もしも歳が離れていたら   作:夕暮れの家

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3話

最近、五月ちゃんの様子がおかしい。

といっても、別に悪いおかしさではないのだ。どちらかというと良い、いや、非常に良いおかしさだと言えるだろう。

 

とにかく機嫌が良いのだ、ふとしたときに一人で少し笑っていることも増えた。

 

“少し前まではすごい思いつめた表情をしてたのになぁ、どうしたんだろ?”

 

そんなことを思ってはみるが、本当はすごく嬉しいのだ。母が亡くなってからの五月ちゃんは端から見ていてもかなり危うい様子だったからなぁ、とその時のことを思い返してみる。

 

“うん、やっぱり笑っててくれるのが一番だね!”

 

ただ、五月が元気になっていることは良いものの、気になることが無いではない。

それは、何が原因で元気になったのか?ということだ。

 

一花が知る限りでは、自分達姉妹と一緒にいるときには、それらしきことは無かったように思える。

 

“となると、やっぱりあれが理由なのかな?“

 

ここで一花の言う“あれ”とは…

 

「あ、五月ちゃん帰る準備おわった?

 早く帰ろう?」

 

「すみません一花、今日は人と約束がある

 ので…。」

 

「あちゃ~、今日もなんだ?」

 

「はい、ですので…」

 

そう、これだ。

この頃五月は放課後帰らずに人と約束があると言って何処かに行ってしまうことが増えているのだ。

 

「分かってる分かってる♪

 …でも早く帰ってきなよ、皆心配するから

 ね?」

 

「ありがとうございます一花、それでは。」

 

「うん、いってらっしゃ~い。」

 

増えたにも関わらず、同学年で五月が姉妹以外と仲良くしている所なんて見たことがない気がする。

…なんとも不思議なことだ。

 

「怪しいなぁ。」

 

と、遠ざかっていく五月の背中を見送りながら一人ごちる。

…実際のところ、心配なのだ。

五月があれだけ楽しそうにしているので、悪いことではないとは思うのだが…。

 

「やっぱり気になるよ、五月ちゃん。」

 

母が亡くなってから、彼女は“自分が母親の代わりになる”などと言って口調まで変えてはいるが、やはり一花にとって、いや、彼女達姉妹にとっての五月は妹なのだ。

 

甘えん坊なのに、甘え下手なかわいい末っ子なのだ。

 

そんな妹が自分達の知らない所でなにかをしてるというなら、心配してしまうのも仕方ないことだろう。

仕方ないったらないのだ。

 

…だから今こうして五月ちゃんの後をつけているのも仕方ない事なんだ。

 

心配しているのは本当でも、三割ほどは野次馬根性で五月の背中を追う一花であった。

 

 

 

 

 

てっきり小学校の何処かにいくと思っていたのに、五月ちゃんが向かったのは予想外にも高校の図書室だった。

 

「は、入りづらい…。」

 

普段から読書をあまりしない一花にとっては小学校の図書室でさえ未開の土地、ましてや高校の図書室ともなれば入るのはかなりハードルが高かった。

 

「どうしよう…、でも五月ちゃんはもう

 入っていっちゃったしなぁ。」

 

悩みながら入り口付近をうろうろする事五分程、やっと意志が固まったようだ。

 

「よし、ちょっとだけ見てすぐに出よう。」

 

図書室の扉を音がたたないようにそぉ~っと開けてまたそぉ~っと閉める。

 

入ったことは殆どないが、静かにしなければならないことぐらいは知っているのだ。

 

“はぁぁ…、頭良さそうな雰囲気…。”

 

随分、小学生にとってはかなり広い部屋の中、聞こえるのはページをめくる音と誰かの呼吸の音だけだ。

 

少し、いやとても居心地が悪い。

感想だって頭の悪そうなものしか出てこないくらいだ。

 

“五月ちゃん、こんなところにいるの?大丈夫かな…。”

 

そう心配しながらぐるっと見回して見るが、見当たらない。どうやら奥の方にいるようだ。

入るのにも結構覚悟がいったのに…と気が引けるが、そこはかわいい妹の為。

五月ちゃんが何をしてるか気にな…、いやいや心配だから!と気合いを入れて──

 

──やっぱりそぉ~っと歩きだした。

 

 

奥の方に進んでいくと、微かに二つの声が聞こえた。一つは低く、もう一つは高い声だ。

 

“この声…、五月ちゃんかな?”

 

声のした方に行き本棚の陰から顔だけだして覗いてみる。

 

“五月ちゃんと…、男の人?”

 

そこにあったのは、五月と高校生の男の人が勉強をしている姿。見るに、五月がその人に勉強を教わっているようだ。

それだけでも十分に驚くに値する光景ではあるが、それ以上に一花の目をひいたのは、五月の浮かべている表情だった。

 

──笑顔、それは久しく見ていなかった五月の母に向けていたような、そんな笑顔だった

 

その表情を見て、「すわっ、どういうことじゃい!」と声をあげそうになっていた一花は慌てて口を押さえた。

 

何となく、邪魔してはいけないような、そんな気がしたのだ。

 

この頃急に元気になった末っ子が、そんな顔を向ける人がいる。それが意味するところは明白で、

 

“そっか、あの人が五月ちゃんを元気にしてくれたんだ。”

 

だとしたら、感謝しかない。自分には、自分達には出来なかったことだ。

 

誰にも寄りかかれず、必死に頑張っているのを、誰よりも近くにいて見ていたのに何も出来なかった。

 

“良かったね、五月ちゃん。

それと…ごめんね、頼りないお姉ちゃんで。”

 

五月を支える役目になってあげられなかった。その事に後悔はある、それはもちろんだ。

でも今は喜ぶべきなんだろう。

 

──支えを失った子が、また寄り掛かることの出来る相手を見つけた。

 

嬉しいことだ、喜ぶべきことだ、そしてとても、そう、とても───ことだ。

 

“?”

 

自分の胸によぎった馴染み深いようで、それでいて覚えがない感情に首をかしげる──が、それも一瞬のこと。

 

“良いもの見れたし帰ろうかな、うん、

五月ちゃんが帰ってきたら問い詰めることにしよっと♪”

 

ん~っ、とのびをしてふとまた五月の笑顔に目を向け、目を細める。

この事を皆の前で聞いたら、五月ちゃんはどんな反応をするのだろうか?

 

慌てるのだろうか、それともあんな風に笑って話してくれるのだろうか。

 

“今日は久しぶりに騒がしくなりそうだなぁ”

 

母がいなくなってめっきり静かになってしまった我が家の食卓は寂しいものだったが、今日は違うと思うと心も踊る。

 

「よし、かえろうっと!」

 

 

 

 

 

 

 

この頃、テストが返ってくるのが少し楽しみになった。

依然として点数こそ悪いものの、返ってくる度に少しずつ自分の成長が感じられる気がするのだ。

 

それに、テストで点数が上がったと彼に報告したら、「ま、まだまだだけどな。」などと一言多いものの、誉めてくれるのだ。

 

今日のテストも持っていったら誉めてくれるでしょうか?

…また最初みたいに頭も撫でてくれるかな?

 

は!? い、いけません!これでは何のために勉強してるか分からないじゃないですか!

 

にへらっ、と相好を崩してはすぐに我に返ったようにブンブンと頭を振る五月は、端から見ると相当に変だ。

 

そんな様子が彼女の姉達の心配を加速させているのだが…、まぁ仕方のないことだろう。

 

 

 

「上杉君、上杉君!」

 

「…ん、五月か、どうした?」

 

「見てください、今日返って来たテストで

 す。教えてくれた問題がでて、出来たんですよ!!」

 

 

こうして放課後に勉強を教えてもらうことも日課になってきた。

…しかし、テストが返ってくるといつもの見せに来るな。

 

本人には自覚は無いのかもしれないが、全身から「誉めて誉めて!」という雰囲気があふれでてきている。ついでにアホ毛もブンブン揺れている。

…ホントに犬みたいな奴だな。

 

誉めてやると、更に嬉しそうな顔をするのだ。こうも嬉しそうにされると、些細な事でも誉めてやりたくなるものだ。

 

まぁ、最初から少しはましになったとは言え、まだまだだから甘やかすつもりは無いけどな。

 

 

 

 

「よし、今日はここで終わるか。」

 

「ありがとうございましたぁぁ…。」

 

「ほら、死んでないで立て。帰るぞ。」

 

「うぅ…、疲れました…。」

 

 

そう言ってさっさと行ってしまう上杉君を慌てて追いかける。彼は優しいのに、こういうところは本当に無頓着だ。

…それに家まで送っていってもくれないのだ。普通は「危ないから」と言って送ってくれるものじゃないですか!?

 

不満を込めてジト目で彼を見る。

 

「どうした五月、腹でも減ったか?」

 

「ふんだ!お兄ちゃんなんて知りません!」

 

「…何で?」

 

 

その後も考えていたようだが、結局分からなかったようで、そのまま道の途中で別れることになった。

 

一人になった帰り道、隣に誰もいないのはやはり寂しい。隣には何時だって姉妹の誰かがいたから、思えば今までは一人で帰ることなんて無かったのだ。

 

…上杉君のことは姉妹には言っていない。

聞かれたときに、人との約束と言って誤魔化してしまったのだ。

 

別に隠すつもりはなかったのに、気づいたら口から出てしまっていた。

…どうしてなんでしょう?皆に上杉君のことを知ってもらいたく無いのでしょうか?

 

それは、ただ単に幼い独占欲から来たものか、はたまた別の何かなのか…

 

今はまだ分からない。何にせよ、まだ小さな種火である。

 

それがこの先どのように育っていくかなど

 

 

 

──それこそ、神のみぞ知ることだ。

 

 

 

 

 

「そう言えば五月ちゃん、放課後図書室で

 高校生の男の人と居たよね~。」

 

「「「 !?!?!?!?!? 」」」

 

その発言に対する反応は様々だった。

 

バン!と机を叩き立ち上がる者

 

目を見開いて驚きを表現する者

 

そして…、飲んでいたお茶を噴き出してしまった者。

 

 

「…五月、汚い。」

 

「す、すすすみません三玖!

 い、一花!見てたんですか!?」

 

「ちょっと五月!男ってどういう事!」

 

「に、二乃、取り敢えず私の話を───」

 

「私達に内緒であんな事してるなんて…

 お姉ちゃん悲しいなぁ。」

 

「一花ぁ!!」

 

「五月!ホントに何してたのよ、答えなさ

 い!」

 

「二乃、うるさい。

 それじゃあ五月もしゃべれない。」

 

「三玖!ありがとうござい───」

 

「五月も、早く吐いて。」

 

「私に味方はいないんですか!?」

 

思った通りに騒がしくなった。本当に、これ程騒がしいのはいつぶりだろうか?

まるでお母さんがいる頃に戻ったみたい、そう思え、懐かしむように目を細める。

 

…でも足りない物がある。誰よりも快活に笑っていた妹が、ここにはいない。

 

「……四葉。」

 

楽しそうにしている妹達に水を指したくなくて、大きな声は出さずに呟くにとどめる。

 

誰よりも元気で、太陽のように笑っていた下から二番目の妹は、お母さんがいなくなってからは、まるで何かを見失ってしまったような、そんな顔をして部屋に引きこもってしまった。

 

ご飯は食べてくれるものの、一緒に食べることは無くなってしまった。

 

「また、一緒にご飯食べて…、一緒に騒ごうよ、四葉…。」

 

「一花?どうしたの…?」

 

「う、ううん、何でもない!

 ほら二乃、五月ちゃんの言う通り勉強しかしてなかったら、落ち着いて!」

 

「う…、本当でしょうね!

 五月!その男に手出されたりしてないでしょうね!」

 

「な!?て、手なんて…

 上杉君はそんな人じゃありません!!」

 

「…上杉?」

 

バタン!という扉の開く音に驚いて、そちらに顔を向けると…

 

そこには、驚き、喜び、期待、悲しみ…

様々な感情をごちゃ混ぜにしたような表情をした、四葉がいた。

 

「五月、もっと、詳しく教えて。」

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