もしも歳が離れていたら   作:夕暮れの家

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第21話

思うに、夏休みの宿題の片付け方は人によって三パターンに分かれるのではなかろうか。

 

最初の三日で終わらせてしまう者、毎日コツコツ進めていたらいつの間にか終わってた、という者。そしてーー、最後の一日まで手付かずで放置し、焦って徹夜するも結局終わらない者。

自分からしてみれば最後に分類されるものは全くと言っていいほど理解ができない。夏休みを楽しむのはいいが、気になることは片付けておいたほうがよっぽど心置きなく休暇を堪能できるのではなかろうか。

 

ちなみに俺は課題を出されたその日に終わらせる派だ。…そういう奴に限って一行日記とかやるのを忘れるんだって?うるせぇほっとけ、一回それで失敗してるんだから。今年は全部の行を「今日は一日中勉強した」で埋めといたさ。

なぜ今そんな話をしているのかというと、俺の目の前にそんな馬鹿が五人も揃っているからだ。

 

…まったくもって度し難い。計画性ってもんがないのかこいつらには。

「…最低三分の一、いや四分の一くらいは終わらせないと祭りにはいかせんぞ!」

「横暴だ!おーぼーだよフータロー君!」

「そうよ!あんたの出す課題やってたら学校の宿題やる時間なんてなかったのよ!」

「…終わらない、これじゃあお祭り行けないよフータロー。」

「むぅ…、浴衣も用意したんですよ?」

「そ、そうです!なにも今日やらないでもいいじゃないですか!」

「ええい!五分の一に減らしてやるから口じゃなくて手を動かせ!」

尚も文句を垂れ流しながらもなんとか全員が規定量を終わらせることが出来た。花火が始まるまではまだ時間があるが、祭りはもうはじまっているだろう。

 

そのまますぐに向かうのかと思っていたが、何でも浴衣に着替えるとかで少し時間がかかるらしい。着替えるから妹ちゃんを呼んで来いとたたき出された。

エレベーターのボタンを押して、表示される数字がひとつずつ大きくなっていくのを何とはなしに眺める。

もう夏真っ盛り、日もかなり長くなり、もう夏祭りも始まっているであろう時間なのに日はまだ落ち切っておらずちょうど町中が茜色に染まっているような様子だ。

増え続ける階数表示とは反対に、日が落ちていくとともに段々と気温は下がっていく。下がったとはいっても熱帯夜という言葉が表す様にお世辞にも快適な気温とは言えないだろうが、それでも日差しがない分昼間よりはよっぽどましなのだろう。

今日は珍しく体感で涼しい、と言えるくらいには気温が下がっている。僅かに服を揺らす風がいつものような不快さを伴っていないことを確認し、ほ、と安心したように息をついた。

良かった。らいはは体が強くない。昔と比べれば丈夫になったと言えばなったが、それでも暑い中をはしゃぎまわればそれで倒れてしまうかもしれない。ただ、この気温ならばその心配はないだろう。

そう結論付けて、念のため水筒は用意しておくようにと連絡するために携帯を取り出してメールアプリを開くが、それと同時に目の前のドアが開いたのでとりあえず後にしてくかとそのままポケットに突っ込んで“1”と書かれたボタンを押し、早く出発しろとばかりに“閉”とかかれたボタンを長押しする。

…エレベータで居合わせた他人と絶対に目を合わせようとしないあの暗黙の了解は何なんだろうか。

 

こんな狭い空間に知らない人と一緒にいるとなるとどうにも気まずいのは分かるが、そこまでしなくてもいいのではないか。

…まぁそう言っときながらおれもーーー

「わー!待って待ってフータロー君!」

「お、おおっと…。」

ぼーっと変なことを考えていたところに架けられた言葉に反射的に“開”のボタンをおすと、ギリギリで閉まるのをやめて空き始めたドアを通って一花が走りこんできた。

「何やってんだお前…、っていうか早いな?着物ってそんなに簡単に着れるもんなのか?」

「え、えっとね?私は複雑なのが面倒だったから帯の結び目とか後付けなんだ。だから皆よりも簡単に着られるの。」

「へぇ…、そんなのあるのか。便利だなぁ。」

「ふっふー、そうでしょ!」

「お前を褒めたわけじゃないんだが…。」

自分のことでもないのに胸を張って自慢する一花にあきれた視線を送りながら疑問になったことを聞いてみる。一花も含めた五人とは後で合流する予定だったはずだ。

「なんで来たんだ?」

「む、酷い!それにこの格好見てなにかいうことないの?」

「あー、うん…、うん。」

「君に期待したのが間違いだったよ…。

私も妹ちゃんに会っておきたかったの!それに私と三玖だけフータロー君の家行ったことないし…。」

一階につき、空いたドアを抜け、さらにエントランス前の自動ドアも抜けて外に出る。

エレベーターに乗る前は赤かった空もすっかり日が落ちてもう薄暗くなってしまっている。どこからか夏祭りの開催を知らせる太鼓の音が聞こえ、町の空気もどこか浮ついているように思える。

その雰囲気にあてられたのか心なしか先程よりもテンションが高くなった一花をあんまりうろちょろされて迷子になられても困るとなだめながら自宅へと向かう道を歩き始めた。

 

ただ、そんな思惑をあざ笑うかのように監視をするりと抜けた一花は悪戯っぽく笑って此方を横目で見ながら小走りで前に出る。そしてこちらに向き直り後ろ向きに歩きながら何か話し出そうとして…、浴衣の裾を踏んずけてバランスを崩した。

「何やってんだ、せっかくの浴衣が汚れたらどうするつもりだよ。」

「あ、あはは…。ありがと、フータロー君。」 

咄嗟に前に伸ばされた手を掴んで引き戻す。後ろ向きに倒れそうになったことで少し怖かったのか一花の表情は少し強張っていたが、お仕置きだといって軽く頭を小突いてやるとすぐにそんなことは忘れてむくれた表情を見せてくれた。

その後も一花は興奮が抑えられずに絶えず動き回っている。こういうところを見るとやっぱり姉妹なんだなと感じる。普段の四葉にそっくりだ。その頭にはリボンなんてついてはいないし、髪の長さも違うがその姿は重なって見える。

「あんまり動き回るな、また転びそうになっても知らんぞ。」

とはいってもこいつには四葉程の運動能力はない。運動能力が高校生男子としては最底辺の俺でもまだ捕まえられる範疇だ。捕まえてこれ以上動き回るんなら置いていくという脅しで大人しくさせる。

 

…おかしいな、らいはよりも年上なはずなのにどうにもそうは見えない。

「五月や三玖くらい大人しくしてくれたらなぁ…。」

 

 

ガツンと、何か重いもので頭を殴られたような衝撃だった。

置いて行かれないように精一杯動かしていた足も知らず知らずのうちに止まってしまっている。普段の私ならば笑って流せただろう。気にもしないで茶化した答えを返すことだってできただろう。

でも今は、今だけは無理だった。

…今はすこし、後ろ暗いことがあるからだろうか。

「一花?どうした?」

分かっていたんだ。自分は他の子と比べればよっぽど面倒くさく、悪い子であることなんて。飽きやすくて、面倒だって思ったことはすぐに投げ出してしまう。…自分には無理だってあきらめてしまう。

でもね、でも…。頑張ってた、私、最近は頑張ってたんだよ。

比べてほしく、なかったなぁ。

君にだけは。

 

いつまでも、何回でも辛抱強く五月ちゃんが理解できるまで教えてた君だから。私がどんなにからかっても嫌な顔一つしない君だから。

 

…面倒そうな顔はするけど。

周りに合わせるように作った外面じゃない“私”でいても大丈夫だと思った、家族以外で初めての人だから。

“私”を見てほしかった。長女としての私じゃなく、外で皆に嫌われないようにと仮面をかぶってる私じゃなく

 

五人の中の一人でもない私を。

私は今どんな顔をしてるんだろう。フータロー君は…、あぁ、やっぱり心配そうな顔してる。

そんなつもりで言ったわけじゃないんだよね。

分かってる、そんなのわかってるの。私が勝手に変な風にとって、勝手に傷ついて…。

フータロー君にそんな顔をさせちゃってる。

やっぱり私は嫌な子だ。君にそんな顔させたくなんてないのに。

「…一花?」

ここで何でもないって笑えればいいんだろう。笑ってごまかせばきっと深くは聞いてこない。そしたらほら、それでいいじゃん。

じゃあ、それができない私はきっと嫌な子で、ずるい子なんだろう。

「…ねぇ、ふーたろーくん。もし私が勉強よりもやりたいことがあるって、そっちを優先したいっていったなら。どう思う?」

立ち止まってこちらを振り向いているフータロー君に近づいて、その服を掴む。

…あぁ、ずるいなぁ。ほんとうに、嫌な子だ

その時私はどんな答えを期待してたんだろうか。どうでもいいって、つきはなしてほしかったんだろうか。それともいつもみたいに勉強しろ、って言ってほしかったんだろうか。

きっと私は止めてほしかったんだろう。いつもみたいに、アホなこと言ってないで手を動かせ、なんて言ってほしかったんだ。

 

君ならそういうと思ってたから。

「…やりたいことがあるってのはいいことじゃないか。真面目にそのことに向き合ってるってんなら止めはしないさ。」

「………ぇ。」

「勉強以外の選択肢があってもいいじゃないか。失敗したってそこから得られるものもある。何事も挑戦だ。」

だからだろう、言われたことをうまくかみ砕けなかった。理解したくなかったのかな。

 

じゃあフータロー君は、フータロー君は私が何してたっていいっていうの?

わたしはあそこにいなくてもいいって、そういうこと、なのかな……。

「そうなると進学テストが不安になるが…、まぁ一花なら大丈夫だろ。」

なんでよ、なんでそんなこといえるの?私なら、長女だからしっかりやるだろうって。

妹たちがやってるんだから当然だろって、そういうことなの?

 

いやだよ、なんで?そんなこと言うの?

 

“私”を見てよ。

 

 

…やっぱり、“私”なんてどうでもいいのかな。

「一花は要領がいいからな。短い時間でも集中すればたくさんのことが出来る。授業に出れなかったとしても俺が他の時間を使って教えてやるさ。

まぁ…、なんだ。期待してんだよ、お前には。」

「…そう、なの?」

その言葉は、長女だとか、そんな立場もなにもなく、ただ“私”の事だけを見て、考えてくれているものだった。

 

見ててくれるの?見てて、くれたの?

 

望んでいたことだったのに、いざ突きつけられると中々信じられないのは何でだろうか。

 

「お前が頑張ってたところは見てた。優先したいって言っても投げ出したりしないだろ?」

「うん…。期待してるの?“私”に?」

「?あぁ、そうだぞ。…何度も言わせないでくれよ。」

「ふ、ふふ~、そっかそっか!」

嬉しいなぁ、ちゃんと私を見ててくれてた。“私”を、だ。言葉一つでこんなにすぐに気分が高揚してしまうなんて自分でも単純だと呆れてしまうほどだ。

 

…でも、これで決心がついたよ。

「じゃあもっと頑張らなきゃね、期待してくれてるフータロー君のためにもね!」

「…ん?おい今の話はなんだったんだよ。」

「なんでもなーい!」

「そんなわけ…、って走るなって!」

止まれって、それは無理だよフータロー君。だって、だって今とまっちゃったらーーー

君に顔を見られちゃう。

…こんな緩んだ顔、見せられるわけないよ。

 

 

「あ、風太郎君に一花、らいはちゃんも!こっちですよー!」

「わぁ…、並ぶとホントに皆同じ顔だ!すごいね、お兄ちゃん!」

「俺はもう割と見慣れてるんだが…。」

「やっぱり驚くよねー、ね、らいはちゃん!」

「うん!」

らいはと一花を連れて集合場所に到着、他の四人はすでにそこで待っていた。あまり心配はしてなかったが一花もすぐにらいはと仲良くなった。話を聞いた限り二乃とも仲良くなったみたいだし、らいはも仲がいい相手が増えて嬉しそうだ。

後は…、三玖だが仲良くなれるだろうか。三玖どうも人見知りするようなので、すぐには無理だろうが…、周りに姉妹が皆いるんだ、俺が心配しても仕方ないだろう。

とにかく夏祭りだ、花火はどこぞの店の屋上をかしきっていてそこで見るらしいので場所取りの必要はない。ならそれまでは屋台を回っていて問題はないだろう。それにしても花火一つにそこまでするのか…ブルジョワだな。

「花火は何時からだ?」

「19時から20時まで。」

「じゃあそれまで屋台行こー!」

こいつらはいつも騒がしいが、今日はいつもに増して騒がしい。一花一人をあんまり動き回らないように抑えるのも大変だったのに…、五人となるともうこれ無理なんじゃないか?

「らいは、はぐれないように服でも掴んでろよ。」

「はーい。」

「らいはちゃん、金魚すくいやりましょう!」

「あ!やるやる!」

「ってひっぱるな!」

「四葉お前…、これは取りすぎだろ。店がつぶれる、飼える分以外返してこい。」

「えー!せっかく頑張ったのに!」

「これじゃあ他の人が楽しめなくなるだろ、ほれ、早くいけ。」

「むー!」

「ほれ、もう機嫌直せよ。」

「納得いかないです!同じ顔なのに一花にだけおまけだなんて…」

「か、髪型の問題だったのかなぁ…?」

「…もう一個買ってやるから機嫌直せ、な?」

「ほんとっ?」

「このお面、かわいい。」

「お、おう…。かわいい、か?」

「うん、かわいい。すみません、これください。」

「…それひょっとこじゃね?」

「あんまり時間もないの!行くわよ!」

「随分張り切ってんな。」

「当り前よ!…花火はママとの思い出なんだから。毎年絶対に皆とみるの。」

「…なるほどな。」

それは皆張り切るわけだ。母親との思い出、誰よりも家族を想うこいつだもんな。たった一時間のためだけにわざわざ店の屋上を貸切るくらいの価値がそこにあるんだろう。

しかし人が多くなってきた。出来るだけ気を配ってはいるが、様々な屋台に全員が気をとられていて、どんどん間がはなれていってしまっている。四葉とらいはなんて特にだ。

「おおいお前ら!このままじゃはぐれる!屋台はもうおわりにーーーー」

『大変長らくお待たせいたしました。まもなく開始いたします。』

アナウンスとともに周りにいた人が一斉に同じ方向に動き始めた。全員を集めようとした俺の声はかき消され、まだ見えていた全員の姿は人ごみに消えて行ってしまっている。

「くそっ、このままじゃ全員はぐれるぞ!」

なんとか流されないように踏ん張りながら周りを見渡す。せめてすぐ近くにいた二乃だけでも合流を…

「痛っ、誰よ足踏んだの!

…みんなどこ?ねぇ四葉、一花!五月!三玖!…上杉!」

「…いた!」

身長故押しつぶされそうになっている二乃をみつけ、どうにかこうにか人ごみをかき分けて傍まで行く。

「二乃、はぐれないようにここ掴んでろ。」

「あ…、ありが、とう。」

「とりあえず借り切ったていう店のところまで行こう、道教えてくれ」

「う、うん!」

時間をかけてなんとか人ごみをぬけ、借り切ったという店に着いた頃にはもう花火の開始時間ギリギリになっていた。もしかしてと思い、周りを見渡してみるも誰一人として他の奴の姿は見えない。

「ここか?」

「ええ、もう皆来てるはずよ!」

最初の打ち上げに間に合うように店の人に謝りながら階段を駆け上る。果たして最初の一発にはどうにか間に合ったが、屋上にはーーー誰もいなかった。

「…おい。」

「どうしよう……、そういえばこのお店の場所、私しか知らない…。」

花火特有の破裂音が辺りに響き渡る。普通なら絶対に見ることが出来ないほど綺麗に見えるが…、残念ながら今ここにいるのは二人だけだ。

 

…迷子探しか。この場合誰が迷子になるんだ?もしかして傍から見たら俺たちも迷子だったりするのだろうか。

 

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