「五つ子って本当なのか?」
機嫌良さげに俺の腕を引っ張る五月にそう訪ねる。実際五つも同じ顔が並んでいれば信じる他ないのだが、どうにも頭が受け入れてくれないのだ。
そりゃあそうだろう、双子や三つ子ならまだしも、五つ子なんて聞いたこともない。
「本当ですよ?同い年ですけど皆私の姉です!」
「あぁ、お前一番下なのか…、まぁそうだろうな。」
「納得するの早くないですか!?」
「あ~、というか離してくれ。さっきからお前の姉の視線が怖い。」
そうなのだ。先程から、というか入った瞬間からだな、四人から、特に蝶の髪飾りを着けた奴とでかいリボンを着けた奴からの視線が凄い。
俺何かしただろうか、いやこいつらとは初対面だからなにもしてないとは思うのだが…、
何か初めてあった気がしないんだよな。まぁ五月で同じ顔を見慣れてるせいだろうが。
「ちょっとアンタ!」
「ん?」
やっと五月に手を離してもらい、一息つこうとすると間髪いれずにきつい声音が飛んできた。んん?この声の感じ、聞き覚えがあるな。
「あ、お前あの電話の奴か?」
「電話?あ、あんたもしかして上杉って奴?五月に近づくなって言わなかったかしら。」
「だからそれは俺が決めることじゃねぇって…。」
うん、こいつはちょっと苦手だな。こう最初っから敵意を向けられたらこう思うのも仕方ないだろう。
このくらい可愛いもんだと笑って受け入れられる器の大きさがあれば良いのだが、生憎俺にそんなものはない。
「はぁ…、とにかくこれから家庭教師をやる上杉風太郎だ、よろしく頼む。」
ざっと全員を見回してみる、なぜかニヤニヤしてる奴、敵意全開の視線を向けてくる奴、探るような視線を向けてくる奴……、今はとりあえず全員座ってくれてはいるが、完全に受け入れられているわけでは無さそうだ、
…五月を除いて。
「上杉君!今日はなにをやるんですか!」
「おー、元気いいな、取り敢えず落ち着け。
まぁそもそもだ、俺は生徒が五人もいるなんて聞いてないし、何を目指して教えればいいのかも知らん、分かる奴いるか?」
「あれ~、フータロー君そんなのでいいの?」
「親父が教えてくれなかったんだよ。いきゃわかるってな…、まぁそんなことはいいんだ、一花分かるか?」
「分かんなーい♪」
「言い方ムカつくなおい。」
こいつはぶれないな…、一回しか会ったことないが、扱い雑でも大丈夫そうな感じがする。真面目な五月とは正反対なタイプだな、
前のときは勉強している五月の横で全く勉強していなかったが…、大丈夫だろうか。
「あの…、お父さんに電話したらどうでしょう?」
「あぁ、それが良さそうだな。
…番号分かるか?」
「あ、私が貸しますよ。」
「そうか、悪いな。」
私の携帯を持った上杉君がベランダに出るとすぐに一花と二乃が声をかけてきた。
「五月ちゃん家庭教師フータロー君でよかったね~、いつ知ったの?」
「ついさっきです、上杉君も全く知らなかった見たいで…。」
「言ってたね、何でだろうね?」
「五月、私はあいつに近づくなって言ったわよね?」
「二乃が私の交友関係を決めないでください!」
「なっ…。」
「でも私も二乃に賛成、あの人ちょっと怖い…。」
「「そんなことない(です)!」」
三玖の言うことを否定しようと声をあげると、同じ内容で声が重なった。
私と同時に声をあげたのは、先程から妙に静かだった四葉だ。
「四葉、どうしたんですか?」
「ご、ごめん!何でもないよ、うん何でもない…。」
四葉はわたわたと手を動かし、何でもないと言ったあと、何か思い詰めた顔をして自分の部屋へと戻っていってしまった。
それに続くように二乃も立ち上がる。
「私はあんな奴認めないわ!五月、あんたも早く離れなさいね。」
「あ、二乃…。」
…行ってしまった、見ると残った三玖と一花も腰をあげようとしている。
「三玖、上杉君は怖くないですよ?」
「目付き悪い…、あと変な髪型。」
「確かに見た目はそうかもしれませんが…、あぁっ、待ってください!」
「とにかく、嫌。」
「…一花ぁ。」
「あはは、みんなこうだしやっぱり私も勉強はしたくないなぁ。」
そう言って一花と三玖も部屋に戻っていってしまった。そして、リビングに残ったのは私一人。
「…どうしましょう。」
無駄に広いリビングは、一人でいるには寂しすぎる。まだ始まってもいないこの家での家庭教師は無駄に前途多難のようだ。
教師本人はまだその事に気づいていないが。
「──つまり、娘さんを五人全員中学への進級試験に合格させることが当面の目標、ということですか。」
「そうだ、宜しく頼むよ。」
「はい、分かりました。」
中学への進級試験はそれなりの難しさだと聞く、小学校から教育に力を入れていることもあるだろう。
ただ、小中はお嬢様学校のようなものだ、テストは難しくても、あまりに悪い点数を取らない限り落とされないらしい。
それこそ赤点をとったりしない限りは。まぁ親に配慮してのことだろう。
それならこの条件は簡単なのではないか?
「時に、夏休み前最後のテストが近いね、そこにハードルを設ける──
──と言いたいところだが、君のことは五月君から聞いている。
今回は止めておこう、期待しているよ。」
「ありがとうございます。」
まぁそうだな、取り敢えず全員がどれくらいの成績か確認するところから始めよう。
まさか全員が五月並みなんてことは…、無いよな?それでも五月位やる気があればなんとかなると思うが…。
「…考えても仕方ないか。」
自作のテストは一人分しかないんだがどうしようか。
ベランダから部屋に戻ると、部屋の中がずいぶんと寂しいことになっていた。正確に言えば、人がいなくなっていた。
「…どういうことだ。」
「すみません…。」
「あぁ、お前を責めてる訳じゃないんだ。
取り敢えず電話ありがとな。」
「皆部屋に戻ってしまって…。」
部屋か、家から出てってないだけましなのだろうか。しかしもうこれだけで分かるぞ、五月以外やる気ないな。
俺はここでやっていけるだろうか。
「仕方ない、呼びに行くか。」
「手前から私、四葉、三玖、二乃、一花の部屋です。」
「一人一部屋とかセレブかよ…。」
いや、分かってはいたんだ分かっては。
そもそもこのマンション馬鹿でかいしその上この部屋は最上階だしな。
ただ小学生にこんな見るからに広そうな部屋一人に一部屋ってどういうことだ。
本当にお嬢様なのか…。普段のこいつの振る舞いを見ているととてもお嬢様のようには見えないのだが、こうして自分の家との格差を見せつけられると納得せざるを得ない。
「生まれた順番の数字が名前に入ってるのか?」
「そうなんです、私は五番目で一番下だから五月ですね。」
「へぇ、分かりやすいな。じゃあこの部屋の四葉は四番目か。」
「はい!四葉は転校する前は率先して勉強してたんですよ、最近は元気がないですけど、本当は凄く明るい子です!」
「それなら授業もちゃんと受けてくれるかもな。」
その子の印象は何かに怯えている子、だった。部屋に入ってきた俺を見て、一瞬何かを求めるように手を伸ばしたが、直ぐに下ろして俯いてしまった。五月に聞いた元気な子、というのとの違いに戸惑ってしまう。
…一体何があったのだろうか、そして何に怯えているのだろうか。普通に考えるなら急に家に来た俺にだろうが、授業を受けることはすんなり受け入れられてくれたのでどうも違う気がする。
ただ、それは本人の問題だ。あくまで他人の俺はそういうことにあまり踏み込むべきではないのだろう。
取り敢えず下の階に戻ってもらい、次の部屋に向かう。次は三番目か、確か名前は…
「三玖は私達の中で一番頭が良いんですよ、上杉君と気が合うかもしれません!」
「嫌」
「うぐっ…。」
「そもそもどうして教師が学生なの?この町にまともな家庭教師はいないの?」
「三玖っ、言い過ぎですよ。」
「五月も、五月は警戒心が無さすぎ。」
辛辣だった、感情を込めないで正論で殴ってくる分二番目よりも正直きつい。
ただなぁ、受けてくれなきゃ困るんだが。
「まぁ、気が変わったら言ってくれ。」
そういい残して、次の部屋に向かう。しかし次はあの最初から敵意むき出しだった二番目だ。部屋に入ったとたんに拒絶の言葉が飛んでる来る気しかしないな…。
「部屋にもいないってどういうこと!?」
「おかしいですね、確かに部屋に戻っていったのに…。」
まぁいい、次だ次。次は…、一花か。果たしてあいつはやる気が有るのだろうか。
「一花とは会ってますよね、一花は…。」
「おいなんで途中で言いよどむんだよ、ちょっと分かるけども。」
ドアを開けるとそこはジャングルだった。そう言いたくなるくらいに汚い部屋だった。
「なんだこれは…、こんなところに人が住めるのか?」
「人の部屋を未開の地扱いしてほしく、無いなぁ~。」
見た感じだれもいなかったのでこいつもかと思ったが、ベッドの布団がモゾモゾ動き出したのでそうでないと気づく。
どうやら寝ていたようだ。…この短時間で?
「一花は片付けが苦手で…。」
「いや苦手なんてレベルじゃないだろうこれは。」
思わず真顔になってしまう。それほど衝撃的な光景だったのだ。まさしく足の踏み場もないといったところだ。
「まさかフータロー君が教師とはね~、
知ってる?五月ちゃん昨日は先生が怖い人だったらどうしようって───」
「わわっ、い、一花!」
「あはは、冗談だって~。」
「おい、ふざけてないで下に行くぞ。」
当たり前のように五月をからかう一花を催促する。いつまでもベッドから出てこようとしないのだ。
布団を掴んで引っ張ると慌てたような声をあげて布団に更にくるまられた。
「あー、ダメダメ。
服着てないからダメだって!」
「何でだよ!」
何で布団から出ようとしないのかと思えばそんな理由だったらしい。しかしそうとは知らなかったとはいえ悪いことをしたな。
「悪い、少し考えなしだったな。」
「えっ?う、ううん私も悪かったし…。」
「服着たら下の階に来てくれるか?」
「…うん、分かったよ。」
思ったよりもずっとすんなりと了承してくれた。さてと、取り敢えずこれで全員まわったが…、一応受けてくれそうなのは三人か。
多いのか少ないのか。
…というかこいつ一花ってことは一番上なのか?
部屋を出る寸前でそう気付き、振り替える。
「この部屋も少しは片付けろよ、なぁお姉ちゃん?」
「なっ…。」
下の階に降りると四葉はすでに降りてきており、キッチンの方から何やら香ばしい匂いがしてきていた。
「この匂いは…、クッキーです!」
五月はその事に気づくと信じられないほどの速さでキッチンに突撃していってしまった。
その後、少し言い争うような声が聞こえてくる。どうやらつまみ食いをしようとして怒られているらしい。
怒っているのは声を聞く限り二乃のようだ。部屋にいないと思ったらそんなところにいたのか…。
ふと視線を感じ、そちらを見ると四葉がこちらをじっと見ていた。
「なんだ?何か用か。」
「ふ、ううん。上杉さんは、何で学生なのに家庭教師なんてやってるんですか…?」
恐る恐るという風にそうきいてくる。まぁ確かにそこは気になるところかもな。
「…あまり人に言う様なことじゃあないんだがな、家は貧乏なんだよ。それでな。」
「そう…なんですか。それは──」
あぁ、やっぱり言うべきではなかったかもしれない。いらない気遣いをさせてしまったようだ。
何かいけないことをしてしまった子供のように俯いて声を小さくする四葉の頭に、つい五月にたまにするように手を伸ばしてしまった。
「お前が気にすることじゃない、嫌なこと聞かせて悪かったな。」
「そんなことっ、あの、それよりも手が…。」
「っと、悪い。嫌だったか。」
「いえ、そうではないんですが…。
う、上杉さんは───」
「クッキー作りすぎちゃった、食べるー?」
「二乃の料理は絶品ですよ!」
何かを聞こうとした声は、キッチンから出てきた二人の声にかき消された。
キキッというブレーキの音と、着きましたよという声に意識が覚醒する。
…どういう状況だ?
「お客さん、家ここでしょ?」
言われて外を見ると確かに自宅だ、うえすぎと書かれた看板は見間違う筈もない。
俺が座っているのは助手席のようだ。
「何で…。」
「お客さん、出発する前からぐっすりでねぇ。」
若いからって無茶するんじゃないよ、と笑う人の良さそうなタクシー運転手を見ながら状況を整理する。確か俺は二乃の作ったクッキーを食べてその後──
「っあれか。」
そうだ、差し出された水を飲んだ後直ぐに眠くなってその後の記憶がない。あれに何か入っていたのだろう。
そこまでするか普通…。
「料金4800円になります。」
「はっ?そんな大金もって…。」
「カードでお願いします。」
突然告げられた事実上の死刑宣告に動揺する俺だったが、運転手はそれをまるっと無視して後ろから出されたカードで決済を終えた。
後ろの席を見ると、カードを差し出した五月と、四葉が乗っていた。
しっかりした妹さんだねぇ!双子かい?と聞いてくる運転手に、否定しようと口を開けるがその時には五月と四葉に声をかけていた。全くこちらの話を聞く気がない。
「妹さんたちも早く降りな!」
「え、あの、ちが───」
「なんだい、どこか行きてぇのか?こんな遅い時間に子供が出歩くもんじゃないよ。
ほら兄ちゃんと一緒に帰りな。」
「だからちが──」
口を挟む隙もない、あっという間に五月と四葉まで下ろされてしまい、タクシーは行ってしまった。
「…どうする?」
「どうしましょう…。」
「あ!やっぱりお兄ちゃんだ、それに五月さんも!あ、あれ?五月さんが二人?」
「あぁ、そいつは四葉だ。五月の姉でな。」
「そうなんですか!じゃあお二人ともせっかくここまで来たんですから夕飯食べていきませんか?」
「…良いのですか?」
「らいはがいいなら俺はいいぞ、四葉はどうする?」
「…私も、お邪魔しても良いですか?」
どうしよう。どうしようどうしよう。
昨日皆に色々話したお陰で落ち着いてきていた心がまたざわめいてきている。
まさか、家庭教師として風太郎君が来るなんて誰が思っただろうか。
五月から聞き出して知ってはいたが、本当に当時とは全然印象が違う。二乃はどうも嫌ってるみたいだし、三玖は怖いなんて言っていたけれど、そんなことはない。優しいところは何も変わってない。
風太郎君は覚えているのだろうか、家庭教師なんてやれるくらいに頭が良くなっているのだから約束は守ってくれているのだと…、覚えているのだと、思いたい。
それに比べて私はどうだ、罪悪感で、惨めさで押し潰されそうになる。これは、こんなことは話せない。ごめん皆、話すって昨日言ったのに。
風太郎君は私の事は気づいてないみたい。少し話してみたけど何も言われなかった。あの時話していた妹さんについて聞きたかったけど、二乃に遮られてしまった。
後から考えると良かったのかもしれない、だって風太郎君にとっての私は今日初めてあった他人で妹のことなんて知っているはずがないから。
気づいてくれていないことは、悲しいけれど少しほっとした。だってこんな情けないところ見せたくない、見てほしくない。
家庭教師をするなら私の成績なんてすぐに知られてしまうだろう。その上で気づかれてしまったら…。
失望した顔をする風太郎君が思い浮かんで思わず震える。そんなことは、絶対嫌だ。
…きっと私が笑えなくなったのは罰なんだ、約束が守れず、努力してもしても出来ないダメな私への。
それなら私は他人の振りをしよう、私は風太郎君──上杉さんと今日初めて会った唯の生徒、そうすれば──
胸の奥から聞こえた軋むような音には、聞こえないふりをした。
…どうして私はここにいるのだろう。二乃が上杉さんを眠らせて、それに怒りたかったのに怒れなかった。…だって、他人だもの。
でも何故か上杉さんを送っていくという五月に着いていくと言い出してしまい、上杉さんの家まで来てしまった。
今目の前にいるのは、あの時言っていた妹さんだろう。
夕飯を食べていくのに五月は乗り気だが、私は少し気後れしてしまう。だって、上杉さんの家庭事情を知っているから。
自分だけでも帰ろうと口を開いたけど、出ていったのは全く逆の言葉だった。
「…私も、お邪魔しても良いですか?」