もしも歳が離れていたら   作:夕暮れの家

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第26話

さて、旅行に来た時にやることと言ってまず一番に思い浮かぶことと言ったら何だろうか。そりゃあ場所によって変わりはするだろうが、大多数が思い浮かべるのは観光だろう。

 

そもそも観光が目的で旅行をするのが大体なのではなかろうか。ただ、こと今回に限ってはそうではなかった。俺たちは昨日急にここに来るのが決まったのでまずこの島に何があるのかなんて知らないし、五月たちは実家に帰省しているようなものだ。

 

自然、昼下がりに到着したとはいってもなし崩し的にこの日はまぁ外に出なくてもいいか!なんてことになってしまった。

 

そして五月たちの部屋で持ち込んできていたらしいボードゲームや、テレビゲームを騒ぎながらやること数時間。親父はマルオさんと一緒に温泉に行ってくるそうだ。先ほど機嫌よさげに日本酒片手に温泉のほうに向かっていった。

 

温泉につかりながら一杯やる算段らしい。頼むから飲みすぎないでくれ、とだけ釘はさして置いた。普段ならば絶対に聞くことはないが、今日はマルオさんが一緒にいる。まぁあまり心配しなくてもいいだろう。

 

そして、今の俺が何をしているかというと

 

「…おい、こんなの分かるわけないだろ。無茶言うなよ。」

 

「わ、分からないよ~!五月さん、手ぇ挙げて!」

 

「さすがに引っかからないだろそんなのには。」

 

全員が五月の格好をした五人を前にして、五つ子ゲームなるものを仕掛けられていた。一人一人の強烈な個性のおかげでこの頃はあまり感じなくなっていたのだが、いざ全員に同じ格好をされるとこいつらが見た目だけは全く同じだということを思い知らされる。五つ子ってすごいな。

 

正直言うと全く分からないのだ。隣にいるらいはもお手上げなようでどうにか本人たちから聞き出してやろうという方向にシフトしている。それではまったく意味がない気もするのだが。

 

「お母さん曰く、“愛”があれば見分けられるらしいです。」

 

「なんだそのトンデモ理論…、っていうかお前五月だろ!口調的に!」

 

「さぁ~、どうかなぁ?」

 

「くっ、今度は一花に見えてきた…。」

 

その後も俺とらいははむきになってどうにか見分けてやろうといろいろ試してみたものの、見た目は全く同じなのでやはり無理なものは無理であった。いや、あんなの無理だって。

 

こいつらも昔は全員全くおなじ格好をしていたらしい。今と違って髪型も全員同じだったそうだ。今はその当時と同じ髪型なのは二乃一人になってしまっているようだ。

 

なんでか理由を聞くと、なぜか一人思いっきり顔をそらしたやつがいたが、全員同じ格好なので誰か分からない。諦めるしかなかった。

 

久しぶりに全員同じ格好なのが楽しかったのか、それとも俺とらいはの反応が面白かったのかは知らないが、暫くそのままでいるそうだ。お爺ちゃんに見せるんだと言って楽し気に出て行ってしまった。

 

騒がしい奴らが出て行ってしまい、一気に静かになった部屋でらいはと顔を見合わせてから、どちらからともなく噴き出した。

 

「片づけるか。」

 

「…そうだね!」

 

ボードゲームやらなにやらがやった後そのままに散らかされている部屋を見回してため息をつく。そしてひょいひょいと手慣れた様子で片づけを進めていくらいはと、いつも問題を起こしてばかりの五人組とを比べてまたため息をついた。

 

らいはのほうが年下なんだよなぁ……。

 

 

 

 

 

「”愛”があれば見抜けるって言ってたけど、私だって五月さんたちは大好きなのに!

 …なんでみわけられないのかな。」

 

「あぁ、そうだな…。長いこと一緒にいれば自然と分かるようになるかもなぁ。」

 

「それじゃだめなのー!」

 

 

 

旅行という非日常にいたからか、随分と注意力が散漫になってしまっていたと自分でも思う。とにかく、そのとき俺も、らいはもきづくことができなかった。

 

 

ーーー全てが同じに見えた五人の中に、一人だけとても思いつめてしまっている奴がいることに。

 

 

「…上杉君。」

 

旅館の人に夕食の準備が出来たと言われ、自分の部屋に戻る途中で、マルオさんに出くわした。温泉からはとっくに上がっていたようで、髪の毛も全く濡れた様子は見えない。

 

親父が酒を持って入っていたのですこしは酔っているのかとも思ったが、まったくそんなことはないようだ。気になって訪ねてみると、酒はめでたい日しか飲まないんだ、と返された。

 

「あの子たちの後でいい、零奈に…、あの子たちの母親に挨拶してやってくれないか。

 君ならきっと零奈も喜んでくれる。」

 

次いで発せられた言葉には、即座に返答することはできなかった。あいつらの母親…、そうか。その名前すら自分は知らなかったことに今更ながら気が付いた。あいつらの母親ならばきっと綺麗な人だったのだろう。

 

「分かりました。…お墓はどこにあるんですか?」

 

「ああ…、そうではないんだ。墓は此方にはない。墓に入れるための遺骨をとりに来ているんだ。」

 

「そう…ですか。」

 

聞くことを間違えた、と思った。直ぐにわかることだったのかもしれないが、口に出しては言いにくいことだったに違いない。

 

「その…、すみません。」

 

「いや、いいんだ。きっとあの子たちももう挨拶は終わっただろう。案内するよ。」

 

マルオさんに案内されて入ったのは客室とは全く違う、誰かの私室だったと一目で察せられるような部屋だった。その部屋の中に、ポツンと一つだけ部屋に合わないものがあった。遺影と、簡易的な仏壇だ。

 

遺影に写っている人は、やはりとてもきれいな人だった。その写真は薄く笑っていたが、後でマルオさんは少しでも笑っている写真を探すのにとても苦労したんだ、と寂し気に笑いながら教えてくれた。

 

仏壇の前に座り、手を合わせる。お盆だからといって帰ってきている死者の声が聞こえたなんてことはもちろんなく、部屋の中は静かなままだ。

俺はこの人のことをほとんど知らない。ただ、あいつらを見ていればどれだけあいつらが母親を大好きか、どれだけ母親に愛されているかは少しくらい分かるというものだ。

 

(…俺にできることはあまりない。でも、あなたが不安に思わないくらいにはあいつらが笑えるように全力を尽くしましょう。

だから、安心してください。)

 

なんて、偉そうに。自分が思ったことを自分で思い返して心中で苦笑した。そもそも俺は家庭教師で、あいつらはその生徒だ。俺はこんなことを言える立場にない。

 

ただ、あいつらに必要とされている間は自分にできることはやろうと、そう思った。

 

 

 

 

 

ーーだからだろうか、一瞬、なにを言われたのか分からなかった。

 

「---家庭教師をやめてください。」

 

「…本気か?」

 

「えぇ。」

 

普段とは全くちがう余所余所しい態度で、五月の姿をした”誰か”は、俺に向かってそう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に用意されていた夕飯を親父とらいはと自分の三人で食べ終わったあと、俺は旅館の中庭に向かっていた。夕飯前、五月に相談があると呼び出されたのだ。因みに本当に五月かどうかはアホ毛で確かめた。さすがにあのどんなにやっても重力に逆らおうとする不可思議な存在が他の四人にもあるとは思えないので、あれは五月で間違いないだろう。

 

…とはいえ、ここは初めて来る旅館の中。見事に中庭とはどこかが分からない。とりあえず受付に行こうと歩いていると、前に五月と思われる後ろ姿が見えた。

 

「…五月!」

 

一瞬名前を呼ぶのを躊躇いはしたが、違ったならそう反応してくれるだろうと思ってそのまま声をかけた。

 

「…あ。」

 

「ちょうどよかった、俺も中庭に行くところだったんだ。…だが場所分からんからここでもいいか?

なんだよ話って…。」

 

「え、えと…。」

 

五月は少しためらう様子を見せたが、すぐにこちらを真っすぐに見て口を開いた。

 

「上杉君は、私たちの関係をどう思っていますか?」

 

「…家庭教師と生徒だろ?他に何があるってんだ。」

 

突然の問いかけに、訝りながらも答えを返す。わかりきっている事だろうと五月に視線を投げると、そこには何かに耐えるように唇を引き結んだ五月がいた。

 

「では…、なぜあなたは私たちの家庭教師をしているのですか?」

 

「それは…。」

 

それは、あまり考えたことのない問いだった。理由は…、あるんだろうが今すぐに言葉にしろと言われると難しい、漠然としたものだ。

 

「報酬が高いからですか?」

 

「…まぁ、それもあるな。」

 

「じゃあ、報酬が良ければ教えるのは誰でもいいんですか?」

 

「…そんなわけ」

 

「でも見分けられなかったじゃないですかっ!ちゃんと“私たち”を見てないんじゃないですかっ!」

 

咄嗟に言い返すことができなかった。俺がこいつら五人を見分けられなかったのは紛れもない事実だったから。そのことで、俺の中に迷いが生じてしまっていた。俺は、こいつら一人一人のことを見ているつもりで、本当はそうではなかったのではないか、と。

 

黙り込んでしまった俺を見かねたのか、再び五月が口を開く。

 

「…勝負をしましょうか。”私はだれでしょう?”

あなたがきちんと私たちを見てくれているなら、分かるはずです。

もし分からなかったのなら、この関係に終止符を打ちましょう。

 

 

 

ーーーー家庭教師をやめてください。」

 

「…本気か?」

 

「えぇ。」

 

そういって五月、いや、五月の格好をした誰かは俺の目を真っすぐに見返してきた。冗談を言っている雰囲気ではない。いわれたことをうまくかみ砕くことが出来ずに混乱している俺をしり目に、そいつは踵を返して部屋に戻ろうとしてしまう。

 

「お、おい!もっと説明をーーー!」

 

とにかくもっと詳しい話を聞かなければならないと手を伸ばして引き留めようとしたが、その手は相手の肩をつかむことはなく、そのまま俺の体は宙に舞った。

 

「…は?」

 

状況が分からず痛む背中を抑えながら上をむくと、ついさっきまで死んだように微動だにせずにカウンターに座っていた爺さんそこにいた。どうも俺はこの爺さんに投げられたらしい。

 

「…孫に手をだすなと、言わなかったか?」

 

耳元で殺意満点の声音で言われた言葉に、俺の思考は停止した。

 

…もう、わけわからん。

 

 

 

 

 

五月の格好をした誰かは、気づいた時にはいなくなっていた。

 

とりあえず、中庭に行くとしよう。

 

「あの~、中庭ってどこですか?」

 

「そこだ」

 

「わぁ、すぐそこ。」

 

中庭は受付から本当にすぐそこのところにあった。見てみれば、そこに立っている五月の姿も見える。

そこに似るなら、先ほどの俺たちに気が付いても良さそうなものだが、どうも先ほどまで俺たちがいた廊下はあそこからは視覚になっているようで、気が付いた様子はない。

 

「あの、爺さん。あいつはいつからあそこに?」

 

「…お前さんらが言い争ってる時からいた。」

 

「そ、そうですか…。因みに俺と話してたのは誰か分かったりします?」

 

「……、それを言ったら意味がないだろう。」

 

「…そうですね。」

 

とにかく、あれは五月ではないということは分かった。五月も何か俺に話があるらしいが、俺もこのことを五月に少し相談したい。

 

早く考えをまとめて、どうにかしてあれが誰か突き止めなければならない。

 

 

 

ーーーもう一度見つめなおそう、なぜ俺がこいつらの家庭教師をしているか。

 

 

 

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