もしも歳が離れていたら   作:夕暮れの家

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第30話

暦の上では季節はもう夏から秋に移り変わるころ、例年ならばもうそろ天気予報の時間に台風第何号がどういう軌道を通るかということを天気予報士の方が棒を持ちながら解説し、その通り道を見てもしかしたら学校が休校になるかもしれない、と自分に被害が及ばないこと前提で呑気なことを考える時期だ。

 

大体大昔は1~3月が春、4~6月が夏、7~9月が秋、10~12月が冬であったはずなので、そういうことならば今はもう秋ももう半ばという頃のはずなのだ。

 

だというのに、耳に入るのは残暑、熱帯夜、観測史上最高気温などという気が滅入るような言葉の羅列。一度ドアを開ければ、一体秋はどこで道草くっているんだなんて悪態をつきたくなるような熱気が全身に叩きつけられる。

 

自分が小学生だったころは冷房などなく、申し訳程度に扇風機が回っている教室で授業を受けても平気なはずだったのだが、今それをやれと迫られたのなら確実に無理と答えるだろう。

年々平均気温は上がり、そして夏も長くなっているような気がしてならない。それに合わせるように冬も長くなり、秋と春は短くなる。

 

いつかは季節を円グラフであらわすと見事に夏が半円で冬も半円となり、春と秋何て字はきれいさっぱり消え失せるのではないか、なんて気すらしてくるほどだ。

 

長々と結局なにが言いたかったのかというと、熱い。

 

勉強をしていても、滲んできた汗で紙が腕にくっついて不快極まりないのだ。暑すぎる夏なんて良いことなんかないのだからもっと短くても誰も反対なんてしないのではないか。

 

何て理屈を偉そうにこねくり回してみても結局外に出なければならない用事があるという事実に変わりはなく、今日も今日とて外はうだるような暑さであることもまた揺るがない。

 

ドアを開けてすぐ待ってたよとでも言いたげに歓迎してくれる熱気に辟易としながら背中にリュックを引っ提げて目的地にむかう。

 

それにしても暑い。

 

早速額ににじみ出てきた汗をぬぐい、なんの意味もないと分かっていてもギラギラ輝くお天道様に向かって呪詛の一つくらいは吐いてやろうと口を開いた。

―――ダメだ、やっぱ暑いしか出てこない。あと眩しい。

 

 

 

 

 

 

 

人間は非日常に心躍らせる生き物だ。ただし、自分に害が及ばないものという条件は付くが、それは往々にして正しい考え方であろう。普段とは違う風景、空気、人々、その中で普段とは違う経験をするという非日常に魅かれるからこそ、旅行というのはメジャーな娯楽として昔から生き残っているのだろう。

 

中学の頃の修学旅行は行かずに勉強時間に当ててしまったので、学校行事での遠出など久しぶりだ。しかし、旅行ならばつい最近それらしきものをしたのでそんな非日常の空気も慣れたものだ、などとは口が裂けても言えないが、こんな阿呆な思考を巡らせるくらいには余裕がある。

 

そうでなかったら、久しぶりの同性のある程度話せるやつらとの遠出にテンションが振り切れてしまって醜態をさらしていたかもしれない。まさにあれだ、トラベラーズハイというやつだ。自分がそんな状態になっているところを想像することは困難だが、もしかしたらということもある。あのチケットを贈ってくれたマルオさんは改めて感謝すべきなのだろう。

 

 

「どうしたんだい上杉君、やけに楽しそうじゃないか。」

 

「そういうふうに見えるか?」

 

「あぁ、少なくとも学校では見たことのない顔だね。君、いつもどこかつまらなさそうだったし。」

 

「ほんとだぞ上杉コラ。何だお前、小学校に妹か弟でもいんのか、だから楽しみにしてたんだろ。」

 

武田は隣から、前田は後ろの席から身を乗り出しての会話となる。お陰で前田の声は頭の上から降ってくるような状態で非常に気持ちが悪い。頭上に手をのばして背もたれに乗っかっている邪魔な頭をどかす。

 

「なんだよ、妹ならいるが…。それは別にーーー」

 

「やっぱりかそうかよ、上杉って身内には甘そうだもんなぁ。だからあんな顔してたのか。何だお前、シスコンなのかよコラ。」

 

「いやだからーーー」

 

「だからこんな面倒な手伝いなんて引き受けたんだなぁ、成績問題なさそうなのに。」

 

話を聞かずに勝手に自分の中で結論を作って勝手に納得している前田をどうすることもできずに隣の武田に視線で助けを求めるが、奴はただにこにこしながらこちらを眺めているだけだ。

こいつ分かってて面白がってるな。後で覚えておけよ、とそのまま視線で釘をさしておく。

具体的には、泊まる場所にドリンクバーがあったら全部混ぜたものを飲ませてやる。強制的に。

 

「ん?それなら成績なら武田も問題なさそうなのに何で参加してんだ?」

 

前田の発言を聞いて確かにそうだと考える。俺は体育の成績があれだったという事情があるが、武田は特にそういうタイプにも見えない。こいつの言葉を信じるのならば成績も学年2位らしいのでそのまま行けば内申点は問題ないはずだ。

それならばこの手伝いに参加する必要などどこにもない。

 

「それは俺も気になるな。なんでだ?」

 

「そんなに気になるのかい?なら教えてあげよう!それはね…

 

 

上杉君が参加すると耳にしたからだよ!」

 

 

…うん。

 

「ちょっとこっち来ないでもらえます?」

 

「え?」

 

「…おう上杉コラ、こっちの席来るか?」

 

「えぇ⁉」

 

 

 

さらにバスに揺られること数十分、武田の隣の席から緊急離脱してからは主に前田と話していた。如何に小さめのバスとは言え、手伝いの高校生は数人しかいない所為で席は随分空いている。移っても何の問題もないのだ。

 

前から武田の恨めしそうな視線を始終感じたが、黙殺しておいた。

 

話していて分かった、というか見た目で分かっていたようなものだが、前田は成績が足りていなくて参加せざるを得なかった側の生徒のようだ。

 

遠回しに点数を聞いてみると、どうも補修じゃ足りなかったから強制参加になったらしい。

 

今更かもしれないが、今時髪をオールバックにして制服をこれ見よがしに気崩すなんて典型的なヤンキーみたいな恰好する奴なんていたんだなと何とはなしに隣を見やる。

昔の自分を棚に上げてこんなことを言うのはなんだが、どうしても時代錯誤的な印象を受けてしまう。

 

そう考えると自分の昔の格好は周囲にはどういう風に受け取られていたんだろうか。小学生の癖して髪を金に染め、耳にピアス穴まであけた糞生意気なガキだ。普通ならば絶対にお近づきにはなりたくない相手だろう。

あの頃はその程度のことで自分は周りとは違うものになったなんて勘違いしていた。調子に乗って、周りを顧みることなどなく自分が楽しければそれでいいだなんて思っていた。

 

そしてある時、自分の居場所などどこにもないという事実を突きつけられた。周りからは良く思われていなかったわけだ。当たり前のことだが。

 

そんなクソガキと関りを持つのは自分だっていやだ。それにらいはの友人にそんな奴がいたら全力で止めるだろう。自分の事を棚に上げているようでなんだが、それは当然のことだ。

 

「なぁ、上杉も武田も俺の格好見ても全く引いたり怖がったりしないよな。俺結構強面だと思うんだが。」

 

「僕は外見じゃなくて内面を重視するほうだからね!上杉君もそうだろう?」

 

振られた話題に正にという内容をぼうっと考えていたので一瞬反応が遅れてしまった。まさか自分が昔同じような格好をしていたから別に気になっていなかっただなんていうわけにもいかず、武田の言葉を肯定するように首を動かす。

 

過去があるからこそ、あの頃の自分のように精一杯悪ぶり、現実から目を逸らそうとすることの愚かさは、くだらなさは身に染みて分かっている。

だが、だからこそ自分が頭ごなしにそれを否定するわけにもいかないのだ。辛い時、忘れたいことがあるとき、縋るものがなくなるのはとても辛いことだから。

 

皆がそうなわけではない、ただ悪ぶりたいだけの奴だっているだろう。でももしも必死に自分を繋ぎとめようとしているのだったらそれをただ卑下することなど、出来るはずもない。

 

其の点、自分は幸運だったと改めて思う。自分に居場所などないとはっきり突きつけられてすぐ、自暴自棄になってしまう前に四葉に出会えたのだから。

 

自分の生きる意味を、目標をもらったのだから。本当に、どれだけ感謝してもし足りない。あの大きなリボンを揺らして快活に笑う少女は今でも自分の光だ。その笑顔を曇らせたくはない、笑っていてほしいと切に願うのだ。

 

先ほどから反応の薄い自分をしり目に、武田と談笑を始めた前田を横目で見る。

 

「…うん、悪影響だな。」

 

「おい、なんか急にディスられた気がするんだが。上杉コラ。」

 

自分自身は否定などしないが、らいはや五つ子達に関係してくるのならば話は別だ。彼女らに悪影響を与えるものならば、絶対に近づけないようにしよう。などと考える風太郎であった。

 

 

 

 

「―――以上が、林間学校の間ボランティアとして手伝ってくれる高校の先輩たちだ。分からないことなどあったら遠慮なく頼るように。」

 

小学校の教師にそう紹介されたので、軽く頭を下げてそれに答える。別に自己紹介しろと言われているわけでもないしこれくらいで十分だろう。そう思ったのでそれだけにとどめたが、隣の武田は笑顔を浮かべて手を振って「あの人かっこいい…」なんて声を、前田は小学生女子相手にガンを飛ばして悲鳴をもらっている。

 

こいつらに挟まれている自分はどう見えているんだろうな…、と遠い目をしていると、話し終わったとばかり思っていた先ほどの教師がまたマイクを構えるのが目に入った。

 

「あー、因みに今回は高1の学年1位と2位の奴が参加してくれてるらしいから、勉強の事でも聞きたいことがあったらそいつら探して聞くといい。じゃあ以上。」

 

そんな爆弾を落として、先ほどの武田や前田への反応以上にざわつく全体をしり目に「次はオリエンテーリングやるから時間に間に合うようにしろよー」と言ってどこかに行ってしまった。おそらくそのオリエンテーリングとやらの準備でもしに行ったのだろう。

 

この頃全く金持ちのお嬢様っぽくない五つ子達の相手ばかりしていたので忘れかけていたが、この学校の小中部は金持ちばかりが入学するお嬢様学校だ。それもかなり教育に力を入れている類の奴だ。小学生であってもそのテストからは逃れられない。

 

だからこそ、先輩である高校の成績上位者に話を聞けるかもしれないというこの機会を大多数がチャンスだとでもとらえているのだろうか。目が、目が怖い。

 

とりあえず見た目で人が寄ってきそうな武田を囮に、寄ってこなさそうな前田と一緒にその場を離脱して事なきを得ることに成功した。囮に使った武田はあっという間に囲まれて質問攻めにされ、身動きが出来ない様子だ。その勢いに心なしかいつものキラキラした笑顔もひきつっているようにも見える。

 

…哀れ、奴の冥福を祈ろう。とりあえず盾になってくれたことの感謝ということで前田と一緒に手を合わせておこう。

 

安らかに眠れ、武田。お前のことは忘れない。 多分、三日くらいは。

 

「フ、フータロー君?何してるの?」                                                                                                                                                   

 

「せめて安らかにと思ってな。」

 

「???」

 

「いや、まぁ気にすんな。それよりお前はオリエンテーリング?の準備はしないでいいのか?」

 

はたから見れば奇行に見えたのだろう。困惑したような声でこちらに近づいてきたのは一花だ。今日は場所も場所だからかいつもよりも動きやすそうな格好をし、帽子を頭にかぶっている。珍しい格好だったので少し驚いたが、それは声には出さないようにして会話を続ける。

 

「他の奴らは?」

 

「皆同じクラスってわけじゃないからね、三玖なら荷物置きに行ってるところだよ。」

 

「へぇ、そうなのか。」

 

てっきり学校でも五人で一セットなのかと思っていたから意外だったが、確かに考えてみると当たり前のことだ。五人全員が同じクラスになるなんて確率は相当低いだろう。どんな感じに分かれているのか聞いてみると、一花と三玖、二乃と五月がそれぞれ同じクラス。そして四葉だけ一人らしい。固まったりせずに随分とバランスよくばらけたなと感心する。引っ込み思案なところがある三玖は一花がうまくカバーするだろうし、五月の場合も然りだろう。四葉も、あれだけ明るい奴だ、きっと一人でもうまくやるんだろうと思う。

 

「そういえばお前らが学校でどんな感じかあんまり知らないな。」

 

「なぁに?知りたいの~?」

 

ニヤニヤしながらこちらに近づいてくる一花の頭をからかうな、と言って軽くはたく。相変わらずな奴だ。何かにつけてこちらをからかうような姿勢を見せてくる。これさえなければちゃんとした長女だと褒めてやれる点も多いのに。

頭を押さえて大げさに痛がる一花を見て残念極まりないな、なんて思ってしまう。ただ、たまにでる長女としての振る舞いに助けられるのもまた事実だ。

 

「ほれ、これから班行動なんじゃないのか。てかオリエンテーリングって何やるんだよ。」

 

「うーんとね、とりあえず歩き回ればいいみたい。」

 

「テキトウだな…、そういうとこだぞ。」

 

「わっ。」

 

ずっと頭を押さえて恨みがまし気な視線を送ってくるので、帽子の上から少し強めになでてやると、吊り上がり気味になっていた一花の目じりがへにゃりと垂れた。どうやらご機嫌取りには成功したらしい。

オリエンテーリングとやらについては、一花は全く把握していなかったのでしおりを借りてみると、どうもところどころに設置してあるポイントを地図をもって探して歩くことらしい。確かに歩き回るという意味では間違ってはいないが、一花の理解では肝心なところがごっそり抜けてしまっている。ほんと、そういうとこだよな。

 

呆れていると、服の裾を引っ張られ、無理やり耳を一花の口元まで持っていかれる。

 

「ねぇ、さっきから気になってたんだけど、後ろでこっち凄い見てくる人は誰なの?」

 

「ん?あぁ、前田ってやつだ。見た目はあんなだがそんなに悪い奴じゃない。」

 

「ふーん、フータロー君の友達?」

 

「まぁそうなる……のか?」

 

「なら挨拶しなくちゃね!」

 

「は?いやおい挨拶ってなにするーーー」

 

困惑して声を上げるあの言葉を最後まで聞く素振りさえ見せずに、一花は強引に俺の袖を両手で引っ張って前田の前まで連れて行って、ぺこりと頭を下げた。

 

「うちのフータロー君がお世話になってます。」

 

「おい、お前は俺の何なんだよ。」

 

「不愛想だけど優しい子なので仲良くしてやってください。」

 

「なんか失礼だな。」

 

急になんとも失礼なことを前田に対して言い始めた一花に抗議の視線を送る。何を言い出すんだこいつは。どちらかというとそういうことを言うのはいつも面倒を見ている俺の方ではなかろうか。

 

「は、はいっ!もちろんだ、ですコラ。」

 

「よろしくお願いしますね、じゃあフータロー君!私は班の方に戻るね。」

 

「あぁ、行ってこい。」

 

言いたいだけ言ってパタパタと向こうで待っていた班員であろう数人のところまで戻っていった。その中には三玖もいて、こちらに気づくと小さく手を振ってきた。

どうやら一花がこちらに来ていたので、それに遠慮してきていなかったようだ。相変わらず控えめな奴だ。

此方も手を少し上げて答えると一瞬驚いたような顔をして、その後嬉しそうに笑っていた。

その後、口を動かしてこちらに何かを伝えようとしていたようだが、生憎俺は結構距離が離れた状態で姉妹の中で声が小さいほうの三玖の声を聴きとれるほどの耳の良さもなく、読唇術なんて便利なものも別に身に着けているわけではなかったので。何を言っているのかわからないまま、三玖と一花は班員と連れ立って行ってしまった。

 

表情から見てそこまで重要なことでもないだろう。後で聞くとしよう。

 

「…で?お前のそれはどういう気持ちの顔なんだ、前田よ。」

 

隣で先ほどからずっと呆けたような表情で突っ立っている前田の方へ顔を向けることなく声をかける。わざわざ顔を向けずともかなり変な顔をしているのは先ほど横目で見て確認済みだ。

 

「なぁ上杉コラ、俺の顔が急に変化して怖くなくなってるなんて奇跡が起きてるわけじゃねぇよな?」

 

「そんな衝撃的な出来事は俺が知る限りじゃあ起こっていないな。」

 

突然変なことを言い出した前田に眉をひそめながら返答する。見た限りでは前田の外見は未だに俺が時代錯誤的なヤンキーと称したときのままだ。オールバックにした髪型も何も変わらず、先ほど小学生女子から悲鳴を頂戴していたその威圧感は健在だ。

 

自分の言ったことを否定する俺に対し、前田はそうかと何かをかみしめるように一言いうと片手で顔を覆うと天を仰ぐように上を向いた。

 

「俺のこと全く怖がってなかったからなぁ、気づかないうちに俺の外見が変わったのかと思っちまったぜコラ。」

 

「安心しろ、もう一度言うがそんなことは起こってない。」

 

「あれがお前の妹だろ?あんな可愛くて良い子が妹だったらシスコンになるのもうなずける話だな。」

 

なんの話だと一瞬思ったが、そういえばとバスの中での会話を思い出す。前田の中では俺の妹がこの林間学校に参加していて、俺はそのためにこのボランティアに参加しているという設定になっているのだった。そして、先ほど俺に対して親し気に話しかけた一花のことを俺の妹だと勘違いしている、とそういうことなのだろう。

 

よく考えればあの時はすぐに話題が移り変わってしまってそのまま否定するタイミングを逸してしまっていた。ならここで否定しておくべきだろうーーー

 

 

 

「義兄さんと呼ばせてもらってもいいですかコラ?」

 

「あ?殺すぞ?二度と一花に近寄んじゃねぇよ悪影響だから。」

 

「いや怖ぇよ…、キャラ変わってんじゃねぇか。」

 

その後やはり否定するタイミングを逃してしまい、前田には完全にシスコンだというレッテルを貼られることとなってしまった。武田に関してはしばらくしてやっと解放されたのかふらふらになった戻ってきた。どうも勉強法など根掘り葉掘り聞かれ、果てには勉強を教える約束まで取り付けさせられそうになったところで何とか逃げてきたらしい。

こんなことなら参加しなければよかったとうなだれるその後ろ姿には哀愁が漂っていた。哀れ武田、これがあと数日続くんだぞ、と現実を突きつけてやったら真っ白に燃え尽きた某ボクサーのようになってしまった。

俺は武田のように容姿が優れているわけではないので大丈夫だとは思うが、念のためいつでも強面の前田を盾に逃げられるようにしておこうと心に留めておくのだった。

 

 

 

「じゃあとりあえず君たちはオリエンテーリングで使ってる範囲を見回って怪我してる子とかがいたらこっちに連れてきてくれればいいから。じゃあ頼むよ!」

 

「はい、……あとさっきの余計な一言忘れてないですからね。」

 

「あっはっは!あれで仲良くやれるならいいじゃないか。軽い冗談みたいなもんだよ、そんな小さいこと気にしてたら器が小さいと思われれるぞ?」

 

「ぐっ…。」

 

「武田、もうあきらめろ。」

 

「そうだぞコラ、どうせあれがなくてもお前に一番人が集まるのは変わらなかっただろコラ。」

 

「だとしても限度というものがあると思うんだ。」

 

先ほどの教師の余計な一言でひどい目にあった武田が恨み言をぶつけるも、笑顔で返されて悔しそうにしている。どうもこの小学校教師には俺のこのボランティア参加を勝手に決めたうちのクラスの担任とよく似た感じがする。本人に聞いてみるとなんと兄弟だということだった。そりゃあ似てるわけだ。良くも悪くもこちらを振り回してくる。

 

余りかかわりたくない人種だな、もう思いっきり関わり合いになってしまっているわけだが。はぁ、とため息を一つつく。どうも高校に入学してから五つ子達といいこの教師どもといいこちらを振り回してくれる奴らと関わり合いになることが多い。

五月に関しては完全に自分からなので文句の言いようがないし別に公開もしていないのだが、この教師どもはどうにかならないのだろうか。

 

此方を見てにこにこしている教師を見てまたため息をついた。

 

 

林の中を歩き回るのなんて何時ぶりだろうか。小学生だったころは近所にあった小さな雑木林に遊びに行くこともあるにはあったが中学生になってからは全くいかなくなってしまった。だから少なく見積もっても4年ぶりということだろう。ただ、もう昔のように元気に走り回れるだけの体力はないという自覚はあるのでゆっくり行くとしよう。幸い地図は渡されたのでできるだけ楽そうなルートを選んで回るとする。

 

見回りということなので高校生がひと塊になって回っても意味はないので前田と武田とは別行動だ。一番、二番と番号が振られた地点を地図を見ながら律義に順番通りに回っていく3、4人で構成された班を見回りながら。自分はそんな番号など気にせず歩く。小学生用にデフォルメされた地図なので地図上のポイントを見つけるのは随分簡単なようだ。先ほど少し気になって調べてみると、本来のオリエンテーリングは普通の地図につけられた印を頼りにポイントを順番通りに走って回り、そのタイムを競うというような歴とした競技のようだ。海外では大会も行われていた。

 

流石に小学生を楽しみにしていたであろう林間学校で到着早々走らせるようなことはしないのか今目の前で行われているのは別に走ってもいないしタイムを計ってもいない。

平和なもんだと思い少し立ち止まって眺めていると、後ろから声をかけられた。

 

「う、上杉君!」

 

「五月か、どうした。」

 

後ろを向くと両手に地図を持った五月がいた。その背後には班員だと思われる数人の姿もある。ただ、その子たちは此方を警戒しているのか五月ほど近寄ってきてはいない。一瞬五月が嫌われているのかとも思ったが、その子たちの目には心配の色が浮かんでいたのでそういうわけではないということが分かった。どうやら単純に俺を警戒しているだけらしい。

 

「あの、地図を見てもこのポイントがどこにあるかどうしても分からなくて…。」

 

教えてくれませんか?と手に持った地図を差し出してきた。地図の読み方はつい最近教えたはずなんだがとは思うがこれは班行動であるし、五月一人が分からなかったわけでもあるまい。班員全員が分からなくて手詰まりになってしまったときに俺を見かけて声をかけてきたのならそれを言う必要はないだろう。

 

「あぁ、これはーーー」

 

指で刺されている地点を見ると、ついさっき通った場所だった。確かに見つけるべきポイントが茂みで見えにくくなっているという意地悪な仕様であったことを思い出す。

 

「確かにこれは分かりづらいな。案内してやるから後ろの子たちも一緒に来るといい。」

 

「ホントですか⁉」

 

そういうと、五月はパァと一気に顔を明るくさせて後ろの班員のところまで駆けていった。二言三言話していたようだが、どうやら話がまとまったのか全員がおずおずとこちらに近づいてきた。

 

しかし、やはりまだ俺のことは警戒しているのか隣で早く行きましょう!笑顔で急かしてくる五月以外はどこか挙動がおかしい。こちらを少しうかがってはすぐに視線を外すといったような様子だ。俺はそんなにはたから見ると怖いのだろうか。

 

表情には出さないが、そのことにショックを受けてしまう。俺そんなに怖いのか…、そうなのか…。前田の方がよっぽど怖いと思うんだがな。その俺の様子に気づいたわけではないのだろうが、五月が不満そうに頬を膨らませた。

 

「上杉君は怖くないですよっ!頭が良くて、やさしくて…、えっと、とにかくすごいんですよっ!」

 

両手を握りしめてそう力説する五月を他の班員はぽかんとした顔をして眺めている。褒められている対象の俺としては、とてもいたたまれないのでやめてほしいのだが。ただ、止めても止まりそうにないのが今の五月だ。どうしたもんかと頭を押さえ、せめて引いていてくれるなよと班員の方を見やる。

自分のせいで五月が友人をなくすないし仲が微妙になるのは本意ではない。最初に見ず知らずの俺に頼らざるをえないほどに追い詰められていたこいつだ。きっとこの子たちは貴重な存在なのだろう。

だからこそ林間学校という非日常と俺が学校の友達の前にいるという状況が合わさって暴走してしまっているのかもしれないが。

ともかく手遅れになる前に止めなければなるまいーーー

 

「ぷ、あははは!五月ちゃんもそんな顔するんだねぇ。」

 

「?何がです?」

 

「だって学校じゃいつも真面目な感じじゃん。全然違うなって。」

 

「そ、そうでしょうか…。」

 

「うん、そうだよ!」

 

笑いながらそんなことを口々に言う彼女らの様子を見て、先ほどまでの自分の心配は杞憂であったとわかりホッとする。初めて会った時のように追い詰められた様子など見たくはなかったので、この子たちの器が大きくてよかったと思うばかりだ。

そう思い、一歩引いて恥ずかしいのか頬をそめて何事か言い募る五月とそれをからかう班員たちを眺めていると、その中の一人がこちらに近づいてきた。腰にも届こうかという長い髪の毛をサイドでひとまとめにしている元気そうな子だ。

 

 

「あの…。」

 

「ん?」

 

「すみませんでしたっ!必要以上に怖がってしまって。よく考えてみれば五月ちゃんが慕ってる時点でそんなはずないのに。」

 

「いや、それは別にいいさ。俺の見た目が近寄りがたいのは自覚してる。」

 

「いえ、それでも…。」

 

「それでも気にするっていうなら、そうだな。

 

これからも五月と仲良くしてやってくれ。家族以外の同年代でもあいつが甘えられる場所があるのは良いことだ。……もう、あんなに追い詰められてるところは見たくないからな。」

最後にふとこぼれ出てしまった言葉に驚いたのか少し目を見開いた後、ふっと口元を緩めるように微笑んで頷いて微笑んでくれた。

 

「そんなことでいいなら、いくらでも。」

 

「そうか、ありがとう。

――ほら五月、そろそろ行くぞ。案内してやるって言ったろ。」

 

「あ、は、はいっ!」

 

らしくないことを言ってしまった。少し熱を持ってしまった頬を見られたくなくてさっさと踵を返して声をあげた。何時もの自分ならあんなことは思っていても口には出さなかっただろう。どうにもここに来てから思ったことが口から出やすくなってしまっている気がする。自覚はなかったが、俺もこの林間学校という状況に気分が高揚してしまっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

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