カムラの里って凄い   作:震打

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プロローグ
見習い以上、駆け出し未満


 

 

 

 

 

 

禍群(カムラ)の里。

そこは古来より豊かな自然に囲まれた消えぬ炎の隠れ里。

たたら製鉄で生み出される良質な鋼の話は、その道の人間なら誰しもが一度は聞く話である。

モンスターの嫌う煙が常に立ち昇り、平穏な時間の流れる温かな村……。

 

その風光明媚な景観や、商売の匂いに釣られて、今でも多くの人間がカムラの里にはやってくる。

ハンターズギルドの支部があったり、近くに狩場があることも相まって狩人が訪れることも少なくないし、川を渡って商人が来ることもある。

しかし、そこに定住するものは……残念ながら少ない。

 

ボクはそんな村に生まれた、とある狩人夫妻の子だった。

生前は村付きハンターだった両親の跡を継いで、ハンターになることを期待されている……らしい。

 

里長のフゲンさんもギルドマスターのゴコクさんも、ボクに非常に期待しているらしく……ウツシ教官に至っては毎日のように農作業中の僕の下にどこからともなく現れ、宿題と称してトレーニングを課してくる。

オトモ広場での特訓に巻き込まれた日には大惨事で、翌日は全身が筋肉痛で農作業も出来なくなる。

 

まあ、それでも悪いことばかりじゃない。

幼馴染のヒノエとミノトは良くしてくれるし、里長もゴコクさんも実の子のように可愛がってくれる。ウツシ教官は……まぁいい人だし。

 

ボクにとってカムラの里はそんな所だ。

 

けど、そんな良い村にも一つ、欠点がある。

ボクが幼い頃から繰り返し聞かされてきた、村を襲う危機……"百竜夜行"が。

周期的に訪れるというその村の危機を救うため、ハンターだった両親の、実子であるボクに白羽の矢が立っている、らしい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無理!!

無理じゃない!?

ウツシ教官に色々教わったから知ってるんだけど、モンスターってデカいよね!?比較的小柄なアオアシラとかオサイズチとかでもボクの2倍ぐらいあるでしょ!?

ミノトの気の抜けるヘッタクソな絵で誤魔化せると思ってないか!?あの人たちは!!

 

ウツシ教官に武器の扱いとかも教わったけど、あんなちっさい武器で何ができるの!?連れられてった大社跡でイズチとか見たけど、あんなのでも勝てる気がしないよ!?ガルクにすら負けるんだけど!?

 

しかも百竜夜行って!!ただでさえ怖いモンスターが大挙して押し寄せてくる!?モンスター百頭が一斉に襲いかかってくるとか、地獄だよ!?なんでとっととここから引っ越さないんだこの里の人たちは!?

確かに綺麗なとこだけど、モンスターに襲われるよりマシだと思うよ!

 

 

……とまあ。

里のみんなからの期待とは裏腹に、ボク個人としてはとっととこの里から逃げ出して平和な街でのんびり暮らしたい。そんな場所があるのかわからないけど少なくともここよりは危険じゃないと思うんだ……。

 

聞けばボクの両親はもともとこの里の生まれじゃない、いわゆる余所者だったらしいんだけど、ハンターとしてこの村に住み着いて結婚して、ボクを産んだらしい。何を考えてこんなところに住もうと思ったのか、甚だ疑問なんだけど……。

 

そんな両親もボクが物心つく前に狩りに出て、2人とも命を落としてしまったらしく……後に残ったのは大破した防具と刃が欠けた武器だけだった。

言わんこっちゃないじゃないか……。

 

……そんなこともあってボクはハンターという職業に関して、そこまで肯定的な意見を持てていない。というか否定的だ。やめよう。ハンターダメ絶対。死んじゃうよ。

 

里長の期待の視線から隠れつつ、ウツシ教官の満面の笑顔を受け流し、無言のハモンさんで癒されながら、今日も畑の世話をしている。

正直何を育てているのかはよくわかっていないのだが、両親もよくわかってなかったらしく、適当な栽培方法のメモが残されていたのみだ。今更聞けないから、その通りに育ててよくわからない植物を収穫している。

 

本業すらこんなんでいいのか、ボク。

 

「やあ愛弟子!今日もいい天気だね!」

「あっ、教官……こんにちは」

「元気が足りないぞ!もっと大きな声で挨拶しなさい!」

「はぁ……」

 

ウツシ教官はいつもこんな感じだ。

元気いっぱいで、見ているこっちが暑苦しくなるぐらい熱血の人。

だからといって訓練が優しいとかそんなことは無く、日々オトモ広場のアイルーやガルクたちに鬼の教官としてビシバシやっている。無論、ボクにも。

 

「それで、今日は何か?訓練の予定は無かったんじゃ?」

「臨時訓練だ!モンスターはいつ出るかわからないからね!さあ、防具と武器はここにある!」

 

い、いつのまに……。

というかそれ、結構な重量な気が……。

 

「今日は特別授業だ!集合場所は【翡葉の砦】、武器と防具をちゃんと身につけて、準備万端にしてから来ること!いいね?」

「り、了解……」

「じゃあ俺は先に行って待っているから、できるだけ早くよろしく!」

 

武器と防具を手渡して、それだけ言い残すとウツシ教官は翔蟲(かけりむし)を使って飛び去っていった……相変わらず惚れ惚れするほどの蟲捌きだ。

 

「仕方ないか……まぁ、どうせ農作業も暇だしな……」

 

それにしても砦?

【翡葉の砦】と言えば、百竜夜行に対抗するため、大昔に作られた砦のことだ。実質的にカムラの里の最低防衛ラインとも言えるその砦は、あらゆる技術と知恵を駆使して作られた、鉄壁の防壁……。

何故そこに、ボクが!?

何か嫌な予感がするが……サボりでもしたら怒られそうだしなぁ……。

 

ボクは一抹の不安を抱えながらも、ハンター用の装備に身を包み、武器を背負った。

 

「あら、リゼさん?今日は随分と張り切って、どちらへ?」

「別に張り切っちゃいないけど……」

 

門へ向かう途中、幼馴染のヒノエに出くわした。

ヒノエは村の連中の依頼を集めてハンターに紹介する、いわゆる受付嬢で、ギルドの方はミノトが担当している。

これがまた顔以外は全然似てない姉妹で……っていうのは置いといてね。

 

「ウツシ教官が、【翡葉の砦】まで来いって。なんか特別授業があるんだってさ」

「砦へ?まぁ、でしたら……あ、これは秘密なんでした。危ないところでした」

「?」

「いえ、なんでもありません。特別授業、頑張ってくださいね!気焔万丈!ですよ!」

 

いかにも何か隠してますよ〜な笑顔が更に不安を煽る。

もしかしたら、ヒノエはこの特別授業とやらについて何か知っているのでは?

というかそうとしか思えない。なんだこのニコニコの裏に隠された哀れみのような感情は……確実に揶揄われている……!

 

「じ、じゃあ行ってくるよ……あれ、そういえば里長は?今日は見てないけど」

「私も今日は会っていませんね。でも……そのうちわかると思いますよ、うふふ……」

「?」

 

だからなんなんだ、その意味深な笑みは……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

歩くと面倒なので、翔蟲で飛びまくりながら【翡葉の砦】へと向かう。

翔蟲はカムラの里近辺でしか手に入らない特殊な虫で……更に言えば翔蟲の家畜化に成功したのもカムラの里だけらしい。

扱いに慣れるまでは大変だが、慣れればそう難しくはない。

……高いところや落下が苦手でなければ、の話だけど。

 

翔蟲は非常に力が強い。そりゃもうボクなんか比べ物にならないぐらい。

手のひらサイズなのに、ボクどころか防具や武器を含めた重量を軽々支えて飛べるぐらいには怪力だ。雌でこれなのだから、雄の大翔蟲ともなればそりゃもう、大型モンスターにだって負けないだろうな。

 

ボクが翔蟲の使い方を最初に教わったのは10歳の頃。

これがもう怖くて怖くて仕方がなかったのだが、これはいの一番に大翔蟲で逆バンジージャンプをさせたウツシ教官が全面的に悪いと思う。

雌の小柄な翔蟲で慣れるのが普通のはずなのに、あの教官と来たら……。

あれから訓練を続けてなんとか宙に浮く恐怖と高所落下を克服し、ウツシ教官程までは行かなくとも使いこなせるようになった……恨むぞ、教官。

 

閑話休題……。

 

 

【翡葉の砦】はすでに言った通り、カムラの里の最終防衛ライン。

両脇を高い崖に囲まれ、背後には当然カムラの里。

里のあらゆる技術と人材を注ぎ込んで作られた砦は、例えモンスター達でも容易に押し通ることは敵わない。

 

百竜 来たれり

  いざ 気焔万丈

   我らが牙城 不抜なり

 

なんて、誰が歌ったんだろうか?

 

谷底に作られた砦の連絡通路はさながら洞窟であり、訓練された百竜夜行の際にはアイルー達が物資や食料の補給のため、必死で駆けずり回るという。

里の住人、人も、竜人も、オトモも、皆が結託してモンスターに対抗することは言うまでもない……。

 

ここは故郷を護る堅固の要塞。

 

 

地下は空洞になっていて、ハモンさん謹製のカラクリによって兵器を出し入れできる。直接的な戦闘ができない里守たちも、陰ながらに防衛の要として働いているのだ。

 

……ボクはその様子を見たわけでないけど、ウツシ教官も、里長も普段は無口なハモンさんまでもが、百竜夜行の話となると表情を変えてその恐ろしさと、カムラの民の気概を語ってくれる。

正直言って凄い……重いんだけど……。

 

「おお、来たか!待っていたぞ!」

「こっちだよー!」

 

砦内部で待っていたのはウツシ教官と……里長?見ないと思ったらこんなところにいたのか。

しかし何故里長がここに……特別授業!?

特別授業ってまさか里長と一戦交えろとかそういうことじゃないよね!?殺される!!

 

「さ、里長は何故ここに?」

「? 何を怯えているのだ」

 

里長フゲンと言えば全盛期は太刀一本で並み居るモンスター達を薙ぎ払ったとかいう言い伝えがある生ける伝説だぞ!?まだ死にたくない!!

 

「いやぁ、言い忘れてた!すまないね!実は今日、この砦の設備改善のためにギルドから派遣されて来た人がいるんだけどね、その実験を今からするんだ!どうせなら君の訓練も兼ねようかと思ってね」

「じ、実験?」

 

あぁ、よかった……。

 

「知っての通り、この砦で主に使われる兵器はバリスタと大砲だろう?しかし、段々と勢いを増している百竜夜行に対抗するにはそれだけじゃ足りない、とゴコク様がギルドに手配してくださったんだ」

「は、はぁ……」

 

大砲とバリスタってだけでもかなり強そうな感じ受けるんだけど、それだけじゃダメなの?

しかも段々勢いを増してるって……何十年も前、里を壊滅寸前まで追い込んだっていう百竜夜行が、更に?冗談じゃないよ……。

本当にさっさと逃げたほうがいいんじゃないか?これ……。

 

「約束の時間はもう過ぎているはずなのだがな……」

 

まあ、外部から来た人なんだし仕方ないんじゃ?

というか、ギルドから来た兵器に関して指導してくれる人?とかいうのは一体何者なんだ?

防衛……といえばドンドルマという街に古龍と戦う為の【戦闘街】っていうのがあるって聞いたけど……。

 

「来たようですね」

「?」

 

ウツシ教官が脅威の視力で捉えたのは、最終関門付近の空中で、翔蟲の糸にぶら下がって何やらはしゃいでいる銀色の鎧の男。

なんだあいつは!?

 

「……………」

「……………」

「……………」

 

気まずい沈黙が流れる。

男はまだこちらに気がついていないのか、しばらく翔蟲で飛び回っていた。

見かねたウツシ教官が声をかけに行く。

 

「あ、あれがギルドの?」

「そのようだな……」

 

里長は怒ってはいないものの、なんとなく呆れているようだった。

そんなうちに、ウツシ教官に連れられて、鎧の男がようやくやってきた。

 

「…………!」

 

まず目を奪われたのは特に目立つその白銀の鎧だった。

竜の鱗や甲殻を使って製作されたであろうその鎧は、凄まじい威圧感を放っている。多分、銀火竜リオレウス希少種の素材……実物は初めて見たけど、ハモンさんに聞いたことがある。無論、その完成度と美しさに対する感嘆はあるのだが……何か妙にしっくりこないというか、不安になるというか……。

 

そしてこの鎧を着る男も、似たようなものだ。

背には三本もの剣を帯びていて、それぞれ色が違う。

左右に黒と紅の剣、中心には白い剣。形状から言って片手剣……右手に盾もあるしそうだろうけどなんで3本も?

 

これはどれも銀火竜の素材ではなく、見たことも聞いたこともない独特の素材だった。ほとんど同じ形で素材だけが違う、黒、紅、白の3本の片手剣。細長く、洗練された刃、触れただけで命を奪われそうなほど鋭利な切先、そして柄に嵌め込まれた、竜の眼球のような宝石……。

 

「やあ、遅れて申し訳ない……この翔蟲というのは実に興味深いですね、つい夢中になってしまった」

「うむ。この程度の遅れなら大した問題ではない」

「私はルーツと言います。ハンターズギルドから派遣されてきたハンターで……今回この砦の防衛施設を視察させて頂きます」

「里長のフゲンと申す」

「私はこの村の教官、ウツシ。こちらは教え子のリーゼ」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。では早速ですが……」

 

ルーツ リーゼ なんかちょっと似てる?

カムラの里の住人は世界的に見れば結構不思議な名前の人が多いらしいんだけど、僕は元は余所者なのでそうじゃない……なんて、ちょっと似た名前の人に出会えて親近感湧くかも。

 

「彼はドンドルマでの古龍撃退戦で何度も撃退に貢献している、謂わば防衛戦のスペシャリストだね」

 

里長とルーツが何やら話し合っている間に、ウツシ教官が小声で教えてくれた。

ドンドルマの【戦闘街】で古龍撃退戦?まだ駆け出しですら無いボクにとっては夢のまた夢の話だ。

 

それほど凄いハンターなら、あの鎧と武器もきっとそれは物凄いモンスターの素材で作られているんだろうなぁ……。

ウツシ教官とそういくつも変わらないように見えるハンターが、あの里長をも越えかねない伝説の人物?全く想像がつかないな……。

 

「では百聞は一見に如かず、ということで……まずは実物を。……えー、どこにあるんですか?」

「ご安心めされよ。今ここに」

 

里長がここからは見えない里守の誰かに合図を送ると、すぐ目の前の床が開いて、巨大な大砲が姿を表した。普段はこの高台の中に隠されている兵器が、場合によって地上に引き出され、何度も何度も交換しながら戦うことができるのだ。

 

もちろん考案したのは武具屋のハモンさん。

これには流石の凄腕ハンターも驚いたのか、表情を変えていた。

 

「これは素晴らしい。この機構であればわざわざ大砲やバリスタの弾を取りに走る必要もなく、リロードは地下から行える、というわけですね。むしろこっちがドンドルマに持ち帰りたいくらいですよ、この技術」

「して、この兵器は如何に活用するのかな」

 

よくよく見てみれば、修練場で見た大砲とは形が違う……大砲と言えば大口径、巨大な砲弾を撃ち出すのが特徴だが……どうも細長くて何か回転する機構が備わっているように見える。

 

「『速射砲』と言いましてね。バリスタは定点攻撃に優れ、大砲は大火力による範囲攻撃に優れますが……こちら圧倒的な手数に優れる兵器になっています」

「手数、と言うと?」

「バリスタと大砲はどれだけ早くともせいぜい3発程度しか連射が効かないでしょう?それは無論威力を底上げするためにバリスタ弾、砲弾など大きい弾を撃つからです。この兵器はむしろ1発の威力自体を下げることで圧倒的な連射力を手に入れたわけですね。一度に100発の弾丸を装填可能、かつ既に弾を装填したマガジンを交換するだけですから、リロードもそう難しくありませんし攻勢を崩さずに戦えます」

「なるほど。これなら隙を作らず、一方的に攻撃ができる、というわけか……」

 

威力を捨てて手数に振り切った結果、単発威力に頼らない強力な兵器ができたってことかな?

まああんまり兵器とか詳しくないんだけど……総合してみれば、バランスのバリスタ、火力の大砲、手数の速射砲、ってとこなのかな。

太刀・大剣・片手剣の関係に近いかな……いや知らないけど。

 

「この里の技術者……ヒバサさんという方が考案してくれまして、ドンドルマの工房と共同で大幅な改良を施しました。会心の出来と言っていいでしょう」

 

ヒバサさんはハモンさんの一番弟子だ。最近見ないと思っていたらそんなことになっていたのか……。

ていうか、この人は視察とか何とか言ってたけどこの兵器のセールスにでも来たのかな?

 

「兵器の扱いに精通した里守の皆さんであれば整備も苦にはしないでしょう。そして威力の実証ですが……」

「それはこちらで用意しよう。……ウツシ!」

「はっ。それではハンター殿、しばしお待ちを!行くよ、リーゼ!」

「え?」

 

反応する間も無く、教官の腕がボクの腕を掴む。

物凄い握力で僕を捕まえたまま、翔蟲を使って飛翔するウツシ教官。

当然掴まれたボクはウツシ教官と一緒に空の散歩をする羽目になった。

翔蟲の筋力恐るべし……。

 

 

「ちょ、なんなんですか急に!?」

「特別授業だと言っただろう?では授業開始だ!君はこれから大社跡まで行って、【青熊獣】アオアシラをここまで誘導すること!」

「はい!?」

 

話が飛躍し過ぎてる!

飛ぶのは翔蟲だけで充分だぞ!?

 

「実は最近人食い熊が現れる、とカムラのギルドに依頼が来ていてね……。どうやら人の味を覚えたアオアシラが住み着いたようなんだ。そこでその討伐と、兵器の威力検証、ついでに君の特別授業を行おうと里長に進言したわけだ!そして二つ返事でお許しが出た!」

 

里長ーーーーーーーっ!?

嘘でしょ!?この人たちボクをなんだと思ってるの!?

確かに最近ガルクとの取っ組み合いには勝ち越してるし、狩猟笛の腕前も若干上がってきたような気もするけど、それとこれとは話が別でしょうが!?

 

「安心してくれ!大社跡へは俺のオトモガルク、ライゴウに乗って行くといい!アオアシラの誘導も、ライゴウの脚なら問題ない!そして極め付けはこれ!【エンエンク】だ!」

 

ウツシ教官が取り出したのは白い小型の獣……猫?犬?狐?リス?よくわからない四足の動物が暴れるでもなく教官の腕に抱かれていた。

 

「エンエンクの出す匂いには、大型のモンスターを強烈に惹きつける成分がある!これをアオアシラに嗅がせ、エンエンクを抱いたままこの砦まで逃げ帰ってくれば任務は成功だ!できるかな?」

 

できるかな?って、断らせる気もないくせに……。

というかこの期待に満ちた満面の笑み!1ミリも僕の実力を疑ってない純真な瞳!

信じられないよ!?なんでここまでボクを信用できるんだ!?

 

「……やりますよ。アオアシラでしょ?」

「よく言った!それでこそ我が愛弟子だ!ライゴウ!」

 

どちらにせよやるしかないのはわかりきってる。

教官が一声呼ぶと、地中に隠れていた黄色いガルク、ライゴウが現れた。

 

「なに、君ならできるさ!気焔万丈!では砦で里長と共に待っているよ!」

 

そこまで言い切ると、教官はまた翔蟲を使って飛び去っていった……相変わらず、目にも留まらぬとはこの事だ。

疾風のように駆け、雷鳴のように現れ、その熱気はまるで蹈鞴場の炎。それがウツシ教官なのだ……。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

ガルク、という生き物は実に便利だ。

アイルーのように言葉は話せないものの、人に慣れ、懐き、非常に忠実だ。

しかし今現在はカムラの里でしか飼い慣らすことには成功しておらず、その存在は希少だ。

 

アイルーより遥かに優れた体格で、鋭い牙と爪、更に強い咬合力で武器をも扱える。訓練を積めば、猟犬具と呼ばれる特殊な武装も扱うことが出来る。

発達した四肢による俊敏な動き、人間や防具の重さを物ともしない力強さから、アイルーに続くオトモとしてこの里では重宝されている。

 

ハンターを背に乗せて駆ける狼……山や森林など起伏に富んだカムラの里近辺では非常に助かる存在なのだ。

そして特筆すべきは何よりもその忠誠心とも言われている。

 

人狼一体となって山野を駆けるその姿は、他の地域のハンターにとってはさぞ奇妙な光景だろう……。

 

ハッハッと規則的な呼吸が下から聞こえてくる。

ウツシ教官のオトモガルク、ライゴウ。更にデンコウという名のオトモアイルーもいるが、今回はお留守番らしい。

 

ライゴウはその名の通り非常に足が速い……そりゃもう速い。

一回オトモ広場で別のガルクに乗ったことはあるけど、本当に比べ物にならない。ウツシ教官に鍛えられただけのことはある。

力も、背中に乗っているだけで伝わってくるほどだ。多分、ボクじゃ一瞬で組み伏せられて首を噛みちぎられるだろうな……。

 

僕の背負ってる狩猟笛はそりゃもうかなりの重量があるのに、ボクの体重を含めたその重さを負ってなおこの速さ。翔蟲といい、全く信じられない程の力だ。

 

カムラの里から、ガルクの脚で数十分も駆ければ、かの狩場、【大社跡】に辿り着く……。

風光明媚とはこのことだろう。

緑に満ちた低山、透き通る川の水、過去を知らせる太古の社……。

 

かつてはカムラの民の前進?がここに住んでいたと言うが……何かが起きて、滅んだらしい。

今はその見るも無惨な廃墟が残るばかりである……。

 

中央に聳え立つ小高い岩山、その先にある鳥居と集落跡地。

上流の大滝から流れる清水。

どれも綺麗だが、危険でもある。

 

自然豊かな環境であるからこそ、そこには数多くのモンスターが住み着くのだ。

小型の肉食獣で言えばイズチやジャグラス、ジャギィ。大型のモンスターならイズチの親玉オサイズチ、大熊アオアシラなど……。

緑あるところには草食の獣がいて、そこには当然草食の獣を喰らう肉食獣も寄ってくる、というわけだ。

 

ライゴウの案内で大社跡のベースキャンプに辿り着いた僕は、まずは支給品BOXを覗いてみた。何も無いか……と思いきや、応急薬が3本入っていた……多分、これウツシ教官の仕業だよね。

 

まあ、怪我をする気はないけど一応感謝しつつ貰っておく。

ボクの装備はカムラの里に伝わる伝統の……かは知らないが、とにかく【カムラノ装】と呼ばれる戦闘装束だ。

非常に身軽ではあるが、その防御力は貧弱で、アオアシラの攻撃なんか食らえばひとたまりもない。

 

応急薬をポーチに仕舞うと、ライゴウがワン!と鳴いた。また乗れ、ってことかな?

どうやら正解だったようで、背に乗るとライゴウは間髪入れずに駆け出して、僕は若干バランスを崩しかけた。

 

どうもライゴウはアオアシラの場所を既に把握しているらしく、その足取りはスムーズだ。指示なんか出さなくてもスイスイと先に進んでくれる。

モンスターが手の出せない高台から飛び降りて、清流に水飛沫を立てながら着地。少し濡れた。

 

巨石が立ち並ぶ野原を横切り、岩山を横目に見ながら駆けて行く。

足元に流れる川をものともせずに、上流へ向かう。

 

アオアシラは非常に食欲が旺盛で、雑食性。主に魚を食べ……更にハチミツは特に大好物で、見かけると一目散に食べに行くらしい。

ライゴウは川を餌場にしているアオアシラを探すべく、上流へ向かったわけだ。あまりにも賢い。これボク要らなくない?

 

さっきからバタバタと暴れるエンエンクを抑えつけるので精一杯過ぎる。幸い、川のエリアにはイズチやジャギィはあまり来ないし、ジャグラスは竹林の中で屯しているばかりで明るいところにはなかなか出てこない。

 

時間はそろそろ昼に差し掛かる頃だろうか?

そういえばお腹が空いた。教官、携帯食料も入れといてくれたら良かったのに……。

 

……と、そんなことを考えている余裕はもう無さそうだ。

時間はほぼ正午、お天道様はほぼ真上だ。

ボクの腹が鳴る前に、もっと腹の空かせた奴が現れた。

 

立ち止まって様子を伺うライゴウ。

川の水をじゃぶじゃぶとかき分けながら、そいつは現れた。

 

滝から流れる水が弾け、新たな流れを作り出すエリア。

浅瀬とはいえ、そこには数多くの魚たちが生息している……もちろん、あいつの好物、サシミウオもそこにいる。

 

【青熊獣】アオアシラは、ボクたちには目もくれず川の中を観察している。きっと魚を探しているのだろう。

 

アオアシラは食い意地が張りすぎるあまり、滅多なことがない限り食事を優先する。戦闘中にハンターの持っていたハチミツを奪って舐め出したなんてかともあるらしいから相当だ。

 

つまりどう言うことか……というと。

今エンエンクの匂いを使っても、食事に夢中なアオアシラは惹きつけられないのではないか?ということだ。

 

「!?」

 

突然バシャアッ!と激しい水音がした。

反射的に目を向けると、大きく右腕を振り上げたアオアシラ。そして宙に舞う新鮮な魚の姿。

 

叩きつけられてビチビチと跳ねるサシミウオに、アオアシラは一心不乱に喰らいつく。その様はさながらうさ団子を前にしたヒノエの如く……あそこまで下品ではないが。

 

サシミウオは人間からしても非常に美味で、生でも、煮ても焼いても美味しく食べられる魚だ。それはアオアシラからしても同じなんだろう。凄く美味そうに食べている。

 

……取り敢えず、食べ終わるのを待つことだ。

今は食事中だから僕らを放っておいているだけで、食事が終われば外敵と見做して襲ってくるかもしれない。そうしたら僕はこのエンエンクの匂いを付けて、後はライゴウの脚の速さに任せて逃げるだけ。

簡単じゃないか。

 

簡単だよね?簡単なはずだよ……。

 

……不安になってきた。

 

だってあれ、モンスターだよ?

今まさに腕の中で暴れ回ってるエンエンクとかと違って、正真正銘の化け物だよ?

今の見た?

 

川の中を泳いでる魚を1発で何メートル打ち上げてた?

あの牙とか見てよ。骨なんかバリバリ噛みちぎってる。

しかもあの爪!なんなの?どういう発達の仕方したらあんなトゲトゲが付いた恐ろしい腕になるの?

 

あんな力で殴られてみろ、僕なんか一瞬で八つ裂きだぞ!

確実に空の上(両親のところ)まで打ち上げられるよ?

 

そう思うとめちゃくちゃ怖くなってきた。

しかもあれ人食いなんだよね?人の味覚えちゃってるよね?あれ食い終わったら次の獲物ボクにならないか?

逃げたくなってきたんだけど。いや、逃げるのが仕事だったか。

 

でも一瞬でもあいつに立ち向かわなきゃならないとか、ちょっと怖すぎて足がすくみ始めてるんだけど。ライゴウに乗ってるからボクの足は関係ないんだけど。動かすのは手だけでいいんだけど。

 

あああそんなことやってるうちにアオアシラが食事終えてるし。

ライゴウは完全に走り出す体勢だし、後ろ足に力入ってるし。これもう逃げられない!

 

「なぁライゴ ぉぉ!?」

 

ライゴウを説得して取り敢えずベースキャンプに避難しようと思ったのも束の間、ライゴウがワン!と鳴いて駆け出した。

ボクは今度こそバランスを崩して落ちそうになった。エンエンクが逃げ出しそうになるのを必死に抑えながらバランスを取り戻すのは至難の業だった……。

 

「グォォオオォォオ!!!!」

 

いや、もうフェロモン付いてるし!バランス崩してる間に全部終わってる!

しかも怖い!めっちゃ威嚇してるし!さっきまでこっち向いてなかったからわからなかったけど顔めっちゃ怖いぞこいつ!

こんなのと戦うなんて絶対無理だろ!ハンターってバカなの!?

背中の狩猟笛は飾りかって!?飾りだよ!!

 

フェロモンを付け終わったことでライゴウは一瞬で踵を返す。

ちゃんと捕まってろ!とばかりに一声吠えたライゴウは、【翡葉の砦】へ帰還するべく、再び加速した。

 

……本当の地獄はそこからだった。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「! 来たか」

「思ったより早かったですね」

「?」

 

【翡葉の砦】では、速射砲の性能検証のため、実験台を連れてくる、と説明された里長とルーツ、そしてウツシ教官が待機していた。

ウツシ教官のオトモガルク、ライゴウはその名の通り非常に足が速い。

 

普段の走りを疾風と称するなら、本気の走りはまさに雷。

動くこと雷霆の如し———振り回される僕はたまったものじゃないけど!?

 

誘導状態に入ったアオアシラはその巨体に見合わず非常に俊敏で……それこそライゴウもかくやという足の速さで追いかけてきた。しかもめちゃくちゃ執念深い。フェロモン発生源をボクが抱えてるんだから当然だけどさ!?

 

しかしライゴウはそれ以上に速かった。

行きは良い良い帰りは怖い、雷のような駆け足を発揮したライゴウがアオアシラの追走を突き放して起伏に飛んだ地形を踏破して行く。

 

ライゴウが物凄い勢いで跳ぶ度にボクは悲鳴をあげたし、後ろでアオアシラの荒い息遣いが聞こえる度に涙目になって神に祈っていた。

 

「誰か助けて……!」

 

自分で走っているわけでもないのに息も絶え絶えになった僕。

そんな僕の前に見慣れた景色が。そう、【翡葉の砦】!僕はついに帰ってきたのだ!砦まで行けば凄腕ハンターと里のツワモノが待っている!これは勝った!!

 

心の中で勝手に勝ち誇った僕は、引っ込んだ涙を叫びに変えて喜びの咆哮を上げ……ようとしたところで、視界の端を黒い塊が駆けた。

砦の中程まで疾走したライゴウが止まる……と同時、僕は振り向いた。

 

空中を駆けたウツシ教官が、疾走するアオアシラの頭上から攻撃を仕掛け———翔蟲の糸を脚に絡ませて転倒させた!

 

「な———!?」

 

驚きの声を上げようとした瞬間、凄まじい銃撃音が僕の聴覚を貫いた。

見れば糸で縛り上げられた哀れなアオアシラが弾丸の雨に貫かれていた。

 

ルーツさんの操る速射砲が凄まじい速度で弾丸をばら撒いていく。

その横では里長がいつもの険しい表情でその様子を見守っている。

 

弾丸が走る。

血が迸る。

ルーツさんの射撃は恐ろしいほどに正確だ。

全弾命中どころの話じゃない、全てが的確にアオアシラの弱点を撃ち抜いている。無表情で。

 

速射砲は100発装填できると言っていた。でも100発も必要なかった。

50発ほどの弾丸がアオアシラの頭部を容赦なく貫き、その美しい青毛を血の赤に染め上げた頃……絶命したアオアシラは力を失って倒れ込んだ。

 

「中々の威力だ。これならすぐにでも実戦に登用できるだろう」

「配備には多少時間がかかると思いますが……威力のほどはお見せした通りです」

「では一度村に戻って……」

 

何やら話し合っている里長たちを他所に、ボクは軽くパニックに陥っていた。怖い、なんてもんじゃなかった。

ボクは本当に、ハンターなんかになれるのか!?

 

「お疲れ様だ、愛弟子!今回はよくやってくれた!」

 

いつも通りの満面の笑みで褒め称えてくれるウツシ教官。

威厳の籠った声で砦の防備に力を尽くす里長。

いつも通りだ。いつも通りなんだけど……。

 

 

あまりにもいつも通り(・・・・・)過ぎないか!?

やっぱりハンターなんてボクなんかには無理なんじゃないか!?

 

カムラの里のハンターになるってことは、アレ(・・)と同じ次元に立つってことじゃないか……!?

 

凄すぎる……。

カムラの里って、凄い……。

 

 

 

 

 

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