もしも歳が離れていたら   作:夕暮れの家

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第22話

人の少ない夏祭りなんて嫌だ、屋台の少ない夏祭りは味気ないものだ、なんて殆どの人は言うだろう。

ただ、今このときだけは普通に歩けるくらいには人が減ってくれないか、と切に願ってしまうのは果たして間違っているのだろうか。

今更ながら花火を見るために移動する人や我関せずと屋台をみて回る人の波に揉みくちゃにされながら思わずため息をついてしまった。

こんな調子では見つかるものも見つからない。もし何かの軌跡で視界の中に入ってきたとしても見失ってしまう。

それにいくら夜で涼しいと言っても夏は夏だ、こんな人が多いところでとどまっていては暑くて暑くてたまったものではない・

額から流れ落ちる汗を拭いながら目的地に向かって一歩踏み出した。

 

あの後慌てて探しに行こうと踵を返した二乃を止めて決めたことは幾つかある。

探しに行くのは自分一人であること、二乃はここで他の皆が来るのを待っていてほしいこと。

そして、連絡できる四人に電話をして居場所が分かれば風太郎に教えること。

二乃の電話番号は持ってなかったのでその場で交換した。

「よし、じゃあ頼むぞ。取り敢えず四葉と一花に電話をしてくれ。」

「う、うん…。五月には?」

「五月の電話番号はしってるからな。」

「なんでよっ!あ……、そ、そうだったわね。」

「?もう行くからな。」

「うん、行ってらっしゃい…。

あ!ちょっと!ちょっと待って!」

「ぐえっ」

走り出そうとしたところに思いっきり服を引っ張られたので首が閉まった。

思わず変な声が出た上に咳き込んでしまった。何するんだとばかりにその元凶に視線で抗議すると、なにやら下の方を指差して興奮している。

「あれ!あれ三玖じゃない?」

「あー…、確かにそうだな。」

その指の指し示す方をたどってみると確かに見覚えのあるひょっとこの面に長めの髪が見てとれる。

三玖は祭りの喧騒から外れた少し暗いところで膝を抱えて座って小さくなっている。おそらくあの面がなかったらここからでは見つけられなかっただろう。

何がどう役に立つかは分からないものだ。そう思いながら不安そうに周りを見回している子の元に急いだ。

人混みを掻き分け掻き分け、時に迷惑そうな表情を向けられながらもやっとこさ三玖を視界に捕らえた。…と思ったらまた浴衣を着た一段に遮られてしまって喉元まで登ってきていた名前を呼ぼうとした声は溶けて消えた。

 

急ごうとすればするほど人の流れに逆らうようになってしまって進めなくなってしまう。どうにか手を前に差し出してその一団を突破することに成功する。

「三玖!」

気づいてくれれば儲けもの、それで此方に来てくれればなお良い。そんな気持ちで声をかけた。

その声は祭りの喧騒に掻き消されてはっきりとは届かなかったようだ。

ただ、呼ばれた気がした。そんな程度だったのか俯いていた顔をあげ、周りをキョロキョロと見渡している。

もう一度、手を振りながら声をかけると此方に気づいたようで、目があった。

「ふ、フータローっ!」

余程不安だったのか、泣きそうな顔をしている。

無理もない。五人のなかで一番気弱な子だ。急にこんな人混みのなかに一人で放り出されたら怖かっただろう。

此方の姿をみとめ、走ってこようとしたのか勢いよく立ち上がったが、動き出す前に足が力が抜けたかのようにがくんと折れ、前のめりに倒れてしまった。

足を挫きでもしたのか、そのまま立ち上がれないでいる。

 

二乃の時もそうだったが、この人ごみの中では小さいと潰されてしまいがちだ。三玖も人に流されていく中でそうなってしまったのだろうか。

「大丈夫か、立てるか?」

「ううん…、ごめん。足、踏まれちゃって。」

そう言われてみると、足の甲が赤く腫れている。歩きなれていない格好で、さらに足をけがなんてしていたら普通に歩くのは無理だろう。

取りあえずの応急処置で腫れているところを布で巻いてやる。

「ほかの奴らがどこに行ったか分かるか?」

「分かんない…、皆はぐれちゃったの?」

「あぁ…、二乃だけは借りた店の屋上にいる。あそこなんだがな。」

「…ちかいね。」

足の応急処置を終わらせ、そのまま手を取って立たせる。三玖はどうにかそのまま一人で立とうとしているようだが、怪我をした方の足に体重がかかるとやはり痛いのか顔をしかめてまたバランスを崩す。今度は倒れることがないように支え、声をかけた。

「仕方ない…、三玖、おぶされ。」

「え…、いいの?」

「お前くらいなら大丈夫だ。早くしろ、時間がない。」

「う、うん!」

後ろでおずおずと動く気配がして、ぽすっと

背中に重みが加わった。

 

軽い、一花もそうだったがこの子もだ。絶望的に力がない自分が言うんだから相当だ。

もっと食べろよ、五月を見習え。

 

三玖の倍は軽く食べているであろう五月も全く同じ体格なのは不思議だが。

 

「…ふふっ。」

 

「どうした、なに面白いことでもあったか。」

 

「ううん、何でもないよ。」

 

先程まで一人でいることが不安で目尻に涙を溜めていた子は、今は自分の背中で機嫌良さげに笑っている。

 

遠慮がちに肩に置かれるだけだった手は首にまわされ、首を絞めないように気を使ったのか力はほんの少しだけこめられている。

 

顔が近い、暑苦しいと突っぱねようかとも思ったが、今は良いだろう。

 

顔は見えないが 、笑っているのだ。それならば仕方ない。

 

…本当に、こいつらには甘いなと少し自分も笑った。

 

 

 

「そこからあいつらを探してくれないか?四葉か五月ならすぐにわかるだろ。」

「なんでわかるの?」

「リボンとアホ毛。」

「…なるほど。」

三玖を背中に乗せたまま祭りの会場を進む。怪我人をおぶっているのが効いたのか、さっきまでよりもよっぽどスムーズに進むことが出来た。

 

そんなことならば自分よりも小さい子の足を踏んで怪我させるなんて事をするな、なんて思ってしまうのだが、犯人がここにいるとも限らない。

 

言っても仕方ないだろう。

周りを見て回るだけではらちが明かない。道行く人に聞いて回ることにした。

こういう時は五つ子というのはとても便利だ。三玖に顔を上げてもらって同じ顔を見ませんでしたか?と聞くだけで済む。

五月らしき子を見た、という人の話に従ってその場に向かうと確かにそれらしきアホ毛が人ごみの中で揺れているのが見えた。

 

いや、見つけたのは俺よりも高い目線で探している三玖だったが。

「二乃~、ぐすっ、三玖、四葉ぁ。上杉君、どこですかぁ…。」

「五月、泣いてるよ。」

「あぁ…、もっと早くに見つけてやれればよかったんだが。…五月!」

さっきの三玖は泣きそうになっていただけだが、五月は思いっきり泣いていた。

三玖と顔を見合せ、声をあげて名前を呼ぶ。

 

五月はその声で此方を向き、パッと明るい表情を浮かべて駆け寄ってきた。

 

「う、上杉君!どこ行ってたんですかっ!迷子ですよまいごっ。」

「いや、迷子はお前だろ。泣いてたし。」

「泣いてませんっ!」

「五月、私もいる。」

「…三玖?どうしたんですか?怪我したんですか?」

やっと家族と合流できたので安心しているのだろうか。目元を赤くしながらも泣いてなんていないと言い張る姿に笑いが零れる。

 

五月が泣いているところなぞ何回か見ているから別に誤魔化さなくてもいいだろう、というと、五月にはそういう問題じゃないんですっと怒られ、背中の三玖には思いっきり耳を引っ張られた。

お前も泣きそうになってただろ、と背中に向かって言うと更に頬も引っ張られた。

 

ともかく後三人だ。花火の時間はあと四十分ほど、一旦二乃に連絡をとって現状を報告することにした。

なんだかんだ言っても二乃だって家族と離れて今は一人でいるんだ。少なからず不安に思っているだろう。

三玖と五月と無事に合流できたことを知らせる。二乃には一花と四葉に電話をかけてくれと頼んでいたはずだ、と思い聞くと、四葉は連絡がついてらいはと一緒に二乃のいる店に向かっている事を教えてくれた。

ならあと一人だな、と少し安堵の息を吐きつつ一花はどうだったんだ、と聞いてみる。

「一花は電話に出てくれないの。

…ねぇ、どうしよう。一花に何かあったのかもっ!」

電話口から聞こえてくる声は必死だ。見えはしないがその顔もきっと切羽詰まっているのだろう。

 

人が多かったからなどと言い訳をしようと思えばいくらでもいえる。だが、元はと言えば自分が目を離したのが悪い。監督不行き届きってやつだ。

何としてでも見つけ出す、そう約束して電話を切り、探そうと足を踏み出したところで横から袖を引っ張られ止められた。

 

五月が何か言いたげにしているのだ。そういえばいつの間にか背中の三玖と話していた声が聞こえなくなっていた。

電話をしていたので、気を使わせてしまっただろうか。

「あの、一花なら私見ました。」

「なにっ、どこでだ、どっちに行った?」

「お、落ち着いてフータロー。」

五月の話を聞いてみると、俺たちと合流する少し前に遠目に一花を見つけたらしい。

 

それなりに距離は離れていたそうなので見間違えも疑ったが、それは絶対にありませんっと、頬を膨らませながら否定された。

それならばなぜ五月は一人でいたのか、という話なのだが…。

「知らない男の人と一緒にいた?」

「はい…、でも無理やりという感じではなく知り合いみたいで。その…。」

「声がかけられなかったと。…まぁいいさ。それでどっちに行ったんだ?」

「あ、あっちだったと思います!」

折角見つけたのだから自分が声をかけていれば良かったと謝ってくる子に気にするなと言い、言われた方向に急ぐ。この場合は五月は何も悪くない。

…それよりも今は一花だ。さすがに走るときには人を背負ったままだと大変なので三玖は五月に頼んで見ていてもらうことにした。

 

場所はちょうどすぐそばにあった時計塔の下だ。あそこならば見失うことなんてないだろう、自分が戻ってくるまでそこを動くなと言い含めておいた。

ーー息が切れる、普段走ったりなんてしないから急に動いたせいで足の筋肉が悲鳴を挙げている気がする。これは明日筋肉痛だな、と思いながらも足を止めるわけにはいかなかった。

思い出すのは二乃が家を飛び出して行ってしまった時の事だ。あの時は一緒にいたのは親父だったが、今回はそんなことはない。

 

五月は親父と一回顔を合わせているし、そうならそうというはずだ。

本当に五月にーー、こいつらに会ってからは走り回ってばかりだ。精神的にも肉体的にも疲れさせられる。

走り続けること少し。屋台もまばらになり、人も少なくなってきた祭り会場の端で、見覚えのある柄の浴衣が見えた。

 

一花だ、そう思い、早く追いつくべく足に力をこめる。

声の届くくらいの距離までより、声をかけようと手を上げかけたが、その場の雰囲気に押されてついその手を下げてしまった。

一花はこちらに背を向けており、その表情を窺うことは出来ない。

 

ただ、何か確固たる意志をもってそこにいるのだということだけは察することが出来た。

ばれないようにすぐそばの物陰に身を隠してすぐ、一花と向き合っていた男の人が口を開いた。

「一花ちゃん、それでもう心は決まったの?」

「…はい。」

「!!じゃあ子役をやってくれるのかい?嬉しいよ、一花ちゃんならきっとすぐにでも役がとれるようになる!」

聞こえてきた予想外の内容に思わず声をあげてしまいそうになり慌てて両手で口を押えた。

 

つまりはこういうことなのだろうか、一花はあのおっさんにスカウトでもされてて、今その返事をしている。

今日の一花の様子がおかしかったのもこのせいだろうか。

…いや、十中八九このせいだろう。あいつが言っていた勉強よりもやりたいことっていうのはこの事なのか?

一花が決めたことならば俺にそれに口を出す権利など無い。夏祭り前、日が落ちた家までの道であいつに言った通り俺は一花が遅れをとらないようにカバーしてやることくらいしかできない。

 

ただ、何だろうな。口でもああいったし、実際そうするべきなんだろうと思っていても少し、少し引き留めたいなんて思ってしまう。

子役と言えど芸能人の端くれのようなものだ。もし役をもらえるようになれば勉強の時間をとるのは至難の業になるだろう。

 

もしもそうなってしまった時、いくら一花自身が頑張っても他の四人と違う学校に行くことになってしまいかねない。

つい数時間前の自分と正反対の事を考えてしまっている。それだけ混乱しているのだ。ああもうっと小さく声に出して頭を掻きむしった。

「じゃあ取りあえず直近のオーディションを受けてみようか?一応渡しておいた台本のやつ、今日あるんだけどーーー」

今日?これから?冗談じゃない!それじゃあこいつらがみんな揃って花火を見ることが出来ないじゃないか!

 

母親との思い出なのだと、少し寂しそうに笑った二乃の顔が頭をよぎる。

それだけは止めなければならないと飛び出したのとーーー

ーーー 一花が深く頭を下げたのは同時だった。

「でもごめんなさい、お断りさせてください。」

今まで一花が話を受けると思って話していた髭のおっさんも、もちろん俺も予想を裏切られて硬直してしまった。

「スカウトしてくださったのは本当に嬉しいです。仕事場まで見せていただきました。でも、でも今はやらなくちゃいけないことがあるんです。」

「君は才能がある!磨けばきっと光るはずなんだ。……もったいない気もするけどね。」

「…ちゃんと私を見てくださってありがとうございます。でも、

才能がない“私”でも、期待してくれる人がいるんです。」

「…そうかい、それなら仕方ないね。でも今はなんでしょ?また、声かけさせてもらうからね。」

「ッはいっ!ありがとうございます!」

物陰の後ろに戻って座り込み、頭をかいた。

…最後に言っていた頑張らなきゃ、というのはそういうことだったのか。

 

思わず緩んでしまった口を押える。なら、俺もその覚悟にふさわしいくらいに頑張らなければいけないな。

「わっ!ふ、フータロー君?なんでここに居るの?」

「あー、焼きそばを買いに来てな。」

「焼きそばの屋台なんてここにないけど…。」

「……」

「……」

「はぁ…、お前を探しに来たんだよ。行くぞ、皆待ってる。」

「ちょ、ちょっとまって!…もしかして聞いてた?」

「…何のことだ。」

「あー!目逸らさないでよ!絶対聞いてたでしょ!もー!」

さっきまで真剣な雰囲気で自分の選択を語っていた少女は今は横で頬を膨らませている。

 

きっと悩んで悩んで出した答えなのだろう。…選択肢があるのはいいことだ、俺が言ったことだ。

選択肢があって、そのうえでこちらを選んでくれたなら後悔なんてさせないようにしないとな。

「やる気が有り余ってるようだなお姉ちゃんよ。これから思う存分しごいてやる、覚悟しろよ。」

「…うんっ!覚悟したよ!」

そう言って元気よく一花は笑った。ご丁寧に敬礼姿勢までとってだ。

笑ってその頭を乱暴にかき混ぜてやる、なんだか悲鳴を挙げてるが知らん。

電話にも出ずに心配かけたんだ、髪が多少乱れるくらい甘んじて受け入れるといい。

 

 

結局全員がそろって花火を見ることが出来たのは二十分ほどだった。

 

本来の半分にも満たない時間だ、悪かったと二乃に謝ったが、全員で見れただけで充分だと笑っていた。

ただ、やはり全員がそう思っているわけではなかったようで、今は四葉の提案で公園で買った花火セットで花火をしているところだ。

らいはも、五つ子も皆楽しそうに走り回って楽しそうに宙に幻想的な軌跡を描いている。

 

…俺はベンチで休憩だ、無理して動き回りすぎた。今日は昼の一件と言い一花の子と言い、胃に穴が開きそうになることが多すぎた。

本当に今日は疲れたーーーーー

「あれ、フータロー君寝ちゃってるね。」

「…目開けたまま寝てるわね。」

「フータローと線香花火したかったのに…。」

「…風太郎君、大丈夫かな?」

「し、仕方ないですよ!今日は私たちの為に走り回ってくれてたんですよ?」

本当に…、私たち皆君にはお世話になってばっかりだよ。迷惑だって思われてないかな?

空いたままの瞼をそっと閉じさせ、無防備な頭にそっと触れてみる。

「…ありがとう。」

直ぐ近くにいる姉妹にも聞こえないくらいの大きさでつぶやいた。…私たちの為に頑張ってくれたんだよね。

「今日はおやすみ。」

その寝顔に向かってそっと微笑む

「これからもよろしくね、ーーー

ーーー君が先生で、良かった。」

 

 

 

 

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