もしも歳が離れていたら   作:夕暮れの家

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第18話

チャイムの音とともに鉛筆を手に取り、裏返しに机の上に置かれていたテスト用紙を表向きにする。数秒前までは静まり返り異様な緊張感が漂っていた教室には紙をめくる音と名前を書き込んでいるであろうペンの音が一斉に響き渡ることとなった。

───学期期末テストの開始である。

この学校は小中高と一貫であるという珍しさもさることながら、他にも異質な点がいくつかある。その一つがこのテストというわけだ。何が珍しいかというと、まず小中高全ての学年、クラスで同時に中間、期末テストが実施されるというところだ。

流石に小中の生徒が赤点を取ったところで留年はないが、補習はある。そもそも小学生に国数英理社と五科目のテストを中高の生徒同様にやらせている時点で察することが出来るだろうが、教育には大いに力を入れているので、当然補習も厳しいものだ。

そして一花達五つ子は赤点の常習犯であるがゆえに、補習の常習犯でもある。…教師たちには半ば諦められてはいるが。

さらに、日程を合わせるためだか何なのかは知らないが、全てのテストは一日に詰め込んで行われる。

…これがどういうことかお分かりだろうか?中高を卒業した方、もしくは今まさに現役なんです!という方ならわかるだろう。そう、地獄なのである。小学生の頃はまだいい。いや、五教科五時間を一日にやるのは小学生にはつらいだろうがまだいいのだ。

問題は中高だ。通常の中高の中間テスト、期末テストは数日に分けて行われる。科目も増え、テスト時間も増えることもあるだろうが、それによってできた時間でテストの採点をする意図もあるだろう。

しかし、それが一日にすべて詰め込まれる。もう一度言おう。つまり、地獄なのだ。毎回テスト期間に入ると学園全体が異様な雰囲気に包まれ、前日ともなると最早顔が鬼気迫ってくる。

そして全てのテストが終わった瞬間、歓声が響きわたり、前日徹夜で無理をして詰め込んでいた者は机に突っ伏して死ぬ。

そんな一風変わったイベント、それがこの学校におけるテストなのである。

因みにテスト終了後は終業式まで休みになり、終業式の日に一気にテストが帰ってくる仕組みとなっている。

悩んでしまっているのかあまりテスト用紙に何かを書き込む音がいつもよりまばらな気がする周囲をしり目に、どんどんと回答欄を埋めていく。今回の最初の教科は地理だ、暗記教科なのであまり悩むこともなく問題の答えを導き出す。

この調子なら今回も満点をとれる、問題ないだろうと、そう判断して少し手を止める。

少し休憩だ、これからもたくさんあるのだから最初から根を詰めてしまうのはよくない。

朝、全員がふざけながらも緊張した顔をしていたが、自分は励ますことしかできずに送り出すことになってしまった五人の教え子たちに思いをはせる。…あいつら、ちゃんとやれているだろうか。

やれることはやった。限られた時間の中で出来るだけの知識を伝えたつもりだし、あいつらもそれについてきた。

他よりも教えられる時間が短かった奴もいるが、その遅れを取り返そうと必死にテキストにかじりついていた姿も見ていた。

落ち着いてやれよ、お前らなら大丈夫だから。

あれ?この答え回答欄に合わない…。ど、どうしよう?どこ間違えたんだろう?もう解きなおす時間なんて残って無いよ…。

と、とにかくそれでももう一回やるしか…。でもそれじゃあ終わるわけない、よね。

ああっ!こうやってる間にも時計進んでるのに!

思わず頭を抱えてしまう。この問題配点大きいよね…、落としたら、まずいよね…。とにかくやるしかないっと思い立ち、しまいかけていた計算用紙を取り出しなおした。

「あ……。」

『問題を解くときには途中式はちゃんと残しとけ、見直しに使えるし、綺麗に残して置いたら間違えに気づきやすくなるからな。』

途中式ちゃんと残してある!じゃあこれを辿っていけばもしかしたら時間内に終わらせられるかも…。

「むむむ…。」

英文の内容が頭に入ってこない、焦ってどんどん悪い方向に転がって行ってしまっているのが自分でもわかる。何時だってこうだ。分からなくって、それに焦って、そのせいでまた頭が回らなくなって…。それで気が付いたらテストが終わってるんだ。

どうしよう、折角教えてもらったのに、これじゃあ…。

『英文は分からないときは鉛筆か何かでなぞりながら主語、動詞、補語とかの関係を確認してゆっくり読むといい。偶に何も頭に入ってこないときもあるもんな、ゆっくり読み直せばいいさ。別に満点目指してるわけじゃないんだろ?』

すぅ、はぁと深呼吸を一つして英文の最初の単語に鉛筆をあてる。丁寧に、ていねいにと心でつぶやきながらゆっくり読んでいく。

あれ?少し、少しだけ内容わかってきたかも。それに、おちついてきた気がする。時計をちらりと見る。

よし、まだ時間は残ってる。

「もう、ひと頑張りよ、私……。」

歴史なら出来る、でも…。

やっぱり歴史から離れるとわからないや。地理とか、政治の事とか。フータローに教えてもらったと思うんだけどなぁ。

…やっぱり、私じゃ無理なのかな。頑張っても、ダメなのかな。

カラン、と止まってしまった鉛筆が手から離れて音を立てて机に転がった。それで周りの視線を少し集めてしまったが、すでにパニックになってしまっている私には全く気にならなかった。

『三玖、お前は歴史に関してはもう十分知識がある。まぁ偏ってはいるがな…。だから他の知識は歴史に関連付けて覚えてみようぜ。例えばだな──』

…そう、そうだよね。まだ諦めちゃだめだ。歴史に関連させて覚えたんだから、歴史の知識を辿っていけば思い出せるはず。

辿っていくと身振り手振りでどうにか興味のなかった知識を私に覚えさせようとするフータローが浮かんできた。

「ふふっ。」

見ててくれるって、言ったもんね。じゃあ、私も頑張らなくちゃ。

こ、この選択問題ぜんぶ何言ってるか分からないよ…、ちゅうしょうてき?ってやつだよね。まず数を絞らなきゃいけないのにこんなのどうすれば…。

とにかく文章に戻って問題になってそうなところを読み直してみるけどやっぱり何を言ってるのかわからない。どうしよう、もう一回文章全部読み直してみる?でもそんなことしたらほかの問題が…。

『選択肢を絞りたいときは選択肢同士を比べて違うことを言ってる部分だけ文章を確認するんだ、それと必ず、とか絶対、とか言ってるやつは疑ってかかったほうがいい。極論ってやつだ。』

むむ…、よく見てみたらこれ大体全部同じだ。違う部分は…、ここかな。じゃあこの部分だけを探してみよう!

──言われた通り、早とちりしないように、大雑把にならないように。

もう失敗したくないんだ、頑張りたいんだ。風太郎君は私の事をダメじゃないって言ってくれたんだから。

…でもまだ自信をもって大丈夫だなんて言えない。私が失敗した事実は消えてないんだ。

だから頑張って、頑張って今度は──

「すごい、よくやったなって褒めてもらいたいなぁ。」

分かりません…、この実験については昨日やったはずなのに。どうしてもここから先が何をすればいいのか分からないんです。

だって!ここに書いてあることだけじゃどうやったって答えを出せるはずがないじゃないですか!

後一つ…、あと一つなんです。あと一つ条件が分かりさえすれば答えが出るはずなのに…。

『お前は一回解き始めると分からなくてもそのまま突き進んでいこうとする癖がある。分からなかったら一回戻って問題文を読み直してみるんだ。そしたら結構見落としてることがあるもんだからな。』

そうです…、そうですね。一回落ち着きましょう。とにかく最初から確認してみるんです。今回は何もわからない問題はとばして解いているので時間には余裕があるんです。

…まあほんの少しですけど。

でも、解き終わることすらできなかった頃からすれば大きな進歩なんです!

今はまだ、上杉君みたいに満点なんて望むべくもないけど。一歩ずつ進んでいければ、いつかは──

「…なんて、まだまだですよね。」

 

 

「…やめっ!」

全てのテストの終了を告げるチャイムの音とともにかけられた教師の声を聞き、息を吐きながら鉛筆を投げ出すように机の上に転がした。

「ふう……。」

背もたれに全体重を預けるように後ろに少し反る。普段こんなことをしようものなら後ろの人にぶつかりそうなものだが、今日はテストだ、席同士の間隔が離れているからそんな心配はない。周りは友達同士でテストの内容について興奮気味に話し合ったり、苦行が終わった喜びに雄たけびを上げたりしているが、自分はそんなことをするつもりはないし、そもそもする相手もいない。

手早く荷物を鞄に詰め、HRの終了を待つ。とにかく早く帰りたいのだ。集中力には自信があるが、これは流石に堪える。

…それに、自分よりも早くテストが終わっているのでもうとっくに帰宅しているだろうあいつらがどうだったのかも気になるのだ。

「あー、あと上杉は少し残ってくれ、すぐ終わるから。じゃあ解散だ。」

「は……?」

え?俺なんかしたか?記憶をさらってみるが、呼び出されるようなことをした覚えはない。周囲からの訝しげな視線に耐えながら、教卓に向かう。

俺も帰りたかったんだがなぁ…。

「はぁ…、ボランティア、ですか?」

「そうだ、参加したら内申点をやるって話でな。それでも全然人が集まらなかったもんで内申が必要そうな奴に声かけてんだよ。…上杉、お前大学は上目指すんだろ?ならやって損はないぞ、なんせお前基本的に成績優秀なのに体育がな~。」

「く…、拒否権はありますか?」

「まぁあるけどな、別に悪い内容じゃあ無いんじゃないか?お前には。」

「…どういうことですか?」

「ほら。」

短い声かけとともに渡されたプリント、ボランティアの内容についての説明にざっと目を通す。…なるほどなぁ、たしかに考えたほうがいいのかもしれない。体育の成績が絶望的なのは事実だしな、それを補えるというならありがたい話だ。

「…考えておきます。」

「おう、分かった参加だな!じゃあ夏休みの最後、頼むぞ。」

「え、ちょ…。」

「小学校の先生に伝えておくからなー。」

…行ってしまった。相変わらず勝手な人だ。クラスで孤立しがちな俺をちょくちょく気にかけてくれる良い人ではあるのだが、たまにこういう無茶ぶりをしてくる。

まぁ、今回はいいか──。そう思いながら手元のプリントをもう一度見る。

~~小学部林間学校お手伝いのお願い~~

さて…、トランプでも用意しておくか。

 

「さてお前ら…、問題用紙をだせ。答え合わせの時間だ。」

翌日、五つ子のマンションに行き、そういうと全員から疲れただの休みたいだの今日はいいじゃんだの不平不満が出るわ出るわ。

ため息を一つつき、にっこり笑う。目の前の奴らがもの凄く怖がっているような気がするが、そんなの知るか。

「だ、せ。」

「「「「「はい……。」」」」」

全員分の問題用紙を集め、さっさと解いて答え合わせをしようとした、が…。額に手を当て、本日二回目の

「…おい、お前ら!なんで問題用紙に答書いておかないんだよ…、答え合わせ出来ないだろうが!」

「だ、だってそんな余裕なかったんだもん!」

「そんなに早く解き終わらないわよ…。」

「そうだよフータロー、問題解くだけで必死だったんだから。」

「…ごめんなさい、風太郎君。」

「あの…、怒って、ますか?」

不安そうにこちらを伺う様子にぐっと言葉に詰まる。…まぁそうか、たしかに今のこいつらにそこまで求めるのは酷だったかもしれない。これは俺が考えなしだったかも、しれないな。

「怒ってねぇよ…。そうだな、そこまで考えが及んでなかった。今回は…、仕方ないか。」

寄ってきていた四葉と五月の頭をぐしぐしと撫でる。ほら、大丈夫だからもうそんな顔すんなって。…本当にこいつらのこういう顔に弱いな俺は。

「しかし困ったな…、今日は答え合わせと間違えたところの確認だけのつもりだったから他にやるものがない。

いっそのことテスト内容全部解説するか?」

そう聞くと皆仲良くぶんぶんと首を振っている。そうだよな、そんなことしたら何時間かかるか分かったもんじゃない。

…じゃあどうするか、一回帰って教材持ってくるか?でもそれは時間がもったいないしな…。

そう考えていると、不意に横から手を引っ張られた。

「ほらっ!もうやる事ないなら今日はいいじゃん!今日くらいフータロー君も一緒に遊ぼうよっ!」

「一花…、そうはいってもこっちは仕事でぇっ!?こら引っ張るな一花、四葉も!」

「風太郎君遊ぼうよ!ほらここすわって!」

「いいじゃない、ならご飯も食べていきなさいよ。」

「…フータローも人生ゲーム、やろうよ。」

「だがな…、それなららいはにも言わなきゃいけないし…。」

「あ、じゃあ私が言っておきますね。」

「は?何でお前らいはの電話番号知ってるんだよ、おい五月!」

本当にこいつらは…。ただ、昨日までずっと頑張ってたんだし、まぁ、今日だけならいいか。息抜きも大切だからな、あまり根を詰めすぎてもどこかでパンクしてしまうだけだからな。

「…しかたないな。」

「ほんとっ!?」

「あぁっ!やるなら徹底的にやるぞっ!先ずは人生ゲームだな、じゃあ俺が銀行をやろう。」

「の、ノリノリだね…。」

「初めて見るテンションね…。」

「じゃあ私フータローの隣。」

「あっ、ずるいです!」

「よーし、やろう!」

「なぜだ…、なぜ止まるマス全てで金を払わなければならない…。あそこで保険に入っていればっ!」

「一着なのに一番所持金が少ないね…。」

「ま、まぁそんなこともあるわよ。」

「ふ、フータロー、気にしないほうが…。」

「風太郎君弱いですね!所持金私の十分の一じゃないですか!」

「ぐはっ!」

「う、上杉君ーー!」

ペンタゴン最上階の一室の明かりは、その日はいつもより長くついていたという──。

 

 

 

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