終業式、それは夏ならば暑くて暑くて耐えられないような気温の中冷房どころか扇風機すら存在しない体育館とかいう蒸し風呂に全校生徒がまとめてぶち込まれ、全身から噴き出す汗の不快さに耐えながら更に退屈極まりない校長のどうでもいい──、もといありがた~いお話を聞くことを強要され、冬ならば分厚さの足りない制服の生地に内心悪態をつきながら寒さに震えながら整列し、いざ座る許可が出れば思いもよらぬ床の冷たさに震えながらやっぱり校長のお話を聞かされる不合理極まりない行事である。
今すぐに全国の学校は始業式と終業式を放送ですますようにするべきだ、全国の学生を精神的苦痛から解放せよ!
…こんな事を考えてしまっている俺はきっと疲れているんだろう。やはり昨日面白い問題を見つけて明け方まで寝ずに机に向かってしまったのが悪かったのだろうか。絶対そうだな、うん。
正直にいえば、こんな何の得にもなりそうにない話を聞くくらいなら単語の一つでも覚えたいところだが、生憎と勉強道具の類は持ち込んではいけないし、かと言って寝ようとしてもこんな居心地の悪い空間で寝ることなんて出来ない。確実にうなされる。
…まぁ、とにかくなにが言いたいのかというと
「………あちぃ。」
この一言だ。温室効果ガス仕事しすぎなんだよ。いやほんと、まじで。もうちょっとさぼっても怒らないよ?
「……暑い。」
「次、上杉。」
出席番号順に呼ばれてテスト結果と通知表を手渡される。席に戻り、全ての科目の欄に書かれている100という数字を見て、ようやく肩の力が抜けるのを感じた。
今回はあいつらの事に随分と時間を割いたからいつもより自分の勉強の時間をとることが出来なかった。だからなんだというわけではないが、まぁ万が一ということもある。少し、不安だったのだ。
これで今回も学年一位だな、とつめていた息をはきだしつつついでとばかりに通知表にも目を通す。…うん、体育の欄は見なかったことにしようか。もう少しで評定2の教科なんて俺は知らない。
黒板の前に立ち、夏休みの注意事項などを言っている教師の話を聞き流しながら明日からの予定に思いをはせた。当然補習などあるはずもなく、部活にも入っていないので今のところ予定と呼べる予定は入っていない。毎年の事だ、同級生と遊びに行くなんてことは今回もないのだろう。
…まぁ今年はいつもよりは忙しくなるか。本当は宿題を大量に出して家庭教師の回数を少なくすることも考えてはいたのだが、そんなことをしてはあとが怖い。夏休みが終わったあとに気が付いたら文字通り頭がリセットされていましたじゃあ笑えないからな。いつも通りの頻度でいいだろう。
「──夏休みだからと言って羽目を外しすぎないこと、じゃあ終わりだ。いい夏休みをな!」
その言葉とともに一気に騒がしさを増した教室を急いで出る。今日は俺だけのテスト結果が返ってくる日ではないのだ、どちらかというとこちらの方がよっぽど気がかりだった。
あいつら、どうだっただろうか。思ったよりも出来てなくて落ち込んでいないだろうか、別に今回のテストが出来なかったからと言って中学に進学できなくなるわけではないのだが、それでも、だ。
…これから毎回テストのたびに俺はあいつらの結果の心配をしなければならないのだろうか。いつもこんな感じだと心臓が持ちそうもない、それが進級テストだったりしたらなおさらになるだろう。
それまでに心配する余地すらなくなるようにしないとな、そう思って少し気合を入れて図書室に急ぐ。
とにかく後の事は結果を聞いてからだ。
図書館につけば、もう五人ともそろっていた。今日は終業式とそのあとのHRだけだから終わる時間にそこまでの差はないはずなんだが、教師の話が短くすんだとかそんなところなんだろうか。…まあそこは気にしても仕様がない。
さぁ、確認だ。
「じゃあ、一花から順番にだし見せてもらおうか。」
そう言って手を差し出すと、いつもは茶化す一花も今回はまじめな顔をして点数が書いてあるであろう紙を渡してきた。
ゆっくりとその紙を開いて結果を見る。確か、一花が重点的にやってた教科は数理英だったな、さて結果は…。
国:22 数:44 理:31 社:18 英:33
「おぉ…。」
きちんと目標は達成している、確かにギリギリではあるが一花は目標としていた三科目赤点回避をやって見せていた。
「ちゃんと出来てるじゃないか、理科は本当にギリギリだけどな。」
「む!一言多いよ!そこはただ褒めるだけでいいじゃん!」
「よし、次二乃な。」
「酷い!」
腰のあたりにテレフォンパンチを繰り出してくる一花をはいはいとあしらいながら二乃に向き直る。二乃は一瞬躊躇するようなそぶりを見せたが、黙って成績の紙を渡してきた。
国:15 数:20 理:28 社:14 英:40
二乃は俺が紙を開くのを見ると、唇をかんでうつむいてしまっていた。前の一花の点数と比べてしまったのだろうか、それで自分の点数を見て…、落ち込んでしまったのだろうか。
「二乃。」
膝を曲げて同じ目線までおり、そう名前を呼ぶ。手を握りしめ俯いてしまっていた少女はそれにビクッと反応して、ゆっくりと顔を上げた。
「お前、自分の点数見てどう思った?」
「っ!ごめん、なさ……。」
「…あぁ、悪い、そうじゃないんだ。前日頑張ったからもっと取れると思ってたか?」
怒ってるわけじゃない、そう伝えようと出来るだけ穏やかに、そう心がけて質問する。その問いに二乃はこちらが怒っていないと分かったようで、コクンと黙ったまま頷いた。
そうだよな、頑張ってたもんな。見てたよ、知ってるさ、でもな。
「でもな、一花はお前より前から頑張ってたんだ。そりゃあお前よりもいい点数取れるだろうよ。」
その言葉に、二乃は傷ついたような顔をしてしまった。…これは言葉選びを間違えてしまっただろうか、どうもこういうのは苦手だ。らいはにもよくデリカシーがないと怒られる。…そもそもデリカシーとはいったい何なのか。
とにかく、だ。
「今は負けてるのはしょうがない、だからこれからだ。やめたりしないだろ?」
ほら、と言って二乃の頭を少しこずく。本当ならば一日頑張った程度でいい点数がとれるなんて片腹痛いわ!くらいのことを言うところだが、やっと前を向いて頑張り始めたこの子にそんなことを言うのは酷というものだろう。
黙ったままだが確かにうなずいた二乃に成績の紙を返して握らせる。悔しいとおもって、その後頑張れるならばきっとこの子はきっとのびる。俺にできるのはせいぜいそのあと押し程度だ。せめて、努力に裏切られたと後々思うことがないように力を尽くそう。
「じゃあ次は三玖だ。」
「…うん。」
少し離れたところにいた三玖に向きなおって声をかけるとトテトテと擬音が聞こえてきそうな足取りで近づいてきて、紙を渡してきた。…自信があるのだろうか、無言だが早く見てとばかりにグイグイと押し付けてくる。
分かった、分かったからちょっと待ってくれ。そんなにされたら見たくても見れないだろうが!
期待した目を向けてくる三玖を片手で制しながら少しよれてしまった紙を開く。
国:28 数:32 理:28 社:70 英:13
「社会は平均点越えてたんだ。」
あまり表情をかえないままふんすっとばかりに胸を張る三玖を横目に内心の驚きを口に手を当てて覆い隠す。確かに三玖が社会が得意であることは分かってはいたが、まさかここまで取れるとは思っていなかった。
得意なのは歴史に偏っていたので、歴史や地理、政経などの科目が分けられていない小学校のテストでは今のままではあまり点数は望めないと思っていたのだ。
紙に目を落としてすぐに口に手を当て、そのまま反応がない俺の姿に不安を覚えたのか三玖が俺の服の裾を引っ張ってきた。
「ねぇ…、どうしたのフータロー。何かダメだった?」
「ち、違う違う。ちょっと驚いててな…。」
「?」
コテンと首を傾けて何に?と無言で問いかけてくる。本当にあんまり表情動かなくて口数も多いほうじゃないのに分かりやすいな、…将来変な奴に騙されたりしないだろうか、こいつらを見てると少し心配になってくる。
「お前の点数にだよ、頑張ったな、三玖。」
「え?…う、うん!」
「でもまだまだだぞ、もっと取れるさ。」
「…頑張る!」
両手を胸の前で握って気合を入れる三玖に頑張れ、と返して次の四葉の方を向く。
…と、先程までもう少し遠くにいた四葉が直ぐ目の前にいてたたらを踏んだ。あっぶねぇ、もう少しでぶつかるところだった。
「風太郎君!」
「お、おう。」
「見てください!こんな点数初めてです!」
その言葉とともに勢いよく差し出された紙を受け取り、目を通す。そんな俺の様子を四葉は機嫌よさげに両手を後ろ手に組んでリボンを揺らしながら眺めている。…目がきらっきらしてるな。どうですか!って副音声が聞こえてきそうなくらいだ。
国:34 数:09 理科:18 社:30 英:26
…目標達成とはいってないが、二科目で赤点回避ができている。最初のテストで一桁を取っていたことを考えると大きな進歩だろう。ちゃんと頑張ってたのは知ってるんだから、今回だけは数学の一桁点数には目を瞑ってやろう。
…次やったらげんこつだがな。
とにかく、今はこいつを褒めてやらなければ。
「…頑張ったな、ほら。」
「え?…あ、えへへぇ…。」
リボンを崩さないように気を付けながら四葉の頭を撫でくりまわす。…本当に普段人を褒めたりしないもんで語彙力が死滅しがちだ。知識量は豊富だと自負はしているが、こういうところはてんでダメだな。本でも買って勉強するか、とそう思ったが自分の財布の中身を思い出して踏みとどまった。
…また今度にしておくか。
「…よし、最後は五月だな。」
そう言って四葉の後ろにいた五月に手招きする。五月はアホ毛を揺らしながらこちらに近づいてくると、握りしめた紙をこちらに──渡さずに胸元に引き寄せた。
「あ、あのっ!まだ見てないんです、……一緒に見てくれませんか?」
「あぁ、いいぞ。……いいんだがな、五月。」
「?なんですか?」
「紙、握りつぶしてるぞ。」
「え?…た、大変です!」
五月が握りつぶしてしまい、一部しわが寄ってしまった紙を二人してのぞき込む。…なんだかんだ言って五月が一番長く頑張ってるんだ。ちゃんと結果に結びついているといいんだが…。
国:35 数:30 理:61 社:23 英:31
ちゃんと目標の三科目での赤点回避は出来ている、それに理科は60点を超えているな。平均点には届いていないものの、他の科目と比べて流石得意科目といえる結果だな。
「ん……?」
赤点ラインの30点を超えた科目が…、国語に算数、理科、英語…?
「い、五月お前…。」
「う、上杉君…。」
「やったな!目標以上じゃないか!」
「やった!やったよお兄ちゃん!」
そう言って嬉しさ余ったのか飛びついてきた五月をどうにか受け止める。余程嬉しかったようで、やった、やったといいながら服に頭をぐりぐりと押し付けてくる。…本当に、良かった。
今まで頑張っても身にならなかった経験をしてきたからか、五月にはどうにも自分の努力を信じ切れていない節があった。それを考えると…。
いかん、点数でいえばまだまだなのに目頭があつく。
「あの~、五月ちゃん、…お兄ちゃんってなに?」
「「あ」」
「そ、そうよ!なんでそいつのこと…。」
「?フータロー、お兄ちゃんなの?」
「風太郎君がお兄ちゃんなら嬉しいです!」
五月の発言に反応して、一花たちがにわかに騒ぎ出す。確かに自分の妹が知らん奴をお兄ちゃんだなんて呼んでたら騒ぎもするか。とにかく何故か頬を膨らませて不満をアピールしてくる一花とこちらを威嚇してくる二乃に弁解をしようと口を開きかけたが、背後から悪寒を感じて振り返ると──
──図書委員らしき人がにっこりといい笑顔でそこにいた。
「騒ぐなら、出て行ってください、ね?」
「は、はい…。」
有無を言わせぬその様子に俺も一花たちも、黙ってその場をあとにすることしかできなかった。
帰り道、ここ数日の緊張から解き放たれ、元気に夏休みはどこに行きたいか、何がしたいかなどを話し合ってる五つ子を家まで送りながら考える。
今回は努力に見合った形での結果が出てきたが、毎回こうだとは限らない。それに、目標達成できているとは言っても点数的にはまだまだなのだ。…やっぱり夏休みで何とかするしかないよな。
「…なぁお前ら、夏休みは取りあえず三日に一回のペースで授業やるつもりなんだが、もっと少ないほうがいいか?」
「「「「「え?」」」」」
「…え?」
振り向いて全員がシンクロして疑問の声を投げ返してきたので、答えに困っておうむ返しになってしまった。こういうところを見ると、本当に五つ子なんだなと思ってしまう。…いや、全員同じ顔ではあるんだが個性豊かだからな、どうも五つ子であることを忘れることがあるんだ。
「フータロー、毎日来ないの?」
「テスト期間は毎日来てたじゃん!」
「いや、それはテスト期間だからでな…、他のバイトもあるから毎日は無理だぞ?」
「えー!毎日来てくださいよ!私たち頑張りますから!」
「へぇ、あんた他になんのバイトやってるの?」
「ケーキ屋のバイトだな。」
「ケーキ!?行ってもいいですか?」
「き、来ても別に割引なんてできないぞ?」
「いいわよそんなの別に。」
「お店の名前教えてください!皆で行きますから!」
「はぁ…、あんまり騒ぐんじゃないぞ?」
「…甘すぎるのは、あんまり好きじゃない。」
「抹茶味とかもあったはずだが…。」
「ほんとっ!?」
昼下がりの街を六人で並んで歩く。本当にこいつらに関わるようになってから毎日が騒がしいし忙しい。…ほんと疲れるのなんのって。
らしくないことしてるなぁと、そんな声にならなかった言葉はそのまま宙に溶けていく。そんなことを思いながらもおれの口元は弧を描いている。
「あれ?フータロー君なんで笑ってるの?」
「…なんでもねぇよ。」
だって、こんな少し前なら想像もしなかったような毎日が、今は楽しいんだ。
…来年のこの時期、この子たちが全員笑って同じ学校にかようことができるように、そう内心で手を合わしかけて、やめた。
それを実現させるのは──
「俺と、こいつらだよな。」
神仏に頼るのは最後の最後だ。まずは、人事を尽くそうじゃないか。