もしも歳が離れていたら   作:夕暮れの家

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第5話

「ただいま。」

 

そう言いながら家の扉を開ける。

今日も五月と図書室での勉強会…いや、授業?をしていたので、家に着く時間が普段より遅くなってしまった。

図書室の閉館時間ギリギリまで粘っていた訳なのだが、まだまだ空は明るいままだ。

 

日が長くなってきたなぁとか、もうすぐ期末テストで、それが終わったら夏休みだから思う存分勉強できるなとか、そんなことを考えていると、家の奥からパタパタという音が聞こえ、今年小五になる妹──らいはが顔を出した。

 

「お帰り、お兄ちゃん!

 ご飯出来てるよ~!」

 

「ああ、ありがとならいは。」

 

家は母親がいない。らいはが生まれてすぐ死んでしまったのだ。

元々体が弱かったのに色々無理が重なってそのまま急に…だ。

 

今はらいはが家事を一手に担ってくれている。自分だって体が弱いのに、料理や洗濯、その他もろもろを彼女がやっているのだ。

 

勿論任せきりという訳ではない。手伝えるときは進んで手伝っている。

…ただ、俺も親父もバイトと仕事で家にいることが少ないからな、必然的に大部分は任せてしまうことになってしまっている。

 

本当に苦労をかけている、本当ならもっと友達と遊ばせてやりたいし、好きなものも買ってやりたい。

やはりもっとアルバイトの時間を増やすべきなのだろうか。

 

「今日はカレーだよ~。」

 

「おお!久しぶりだな。」

 

ただ、中途半端にバイトを増やすだけだと家にいる時間がさらに減り、徒にらいはの負担を増やすだけだ。何処かに効率的に稼げる仕事がないものか。

 

 

 

 

「いただきます。」

 

「いただきまーす。」

 

二人で向かい合っての夕食だ。

家にはテーブルなんてないので、勉強するとき、ご飯を食べるときにはちゃぶ台を出してきている。

 

家にはないと言ったが、果たしてテーブルは有るのが普通なのか?

むしろちゃぶ台を使うのが日本の家庭の有るべき姿なのではないのだろうか?

 

と、そんな馬鹿なことを考えていると、らいはが食べる手を止め、じっとこちらを見ていることに気づいた。

 

「…どうした?」

 

「お兄ちゃん、この頃帰ってくるの遅いこと増えたよね。」

 

「それは…、悪い…。」

 

 

何かと思ったらこの頃の俺の帰宅時間についてのようだ。

確かに五月に勉強を教えることで帰るのが遅れることが多くなってしまっている。

…寂しい思いをさせてしまったのだろうか。

 

間違いなく五月は悲しい顔をするだろうがやはりここは覚悟を決めて勉強会の頻度を減らすと言って──

 

「──んでしょ!」

 

「え?なんだって?」

 

少し考え込んでいたせいで、らいはの言ったことを聞き逃してしまい、難聴系主人公のような返しになってしまった。

 

「悪い…、もう一回言ってもらえるか?」

 

「もう!だからお兄ちゃん、彼女出来たんでしょ!」

 

「…は?」

 

全く予想外の単語に一瞬頭がフリーズしてしまった。

俺に?彼女?なぜ?

 

「…一応聞いておくぞらいは、なんでそう思った?」

 

「だってお兄ちゃん、友達いないでしょ?」

 

「ぐふっ!」

 

「中学校の時から友達と遊んでる所なんて見たことないからね~。

だから今さら遅くまで遊ぶ友達なんて出来ると思わないし!」

 

「ぐはっ!」

 

「だから彼女でも出来たかな~って!」

 

「まて、待て待て待て…。

 結論から言うと彼女なんて出来てない。

 それに俺にだって友達くらい──」

 

「いないでしょ?」

 

「はい…。」

 

妹は強かった。少しの反論も許されず完封されてしまった。

くそ、俺にも友達くらい…

 

うん、やっぱりいないな。そもそもクラスメイトの名前すら覚えてなかった。

 

「はぁ…、遅れたのは前も言ったが図書室で勉強してたからだ。

それ以上もそれ以下もないぞ。」

 

「でもお兄ちゃん、家が一番勉強捗るって言ってたじゃん!」

 

「う…、俺そんなこと言ったか?」

 

「うん!」

 

「…そうか。」

 

「なにか隠してるでしょー?

 やっぱり彼女──」

 

「出来てないぞ。」

 

 

その後もしつこく聞いてくるらいはをどうにか宥めようとしていると、不意に携帯がなった。

 

「悪いらいは、電話だ。」

 

「えー、終わったらまた聞くからね!」

 

「もう勘弁してくれよ…。」

 

 

そう言いながら立ち上がり、携帯を取り出すと、そこには“中野五月”という名前が表示されていた。

 

噂をすればなんとやらってやつか、廊下に出て通話ボタンを押すと、直ぐに何故か少し申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

 

「もしもし、上杉君ですか?」

 

「あぁ、五月、どうした?」

 

「あの、今時間大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だが…、何か用か?」

 

「あの、私は止めようとしたんですが…、

 あぁっ!すみません!取り敢えずスピーカーにしますねっ!」

 

「おい、何言って──」

 

「あんたが上杉とか言うやつね、五月に何したの?」

 

聞こえてきたのは、五月に似てはいるが、勝ち気さがにじみ出ている少女の声。

そして五月との一番の違いは、敬語ではないことだ。

 

というか誰だこいつ。

 

「…誰だ?」

 

「誰だじゃないわよ!とにかくあんた──」

 

「ちょっと二乃!すみません上杉君、上杉君の話をしたら姉が話したいと言ったので…。」

 

「それは構わないんだが…、お前姉なんていたんだな。」

 

「はい!そうなんです!

 実は──」

 

「ちょっと!とにかくあんた、五月に何かしたら許さないわよ!」

 

「いや、別に何もしねぇよ…。」

 

「そんなの分からないじゃない、出来るだけ五月に近づかないで!」

 

「いや、それは俺が決めることじゃ──」

 

「二乃!上杉君は私に勉強を教えてくれてるんです!それは困ります!

 とにかく上杉君は優しい人です、何度も言ったじゃないですか!

 もう、そんなことを言うなんて…。」

 

「あ、ちょっと五月──」

 

急に二乃、と呼ばれていた方の声が聞こえなくなった。

なんというか…、嵐みたいなやつだったな。

 

「すみません上杉君、少し話してみたいって言うから繋いだのに…。」

 

しゅんとした様子の五月の声。

頭のアホ毛も一緒になって萎れている光景が目に浮かぶようだ。

 

「いや…、ちょっと驚いたが大丈夫だ。

 気にするなよ。」

 

「はい…。」

 

「それより他に用事は有るか?」

 

「ありません…。」

 

「そうか、じゃあな。」

 

そう言って電話を切ろうとすると、慌てた声で引き留められた。

 

「あっ、待ってください!」

 

「? なんだ?」

 

「え、えっと…、上杉君!」

 

「だからなんだよ。」

 

「おやすみなさい!」

 

「…あぁ、おやすみ。」

 

少しの間何か電話の向こうで口をもごもごさせて言い渋っていたようだが、どうやらこれが言いたかったらしい。

 

なんでそんなに言い渋ったのかは知らないが、どうやら今度こそもう何もないらしい。

じゃあ、と告げて電話を切り居間に戻ろうと視線をそちらに向けると──

 

──目をきらっきらに輝かせたらいはと目があった。

どうやら一部始終を聞かれていたようだ。

 

…しかも最近で一番楽しそうな顔をしている。なんでだろうな、らいはが楽しそうなのは嬉しいのだが、こう、嫌な予感しかしない。

 

「お兄ちゃん!やっぱり彼女じゃん!」

 

「だから違うんだって…。」

 

「じゃあ五月さんってだれなのかなー?」

 

「はぁ…、もう説明するから勘弁してくれ。」

 

 

 

その後、らいはの猛攻に陥落した俺が、五月のことを洗いざらい話し、今度らいはを五月に会わせる約束をさせられたのは至極当然のことだった。

 

…やはり妹は強かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ついさっきまで上杉君の声がしていた携帯をじっと見つめる。

考えてみれば彼に電話をかけたのは初めてだ。いつも連絡をするときはメールだったし、何か用があっても電話をしようとすると、何故だか最後の“発信”のボタンが押せないでいたからだ。

 

それが今日は半ば二乃に押しきられるような形ではあるが、すんなりとかけることができた。

 

「えへへ…。」

 

今日はよく眠れそうだ、とそう思いながら携帯を抱き締めた。

 

 

 

「おやすみなさい、お兄ちゃん。」

 

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