もしも歳が離れていたら   作:夕暮れの家

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第25話

「おぉ風太郎!旅行行くぞ!」

「温泉ーっ!」

「はぁ…?」

帰るなりテンションの高い親父のドアを開けての第一声がそれだった。いや、テンションが高いこと自体はいつもの事なのだが、今回は玄関まで出迎えに出ていたらいはも一緒になって騒いでいる。

らいはが一緒になって騒ぐとは珍しいこともあったものだ。いつもならご近所様の迷惑になるでしょ!といって止める側なのに。

旅行だのなにしようかだの二人で楽しそうに話し始めたのを留め、詳しい話をきく。確かに旅行に行けるとしたら行きたい気持ちはある。それに、うちは貧乏なので旅行なんてここ数年では言った記憶なんてない。だかららいはは覚えている限りでは家族で旅行なんてしたことがないのではなかろうか。長期休暇のたびに友達がどこへ遊びに行った、そこで何をしたかなんて言う話を聞いて、顔には出さないけれどうらやましい思いをしていたことはしっているのだ。

「まてまて、旅行つっても費用はどうするんだ?うちにそんな金ないだろ……。」

「ふっふっふっ…、聞いて驚け風太郎!これを見ろ!」

「それなら見て驚けじゃないのか…?ってどうしたんだこれ?」

「温泉旅館の宿泊券だ、マルオから送られてきてな~。明日からお盆休みだ、折角だし行こうぜ?」

「そうだよ!行こうよお兄ちゃん!」

「いや、行くのはいいんだが…。それ、二枚しかなくね?」

「ああ、お前は自腹だ。」

「嘘だろ!?」

自腹といわれてもらいはが喜んでいるから行かないとも言えず、どうしたものかと悩んでいたら背中からもう一枚出してきた親父に大笑いされた。子供みたいなことずるんじゃないと無駄に高いところにある頭をしばこうとしたらひょいと避けられてまた笑われた。

 

手渡されたチケットをまじまじと見つめる。間違いなく温泉旅館の宿泊券だ。あまりにも唐突だったのでもしかしたら詐欺にでもあったのかと疑ってしまったがその線はなさそうだ。そもそもマルオさんからのものだしな。

とにかく、マルオさんには感謝しなければならないだろう。どういう意図があってこの旅券を送ってきてくれたのかは分からないがおかげで親父も、らいはも喜んでいる。

…本当にあの人には頭が上がらない。

何をもっていこうかだの、何が食べてみたいだのと楽し気に話し始めた二人を横目に、そんなことを考えながら参考書のページをめくった。

「もうっ、お兄ちゃんも考えてよ!」

「あでっ!…らいは、お盆は俺の頭を叩く用の武器じゃあないんだぞ?」

「ほら、一緒に荷造りするよー!」

「はいはい…。」

 

 

船、ここはフェリーの上だ。親父とらいはは横でトランプをやっているが、俺にはそんな余裕はなかった。船酔いをしてしまったのだ。車などでは酔うことはないので油断していたのだが、どうも船はダメらしい。念のために酔い止めを飲んでおけばよかったなんて今更考えても後の祭りである。

いつもならばらいはがこんなにはしゃいでいるのは珍しいので嫌な気分になどなるはずもないのだが今この時だけは頭に声が響くので少し…、いやかなりやめてほしい。…そんなことを思ってはみても死んでも口には出せないが。

……うっ、気持ち悪い。

「…お兄ちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫……うっ。」

「はっはっはっ!だらしねぇな風太郎!船酔いくらい気合でどうにかしろよ!」

「無茶言うな…。」

そんなにつらいなら甲板の方に出たらどうだ?という提案にありがたく乗って、船上に続く階段を上る。こういう時は自分の体力のなさを恨みたくなる。船酔いに体力はあまり関係がないのかもしれないが、少なくとももう少し体力があればまだましだったのではなかろうか。

「おぉ…。」

実を言うと船に乗るのは初めてだったりする。船上に出てすぐは強風に顔をしかめたが、それも慣れてしまえばそうということはない。それよりも今まで見たことのない景色に目を奪われていた。

「水平線なんて初めて見たな…。」

見渡す限りの青、旅行先の島は思ったよりも遠いようで、まだその影は見えてきていなかった。その代わりに見えるのは水平線だった。確かに地球は球体であることを示す様に歪曲していることが見て取れる。

家にはテレビなんてないため、人生で初めて見るその景色に先程まで苦しんでいた船酔いすら忘れて見とれていると、腕にピトリと冷たいものがあてられた。

「のわっ!」

予想もしていなかった事態に思わず体がのけぞってしまった。またも親父の仕業かとその顔があるはずの場所を振り返って睨みつけるも、誰もいない。そのまま下に視線をずらして行くと…、いた。

俺の反応が思ったよりも大きかったのでびっくりしたのか、おそらく先程あたった冷たいものであろう缶ジュースを差し出した姿勢のまま固まってしまっている。

「…三玖、お前何でここに居るんだ?」

「なんでって…、フータローは旅行でしょ?」

「あぁ、そうだが…。」

「うん、私たちも。」

「そうなんだけどなぁ…。」

どうにも要領をえない。俺たちも旅行で、三玖、こいつがいるなら他もいるだろうから三玖達も旅行。こんなところにいるのだからそれは分かるのだが、そうじゃないのだ。

偶然行先と行く時間が一致したと考えられなくもないが、それにしては三玖が驚いていないし、そもそもいると知っていたかのような態度なのだ。

「俺がこの船にいるって知ってたのか?」

「?…うん、知ってたよ?」

疑問に感じたことを尋ねてみれば、帰ってきたのはあっさりとした肯定、しかもなんでそんなこと聞くの?なんていう言葉が聞こえてきそうなほどの不思議そうな表情と傾げた首のおまけつきだ。

これは俺が悪いのだろうか?

何とも納得のいかない話である。

「…なんで知ってたんだ?」

「え?だってお父さんが手紙と一緒に旅行券送ったって…、一緒に行かないかって誘ったって言ってたから。」

「聞いてねぇぞ親父ぃ…。」

またも原因は自分の父親である。このごろ疲れ果てる原因は大体は騒がしい五つ子達だが、それはもとはといえば父親のせいでもある最近はこんな事ばっかりだ…、と思わず頭を抱えてしまった。おずおずとした手つきで背中をなでてくれる三玖の思いやりに泣きそうになる。

「だが…、お前だけか?ほかの四人は?」

「お父さんがフータローがこの船にいるかもって言ってたから…、探しに。」

「…何人か迷子になってそうだな。あとそのジュース、美味しいのか?」

「抹茶ソーダ、美味しいよ?…飲んでみる?」

「い、いや。遠慮しておく。」

折角のお盆休みに温泉旅行、久しぶりにゆっくりできると思っていたら直ぐこれだ。どうやら今年の夏休みは、どうあってもゆっくりすることは許されないらしい。

「?フータロー?どうしたの?」

黙ってしまった姿に不安を覚えたのか、首を傾けながら訪ねてくる三玖の頭を少し乱暴に撫でた後、勢いをつけて立ち上がる。その拍子に船の揺れに足を取られて転びそうになったが…、まぁそれはご愛敬だ。

「よし、あいつら探しに行くか!」

髪の毛が乱れたのが不満なようで、頭を押さえながら頬を膨らませてこちらを見上げる三玖の手を引いて座っていたベンチから立たせてやる。

「…探しに?」

「船の中俺を探し回ってるんだろ?…五月なんて絶対迷子だ。島に着く前に見つけてやらんと。」

いつの間にか目的の島を視認できるところまで来ていた。思ったよりも長い時間船上に出ていたらしい。相変わらず強く吹き付ける潮風に目を細めながら、これから始まるであろう騒がしい数日間に思いをはせた。

「おいおいマルオ!なんでここに居るんだよ、聞いてねぇぞ!」

「あのチケットと一緒に手紙を送っていたはずなのだが…?」

「はぁ?そんなの……、あったかもしれんな。」

「はぁ…、見もせずに捨てたな?これだからお前は…。」

島に到着した後、無事に全員合流を果たしてそのまま旅館に向かっていた。知ってはいたとしても親父とマルオさんが知り合いだということは正直あまり実感がわいていなかったのだが、先頭の方で仲良さそうに話しているのを見ると実際そうなのだろう。

マルオさんの表情はやっぱり変わらないままだが、その雰囲気はどこか楽しそうだ。

「パパがあんなに楽しそうにしてるのなんて初めて見たわ…。」

「そうだね、いつもああなら怖くないんだけどなぁ。」

隣を歩く一花と二乃はそんな見たことのない義父の様子に驚いているようで、興味津々だ。マルオさんとの関係は二乃からも聞いていた通りあまりいいものではなかったようなので、この旅行を通して少しでも関係改善してくれればいいと思う。

 

「そういえばなんでお前らはこの島に旅行に来ることにしたんだ?行っちゃあ何だが…、あまりメジャーな場所じゃないだろ?」

 

「…おじいちゃんが旅館やってるの。」

 

「あぁ…、なるほどな。」

 

船着場から旅館までは徒歩ではそれなりの距離があるようだ。荷物は最低限にしておいたおかげで俺はまだ大丈夫だが、五人の中で一番体力のない三玖はすでにきつそうだ。

 

「…ねぇ、あと、どれくらい?」

 

「あと半分くらい残ってるわよ?」

 

「無理…、ぜったいむり…。」

 

「あぁもう、荷物持ってあげるから頑張りなさいよ!」

 

「三玖はいつもそうだよねぇ~。」

 

 

先頭に親父とマルオさん、そのすぐ後ろに元気いっぱいの四葉とらいは、そして五月。それにすこし遅れて一花、二乃、三玖、そして俺だ。

 

いつもならば五月も四葉にはついていけなくてこちら側なのだが、今はらいはに久しぶりに会えたのと旅行ということでテンションが上がってついていけているようだ。

 

船内では見事に迷子になってたのにな。予想どおりあのまま探しに行かず放っておいたら一人だけ船から降りれないなんてことになっていたかもしれない。

 

毎度毎度手間をかけさせる、と機嫌よさげに揺れるアホ毛をジッと睨んでやると、何か悪寒でも感じたのか五月はぶるっと背筋を震わせていた。

 

 

 

 

 

「ついたー!」

 

「たーっ!」

 

「ホントに元気だな四葉…、らいはも…。」

 

「…つかれた。」

 

旅館に到着したのはそれからさらに二十分ほど歩いた後だった。四葉とらいはは相変わらず元気いっぱいに両手をあげて目の前の旅館に向かって歓声を上げているが、三玖なんて疲れすぎて語彙力が死滅している。かくいう俺も途中から二乃の代わりに三玖の荷物を引き受けていたのであまり人の事を言えない状態だ。

 

「あれ~?情けないなぁフータロー君!もっとがんばろうよ!」

 

「うるせぇ…、課題増やすぞ…。」

 

「ふぇ?ほーぼーふぁー!」

 

膝に手を当てて休んでいる俺が面白かったのか、一花が背中をつつきながらからかってきたので頬を指でこねてやって撃退する。最近の一花はこれをやると早めに大人しくなるのだ。こいつは何をいっても懲りてくれないのでこの手段には随分と助けられている。

 

こねくり回してやる度に変な声が出るので、なんだか面白くなってきて続けていると不意に後ろから肩に手を置かれ、耳に他の誰にも聞こえないくらいの声量のしゃがれた声が届いた。

 

「…孫に手ぇ出したら…、殺すぞ…。」

 

「はぁっ、はいっ!」

 

思わず素っ頓狂な声が出てしまった。急いで振り返ると、そこには親父とマルオさんに挨拶すら老人の姿があった。間違いなく先程の声を出したのはあの人なんだろうが、今の見た目と先程の声がどうにも一致しない。

 

「どうしたのフータロー君?」

 

「…あの爺さん、おっかないな。」

 

「…?優しいお爺ちゃんだよ?あんまり喋らないけど…。」

 

優しい、か。早い話じじ馬鹿という奴なのだろうか。それならば納得できる。そう考えてみるとマルオさんと少し似ているのかもしれない。しかし、見る限りあの二人は血のつながった親子という感じではない。それならばあの人は母方の祖父なのだろう。

 

…それでも、どこか似ている。あいつらを大切に思っているところとか、怒らせたらダメそうなところとかな。

 

とにかく、この旅館ではあの爺さんを怒らせないように気を付けないとな。また一つ疲れがたまる原因が増えたことに、ひそかにため息をついた。

 

 

 

 

「うわぁ、凄い!」

 

「おぉ……。」

 

「なかなかいい部屋じゃねぇか!」

 

割り当てられた部屋はそれなりに立派な和室だった。どうにも小学校の修学旅行の部屋を思い出してしまうが、それは言ってはダメだろう。窓から見渡すことのできる景色は京都のそれとは随分違ったものだし、そもそも一緒に泊まる相手が級友ではなく家族なのだ。

 

「さて、何しようか…。」

 

「温泉入ろうぜ、温泉!」

 

「まだそんな時間じゃないだろ…。」

 

既に着替えとタオルまで準備して温泉に向かう気満々の親父をはたいて止める。まだ昼過ぎだぞ、なに阿呆なこと言ってるんだ、というとそれがいいんじゃねぇかと真顔で返された。その様子をニコニコ笑いながら見ていたらいはは、今は部屋に置いてあったテレビに夢中になっている。

 

仕方ないな、家にはテレビなんてないから見ようと思ったら友人の家でしか見ることは出来ないし、自分の自由に番組を変えることは出来ないだろう。次々とチャンネルを切り替えてみては目をきらめかせて食い入るように見入っている。

 

これは暫くてこでも動かないな、と親父と顔を見合わせて苦笑しその場に腰を下ろした。

 

「風太郎。」

 

「…なんだよ。」

 

「オセロでもやるか、久しぶりに。」

 

「ははっ。そうだな。」

 

親父が荷物を最大限詰め込んだキャリーバッグからオセロを引っ張り出してくるのを頬をついて待っていると、不意に携帯が鳴った。差出人は五月で、内容は…、あぁ、なるほど。

 

「らいは!五月達が部屋でゲームやるそうだ、行くか?」

 

「いくっ!」

 

「よおし、行って来い!俺は親父をオセロでぶちのめしてからいくから。」

 

「おぉ?上等じゃねぇか!」

 

テレビの前から動きそうになかったらいはは、その一言であっさりと部屋から出て行ってしまった。メールでは俺も御呼ばれしていたが、その前に親父の先約がある。

 

親父と向かい合ってオセロをするなんて何年ぶりのことだろうか。もう思い出せないくらい前の事だ、最後にやったときはどちらが勝ったのだったか。

 

「…なぁ風太郎、お前変わったよな。」

 

パチリと、親父が盤面に置いた黒が白一つひっくり返して黒に変える。

 

「そうか?」

 

パチリ、パチリと一手ごとに目まぐるしく盤面の様子は変わっていく。随分と懐かしい感覚にすこし口の端の方が上がってしまっているのを感じる。

 

「あぁ、いい方向に変わったよ。よく笑うようになった。」

 

「……。」

 

「五月ちゃん達のおかげなんだろうなぁ!はっはっは!」

 

「ほれ、角とった」

 

「んなぁ⁉」

 

珍しくまじめな表情で話す親父がなんだか照れ臭く、つい誤魔化してしまった。いつの間にか昔負けっぱなしだったオセロでは親父に勝てるようになってしまっていた。負けてふてくされて、それを笑われていた俺はもういない。

 

…でも、なんだろうな、こういうのは。多分こういうんだろう。

 

目の前で口に手を当てて真面目にああでもないこうでもないと試行錯誤している父親の姿を見やって、ばれない様に自分も口に手を当ててほんの少し笑った。

 

 

ーーーー幾つになっても、親にはかなわない。

 

 

 

 

 

 

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