かけられた言葉の意味が一瞬分からなかった。

俺には何もないからな、という教師の人の方を向いてみる。

「変じゃ、ないの?」

「ああ、しかしそれなら三玖は歴史ができるのか?」

「う、うん。」

「おぉ、凄いな!じゃあ今日の授業の内容は歴史にするから───」

変じゃないのかな、良いことなのかな。私はこのことを誇っていいのかな。それに──

「…凄い?私が?」

「凄いだろ、なんでそんなに不安そうなんだ。」

笑いながらそう言ってくれた。思ってもみなかった、私が凄い、なんて言ってもらえるなんて。その言葉はいつだって他の人の物だったから。

嬉しい、 その優しい言葉に縋ってしまいたい。しかし俯いた拍子に顔に当たったヘッドホンの感触に急速に浮ついた頭を冷やしていく。

凄い、その言葉が自分に一番相応しくないことを私が一番分かっているのだ。両手でヘッドホンを掴んで顔を隠すように持ち上げる。

 

「私は、凄くなんてないよ。」

 

視線は下に、俯くことで前に垂れ下がった髪の毛で顔を隠す。

 

「歴史だって戦国時代のところしかできない。皆みたいな長所は私にはない。凄いのは、皆の方。」

 

きっとこの人だって私が勉強が、歴史が出来ると思ったから凄いといっただけ。別にそんなことはないと知ってたら凄いなんて言葉は出てこなかったはずだ。

 

視線がさらに下を向く、体が縮こまる。

 

「何言ってんだ、凄いだろ。」

 

「…え?」

 

「好きなこと一つに熱中できるってのはそれだけで才能だ。俺は羨ましいぞ、三玖のことが。」

 

その言葉と共に目の前で動いたような音にほんの少し目をあげると、視線を私と同じ高さにまで下げて少し困ったように微笑んでいる顔があった。俺にはそんなもの無いからな、と付け加えられた言葉に、目を瞬かせる。

家庭教師なんてやってるんだから勉強が好きなんだと思っていた。

 

「そうなの?」

 

「あぁ、戦国時代の事は一通り分かるが何が面白いのかまでは分からなかった。

だから、俺にも教えてくれないか?」

 

代わりに俺は他の教科を教えよう、面白いかどうかは分からないけどなと冗談めかして笑う。そんな顔が見ていられなくてまた下を向いた。

でも、気持ちは下を向いていない。

 

嬉しい、初めて自分の好きなものを肯定してくれた。嬉しい、初めて家族以外に凄いだなんて言われた。

…嬉しい、私の話を好きなものについて知りたいと言ってくれた。

 

「ふ、フータロー、今までごめんなさい。…授業、私も参加してもいい、かな?」

私でも出来るかな、頑張れるのかな。

「そうか、全然いいぞ。大歓迎だ!じゃあ下で待ってるから筆記用具だけ持ってきてくれ。」

そういうと立ち上がって部屋から出ていこうとするフータロー。言われた通り筆記用具を探そうとしたが、はっと大事なことに気づく。…まだ、お礼を言ってない。

「ま、待って!」

慌てて引き留めようと立ち上がったが、急だったのが祟ったのか足が椅子に引っ掛かり──

あ、と思った時にはもう手遅れだった。

「おい、大丈夫か!?」

結構派手に転んだからか、フータローが気づいて戻ってきてくれた。…大丈夫じゃない、受け身が取れなかったから打ったところが痛い。全身が痛い。

でも、そんなことは今は気にならなかった。首元が軽い、いつもと違う感覚に急に不安が押し寄せてくる。

「あ、ああああぁぁぁぁぁ…。」

お母さんがくれたヘッドホンが、壊れてしまっていた。

 

「うぅ…、ぐすっ、お母さんがくれたのなのに…。」

耳に当てる部分の片方と、他の部分が分離してしまった。ヘッドホンはそんな無残な姿をさらしていた。

どうしよう、これがなかったら。お母さん、お母さんお母さんっ!

…どうすればいいの…?

と、何故か二つに分かれてしまったヘッドホンをじっと見ていたフータローがちょっと貸してくれないか、と言って私の手からひょいとそれらを取り上げた。

「あっ、か、かえしてっ!」

抗議する私を宥めながら分離されてしまった二つを見比べていたフータローは、思いもよらなかったことを口にした。

「やっぱりか、これ最初から外れるように細工してあるぞ。」

「…………え?」

そういう商品じゃないと思うんだけどなと言いながらなおもヘッドホンを弄繰り回すフータローをしり目に、私は衝撃を受けていた。

元から外れるようになってた?じゃあ、直るの?

「フータロー、直せるの?」

「ああ、直せると思うぞ。ただ、なんか紙が中に入っててな…。」

見せてもらうと確かに入っている。結構奥の方だったから私より指が太いフータローでは取れなかったのかな。

「……取れたっ!」

折りたたまれているそれを、破ってしまわないように慎重に開いていく。結構昔の紙らしく、もろくなっているのだ。

開ききったその紙には短いものの何か書いてあって───

──そして、それはお母さんの字だった。

 

 

<三玖、貴方は好きになったもののために一生懸命になれる子です。

ゆっくりでも着実に進んでいける子です。

 

三玖、貴方は凄い子なんですよ。

前を向いて下さい。私はちゃんと見ていますからね。>

言葉が、出なかった。やっぱりお母さんは気づいていたんだ。それで、いつか私が気が付くようにこんなことを──

「こんなのっ、気が付くわけ、ないじゃんっ

お母さんっっ!。」

ポタリ、と紙のはしに水滴が落ちる。慌てて目をこするも、涙は止まってくれずにあとからあとから零れ出てくる。

 

そんな私の頭にふ、と安心する重みが乗った。ゆっくりと動くそれはまるでぐずる私をあやしてくれたお母さんの手のようで──

「う、あ、あ、ぁぁああああああああっ!」

それ以上堪えることなんて出来なかった。目の前のぬくもりに顔を埋めて泣きわめく。そんな私をフータローは何も言わずに受けとめて、私が泣き止むまで傍にいてくれた。

「フータロー、ありがとね。」

「…ああ、気にすんな。それより大丈夫か?」

私のせいで汚れた服を気にも留めずに私の心配をするフータローに少し笑いが零れる。

「うん、もうだいじょうぶ。」

「そうか」

 

「わっ、…えへへ。」

フータローはそういって笑い、またさっきと同じように頭を撫でてくれた。

本当に暖かい。こうされると安心するし、それになんだか顔が熱くなって胸が苦しくなる。

「あのね、フータロー。わたし頑張るよ。」

「?」

フータローは私の急な宣言に不思議そうな顔をしている。その顔が面白くて、少し笑ってしまった。

言いたいことが、あるんだ。きっと私が気づいていなかっただけで、お母さんはずっと私を見てくれてた。

…でも、もうお母さんはいないから。

お母さんは私を凄い子だっていってくれたけどやっぱり私は弱いから。だからね、フータロー

「だから見てて、ちゃんと、見ててね?」

「…あぁ、任せとけ。ずっと見ててやるよ。」

 

そう言ってフータローはにっと笑ってくれた。私も笑った思うけど、きっと泣いた後だから変な顔になっちゃってたと思う。

 

 

──私はまだ弱くて、何かに寄りかからないと立っていられないけど。

いつか、首に何もつけなくても大丈夫な日が来るだろうか。

…いつか、一人で、ちゃんと自分の足で立って横に並んで歩きたいから。

 

がんばるよ、だから────

「お母さんも、見ててね。」

きっと、きっと雲の上から見ててくれてる。

頑張りなさい、って

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

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