「お兄ちゃーん!起きて、ご飯だよ~。」
ゆさゆさと体を揺さぶられる感触に段々と意識が浮上してくる。
…だがまだもう少し寝ていたい、昨日は勉強がいやに捗ったせいで布団に入ったのは日の出の少し前といったところだからだ。
休日の朝の勉強の時間が削られるのは少し痛いが、まだもう少し布団にくるまっ…zzz
「もう!今日は五月さんに会わせてくれるんでしょ、おーきーて!」
「…それは午後からだからまだもう少し…zzz。」
そういえばその約束は今日だったか、結局あのあと五月にはメールを送って予定を取り付けた。
五月が了承してくれたことをらいはに伝えると大層喜んでいたしそれなら俺も嬉しい。
ただ、気が合わなかったりなんなりで変なことにならなければ良いのだが…zzz。
「もう!お兄ちゃんずっと寝てたからそろそろお昼だよ!お昼ご飯!」
「…………!?」
バッと布団をはね除けて枕元にあった時計で時刻を確認する。
…11:45
「なんてことだ…。」
「どうしたのお兄ちゃん、急に。」
「貴重な休日の午前の勉強時間が…。」
「…もうちょっと早く起こしてあげた方がよかったかなぁ?」
「いただきまーす!」
「いただきます…。」
集合時間は一時だからまだ時間は有るが、有り余っているというほどでもない。
起きたばかりでまだ何の準備も出来ていない俺とは対照的に、らいはは既に準備万端のようだ。
「もうお兄ちゃん…、いつまで引きずってるの?」
「でもならいは…、休日の午前中は3時間以上は勉強できるんだぞ?」
「はいはい分かったから~、早くご飯食べて準備しといてね!」
「はい…。」
今の悲しみを精一杯伝えようとしてみるが、軽く流されてしまった。
年々扱いが雑になってきている気がするな…、このままいったら数年後には「お兄ちゃんなんて嫌い!」と言われてしまうかもしれない。
…そんなことになったら俺は生きていけるだろうか?
「無理だ…。」
「? 本当にどうしたのお兄ちゃん、大丈夫?」
「らいは…、せめて葬式には出てくれよ…。」
「???、もう、なんだか知らないけど早く準備!」
バシャバシャと顔に冷水をかけて洗うことで、漸く頭がスッキリしてきたのを感じる。
タオルで顔を拭き、私服に着替えた後で改めて時刻を確認すると、正午を20分ほどまわった時間になっていた。
もうあまり時間はないか、そう思うが、準備と言っても後は勉強道具を鞄に詰めるだけなのでそう時間はかからない。
ぱっぱと必要なものだけを放り込んで、何やら奥の方でゴソゴソやっていたらいはに声をかける。
「おーいらいは!準備終わったぞー!」
「はーい!」
元気が良い返事がかえってきて、奥から出てきたらいはだが…。
「何か荷物多くないか?一応勉強しに行くんだが…?」
「細かいことは気にしないの!」
「はぁ、図書館なんだからあんまり騒ぐことはしないようにな。」
「そんなの分かってるよ~。」
「そうか?ならいいんだが。」
そう言ってらいははニコニコ…、いや、ニヤニヤしてる!?
…なぜだ、もの凄く嫌な予感がするんだが。
「らいはさん?その荷物の中身教えてもらえないかな?」
「細かいことは良いの!ほら、行くよー!」
「いや、別に細かくないと思う…、あ、おいちょっ!」
「ほらほら早くー!」
「はぁ…、もうどうにでもなれ…。」
「そういえば親父はどこに行ったんだ?
今日は休みだからって昨日酒飲んでたろ。」
「ん~、何かね、久しぶりに昔の友達から連絡が来たから会いに行くって言って10時くらいに出てっちゃったよ?」
「ふーん、そうか。」
「あ、興味ないでしょー。」
「まあな。」
「そ、即答…!」
☆
普段、五月の朝は早い。姉妹で一番早起きして朝食の準備をしている二乃よりは遅いものの、真面目な性格のせいもあり、早寝早起きは彼女の基本である。
ただ、この日に限っては非常に寝起きが悪かった。それもその筈、今日のことが楽しみなのと緊張しているのとが相まって昨日中々寝付けなかったせいで、殆ど寝ていないのだ。
「あら五月、ちょっと遅かったわね。
朝ごはんできてるわよ。」
「ぉはよぉ…、たべる…。」
「まだ半分寝てるじゃない…、ほらすぐ出すからそこ座って。」
「ぅん…。」
珍しいわね、この子が朝こんなになるなんて。いつもの敬語も抜けちゃってるし。
何かあったのかしらね、今なら聞き出せるかしら?
「ほらほら座りながら寝ないで…、昨日夜更かしでもしたの?」
「…ぅん?」
「何でそんなに眠そうなのかって聞いてるの。」
「ぅん…、ちょっと…、ねれなくて…。」
「だから、その理由を聞いてるのよ。」
「きんちょうしちゃったから…。」
「あぁもう!その内容を聞いてるんじゃない!…ダメね、もう寝ちゃってるわ。」
元々目が半分閉じかかっていたのが完全に閉じてしまったのを見て、ひとつため息をついてスプーンを持ったまま寝てしまった妹の肩を揺する。
「そんなに眠いならまだ寝てなさい、たまには二度寝も良いものよ。」
「…ぇ?でも…。」
「そんなんじゃ起きてても仕方ないでしょ、大丈夫よ、一花なんて五度寝くらいは平気でするんだから。」
「ぅぅ…、そうかな…?」
「そうよ、ほら早く部屋戻って寝ちゃいなさい。」
「ぅん…。」
頷きはしたものの、「やっぱりごはん…」なんて言いながら普段よりは少な目な量の朝食を食べ終えた五月は、目を擦りながら自分の部屋に戻っていった。
あれだけ眠そうなのだ、自分で起きてくるまでは寝かせてあげよう。
そうこうしていると、ほかの姉妹達も起き出してきた。
「おはよう二乃。」
「三玖、おはよう。」
「…五月は?」
「すごい眠そうだったから部屋にかえしたわ、まだ寝てるでしょ。」
「そう、ご飯できてる?」
「出来てるから降りてくる前に一花起こしてくれないかしら?」
「ん、分かった。」
そう頼むと、案外素直に了承してくれた。もう少し面倒だなんだとごねるかと思ったのだが、今は虫の居所が良いらしい。
いい夢でも見たのかと思いながら食器を運び準備をしていると、扉が開く音と共に眠そうな一花と一仕事終えたと満足そうな顔の三玖が出てきた。
「ふわぁ~ぁ、おはよう二乃。」
「おはよ、もう出しちゃったから早く食べてね。」
これで今リビングに出てきている人数は三人、自室に寝に戻った五月を抜いても一人足りていない。
「一花、四葉は?」
そう聞くと、朝食を食べていた手は二人ともピタリと止まってしまった。
「ううん、一応声はかけたんだけどね。」
「…そう。」
いつまでも立ち止まっていてもなにも変わらない。私たちのなかで一番母に甘えた子だった五月ですらこの頃は前に進もうとしているのに…。
「もう我慢ならないわ!今日という今日は部屋から引きずり出してやるんだから!」
「わわっ、止めときなよ二乃!」
「二乃…、無神経。私たちは待つべき。」
「わ、分かってるわよそんなの…。」
分かっている、そう、分かっているのだそんなことは。今まで何度も声をかけては、時にはドアさえ開けてもらえず、また仮に聞いてくれたとしてもひどく申し訳なさそうな顔で「ごめん、まだ無理なんだ。」と告げられるだけだったのだから。
見たいのはそんな表情ではないのに。姉妹の元気印だった彼女の扉は今日も、開かない。
結局その後は、沈んでしまった雰囲気を見かねた一花の一言でこの話は流れたが、やはり皆思うところがあったのだろうか、それとも少し寂しくなったのだろうか。
いつもなら朝食後は各々好きなことを始めるのだが、今日は三人で集まって遊んでいた。
そんなこんなで時間を潰していると、気づけば時刻は正午を回り、12:30となっていた。
「二乃~、お腹すいたぁ。」
「あら、もうこんな時間。じゃあすぐ作っちゃうからどっちか五月起こしてあげて。」
「分かった、行ってくる。」
そういえば五月、緊張しちゃってとか口走っていたけど…、何か用事があったのかしら。
まぁ、もし用事があるならこんなに寝ないでしょうから大丈夫かしらね。
「五月、起きて、もう昼過ぎだよ。」
「ぅぅん…、あと五分…。」
「お昼ご飯だよ。」
「んむぅ…、おひるごはん…?
……お昼!?」
ガバッという擬音がつきそうなほどの勢いで飛び起きた五月は、周りを焦った様子で見回したあと、必死な顔で訪ねてきた。
「三玖!今何時ですか!?」
「え…、さっき見たときは12:30だったけど。」
「あああぁぁぁぁ…。」
この世の終わりもかくや、という表情で頭を抱えてうずくまる五月、頭の上でヒョコヒョコと揺れるアホ毛も相まって端から見ると可愛らしいが…、本人はそれどころではないのだろう。
「い、五月…、どうしたの?」
「三玖!」
「う、うん!?」
「二乃にご飯食べれなくてごめんなさいって言っといてください!」
「え…?五月どうするの?」
「人と約束してるのですみません!」
「うん、分かったけどどこ行くの…?
あ、行っちゃった。」
見たこと無いような早さで着替えた五月は、既に用意してあったらしい荷物をひっつかむと部屋を飛び出していってしまった。
外では一花の困惑したような声と、二乃の引き留める声が聞こえたが、振り切ったのかすぐに玄関の扉が閉まる音が聞こえてきた。
「ちょっと!五月どうしたの?」
「うん、何か約束があったみたい。」
「そ、そうなの…、悪いことしちゃったかしら…。」
「???」
「遅ぇ…。」
季節は夏前、寒くもくなく暑くもない最適な気温…、というわけではなく少し蒸し暑い程度だ。
最近の温暖化の影響でも受けているのだろうか、季節の上ではまだ春なのにこれならばいざ夏になってしまったのならばどれ程のものか、とげんなりする。
暑い日は嫌いなのだ、勉強していても汗で腕に紙が張り付いてくるしそもそも集中しにくい。
その上、夜は暑すぎて本当の意味での眠れない夜と化すのだから笑えない。
「なぁらいは、やっぱり中に入って待ってないか?」
「ん~、でもそしたら来てすぐ見つけられないじゃん。」
「でも暑くなってきたしなぁ…。」
「そうだねぇ…。」
そう話す二人の声に元気がないのも気のせいではないのだろう。時計の針が示す時刻は13:10、つまり五月は完全な遅刻であった。
更に十分後、風太郎がもう帰ろうかと言い出してらいはがひっぱたいて止める等という光景がみられるようになった頃、やっと視界に見覚えのあるアホ毛が入ったきた。
「はぁっ、はぁっ、お待たせしました…。」
「あぁ、遅いな。」
「コラ。」
待たされていたのは事実なのでそう言うとらいはに後ろから叩かれた。
抗議の意思を込めて目線を送ると、そういうとこだよね…、と呆れたような視線が返ってきた。
「大丈夫ですよ五月さん、私達もさっき来たばかりですら。」
「なに言ってんだらいは、もっと前についてただろ。」
「だからそういうとこだよお兄ちゃん。」
「ありがとうございます…、あの、あなたが?」
「あ、はい!妹の上杉らいはです!いつもお兄ちゃんがお世話になってます。」
「あ、い、いえお世話になっているのは私の方で…。」
本当にいつも優しく教えてくれて助かってます!と笑う五月にふと笑みがこぼれる。
自分でもらしくないと思っている教師の真似事だが、こいつが笑うと悪くないと思えてしまうから不思議なものだ。
まぁそれはおいといて、だ。大方寝坊でもして急いできたからだろうが…。
「おい五月、寝癖ついてんぞ…。あぁそこじゃない、ほら、直してやるからこっち来い。」
「え、あ、あの……、わっ。」
頭の後ろの方に寝癖がついていたので直してやる。そのついでにアホ毛もどうにかならないか試してみたが…、ダメだった。
これはもうそういものなんだ、諦めるしかないのだろう。
「ありがとうございます…。」
「あぁ、じゃあはい──」
くううぅぅぅぅぅ………
「す、すみません…」
「なんだお前、昼御飯食べてないの──「五月さん!コンビニ行きませんか!お兄ちゃんはここで待ってて。」──えぇ…?」
被せるようにそういうと、五月の手を引いて行ってしまった。なんだってんだ全く…。
十分程たって、返ってきた五月とらいはは、手にコンビニの袋を持ち、五月にいたっては肉まんを頬張っていた。
「上杉君!お待たせしました。」
「あぁ…、図書館のなかで肉まんはダメだろ、どこか座れるところ探そう。」
「さんせーい!」
その後、そこら辺のベンチにて
もっきゅもっきゅ
「美味しいです!!」
((すごい食べるな…))
「おい、そんなに食べたらふと「お兄ちゃん?」…何でもない。」
「さて…、じゃあ始めるか。これから勉強するが、らいははどうする?」
「私も学校の宿題があるからやってるよ。」
「らいはちゃん!分からなかったら教えてあげます!」
「らいははお前より頭良いぞ。」
「えっ…。」
始まるまでにひと悶着あったものの、いざ始まれば、何時もよりも静かな環境、そして元々集中力は高いのでだらけるようなことはなく、ちゃんとした勉強会となった。
途中忠告はしたのに五月がらいはに勉強を教えようとして撃沈するなんて一幕はあったが…
らいはは早々に宿題を終わらせて、横で本を読んでいるが…
「五月、おい。」
「むむむむ…。」
「休憩にするぞ、俺はトイレに行ってくるから休んどけよ。」
ついでに飲み物も買ってくるから少し時間がかかる、そう言って彼は行ってしまった。
休めとは言われたけれど…、この問題を解いてからでも遅くはないはずです!
あとちょっとで解けそうなんです、ここまでできたなら最後までできるはず──
「五月さん五月さん。」
「はいっ!」
「うわ、ビックリした!
あのね、お兄ちゃん今はあんな勉強魔人だけど昔はそうじゃなかったんだよ。」
「え…、そうなんですか?」
「うん、知りたくない?」
自販機で飲み物を買い、らいはと五月のいる席に戻ると、二人して体を寄せあって何かひとつの本を読んでいるようだった。
「おい、なにみてん……だ!?」
端から見ると微笑ましい構図だが俺にとっては全く笑えなかった。何故ならその読んでいた本とは…
「俺の小学校の卒業アルバムじゃないか!?」
「さて、言い訳を聞こうか。」
「これやったら面白いと思ったので!」
「よし有罪だ。」
「あの…、ダメだったでしょうか…。」
しゅんとして見るからに落ち込んでいる様子の五月を見ると、何故だか此方が悪いことをしているような気分になる。
「ダメという訳じゃないんだがな…、あんまり見てほしくないんだ、今と全然違うだろ。」
「すみません…。」
「お兄ちゃん五月さんをいじめないで!」
「いや、いじめてはいないぞ?」
「あの、上杉君、どうしてそんなに勉強するようになったんですか?
何か切っ掛けがあったんですか?」
切っ掛け、それならある後にも先にも俺が変わろうとした切っ掛けはあの京都での一日、それだけだ。
でも、何でだろうな。
「…言いたくないな。」
言いたくないと、そう言われた。考えてみれば上杉君に面と向かって拒絶されたのは初めての事かもしれない。
私が切っ掛け、と口にしたとき、彼は何かを懐かしむような、どこか遠くをみつめるような、そんな顔をしていた。
その出来事は、きっと彼の特別なものなんだろう。簡単に他人が立ち入ってはいけないものなんだろう。
でも、でもいつか、いつかは聞きたいな。
聞かせてくれますか?上杉君。
それから勉強を再開して数時間ほど、ずっと本を読んでいたからからいはちゃんも少し退屈そうにしているし、私も集中力が切れてきた。
ちらりと上杉君を見ると、時計を確認していたようで、ちらりとこちらを見ると、言った。
「そろそろ終わるか、らいはも飽きてきてるしな。」
あぁ、終わっちゃう。もっとらいはちゃんと話してみたい。
らいはちゃんはひとつ下なだけだけどとても可愛くて、なんだか妹ができたみたいで楽しかった。
末っ子の私にとってはとても新鮮な気分だ。
もっと上杉君と話していたい、明日は日曜だから会えないのに。何で休日は学校がないのだろう。
「そんな残念そうな顔すんなよ…、なんだ、まだ勉強したかったのか?」
そうじゃないよ、もっとお兄ちゃんと話してたいの、なんて我が儘言ってもいいのだろうか。
でも、今ですら私の我が儘に付き合わせて勉強を教えてもらっているようなものなのにそんなこと──
Prrrrrrrrrrr Prrrrrrrrrrr!
「電話……?」
「もしもし、五月君かい?」
「お父さん!?」