もしも歳が離れていたら   作:夕暮れの家

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第28話

わずかな仕草や声、ふとした癖でおのずと見分けられるようになる。そしてそれはきっと愛と呼べるとあの爺さんは言った。しかし、それは長い年月をあいつらと過ごしていく中でだんだんと培われていくものなのだろう。

 

俺はあいつらとは家族でも何でもない。ただのやとわれの家庭教師で、言ってしまえばただの他人なのだ。足りないのだ、積み上げてきたものが、決定的に。

 

もし、もしだ。あいつらを中学校に進学させることに成功してこの関係が終わっても尚あいつらとの関係が切れなかったとして。

 

俺があいつらを見分けることが出来るようになるのはいったいいつになるのだろうか。爺さんの言った愛、他人とのかかわりをほとんど持ってこなかった俺にそんなことが出来るようになるのだろうか?

 

砂浜で何か珍しいものでも見つけたのか二人で額を突き合わせて一か所をのぞき込んでいる一花と二乃を眺めながら考えをまとめようと顎に手を当てる。

 

偽五月は自分の正体を当てられなかったら家庭教師を辞めろ、といった。俺はその時自分は本当はこいつら一人一人をちゃんと見てやれてなかったのではないか、と迷いが生じて咄嗟に言い返すことが出来なかった。

 

そう…なのかもしれない。あいつらとの間に積み上げてきたものがあるとは自信をもって言うことが出来るが、きちんとあいつら一人一人を見ていたかを問われると、途端に弱気になってしまう。

 

その気になっていただけではないのか、と。

 

あいつらのことをこんなところで放り出すわけにはいかない。まだ全教科赤点回避の目標を達成できていないし、何より俺が辞めたら次来る家庭教師はまた一からあいつらとの信頼関係を構築しなおしだ。

 

…それはその人がとても気の毒なので避けたいところだ。

 

自信がないなら付け直すだけ、分からないなら分かるまで考えるまで、今までずっとやってきたことだ。もうあまり時間があるわけでもない。やはり俺にできることなんて考え続けることくらいだ。

 

上杉!と元気よくこちらに手をふって自分たちのほうに来いと言ってくる二乃を見て、少し笑えて来た。

 

まったく、あいつらの中の一人のせいでこんなに悩んでるってのにあいつらを見てると悩むのがばからしく思えてくるのはどうしたものか。

 

「何見つけたんだ。」

 

「ほら見て!クラゲじゃないこれ?」

 

「げっ…。なんでこんなところまで来てるんだ…。」

 

「不思議な触り心地だね…。」

 

「一花やめとけ、毒があるかもしれんぞ。」

 

「うえぇ!?」

 

勢いよく飛び退った一花とそれに驚いて目を丸くしている二乃を見て苦笑をかみ殺していると、突然の後ろからの衝撃に砂浜に顔からダイブする羽目になった。

 

「どーん!」

 

口の中にまで入った砂の不快さと腰の痛みに耐えながら、青い顔をしている一花をしり目にこんなことをしでかしたリボンを捕獲する。足をバタバタさせて逃亡を試みてはいるが、無駄なことだ。こいつともっと年が近かったならまだしも、今は体格差的に考えて一度捕獲したなら逃げることはできない。

 

 

「…おいコラ四葉。」

 

「は、はいっ!…あのぉ~、わざとじゃなかったんです…、なんて…。」

 

「お前、次の課題5倍な。それと終わるまではデザートは抜きだ。二乃、頼むぞ。」

 

「そんなぁ!あっ、リボンまで!許してください風太郎君ー!」

 

「許さん。」

 

「あぁっ!海に投げるのだけは勘弁してください!それだけはー!」

 

本当にこいつらといると何かに悩むことが馬鹿らしく思えてくる。とりあえずの情けでリボンは海ではなく遠くの砂浜に放り投げ、それを追いかける四葉の後ろ姿を見ながら思考をまとめた。

 

とりあえず、だ。あの偽五月が誰なのか一人一人今までのことを考えてみよう。

 

 

 

いくら悩むのが馬鹿らしくなったとしても考えるのをやめるわけにはいかない。だからこれからはうだうだと悩むのではなく具体的に考えをまとめよう。

 

一花はどうだろうか?あいつは夏祭りから何処かおかしい。最初のころのからかい好きはなりを潜め、随分大人しくなってしまった。

それどころかむしろ避けられているような気すらする。たまに逃げられるしな。

 

なんでなんだろうな?夏祭りの時のことを思い返してみてもあまり覚えがない。一つ上げるとしたらあれか?一花が子役を断ったところを見てしまったことだろうか。

いや、でもあれは不可抗力だ。誰が悪いかというわけでもない。

 

っと、考えがそれた。一花の様子がおかしいのはそのことに怒っているのだろうか?それならばあの偽五月一花である可能性は捨てきれない。

 

ただ、あの一花が怒ってるからって俺をやめさせようとするか?

 

ありえない、と思いたいが否定しきる要素がないのも事実。

 

「とりあえず、一花は候補の一人だってことか。」

 

次は、二乃だ。

 

二乃は仲直りしてから俺に対するあたりがかなり柔らかくなった。いや、最初があれだったから今は普通なのかもしれないが、それでも最初のころとは大違いだ。

 

ただ、俺としては二乃が偽五月であるなんて可能性はほとんどないと考えている。二乃はあんな回りくどいことはしないだろう。あれだけ直接いらないだの出てけだの言えるんだ。

 

言いたいことがあるのならば直接言ってくるだろう。二乃はそれができるやつだ。最初はただただ拒絶されていただけなので分かりはしなかったが、二乃は誰より家族を大事にしているやつだ。

 

そして、姉妹のためなら強硬手段も辞さない。逆に言ってしまえばあいつの行動の裏には姉妹たちがいることが多い。完全に敵として認識されていたあの頃ならともかく、今の俺はあいつらにとっては不利益な存在ではない…と思いたい。

 

とにかく、二乃である可能性はほぼないだろう。二乃は候補から外しておこう。

 

さて…次は三玖だな。

 

三玖は正直いってよくわからない。もともとがあまり話さない子であるし、他の四人ほど元気がいい、というか勢いがあるわけでもない。必然、他の四人が俺に絡んでくるときは一歩離れたところから見ていて、俺が一人になった時にはいつのまにか隣にいる、そんな子だ。

 

ただ、この頃は前よりは表情に出してくれるようにもなったし、少しずつだがあちらからも話してくれるようになってきた。

 

ほかの四人と比べると、弱い子だ。そして、どうにも自分を卑下しがちな子だ。しかも、少し前の三玖はどこかで自分は姉妹たちよりも劣っている、だなんて思っている節があった。

 

それでも、いまは一歩一歩進んでやろうと歯を食いしばって進んでいる。自分なんか、ということだって最初に比べれば随分と減った。ずっと多く、笑ってくれるようになった。

 

まだまだ控えなので、俺としてはもっと自分の要望を口に出してほしいのだが、それはおいおい、といったところだろう。

さて、それで三玖が犯人かどうかということなのだが、それはやはり分からないという結論に戻ってしまった。否定する材料も、肯定する材料も驚くほどないのだから仕方がない。

 

しかし、一つ思うことがあるとすれば三玖の性格から考えるとあまりらしくない、といったところか。

 

さて、五月は最初から除外されているので最後は四葉だ。

 

四葉は、やはりほとんどありえないと思っている。そもそも、だ。俺には四葉があんなことを言い出す姿があまり想像できないのだ。いや、だからと言って他の四人ならば想像できるわけではないのだが四葉は特にといったところか。

 

四葉は最初とは殆ど別人といっていいほど変わった。いや、元に戻ったといったほうがいいな。京都でのこともあって俺に対して罪悪感をいだいていたみたいだが、それについてはもう吹っ切れたようだ。

 

五つ子の中では五月と並んでストレートに好意を向けてくれる子だ。だからと言って毎回出合い頭に突っ込んでくるのは勘弁してほしいものだが。おそらくあいつがもうちょっと大きくなってあれをやられると俺が死ぬ、死んでしまう。

 

ただ、四葉は何かあると自分を必要以上に殺してしまったり、責めてしまったりしまう悪い癖がある。二乃とは違う方向で、あいつは姉妹のためならなんだってやってしまうだろう。

 

自分を完全に押し込めてしまう、という形で。

 

ただ、それについては今回はないと考えている。そもそもあいつは分かりやすいのだ、俺に家庭教師を辞めろ、なんてことを言うくらいに何かに悩むことがあるならばその前の時点で少しは顔に出ているはずだ…と思う。

 

ただ、四葉はこの頃は一花とは違う意味で少し様子がおかしい。

 

なんというか…、俺の傍に真っ先に来るのがいつも四葉なのだ。本当に、最初の引きこもり様から考えると元気になってくれた。元気になったのはいいのだが、機会があればすぐに隣に来ようとするので、よく五月と争いになっている。

 

とにかく、だ。偽五月が四葉である線は薄いと考えている。それならば残るは一花か三玖だ。

 

ここまで偉そうにあいつらの事を一人一人挙げて考えてはみたものの、それがあっている保証なんざどこにもない。そもそも今考えたことが全てあっているなんてうぬぼれたことも考えていない。

 

たった二か月足らずで相手のことを深く理解できるなんて考えるのは傲慢だ。長い時をかけても相手を完全に理解するなんてことは不可能なんだから。

 

仲直りが約束された喧嘩は兄弟姉妹間の喧嘩だけだ、とはよく言ったものだと思う。それは長い時間を一緒に過ごした理解者であり、なおかつ家族という絆があるからこそ成り立つ格言だろう。

 

だが、その兄弟間でも相手を理解しきるなんてことは無理なのだ、だから喧嘩が起きる。必ずそのほころびは復元されるとわかってはいても関係にひびが入らないなんてことはない。

 

ならば家族でもない他人のことを理解するなんてことは至難の業なのだろう。特に、他人との関りを持とうとしてこなかった自分のような人間にとっては。

 

そこまで考えて、水平線の向こうにもうすぐ沈もうとしている太陽を顔をあげて見つめてみた。

 

あそこ迄傾いたのならば、もう三十分もせずに太陽はその姿を隠して夜の闇がこの辺りを覆うのだろう。

 

他の奴らはすでに宿に帰った。黙って釣り糸を垂らしていた爺さんも、いつの間にかその場からいなくなっていた。あの後三玖と五月も来て、最後は皆で遊んでいた。

 

ちょっと前までは騒がしい五人がはしゃいでいた砂浜は今は実に静かだ。普段過ごしている場所では決して見ることのできないような景色ではあるが、なぜだか落ち着く場所である。

 

胡坐をかいた膝に肘を載せて頬杖をつく。どうやっても理解できないとわかっていても考えるしかない。向き合うと決めたのだから。

 

 

 

 

 

 

「…答えは出ましたか?上杉君。」

 

日は沈み切って、あたりを照らす光は街灯と月明かりのみになってからすぐ、砂浜に座り込む一人の青年に

後ろから近づき、声をかける少女の姿があった。

 

「いやぁ、まだだ。」

 

青年は声をかけられたにもかかわらず、振り向きもせず前を向いたままそう答えた。その言葉に、長い髪の毛に星のヘアピンをつけ、アホ毛をはやした少女は一瞬顔を歪め、そしてうつむいた。

 

「…そうですか。」

 

「立ってないで座ったらどうだ。」

 

「…うん。」

 

二人並んで同じ方向を見る。不思議と二人とも互いのほうを向くことはなく、自然と海の方向を見ていた。波が一定のリズムで奏でる音をBGMに青年のほうが先に口を開いた。

 

「昨日お前に言われてから考えたさ、色々な。」

 

 

 

まだ、という言葉に胸が締め付けられるような思いがした。結局フータローに私は見つけられないのか、と。なんでこんなことをしてしまったのだろうか。

 

フータローのことは大好きなのに、教師を辞めてほしいなんて本当は思ってもいないのに。あんなことを言ってしまって、せっかくの旅行なのにフータローの一日を奪ってしまった。

 

あぁ、嫌な子だなぁ私は。

 

不安だったのだ。フータローは見ててくれると言ったけど、それは嘘じゃないとわかっているけど。皆のことを見ていたら私なんかを見ていてくれてるのかって、とても、とても怖くなった。

 

一花はフータローに色々ちょっかいをかけている。からかってみたり、お姉さんぶってみたりだ。フータローは面倒そうな顔をすることもあるけど、あの二人のやり取りはとても楽しそうだ。

 

私にはあんなやり取りはできない。…羨ましいな。

 

二乃は最初はフータローに反発してたけど、今はそんなこと全くない。それどころかフータローによくご飯を作ってあげてるし、フータローがおいしそうに自分が作った料理を食べているのを嬉しそうに見ているのを、私は知ってる。本人に行っても絶対に認めないだろうけど。

 

私には二乃みたいにおいしい料理なんて作ることはできない。フータローに喜んでもらうことが出来ない。…うらやましいな。

 

四葉はいつだって、いつだってフータローを笑わせられる。元気づけることが出来る。当たり前だ、何にだって元気よく取り組むあの子を見てると皆気分が明るくなる。いるだけで雰囲気が明るくなる…、それが四葉なんだ。

 

私にはそんな明るさがない。私では誰かに笑ってもらうことが出来ない。…まぶしいな。

 

五月は私たち五人の中で最初にフータローにあって、最初はずっと二人きりで勉強を教えてもらってて。

お兄ちゃんだなんて読んでフータローを慕ってる。フータローだってそれを悪くなんて思ってない。五月を本当の妹みたいに可愛がってる。

 

私はあんなに素直に甘えられないよ。五月みたいに、なれない。

 

 

ずるいな皆、ずるいよ。

 

五つ子ゲームでフータローが口調で引っかかって五月だ、一花だって言って間違えたのは実は私だった。

 

今まではそんなことなかったのにその時急に怖くなったんだ。お母さんの手紙をみて、フータローが見ててくれるって言って。下を向くのを辞めたはずなのに、考え始めたら止まらなかった。

 

やっぱり自分は弱くて、小さくて、臆病だった。あの時フータローが見たのが私ではなくて一花だったら、二乃だったら、四葉だったら、…五月だったら。

 

もしかしたらフータローは当てることが出来たんじゃないかって思うと怖かった。

 

もしかしたらフータローは見ててくれてないんじゃないか、何て考えたら、立ってる地面が崩れていくような感覚に襲われた。

 

どんどんフータローと皆が離れて行ってしまうような気がして、もっと自分を見てほしくて、フータローに”私”を見つけてほしくて。それは今のままじゃダメなんじゃないか、何ておもって。

 

だから、気づけばあんなことを言っていた。だから、今日ここに来た。

 

 

 

 

「あぁ、五月ちゃん?」

 

「…一花だったか。」

 

見つけて、くれなかった。

 

でもここで違うなんて言ったらフータローは本当に家庭教師を辞めちゃうかもしれない。それは皆のためにならない。

 

私だって、かなしい。

 

ちがうよ、わたしは一花じゃないよ。そんな言葉は飲み込んで、一花と同じ笑みを浮かべて、一花と同じ話し方で。

 

それで、いいんだ。

 

…きしむ心には、気づいてないふりをした。

 

「あはは、ばれちゃったかぁ。」

 

「全くだ、驚いたぞ急にあんなこと言うから。」

 

もう戻ろう、そういってフータローに背を向けて顔を隠す。泣くわけにはいかないんだ、まだフータローは後ろにいる。

 

…明日からはどうしようか。そうだ、一花みたいに楽しく話せるように練習してみようか。それとも二乃見たいに料理ができるように教えてもらおうか。やっぱり四葉みたいに運動が出来て明るいほうがいいのかな?それとも五月みたいにーーーー

 

「っ…」

 

見つけて、ほしかったなぁ。

 

唇をかんで我慢したけど、流れ落ちる涙は止められなかった。

 

皆が羨ましい。みんな凄いところがあって、フータローにそれをほめてもらえたりもして。私よりももっともっとフータローと笑いあえる。

 

…私じゃ、皆みたいになれない

 

 

 

 

「ーーー三玖か?」

 

「…なんで?一花って言ったじゃん。」

 

「いやっ、すまん。なぜか自分でもわからんが…。」

 

聞き間違いかと思った、だってもうフータローの中では私は一花で、それを私も肯定してたんだから。でも、その声は確かに私の名前を呼んでいた。

 

 

「気のせい、かもしれんが一瞬…、

 

お前が三玖に見えたんだ。」

 

 

 

「…当たり!」

 

どうしてだろう。最後の最後の後出しみたいなものなのに、君に名前を呼ばれるだけでこんなにも、嬉しい。

 

気づけば私はフータローに飛びついていて、二人とも砂浜に倒れこんでいた。

 

私が変わった訳じゃない、ただ、フータローが見つけてくれただけ。それでも、なんだか霧が晴れるみたいに見えなくなっていた道がまた見えるようになった気がした。

 

「三玖だったのか…、なんで俺にやめろなんて。」

 

「…やっぱりあれなしで。」

 

「はぁ!?」

 

フータローが見つけてくれたからって私が皆みたいになれるわけじゃない。私はわたしだ、弱くて、臆病なわたしのまま。

 

でも、こんな私でもフータローは見つけてくれた。なら、もう少しだけ、私は私を許してみよう。まだまだ私には何もないけれど、お母さんは見ててくれた。そして、フータローも見ていてくれる。

 

「あのね、私ね、怖かったんだ。」

 

「フータローは見ててくれるって言ったけど、皆みたいにできない私は、ほんとに見ていてもらえるのかって。」

 

「…そうか。」

 

そういうとフータローは私の頭に手を伸ばし、優しく、やさしくなでてくれた。

 

「言葉にしないとわからないもんだな。」

 

「フータロー?」

 

「なぁ三玖、お前の歴史の知識はすごいんだぞ?正直言えば俺よりも、だ。

好きなものに誰よりも一生懸命になれる、それがお前の凄いところだ。」

 

「…そうなの?」

 

「あぁ、そうだ。」

 

そうなのかな、そうだったのなら、うれしいな。

 

「ねぇフータロー。」

 

「うん?」

 

 

ーーー私を見つけてくれて、ありがとう。

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