カムラの里って凄い   作:震打

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臆病以上、軟弱未満

その日の夜、ボクはどうしても寝付けなかった。

ウツシ教官との訓練があった日の夜は、嫌でも心身共に疲れ切って朝まで意識を失ってしまうことがほとんどなのに。

 

今回に限っては、心も体も重いのに、何故か一向に眠気が来ない。

やっぱり昼前にあんな体験をしてしまったのが原因だろうか。結局、昼も夜も食事はろくに喉を通らなかった。

腹の虫は元気になっているのに、どうにもその気になれないのだ。

 

布団に寝転がっていても憂鬱になるだけなので、ボクは外に出ることにした。掛け軸の裏にいるアイツも今は寝ているだろう。

今ならみんな寝静まっている筈だし、出歩いても咎められる事はない。

 

少し肌寒い夜のカムラ。

それでもこの里から灯りが消える事はない。

蹈鞴製鉄の炎は昼夜を問わず燃え上がり、そこから出る煙はモンスターの嫌う臭いを発して侵入を防ぐ。

自然豊かなモンスターの巣窟に辺りを囲まれていてもボクたち里の民が平和に暮らせるのは、そのおかげだ。

 

ボクの家はハンターだった両親のために、里長が特別に建てさせたものらしい。村の最重要でもある蹈鞴場と、訓練場、また加工屋は雑貨などにも程近い。

 

家から出て右手には巨大な蹈鞴場、そしてハモンさんの加工屋。

蹈鞴場の前にはいつも里長が陣取っているし、ヨモギちゃんの茶屋やカゲロウさんが営む雑貨屋もある。

ヒノエはいつもうさ団子を頬張りながら椅子に座ってクエストの管理をしている。

 

けど今は夜だ。

誰もいない。

お月様と、蹈鞴場から漏れる灯りがボクを見ているだけの、静かな里。

 

正直言って、ボクは独りが好きだ。

この里の人たちはみんな明るくて豪胆だ。

そんな人たちに囲まれて育ったというのに、ボクはなんとも軟弱で……。

いつも場違いに感じてしまう。

 

こんな弱いボクになんであの人たちは構ってくれるんだろうか?

やっぱり次期村付きハンターとしての力を期待されているからなんだろうか?

 

……でも、残念だけどボクにそんな力は無い。

今日の、あのアオアシラの任務でそれがよくわかった。

 

ボクの数倍はあろうかという体格、恐ろしく発達した腕と爪、鋭い牙、獰猛な息遣い。そして何より自然に生きる生物の荒々しい生命力。

ほとんどライゴウに任せてしがみついてただけなのに、あの恐ろしさは鮮明に覚えている。

ライゴウは、ウツシ教官と共に戦うオトモガルクだ。

ボクなんかよりよっぽど長い経験を積んできたし、強いモンスターとも渡り合ってきた。

 

だからといって何故あの恐ろしいモンスターに迷いもせずに立ち向かえるのだろうか?

オトモは、一般的にはハンターには及ばずサポートをするもの、というのが通説だ。それは当然種族的なアドバンテージによるものではあるけれど、人間とガルクやアイルーなら、基本的には人間の方が強い筈なのだ。

 

ボクという頼りなさすぎる主人を背にして不安に駆られなかっただろうか?

 

この里でハンターになるという事は、すなわちアレを相手にするという事だ。それも何十頭、何百頭と押し寄せるモンスター達を、まとめて相手することになる。

アオアシラなんて比べ物にならない程強力なモンスター達までもが、一緒になって、群れを成して襲いかかってくるのが百竜夜行だ。

 

そして……あんな恐ろしいモンスター達を相手にして、怯みもせずに戦って、今日のアオアシラみたいに簡単に倒してしまうのがこの里の人たちなんだ。

 

ボクにできるわけがない。

産まれる場所を間違えたんだ。

もっと、安全で平和な場所に産まれていれば。

ここより危険な場所なんて早々無い。

ここに産まれてさえいなければ。

ボクはきっと呑気にお茶でも飲みながら一生畑を耕していたはずなんだ。

モンスターが死ぬところなんて、ましてやこの手で殺すことなんて……。

 

やるせなくなって夜空を見上げる。

もくもくと立ち登る煙の向こうに、まん丸のお月様が見えた。

ヒノエならうさ団子を連想するところだろう。

 

家から出て左手の吊り橋を渡るとオトモ広場がある。

里長の元オトモアイルーだというコガラシが取り仕切る、オトモ達の訓練施設だ。

ハモンさんが作ったカラクリ蛙を仮想敵にして、日々アイルーとガルク達が厳しい訓練を積んでいる。

 

無論、今はアイルーやガルク達も寝ている時間だろう。

邪魔をしてはまずい。

 

じゃあどうしよう?

ハンターズギルドの酒場も今は閉まっているだろうし、門も閉まってるいるから外に出ることもできない。

たまにヒノエとミノトが夜の散歩をしていることもあるけど、今は……あまり会いたくない。

 

しばらく突っ立って考え込んでいると、足音がした。

里の人たちではない。

里の人たちは草鞋を履いているから、石畳を歩く時の音は独特なのだ。

 

誰だろう?と目を向けたのも束の間、明らかに聴こえてきた足音とは遥かにかけ離れた位置に、その人がいた。

 

「こんばんは。君は確か……リーゼ君、だったっけ?」

「あなたは……ルーツさん?」

 

ハンターズギルドから兵器や防衛設備の視察のため派遣されたという、凄腕ハンター。

不気味な黒い鎧は置いてきたのか、カムラ特有の着物を着ていた。ギルドから貸し出されたのかもしれない。

 

それでもその身体から感じるものは圧倒的で、ボクにすらその実力の片鱗ぐらいは感じ取れる。

もしかしたらウツシ教官、下手したら里長よりもずっと強いのかもしれない。

 

「こんな夜更けにどうしたんだい?」

「えっと、それは……」

「?」

 

玄関から一歩踏み出して空を見上げながら棒立ちしているボクの様子はさぞ滑稽に映ったことだろう。

昼の件で寝付けなくなった、なんて言えない……。

 

「……ルーツさんこそ、どうしたんです?」

「ぼく?ぼくは散歩さ。こんなに綺麗なところ、なかなか来れないからね。いや本当だよ?昼間も綺麗だったけど、夜もまた趣きがあるよね」

 

確かに、とは思う。

それにしても、ギルドの使者として、ではないルーツさんはどうにもノリが軽い人物なようで。口調も表情も、里長を相手にしていた時とはまるで違う。

 

隣いいかな?と地面に座り込んでため息をつくルーツさん。

釣られてボクも座る。

 

「フゲンさんとゴコクさんに飲みに誘われちゃってさぁ、あんまりお酒強くないんだけど断れなくって。さっきまでダウンしてたのさ。で、酔い覚ましも兼ねて……って、感じかな」

「あぁ……それは……」

 

あの人たちは年甲斐もなく……。

聞くところによればボクが産まれた日なんかにも、盛大な酒宴を開いて祝ってくれたとかなんとか。僕にはあまり関係ないけど……。

 

「……そういえば、どうだったんですか?お仕事の方は」

「ん?ああ……。正直言って、この里の防衛はかなりレベルが高いよ。ドンドルマの戦闘街ほどじゃあないけど、古龍じゃなく、一般のモンスターを相手にするには充分過ぎると言ってもいいね。それに、ドンドルマの加工技術でも困難だった速射砲の開発も、驚くほどスムーズにできていて本当に驚いた。凄いよね、この里は」

 

確かに、今日見たあの速射砲の威力があれば、どんなモンスターが来ようと怖くない……かもしれない。

やっぱりこの里は色々とおかしい。

 

「……けど、まだ改善の余地はあると思うな。より強大なモンスターを相手にするなら撃龍槍じゃ威力が足りない事もあるし、兵器もまだ改良を施せるかもしれない」

「そうなんですか……」

 

アレでまだ足りないようなモンスターが、この世には存在しているって?冗談じゃない。

いよいよ持ってこの里はおかしい。早く逃げないと、僕は死んでしまうかもしれない。

 

「あの……ボクに代わってこの里のハンターになってくれませんか?」

「え?」

「あ」

 

思わず口を衝く言葉。

困惑するルーツさん。

心の中で考えていたことがいつの間にか口から飛び出ていた。

 

「……それは、どういうことかな?」

「……」

 

今更忘れてくださいと言ってももう遅い。

こんな情けないところを他人に見せるつもりは無かったんだけど。まあ、遅かれ早かれこの人にはバレていたのだろう。そんな気がする。

なら、今ここで全部打ち明けた方が楽かも。

 

どうせこの人は余所者だ、仕事が終われば帰ってしまう。

ならば……。

 

「ちょっとだけ長い話になるんですけど……」

 

 

 

 

結局、ボクは洗いざらい打ち明けてしまった。

ハンターとして期待されていること、その期待が重すぎて受け止めきれないこと。

そして昼の件でそれをさらに実感してしまったこと、逃げたくて仕方がないこと……。

 

どうして今日初めて会ったばかりのこの人にそこまで話せてしまったのかは、ボクにはよくわからない。

幼馴染のヒノエやミノト、親代わりのゴコクさんや里長にすら打ち明けられないこの心中を、何故この人には……。

 

でも不思議と後悔はしなかった。

変な人だ。色々と。

 

「そうかぁ……ハハ、そりゃそうか。聞けば君はまだ15歳なんだろう?それも仕方ないことだよね」

「……何がおかしいんですか」

「あぁごめん。別におかしくないさ。ただちょっと……昔のぼくに似てるな、と思ってさ」

「ルーツさんに?」

 

冗談。

僕とルーツさんの似ているところなんて、名前の雰囲気だけだろう。

 

「ぼくだって、最初から古龍と戦えるぐらい強かったわけじゃないさ。西シュレイドって言ったらわかるかな?その辺境にあるココット村でボクはハンターを始めたんだ。村長はハンター業の始祖みたいな伝説のハンターでね……いい村だよ、あそこは」

「はぁ……」

「そこで長い時間をかけて、色んなモンスターを狩猟して……気づいたらココット村を飛び出してたよ。幸いぼくの後継はいっぱいいたらしいけどね」

「…………」

 

ルーツさんはどう見たって、ボクとは違うあっち(・・・)側の存在だ。きっとこの人は昔から才能溢れる天才児だったに違いない。

 

「……ぼくのことをなんでもできちゃう天才ハンターだと思ってるのかもしれないけど、それは違うよ。ぼくだって1人の人間だから、怖い事もあるし辛い事もある。百竜夜行なんて目の前にしたら、怖くて逃げ出したくなるかもしれない」

「……嘘でしょう」

「あはは、バレた?正直言って、今のぼくは大抵のモンスターなら怖くないね。色んなモンスターを見てきたし、何年もかけて修行してきたからね。もちろん油断はしちゃいけないけど」

 

それ見ろ。

この人は根っからの天才だ。

自信に満ち溢れているのは、最早顔を見なくてもわかる。歩き方、話し方、息の仕方、視線の動き、全部が洗練されている。

軽いようでいて、その経験に裏打ちされた自信が身に付いているんだ。

 

「でもぼくだって最初っからこうだったわけじゃないよ。駆け出しの頃……君と同じぐらいの頃は色々と失敗したし、死にかけた事もある。特に竜の卵を取りに行く依頼でリオレウスと出くわした時は、本当に死ぬかと思ったよ。怖かったなぁ、アレ」

「…………」

「誰でも最初は怖いものだよ。でもやっているうちに嫌でもできるようになるさ」

 

できなきゃ死んじゃうし、と付け足すルーツさん。

 

……それができれば誰も苦労はしないだろう。

怖いものは怖い。なら、怖いものに立ち向かっていける人間と、そうでない人間の区別はどこでつく?

勇気?実力?自信?

 

「君はちょっと、自信が無さすぎる……というか、達観し過ぎているのかな。やってから挫折するんじゃなくて、やる前から諦めちゃってるのさ」

「……」

「まぁ、あんまりぼくが口出ししてもね……」

 

月を見上げながら、ルーツさんは黙り込んだ。

この人は強い。

間違いなく強い。

もしかしたらウツシ教官より、里長よりずっと強いのかもしれない。

 

アオアシラなんてものともしない、ボクが100人いたってこの人には敵わないだろう。

 

「やっぱり、ボクなんかよりあなたみたいに強い人がこの村に住むべきなんだ。そうしたら里長も、みんなも、もっと平和に暮らせる」

「……」

「ルーツさんはいつまでこの里に滞在するんです?」

「……後1週間もあればぼくの仕事は終わるよ。そしたらドンドルマに帰って報告をすることになってる」

 

……となれば、もうチャンスはここしか無い。

 

「……ルーツさん。帰る時になったら、ボクを一緒に連れて行ってくれませんか?僕はこの村から出たい」

「……どうしてかな?」

「正直言って、ボクはこの村に居たくない。ボクが居なくなれば……里長も教官も新しいハンターを探すでしょう?ボクよりずっと強くて、才能のあるハンターがどこかにいるはずです。なんならボクが街に行って探せばいい!そうすれば、この里は……」

 

引き受けてくれるかどうかなんて分からない。

でも、このチャンスを逃せばボクはずっと決断できないだろう。

ルーツさんという、外部から来た存在を介してでなければボクはこの里から出て行くことすら叶わない。

 

「……ぼくにはどうとも言えないかな。君が本当に出て行きたいのなら、その手助けぐらいはしてやれるかもしれないけど」

「なら……」

「……ぼくに解決できる問題じゃない。あと1週間ぼくは滞在している。その間、よく考えるといい。本気で出て行くというのなら……1週間後の早朝、荷物をまとめておくといい」

 

それだけ言うと、ルーツさんは立ち上がって去って行った。

ハンター用の部屋を貸し出されているのだろう、茶屋の向こうにあるギルドへ入って行って、辺りはまた静寂に包まれた。

 

よく考えろだって?

いくら考えたって、結果なんて変わらない。

ボクはここを出て行く。

カムラの里に必要なのはもっと才能と実力、心の強さを備えたハンターなんだ。

 

 

そしてそれは……ボクなんかじゃない。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

そうして、あれからもう5日が経った。

里長や教官は例の件で忙しいのか、中々顔を見せなかったし、珍しく訓練の誘いも来なかった。

ボクはといえば、特にやる事もなく。

いつも通りの畑仕事をこなしてから適当に団子を食べたりゴロゴロしていたり、笛を吹いたり、素振りをしたり。

つまり暇だ。

 

ルーツさん達は、今日は何を話し合っているのだろうか。

また兵器の威力検証だとかなんとかやっているのかな。

 

思い出せば思い出すほど怖くなってくる。

怖かったのはアオアシラだけじゃなく、そのアオアシラを一蹴したあの人たちでもあった。

 

あんな恐ろしい存在が一瞬にして蜂の巣にされて、生きていた頃の面影なんて欠片もないぐらい無惨な死体に変わったのだ。

そしてあんな凄惨な光景を目の前にして、当然です、って顔をしていたあの人たちのことをもっと恐ろしく感じた。

 

確かに、村にとってはいい事なのかもしれない。

けど、どうにも恐ろしい。

ちょっと前まで生きていたあの大熊を、ボクが砦まで誘導して、恐ろしい兵器の餌食にしたという事実はずっと胸の奥にこびりついて離れない。

 

「やあ、リーゼ君。いい天気だね」

「ルーツさん……」

 

手持ち無沙汰になったので、身体でも動かそうかと狩猟笛を持ち出した時、家の前にルーツさんがやってきていた。

時間はもう夕方、茶屋も雑貨屋も店じまいを始めている頃だろうか。

 

ルーツさんはあの夜のことなど忘れたかのようにニコニコしていて、いつも通りの態度を崩さない。

 

「へえ、珍しいね。狩猟笛を使うんだ?」

「ええ、まあ……」

「修練場に行くなら、ぼくも着いてっていいかな?噂のカラクリ蛙を見ておきたくてさ」

「別にいいですけど……」

 

船着場から小船を漕いでしばらくすると、カムラの里の修練場に着く。

村に立ち寄ったハンターやオトモ、果ては百竜夜行に参加する里守達の訓練の為に開放されていて、そこでは大砲やバリスタ、翔蟲の練習もできる。

 

ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべるルーツさんを連れ立って、オトモ広場を超えて修練場を目指す。

道に迷うと大変だ、大社跡にでも迷い込んだら生きて帰れる保証はない。

一度コミツとセイハクが迷い込んで一悶着あったっけ……。

まあこの人が一緒にいる以上、迷い込んでも大したことはないかもしれない。

そんな心配も杞憂に終わり、無事川を渡って修練場に到着した。

修練場を管理しているアイルー、セキエイは暇なのか昼寝していた。そりゃもう爆睡していた。気持ち良さそうで何よりだ。  

 

超巨大な岩をくり抜いて作ったような巨大な空間は縦にも大きく広がっており、閉じているのに異様に解放的だ。

全方位から滝がザアザアと流れ落ち、左手には訓練用バリスタと大砲、右手には動く的がある。

 

そして中心には例のカラクリ蛙。

どれもセキエイに頼めば動かしてくれるのだが、寝ているのでわざわざ頼む理由もなし。

 

背中についている制御装置によって、汲み上げた水によるブレスや四股踏みによる擬似的な攻撃も可能という優れものだ。

より実践的な訓練を、ということでハモンさんは相当拘ったらしい。

 

「おおこれが……!ヨツミワドウにそっくりじゃないか。是非動いてるところを見たいんだけど……」

「オトモ広場に同じのがあるので……時間があれば明日見られるかもしれませんよ」

「そうなのか!いやぁ、本当に凄いなこの里は」

 

でしょう?と知れず得意げになるボク。

 

「ところでこれを動かさないなら何の訓練をするんだい?」

「狩猟笛の訓練なんて決まってるでしょう?演奏ですよ」

 

狩猟笛はその名の通り、楽器だ。

それも吹奏楽器。

つまり吹き込みや、武器を振り回すことによって音を発生させる。

 

大きさも重量もあるこの武器は、一つ音を出すのも一苦労だ。

何せ振り回した勢いで空気を取り込んで音を出さなければいけないから。

振り回しと吹き込みを織り交ぜて演奏を行うことで特殊な旋律を発生させてハンターの力を高めることができる……らしい。

 

「……どうして演奏でハンターの力が上がったり、痛みが引いたりするんでしょうね?」

 

笛の手入れをしつつ、ふと疑問に思う。

音だけで強くなれるのなら、そんな簡単なことはないが、何故なのだろう?

 

「ちょっと難しいけど……例えば川のせせらぎや小鳥の囀りなんかは『人をリラックスさせる音』だろう?逆にモンスターの咆哮や、甲高い金属音は『人を萎縮させる音』『人を不快にさせる音』だ。狩猟笛の旋律っていうのは、つまり『鼓舞する音』『勇気を出す音』なんじゃないかな?」

「そんなもんですか」

「そんなものだよ。ぼくたちの身体って、思ったよりよくわかんない構造してるよね。兵器の方がよっぽど単純だ」

 

人を元気付ける音、か……。

ボクは少し納得が行って、手入れを終えた狩猟笛を持ち上げる。

最初は振り回すことすらできなかったこの笛も、今ではまともに扱えるぐらいにはなってきている。

【カムラノ鉄笛】。

ウツシ教官に貰ったカムラノ武器の中でも、特に気に入っている武器だ。

 

右、左、縦と振り回すたびに音が生まれて、それが段々と加速していく。僕も踊るようにして動きを活発にしていき、段々とリズムに乗るみたいに肩が揺れ始める。

 

バラバラの音階はやがて一つの旋律を作り出していき……ボクの動きに合わせて一つの曲を作り出す。

【カムラ祓え歌】。

カムラの民なら誰もが知る、大昔から伝わる歌だ。

 

時たまヒノエが口ずさんでいて、その綺麗な歌声はみんなを和ませ、癒している。

幼馴染であるボクは特にこの歌をよく聴いていて、その旋律は耳に強く残っている。だからこうして演奏することもできる。

 

最後まで吹き切るのは体力的に中々辛い。

重い武器を振り回すだけでなく、心肺機能も酷使する狩猟笛だが、ボクはこの武器が中々好きだった。

ハンターだった母親も狩猟笛を使っていたらしく、太刀使いの父親を支援しながら戦っていたらしい……。

 

「ハァ……ハァ……」

 

【カムラ祓え歌】を演奏し終わると、ボクは自然と息を切らせていた。

やっぱりこの武器は非常に体力を使う。

軽く演奏するだけならともかく、一曲全てを演奏し切るとなると全力ダッシュの数倍は疲れる。腕も足も肩もギシギシと痛んでいくのがよくわかる。

この演奏を行いながら、モンスター相手に大立ち回りを演じなければならないのが狩猟笛……難しい武器だ。でも不思議と手に馴染むような気もする。

 

笛を杖代わりにしてへたり込むボクに、パチパチと拍手が送られた。

見れば、ルーツさんが感激したような表情で手を叩いていた。

 

「いい演奏だったよ。ちなみに曲名は?」

「カムラ祓え歌、って言います。確か里を襲った災禍をわすれないための歌だとかなんとか……ヒノエがいつも歌ってるんです」

 

確かに、これは僕にとっては『人を元気にする音』だ。

ルーツさんの言うこともあながち間違いではないのかもしれない。

 

「リーゼ君はさ、まだこの里を出ていきたいって、そう思ってる?」

「当然でしょ。忘れてませんよ、明後日の早朝」

「そう?……そうは見えないけど」

 

こんなすぐに心変わりするぐらいなら……最初から頼むことだってしなかった。

だからもう、ボクは決めたんだ。3日間、いや1週間、1か月考えたって変えないって。

 

「……」

 

それっきり黙ってしまったルーツさんをよそに、小休止を終えた僕は再び笛を構える。

村に伝わる歌はまだいくつもあるし、この際全部吹いてしまおう。

僕は狩猟笛を振り旋律を紡ぎ、演奏を始めるのだった……。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「いやあ、おかげさまでつつがなく終わりましたね。この村の方々は実に優秀です」

「この50年、備えは欠かしておらぬ故な。ルーツ殿も、貴重なご意見感謝する。ドンドルマの技術者たちに礼を言っておいて欲しいと、ハモンも申しておった」

「こちらこそずいぶん勉強になりましたよ。彼らにとっても良い刺激になるに違いない」

 

 

約束の日は近づく。

里長との会話を盗み聞きしたところ、どうやらルーツさんによる砦の視察はもう終わったらしい。

ここ数日は普段通りの生活を装いつつ、彼に言われた通り村を出るための準備を進めていた。

荷物、とは言っても両親の残した遺産が少しと、着るものと、当面の食糧と……そのぐらいしか無いけど。

 

彼が帰るのは言わずと知れた大都市ドンドルマだ。仕事も住む場所も選り好みしなければいくらでもアテはあるだろう。

ハンターだって山ほどいるんだからボクがやらなくたっていい。

4年前から苦楽を共にした……とまでいかないけど、使い古した装備たちも、旅の間自衛の手段として持っていくべきか。

 

昼のうちに準備を整え、何事もないかのように普段通りの生活を送る。

何も難しいことはない。

 

「あら、ちょうどよかった」

「ヒノエ?ミノトまで。お仕事はいいの?」

 

団子屋にでも行こうかと家を出ると、ヒノエとミノトに出くわした。

2人はギルドのいわゆる"受付嬢"で、クエストの管理などを行う重要人物だ。

 

「今日は2人ともお休みにして頂きましたので、久々にのんびりしようかと思いまして」

「うふふ、ヨモギちゃんに頼んでうさ団子をたくさん作ってもらっているの。リゼさんも一緒にどうですか?」

「う、うん。たくさんって、どれぐらい……?」

 

ここで断っても不審に思われかねないし、どちらにせよ団子屋には行く予定だったから、同行することにした。

それにしてもうさ団子50個なんてぺろりと平らげるヒノエ基準でたくさん……?

 

「ほらほら、できたてが1番美味しいですから!」

「姉様の言う通りですよ、早く行きましょう」

「ちょ、わかったから引っ張らないでぇ……」

 

竜人族パワーでグイグイと腕を引かれ、連行されていくボク。

ヒノエはともかく、ミノトまで浮かれちゃって。

 

急ぐと言っても団子屋はすぐそこだ。

ヨモギちゃんはまだ幼いけど団子作りに関しては里一番の腕前で、この里に住んでいるものは誰でもその味の虜になっている。

……特にヒノエ。

 

「いち、にー、さん!」

 

お空に きらめく お星様

きらりと かがやく 流れ星

おめめと おくちを 描いたら

うさ団子の

できあがり

 

そんな歌を歌いながら、ヨモギちゃんとお手伝いのアイルーたちが大量のうさ団子を作っている。

あの歌、なんだか凄く耳に残ってて、たまーに狩猟笛の演奏練習で吹いてみたりもしてる。

 

……それはそれとして。

 

「何?この量は……」

「うふふ、今日は奮発してみました♪」

 

いや奮発してみました♪じゃくてさ?

とんでもない数のうさ団子が山に……いや、山脈になっていた。

日常的に数十個の団子を食べているヒノエからしても、この数は流石に多いと言わざるを得ないだろう。1週間分ぐらいあるんじゃないか?これ……。

 

「……本当に食べ切れるの?これ……」

「問題ありません。手配済みです」

「手配済みって……」

 

ヒノエの暴走には慣れっこなのか、妙に冷静にしているミノト。

視線の先を見ると、何やらゾロゾロと里の民が集まってきていた。

 

「こ、これは……」

「流石に作りすぎでゲコ……」

 

里長とテッカちゃんに乗ったゴコクさん。

 

「食べられる時に食べられるだけ食べるのも、自然の中では重要なことだね!これも訓練だ!愛弟子よ!」

「……一理あるな」

 

いつのまにか横に立っていたウツシ教官とハモンさん。

 

「ヨモギ殿……少し作りすぎなのでは?」

「えー?でもヒノエさんが……ミノトさんもいいって言ってたよ?」

「まあ、どうせほとんどヒノエさんが食べるだろうし……」

 

雑貨屋のカゲロウさん。

ハモンさんのお孫さんのイオリくん。

 

暇だった人を片っ端から呼びつけてきたのか、他にも多くの住民が団子屋の周囲に集まっていた。

 

「皆々様、お集まりいただきありがとうございます」

「今日はヨモギちゃんの新作うさ団子発表会……と!」

「え、なに?何?」

 

突然ぐい、と腕を引かれ、皆の前に連れ出される。

否が応でもボクに視線が集まったところで、ヒノエは満面の笑みを浮かべた。

 

「リゼさんの16歳のお誕生日会です!」

 

 

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