もしも歳が離れていたら   作:夕暮れの家

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第24話

「暑いよ…、フータロー君!こんなんじゃ集中できないよ!」

あぁもうっと声を上げて一花が後ろに倒れこんだ。その額には汗が滲んできている。その横で黙々と課題に取り組んでいる五月も時折手に滲む汗のせいで腕に紙がくっついてきて不快そうだ。

「そろそろ扇風機で誤魔化すのも限界ね…。」

二乃ももう限界のようで、後ろに手をついてげんなりとした顔をしている。三玖に関しては少し前にノックアウトされて今は冷たい麦茶を飲みながらの休憩中だ。

四葉だけは元気そうだ。この子は毎日走ってるからな。ただ元気は有り余っていてもこの暑さで集中するのは難しかったようで先程から色んな事に気を散らしまくっている。

さて、普段から家に冷房など無いためまだ我慢できている俺はともかく、こいつらにはこの暑さの中で勉強に集中しろというのはやはり酷な話だったようだ。

 

今日はいつものようにこのマンションに来てドアを開けたら、いつも通り冷気が外に流れ出すのではなく、むしろ外よりも暑いんじゃないかと疑うほどの熱気を叩きつけられたから驚いた。

聞くと、冷房が壊れてしまったそうだ。昨日までは普通に動いていたのにいつの間にか、とのことだ。今日は目覚まし時計じゃなくて寝苦しさに起こされたと三玖が少し疲れの残る顔で教えてくれた。

 

起きざるを得ないくらいの暑さだったため、いつもは寝坊する一花まで皆と同じくらいの時間に起きだしてきたそうだ。なんか皮肉よね、二乃が笑って言っていた。いつもはどれだけ起こしても起きないのに…、と遠い目もしていたが。

いいのかお姉ちゃんよ、妹に結構言われてんぞ。

なにはともあれ、このままでは勉強どころではない。唯一勉強に集中できているといってもいい五月の集中力だって長くは持たないだろう。そう思って五月の横まで行き、一旦休憩にしようと声をかけた。

それを聞いた五月は、ふっと体の力を抜いてーーー

ーーーそのまま机に突っ伏した。

「…おい、大丈夫か?」

「上杉君…、喉渇きました……。」

「あぁはいはい、持ってきてやるから。」

冷えた麦茶をもっていってやると、ゆっくりと起き上がって両手でコップをもってちびちびと飲み始めた。リスかよ。

 

便乗して持ってきてほしいと言っていた一花と四葉にも運ぶのを手伝ってくれた二乃と手分けしてわたしてやる。

そしていったん座ってどうしようか考えようとすると、後ろから五月に服の裾を引かれた。

「お腹もすきました……。」

「……お菓子でも食うか。」

少し呆れた顔をした二乃がお盆にお菓子を載せて持ってきてくれたので、それを囲んでの作戦会議だ。俺の隣には五月が座っている。

 

一人でソファーの方に座ろうとしたのだが、服をしっかり握られて動けなかったのだ。そんな捨てられた小犬のような眼をされたら無下にもできん。

 

どうも昨夜暑くてあまり眠れなかったくせに無理して集中力を続かせていたようで今は眠いようだ。さっきからお菓子を食べながらも時々目をこすっている。

「さて、こんな事じゃ今日はもう勉強なんて無理だろ。休みにするか。」

そう宣言すると、先程の五月のように机に突っ伏していた一花が起き上がって声を上げた。

「勉強しなくていいっていうなんて…、ホントにフータロー君?」

「お前だけ課題増やしてやってもいいんだぞ、そんなにやりたいなら。」

「あ…、ふ、フータロー君だぁ…。」

ひきつった顔であはは、と笑いながら引き下がった一花は、となりの二乃に自業自得よ、と小突かれていた。

 

一花は余計なことを言っては毎回課題を増やされそうになってあわてている。なんだかんだ今までは本当に課題を増やしたことはないのだが、一回くらいはやるべきなのだろうか。

「とにかく、今日は無理そうだからこれで終わりだ。課題もなしだ、ゆっくり休め。」

「か、帰っちゃうの…?」

 

これ以上ここにいても意味ないしな、と荷物をまとめて立ち上がろうとしたら、やっぱり服を掴んだままだった五月に止められた。

 

…いつもの敬語も抜けちまってる、無理はするなとあれほど言っておいたのにな。

 

根を詰めすぎるのも良くない、そう言ったって五月には頑張り過ぎてしまうところがある。

 

「ほれ、俺がここにいてももうやることないからな。

…あぁもうそんな顔するなよ、分かったよ、もうちょっと居てやるから。」

 

頑張り屋でいつもはあまり積極的に甘えてくることがない末っ子にたまに甘えられるとどうも断れない。

 

そう苦笑して、まだ眠そうながらも先程よりも機嫌よさげにまたお菓子を頬張る五月の隣に腰掛け直した。

 

 

 

 

 

さて、そんなことを言っても今はこの家の冷房は壊れている。

 

普段は景色が綺麗だという利点が目立つ最上階も、今は日差しを遮るものがなにもないという欠点が全面に押し出されてきている。カーテンを閉めても部屋の気温が段々上がってくるのを感じる。

 

とにかく、このままこの家に留まると暑くて死にそうだ。

 

まだ帰らないにしても何か対策をしなければなるまい。

 

「取りあえずお前は寝とけ、ほれ、そんなんじゃ起きてるほうがつらいだろ。」

 

ちょうど横でこくりこくりと船をこぎはじめていた五月を立たせて自室へと向かわせる。まだ昼ご飯まではいくらか時間がある。その間だけでも寝ることが出来れば少しは元気になるだろう。あとで扇風機も部屋に持っててやろう。

 

「……寝たら、帰らない?」

 

「はぁ?」

 

部屋の前でドアを開けてやると、今までよりも一層、いっそう強い力で服を握りしめられて引き留められた。思わず眉をひそめて俯いたままの五月を見やる。さっきまだいるって言っただろ、とも離してくれ、とも言うことが出来なかった。。

 

「…五月、」

 

「ほら、もう寝ちゃいなさい。こいつは帰っちゃうような薄情者じゃないって知ってるでしょ?」

 

「…二乃、でもぉ。」

 

「…大丈夫だから。」

 

どうかしたのか、という言葉は下から扇風機を運んできてくれた二乃に遮られた。二乃は閉められたドアに手を当てて少し考えこんだ後、こちらを向いて、言った。

 

「…ちょっと、聞いてくれる?」

 

 

 

 

 

「五月はね、寂しいのよきっと。」

 

「…どういうことだ?」

 

二乃は、壁に体重を預けながらそんなことを言った。どういうことだ、とは言ったがもちろん言葉の意味が分からないわけではない。いままでも偶にこんなことはあったから分かってもいる。

 

ただ、今日は今までのそれとはどこか違う気がしたんだ。

 

「私たちのママが死んじゃったのは知ってるでしょ?

それでね、パパはそのあとに私たちを引き取ってくれた人なんだ。

…ママが死んじゃう少し前までは、ちょっと知ってるだけの、他人だったんだ。」

 

こちらに目線を向けないまま二乃は話す。二乃とってもあまり触れたくない話なのだろう。平静を装っていても、手は強く握りしめられて震えている。

 

「おい、無理しないでも…。」

 

「いいから聞いてっ!!」

 

大声に反応して、階下にいる奴らがどうしたのかと心配そうに声をかけてきた。なんでもない、なんでもないとどうにかなだめて向き直る。二乃はごめんなさい、と小さくつぶやいた。

 

「最初はね、五月は新しく来たパパに積極的に話しに行ってたのよ。

ママがいなくなって、自分が代わりになるって言ったってやっぱり甘えられる人が欲しかったのかもね。」

 

でもね、パパは忙しいでしょ?と諦観交じりの笑顔を浮かべる、そのいつも見せている強気なものとは全く違う表情に、声をかけることが出来なかった。

 

「あんまり家にいないのよ。偶に私たちが起きてる時間に来てくれて、少し話せても絶対に朝起きたらいないの。それで、私たちも、あの子もちょっとずつ、ちょっとずつ諦めていちゃった。言いたいことが言えなくなっていっちゃった。

あの子ね、誰にも言わないけど泣いてたのよ。寂しいって。

だからね、えっと、えっと……。」

 

手をあたふたと動かしながら言葉を探す二乃の頭を撫でてやってその言葉の先を遮る。小さな声で髪が乱れるじゃない、と不満を溢されたが、笑って無視だ。

 

「帰らねぇよ、さっきも言ったしまだ昼にもなってないしな。」

 

「…ぅん。」

 

寂しいのは五月だけみたいな言い方をしてたが、きっと二乃も多かれ少なかれ寂しい思いはしていたんだろう。そうでなければさっきの五月みたいに俺の服を掴んできたりしない。

いつだってしっかりした、背筋が伸びた姿を見せてくれる二乃だって家族を亡くした一人の女の子だ。失念していた。どこかでこいつなら大丈夫なんじゃないか、という思いがあった。

 

…もっとしっかりしないとな。

 

 

 

 

 

 

「そういえばお前らって、マルオさんとそんなに仲良くないの?」

 

「…あんまり話したことないのよ。いつも仏頂面だし、口数も多くないじゃない。」

 

「…電話でもか?」

 

「うん、大抵私たちの方が一方的に話してるだけなの。」

 

「(…あの人絶対なに話していいか分からなくなってんだろ)そ、そうか…。」

 

「そうなの、パパは私たちのこと嫌いなのかな…?」

 

「それはない、断じて。」

 

「そ、そうなの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プールにいきましょう!」

 

そのあと少しして一階に降りると、やけにテンション高めの四葉に絡まれた。

 

「プールですよ、プール!涼しいじゃないですか!」

 

「いや、それは分かるんだがな…、なんで急に?」

 

プールだプールだと飛び跳ねながらアピールしてくる四葉の頭を上から押さえつけながらその後ろから近付いてきた一花に尋ねる。お前暑いのに本当に元気だな、少し分けてほしいくらいなんだが。

 

「ご、ごめんね、涼む方法を考えてたら急に言い出しちゃって…。」

 

「まぁそれはいいんだが…、で、どうなんだ?」

 

「へ?」

 

「お前は行きたいのか?」 

 

「あー、それは…。」

 

「はっきり言えよ、まったく…。」

 

少しの時間綿綿と視界をさ迷わせた後、遠慮がちにこちらを見上げながら頷いた四葉の頭を軽く小突く。

こいつは夏祭りの日からなんだか少し遠慮が見られる。いや、遠慮なのかは分からないんだが、前よりも少し避けられている気がするのだ。

 

「二乃と三玖はどうだ?」

 

「わ、私も?えっと、涼めるなら行きたい、かも…。」

 

「フータローとプール、行きたい…。」

 

「二乃はもっとわがまま言ってもいいんだぞ?三玖を普段の一花を見習えよ。」

 

しかし、全員行きたいのか。五月は寝てるから分からないが、皆行きたいというのだから、どうせ行くことになるだろう。

俺としてはどこかの公共施設で涼みたい気分だったのだが…。

 

こいつらも頑張っている、ご褒美ってことならまぁ良いだろう。ごく最近夏祭りにも行った気がするが、まぁ気にしないでおこう。

 

「…よし、じゃあ行くか。」

 

「本当ですかっ?」

 

「あぁ…、でも俺水着もってないな。」

 

「大丈夫です!大体の物はプールで買えるので!」

 

「そうなのか?それならいいんだが。」

 

「じゃあさっそくーーー」

 

「まて、まだ昼ご飯たべてねぇし、何よりまだ五月が寝てんだろ。」

 

そ、そうでした…と笑う四葉のリボンを一通りひっぱってやってから、冷たいお茶を持ってきてくれた二乃に礼をいって座る。

涼みに行くと決まったといっても、五月がおきて、昼ご飯を食べてからだ。

 

それまではあと少し、この暑さに耐えなければなるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プールだー!」

 

「あ、おい走るな!」

 

「あっ、屋台!なんか屋台がありますよ上杉君!唐揚げが食べたいです!」

 

「おまえさっき昼ご飯食べたばっかりじゃん…。」

 

『そこの女の子、プールサイドを走らないでください。』

 

「あーもう!す、すみませんホントに!」

 

「フータロー君、ほら、泳ごうよ~。」

 

「お前ら頼むから大人しくしてくれ…。」

 

プールについた、ついたはいいのだが泳いでもいないのにもうヘトヘトだ。思えば夏祭りの時のことから、こいつらが大人しくしないことなんてわかりきっていたことなのに…。

 

何も言い含めておかなかった少し前の自分をぶんなぐってやりたい気分だ。いや、何か言っておいたとしてもどうせあんまり変わらなかっただろうが。

 

取りあえず目の届かないところにはいくなとだけ言い含めたが、分かってるにか分かっていないのか微妙なところだ。一花は四葉に引きずられてすぐにプールに入れられていた。

 

そのあとをこちらを振り返りながらも二乃が続き、さっきから唐揚げ唐揚げうるさかった五月も連れて行ってくれた。ありがたや。

 

少し深めの場所もあるプールだったので、心配してみていたが、分かっているようでそこには近づかないようにしている。やはり水が冷たくて気持ちいいようですぐにはしゃいだ声を挙げながら水の掛け合いを始めていた。

 

「…さて。」

 

そういって横で浮き輪を抱えたまま動こうとしない三玖に声をかけた。

 

「で、お前はいかないのか?」

 

「…ううん、い、いくよ。」

 

何かがあやしい。さっきから目が泳いでるし、なによりこいつだってプールに行きたいって言ってただろ。

 

「お前もしかして…、泳げないのか?」

 

「う…、ち、違うもん!」

 

「…泳げないんだな、そうならそうとーーー」

 

「お、泳げるから!」

 

「あ、おい!」

 

そういって勢いよくプールの方に走って行ってしまった。さっきプールサイドは走るなとあれほど…、しかも入っていったあの場所はなぁ…。

 

「ふ、フータロ~……。」

 

「はぁ、やっぱりか…。」

 

一番深いところに行ったらそうなるだろ、そこお前の身長よりも深いからな。はぁ、浮き輪を持っててくれて助かった。そうじゃなかったら確実に溺れていた。

 

「ほら、そんな深いところはやめとけ。あいつらと同じくらいのところで普通に遊べばいい。」

 

「むぅ、フータローのバカ、ばれたくなかったのに。」

 

「…いや、無理だろ。」

 

「~~ッ~!」

 

「痛い痛いから叩くな!」

 

 

 

 

「しかもさっきの自爆だし…。」

 

「……。」

 

「痛い!痛いって!」

 

 

 

 

 

さて、俺は涼みたかっただけだし、余りあいつらから目も離したくなかったので基本的に見守っているだけのつもりだったのだが、それがあいつ等には気に入らなかったらしく無理やりボール遊びに参加させられた。

 

運動は苦手だと何度言ったら…。どうにもこいつらには何度言っても通じないらしい。

 

「てやぁ!」

 

「あだぁ!」

 

四葉が打ったボールが頭に直撃する。少し痛む額をさすりながら恨めし気に四葉を睨むが、明後日の方向を見て口笛を…、吹けてないな。

 

「ちょ、ちょっと休憩させてくれ…。」

 

「えー?フータロー君まだあんまり動いてないじゃん!」

 

「おれはお前らみたいに元気じゃないの…。」

 

プールサイドの日陰に座って一息つく。本当に元気なもんだ。一人かなり疲れた顔した奴もいるが、まぁ大丈夫だろう。それでも楽しそうだしな。

 

そう微笑ましいな、と思ってみていると。四葉が一人上がってこちらまで歩いてきた。

意外だ、あいつは休憩なんてせずにずっと遊ぶと思ってたのに。

 

「いいのか、遊んでなくて?」

 

何も言わずにすとんと自分の隣に収まった四葉に声をかける。トレードマークのリボンは濡れてもいいやつに変えているらしい。そこまでしてつけなくてもいいんじゃないか?というと、大事なことなんだと怒られた。

理由を聞いても笑ってはぐらかされてしまったが、譲れないということはよくわかった。そこまで言うことでもないだろう。

 

「風太郎君は、五月に甘いですよね。」

 

「そうか?」

 

「そうです!その…、ずるいです!」

 

「何がだよ。」

 

なぜか拗ね気味の四葉が言う内容をまとめると、なんでも自分もじぶんも!だそうだ。よくわからんが…、とにかくなにか我儘を聞いてほしいのだろうか。

 

「わかった、分かったから…。何か一つ我儘聞いてやるよ。」

 

「本当ですか!?じゃ、じゃあ…、

 

 

一緒に、遊んでください…。」

 

「…ああ、任せとけよ。」

 

 

 

 

 

その後、体力を気にせずに遊び倒したせいで次の日筋肉痛と日焼けの痛みにに苦しむことになったのはまた別のお話。

 

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