もしも歳が離れていたら   作:夕暮れの家

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第8話

「よお、久しぶりだなマルオ。

 珍しいな~、お前から声かけてくるなんてよ。」

 

「名前を呼ぶんじゃないといつも言ってるだろう…、久しぶりだな勇也。」

 

久々の休日、ゆっくりできる日なんてそうそう無いので今日は一日だらごろしてやろうと昨日酒を何時もよりも多目に飲んだのが祟ったか…、ホンの少しだが頭が痛い。

 

ったく急に呼び出すんじゃねぇよ、相変わらずこっちの予定なんざ考えてないんだろうな。

 

ガシガシ頭を掻きながらそんなことを考える。頭を掻いても頭痛はちっとも良くなりはしないが少しは気が紛れるってもんだ。

マルオとは、まぁ、なんだ、言ってみれば腐れ縁のようなものだ。何故エリートコースまっしぐらのこいつと借金で首が回らなくなっちまっている俺が未だに付き合いが有るのかは謎だが。

 

…いや、謎じゃあねぇか、中野先生のお陰なんだろうな。

 

「で、何の用なんだよ。わざわざ呼び出してただ話してぇだけってのはないだろ。」

 

「酒臭いな…、あまり近寄らないでくれ。

そう変な顔をするんじゃない、うちの娘のことで少し相談したいことがあってね。」

 

「あぁ?中野先生の?

 …いや、悪い。それでどういうことだ。」

 

「実はな──」

 

マルオが言ってきたのは娘達の成績のことらしい。何でもこのままだと中学にあがるときの試験に五人ともども落第しかねないらしい。

あの先生の娘が頭が悪いだなんてなかなか信じられたことじゃあないが、こいつがいってんだ、嘘じゃねえんだろ。

 

「…それで?俺にどうしろと。」

 

「最近、一番下の子の成績だけ上がってきていてね、気になって聞いてみたら上杉、という高校生におしえてもらっていると言っていた。

心当たりは、ないかい?」

 

「その下の子ってのは五月って名前か?」

 

「ああ。」

 

「それならその教えてる高校生はうちの風太郎だな、昨日らいはと話してたぞ。」

 

「…そうか。」

 

そういったマルオは、少し考え込むような仕草をした後、顔をあげて真っ直ぐ此方を見てきた。

随分と真剣な雰囲気に、こりゃ茶化す訳にはいかねぇなとこちらも少し背筋を伸ばす。

 

「…勇也、頼みがある。」

 

 

 

 

 

 

五月との勉強会を終え、いい人だった!と興奮気味のらいはとぐれていた頃の自分を暴露されほんの少し機嫌が悪くなっていた風太郎を出迎えたのは、幸せそうに大口を開けて眠る父親の馬鹿でかいいびきだった。

 

玄関の扉を開ける前から響いてくる音に、近所迷惑だと頬がひきつる。

居間までいくと案の定掛け布団も被らずにねっころがっている父親の姿。

 

「…らいは、叩き起こしてやれ。」

 

「はーい!お父さん、起きてー!」

 

台詞だけ聞くと只娘が父親を起こす微笑ましい場面としか思えないが、実際やってることはかなりえげつない。

 

うわぁ、今何で殴った?教科書か?結構分厚い奴じゃないかあれ、らいは怒らせるのはやめとこ…。

 

「ぐふっ!」

 

「おーきーてー!」

 

「ら、らいは起きる!起きるから止めてくれ!」

 

娘に教科書でしばかれる親父を横目に夕飯の準備をする。

今日はらいはも一緒に外出していたので昼に夕飯の準備までらいはがやってくれていた。

料理しなくてもいいなら食器を運ぶ云々の雑用は俺と親父、男の仕事だ。

 

「お、そうだ風太郎。」

 

情け容赦ない目覚ましに速攻起こされたらしい親父に、はよ手伝えと顔を向けるとそう声を掛けられた。なんだと返すと急ににやにやと笑いだした。

 

「い~いバイト、見つけてきたぞ~。」

 

その笑いかたに、とてつもなく嫌な予感がしたのは言うまでもない。

 

結局そのバイトについて親父が教えてくれたのは、家庭教師のバイトで、給料が相場の五倍であるということくらいだった。

 

…正直、何かヤバいバイトの気しかしない。しかし俺がそう言ったときの親父の返答は、

 

「人間の、あー……、なんとかって臓器は半分なくなっても大丈夫らしいからなんとかなるだろ。」

 

だった。息子に臓器を売れってのかこのくそ親父…。

いや、流石に冗談だというのは分かるがそれにしても怪しい。本当に大丈夫か…?

 

それ以外のことはどれだけ聞いても知らぬ存ぜぬの一辺倒。もっとあるだろ例えばどんな生徒なのかとかよ…、そういえば「いきゃわかんだろ。」と返された。確かにそうだけども。

 

流石にどれくらいの年か分からないと何を教えていいのかも分からないと食い下がると小六だということはわかった。絶対もっと詳しく知ってるよな、何で教えねぇんだよ。

 

しかし困ったことになった。家庭教師は平日の放課後にもあるらしい。五月に何て言えばいいんだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、開始は明後日の月曜日からだからな。」

 

「はぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「家庭教師、ですか…。」

 

自分の声が沈んでいるのがはっきりと分かる。多分電話の向こうの父親にも伝わってしまっているだろう。

それでも、無理に取り繕う気には到底なれっこなかった。

 

父親が家庭教師をつける、と言い出す理由は分かる。それほどまでに自分達の成績は悪いのだ。

でも、でも、なんで今になってなのでしょう。

家庭教師何て来たら、上杉君との勉強会は…。

 

「あの、お父さん!家庭教師なんて必要ないです、私達は大丈夫ですから──」

 

「先方にはもう話をつけてある、他の子にも話をしておいてくれ。」

 

「そんな…。」

 

一縷の望みをかけて反対してみようとしてみたものの、バッサリと切り捨てられてしまった。

どうすればいいのでしょうか…、私にとって家庭教師は喜ぶべきことなのかもしれないのに、素直にその先生を受け入れられる気がしません…。

上杉君は私を馬鹿にしません、いえ、たまにからかったりはしてきますけど何回だって丁寧に教えてくれます。

でも、それが普通じゃないって知ってるから。私みたいに理解が遅い子にあそこまで付き合ってくれる人の方が稀だって身をもって知ってるから。

 

…怖いです、家でまであの心底呆れたような、「もうお前には期待しない。」と言いたげな視線に晒されなければいけないのでしょうか。

 

それ以上に、あの優しい時間が終わってしまうかも知れないことが心底、怖い。

 

 

 

 

 

 

 

お父さんからの知らせを聞いたときの姉妹の反応は決して良いものではなかった。いや、誰も受け入れる気がないので最悪と言ってもよいのではないか。

 

一花は「どうせサボるから怖い人じゃないといいな~。」と笑い、三玖はなにも言わないがその顔からして良い気はしていないのだろう。

二乃に至っては「私がそんな奴叩き出してやるわ!」と息巻いている。何時もならば諌める場面だが、ふと本当にそうしてくれたら…、などと考えてしまい慌てて首を振った。

 

いけません、お母さんなら絶対こんなことは考えないです。せっかく家庭教師の方がきてくださるのだからちゃんと受け入れて勉強出来るようにしないと…。

 

そうしていると、ふと横から視線を感じたのでそちらを見ると一花が心配そうに此方を見ていた。

 

「五月ちゃん大丈夫?なんか顔色悪いけど…。」

 

「い、いえ大丈夫です!それよりも二乃が変なことしないように注意しなくてはいけないですね。」

 

「五月ちゃん。」

 

「そうです、教師の方に呆れられないように勉強もしなくちゃ──」

 

「五月ちゃん!」

 

はた、と気づく。いつの間にか一花だけでなく二乃と三玖まで此方を見ている。

 

「あ、あの私──」

 

「五月ちゃん、一人で抱え込まないで。

頼って良いんだよ。」

 

───あぁ、ダメだなぁ私。

 

「い、一花ぁ、私怖くて、また、また私なんかダメなんだって言われるんじゃないかって……。」

 

お母さんの代わりになるって決めたのに、ひとつ決めたことすらやり通せない、弱い私だ。

泣いて、泣いて口から本音が出ていこうとするけれど、全て吐き出してしまったら何かをなくしてまう気がして口をつぐんだ。

そうしたらそれすら何故か悲しくて、やるせなくてまた、泣いた。

 

 

「…落ち着いた?」

 

「うぅ…、ぐすっ、すみませんでした……。」

 

「大丈夫よ五月、嫌なやつだったら直ぐに止めさせるから。」

 

「五月、ほら大丈夫だから…。」

 

五月ちゃんが泣いたのなんて久しぶりに見た、何かを堪えるような表情や悲しい顔はたまに見たけど、私たちの前で泣いたのなんて本当に久しぶりだ。

 

…この頃は笑ってたのにね、フータロー君のお陰で。それに昨日もすごい機嫌良かったのに。

あ、もしかして五月ちゃんがここまで弱ってるのって。

 

「…フータロー君との勉強会が減るから?」

 

その呟きは、今は二乃に甘やかされ三玖に慰められている末っ子には聞こえなかったようだ。

 

ふーん?これはやっぱりそうなのかな~?

 

面白くなって来た!とばかりににやにやして五月ちゃんを見るが……。

 

「いや…、ないよね。」

 

思い直した、あの子に限ってそれはない。だって五月ちゃんだよ?座右の銘は花より団子、可愛い服より三度の飯を地でいく子だ、ないない。もしあったとしても気づかないで病気かなんかと間違えるに決まってる。

 

「家庭教師がフータロー君みたいな人だったらいいな~。」

 

もしそうだったなら少しだけ…、少しだけ頑張ってみようかな。

 

 

土曜の夕方、もたらされた知らせは五人をどう変えるのか。

 

いつまでも同じままではいられない。つい先ほどまで夕暮れだった空がふと見てみれば真っ暗になっているように、綺麗なものほど直ぐに消えていってしまうのはこの世の摂理なのだろうか。美人薄命とも言うだろう。

 

季節の変わり目に吹く風は色々なものを運ぶ。繋ぐ命を運び、匂いを運び、新しい季節を知らせてくる。

 

吹き込む風はよくも悪くもその場の形を変えていく、地面を削って整えるのも、きれいな花でその場を覆うのも、全ては吹くその風次第なのだろう。

 

 

 

 

 

 

四葉は困惑していた。下の階の姉妹達の話によると、家庭教師何てものが来るらしい。

そうなったら自分はどうすれば良いのか。

いくらこのままではいけないと思い始めているとは言っても、急に部屋から引っ張り出されるかもしれない可能性が出てきたならそうなるのも仕方ないだろう。

 

「どうしよう…。」

 

分かっているのだ、動かなければなにも変わらないことも、姉も、妹も皆自分を待ってくれていることも。

踏み出せば良いのだ、ドアを開けて、一言心配掛けてごめんねと言えば良いだけなのにその一歩が遠い。

 

四葉と言う少女は昔からそうなのだ。五人の中では一番元気で、人当たりもよく、様々なことに積極的だと他人からは思われ勝ちだが、いざというときにへたれることが多い。運動関連ならばどんな大舞台だとしても堂々とプレーするので全くそうは思われないのだが、実はへたれなのである。

 

どうしようどうしようと部屋の中をあっちに行ったりこっちに行ったりとうろうろする姿は完全に不審者である。彼女の姉妹が見たのなら、心配の種をまたひとつ増やすこと間違いなしだ。

 

それにしても、だ。いくらへたれだとしても部屋のドアを開けるだけにこれだけ躊躇するだろうか?

いや、流石にしない。理由が有るのだ。

 

ぐいっと口角を指で持ち上げてみる。出来上がったのはなんとも不格好な笑顔。

 

「どうしてなんだろうな…。」

 

母親の突然の死、それに追い討ちをかけるように突きつけられたどれだけ努力しても自分は人並み以下にしか勉強ができない、という事実は、いともたやすく四葉から笑顔を奪い去った。

 

自分が生きていく目標と、その手段さえ立て続けになくしてしまったことは、まだ子供である彼女には、あまりにも大きすぎたのだ。

 

それからというもの、四葉はうまく笑えない。今までは部屋にずっといたため姉妹達にはばれていないが、出ていってしまったのなら確実にばれるだろう。

 

何故笑えないのか分からない、姉妹達にこれ以上心配は掛けたくない、でもこのままでいるわけにもいかない。

そんな状況に四葉は完全にどうして良いか分からなくなってしまっていた。

 

…だからだろう、下から聞こえてくる不穏な会話を聞き逃してしまったのは。

 

 

 

「家庭教師が来たら四葉はどうするんだろ…、やっぱりそのままなのかな?」

 

「どうだろうね、でも…、怖い人だったら無理矢理出されたりしちゃうかも。」

 

「そんなことさせるわけないじゃない!」

 

「でも大人の人に私たちが勝てるでしょうか…?」

 

「男の人だったら絶対に無理だろうねぇ。」

 

額を付き合わせて悩む四人、五月もやっと落ち着いて一人で座っている。ただ、まだ目元が赤いのに気づかれていないと思っているのは本人だけだ。

 

頭を悩ますのはやはり下から二番目の妹のことだ、あの子は人一倍明るいが、その分悩み事等を一人で抱えこんでしまうきらいがあるのだ。

今までは心配して声を掛けてはいたが自分で解決してくれたらと思い、あまり干渉はしてこなかった、しかし、もうそうはいかなくなってしまった。

 

一番に立ち上がったのは、やはり中野家の誇る暴走機関車だった。

 

「もういいわ、全員で四葉を部屋から引っ張り出すのよ!」

 

「二乃、それじゃああんまり意味ない気が…。」

 

「誰とも知らないやつにされるよりは良いでしょ。」

 

「そういうものでしょうか…。」

 

「うーん、まぁ流石にそろそろちゃんと話したいしね。」

 

「じゃあ決まりね!」

 

 

 

 

 

バァン!と音をたてて扉が開かれる。急なことに中であーでもないこーでもないと悩んでいた四葉は文字通り飛び上がった。

 

「わひゃあ!」

 

「四葉!今日はもう無理にでも出てきてもらうわよ!」

 

「二乃、でも…。」

 

「でもじゃないっ!ほらいくわよ。」

 

「四葉、やっぱり話してくれなきゃわかんないよ。」

 

「そうだよ~、ほら、いこ?」

 

「久しぶりに一緒にご飯食べましょう!

 …寂しかったんですよ?ずっと。」

 

「みんなまで…。」

 

「四葉、なんでかなんて無理には聞かないわ。でも、でもね、せめて一緒にいなさいよ。家族じゃ、ないの……。」

 

うっすらと目尻に涙をためながら言い募る。誰より家族を愛しているのは彼女だ、気丈に振る舞ってはいても、妹がずっと部屋から出てこないことを姉妹の中で一番心配し、そして寂しがっていたのだろう。

 

いつも強気な彼女のそんな姿は、どうしても踏み出せなかった最後の一歩を、四葉に踏み出させた。

 

涙が、溢れる。それはいつも一人で流していたものとは違う暖かい涙だった。

 

 

「二乃、ごめんね。ちゃんと、ばなずから、ごべんねぇっ……」

 

「許すわよっ、ばかっ!」

 

「四葉ぁ、良かった…」

 

「四葉ぁっ、もうずっとはなせないかとっ、もうにどとしないでくださいっ!」

 

「あはは、皆泣きすぎだよ…。」

 

「一花だって泣いてるじゃないっ!」 

 

「うん……、うん。だって嬉しいんだもん。」

 

 

 

 

 

「「「「お帰り、四葉」」」」

 

 

母の死以来初めて、皆で一緒になって泣いた。五人にとっては大きすぎた母の死、きっと皆で泣いて、そして笑って乗り越えていくのだろう。

涙も、笑顔だってひとつでもかけたらダメなのだ。

 

──だって、五つ子なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「笑えなくなった?」

 

「うん…、そうなの。」

 

四葉は全てを話した。京都で会った男の子のこと、そこでの約束のこと。

そして、母の死と今の学校で全てを折られてしまったことも。

 

…ただ、風太郎の名前だけは伏せた。その名前を言えば、何故か彼と会ってしまっている五月に、皆に気づかれてしまうと思ったから。

 

風太郎君には、会わせる顔なんてないから。

 

皆だって情けないと言うに違いない、そう思って俯いたが、誰もなにもいってこない。

どうしたのか、そう思って恐る恐る顔をあげると、急に抱きつかれた。

 

「わぷっ、み、三玖?」

 

「四葉は頑張ってた、四葉はすごい子だよ。」

 

「もっと早く言いなさいよっ、ばか!

 ばかばかぁ…。」

 

「ううぅぅぅ…、ごめんねぇ四葉、一緒にいてあげられなくて。」

 

「四葉、気づけなくてごめんね、辛かったよね…。」

 

「そんな、悪いのは私で──」

 

「そんなことない!」

 

「皆四葉が頑張ってたって知ってるよ、ダメなんかじゃない、悪くなんかない。

私達の自慢の家族だよ?」

 

「あ……。」

 

心に刺さった刺が、いつも代わらずまるで自分を責めるように感じていた痛みが、ホンの少しだけ、やわらいだ気がした。

 

「ありがとう、皆。」

 

本当に、私なんかとは違って、優しくて、強くて、大好きな家族だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後は笑おうとしたけど、やっぱり出来たのはひどく不格好な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

五月に勉強会を出来なくなるかもしれない、と伝えることができないまま迎えてしまった月曜日、らいはには今朝しこたま怒られた。

 

…いや、連絡しようとは思ってたんだ、でもなぁ、何て言い出して良いのか分からなくてな。

 

まぁ、もうそんなことも言ってられない。

家庭教師は今日からだから、放課後図書室にいるであろう五月には伝えなければならないのだ。

 

はぁ、気が重い。

 

 

 

 

 

放課後、図書室に行くといつもの場所に五月が一人で参考書を広げて座っていた。

高校の図書室に小学生が一人、というのは随分と奇妙な光景に思えるが、もう何回もそこで勉強しているので、周囲も全く気にしていない。慣れたものだ。

 

近づいていくと、気配に気づいたのか、五月も顔をあげた。

 

「「なあ(あの)──」」

 

被った、それはもう見事に被った。こういうときに口をつぐんで相手に譲ってしまうのは日本人の美徳なのか、それとも短所なのか。

 

「そっちから…」

 

「いえ、上杉君からどうぞ。」

 

「あぁ、分かった。

実はな、新しいバイトが入っちまった。

今日は教えられない。」

 

「…そうですか、私も今日は用があったので。

次はいつなら大丈夫ですか?」

 

「その…、な。そのバイトは平日の放課後直ぐにあってな、もしかしたらもう教えられないかも…。」

 

「そんなっ!」

 

ガタッと音をたてて立ち上がる、色々言いたげな顔をしているが…

 

「五月、帰りながら話そう。

 …ここは図書室だ。」

 

大きい音で、周囲の注意を集めてしまった。

五月もそれに気づいたのか、周りに頭を下げて手早く荷物をまとめて外に出た。

 

 

 

「…なぁ五月、無理かもしれないとは言ったが、まだ分からないんだ。だから──」

 

「でも、可能性は低いんでしょう?」

 

「…あぁ。

  ………五月?」

 

もっと色々いうかと思ったが、何故か静かだ。自分よりも二回り以上も小さい少女は、俯いたまま立ち止まってしまった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「……やだ。」

 

服の裾を握りしめられる。

 

「やだ、やだよぉ、おにぃちゃん……。

みすてないでよぉっ!」

 

「…ごめんな。」

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ、家あっちじゃないんですか。」

 

「いや、バイト先がこっちらしくてな。

 ついでだ、送ってくぞ。」

 

「……うん。」

 

すっかり引っ付き虫となってしまった五月を放っておくこともできず、道を聞きながら家まで進む。

 

…待て、このでかいマンション親父にもらった地図の場所と同じなんだが。

 

「おい五月、本当にここなのか?」

 

「…ぇ?そうですよ?」

 

「俺のバイトの場所もここなんだが。」

 

「……そのバイトって家庭教師ですか?」

 

「あぁ、…ぁ?もしかして…?」

 

五月も俺と同じ結論に至ったようだ。いつのまにか俺から離れてぷるぷる震えている。

 

「そ、それをはやくいってよぉ!」

 

腰の辺りをおもいっきり叩かれた。痛ぇ、理不尽だ。

 

悪いのは親父だ。絶対に俺じゃない、誓ってもいい。

 

 

 

 

 

「なぁ五月、このバイトって給料が普通の五倍らしいんだが、何でか分かるか?」

 

「あれっ、言ってませんでしたっけ?」

 

そういった五月が開けたドアの先にあったのは横にあるのと全く同じ顔、顔、顔、顔…。

 

「あれっ、フータロー君じゃん!」

 

「アンタが家庭教師?私の家族になんかしたら許さないから!」

 

「二乃、最初から喧嘩腰は良くない…。」

 

「嘘……。」

 

その光景により、急激な負荷をかけられた俺の脳は、限界を越えた速度で高速回転。

ひとつの答えを導き出した。

 

「おい嘘だろ…?」

 

「私たち、五つ子の姉妹です。」

 

 

 

 

 

 

俺は、今でもあの日を夢にみる。あの、俺の人生が変わり始めたあの夢のような日を。

 

「夢のような日って、ふふ。

あの五つ子だって初めて知った日でしょ?

夢のようだなんて見えなかったけど。」

 

隣で純白のドレスに身を包む彼女が微笑む。

今日は結婚式、俺を変えてくれた彼女と、契りを交わす日だ。

 

「そうだね、夢は夢でも…」

 

いつまでも夢で見るであろうあの日は──

 

 

 

 

 

 

──とんでもない悪夢だ。

 

 

 

 

 

 

これは、どこにでも有るような俺と彼女が出会い、そして結ばれる物語。

退屈かもしれないが、是非お付き合い願いたい──

 

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