新人提督が弥生とケッコンカッコカリしたりするまでの話 作:水代
「……………………暑い」
あらかた片付けた書類をまとめながら、思わず呟く。
見れば隣の弥生もややげんなりしている(ような気がする)。
ふと昨夜ぶら下げておいた室温計を見れば、室温三十三度。
窓を全開にしてこれである、海の傍だけあって風通しは良いが、吹く風は総じて生温く、不快指数だけが増していく。
「…………………………大丈夫か、弥生?」
「………………………………………………」
額にうっすら汗を浮かべる弥生にそう尋ねるが、帰ってくるのは無言。
隣にいるのに聞こえなかった、と言うのは無いだろうし、無視していると言う風でもない。
というか、先ほどからぴくりとも動いていないのだが。
「弥生…………?」
軽く肩を揺すると、無表情に見えた目に光が宿る。
「………………え…………ぁ…………司令、官?」
「…………………………不味いな、これ」
完全に暑さにやられている、倒れる前になんとかしたほうがいいかもしれない。
と言っても、鎮守府内の電気工事のために電気の供給がストップしているため、エアコンや扇風機と言った涼を取るための電気製品は使えない。
「……………………うーん、どうすべきか」
こんな時どうすべか、と数秒考え、一つ案を思いつく。
「ふむ………………弥生」
「え…………はい、なんですか…………司令官?」
またぼうっとしかけていたらしい半分瞼の落ちた弥生が自身の声にはっとなって目を開く。
やはりこの案を実行すべきだろう、ここにはいない他の艦娘たちや鎮守府で働く妖精たちにも。暑さの影響で何か問題が起こる前に。
「浴場に水張ってきてくれ、やり方は知ってるよな?」
「え…………あ…………はい、一応、毎日、使ってる……から……」
頼んだ、と弥生に告げ、自身は執務室を出る。
向かう先は、工廠だ。
* * *
弥生が司令官に頼まれたことをやり終え、執務室に戻ってくると先に部屋から出て行った司令官の姿があった。
「司令官…………お疲れ様です」
弥生の言葉に、ようやくこちらの存在に気づいたのか司令官が顔を上げる。
いつもの白い軍服を脱ぎ、ラフなTシャツ一枚と言った格好が少々新鮮だったが、それでも帽子だけは律儀に被っているところが少しだけおかしかった。
「お、弥生帰ってきたか。今日の仕事はもういいぞ、緊急でやらないといけない仕事は無いしな」
司令官のそんな言葉に、驚くと共に納得もする。確かにこの暑さでは頭がまともに働かない。先ほどまで湯だった頭で呆けていた身としてはありがたかった。
時計を見れば午前十時。これからまだまだ暑くなる、と考えればどこか涼めるところでも探そう、と考えて、部屋を出ようとすると司令官に呼び止められる。
「どうか……しました……か?」
「こんなに暑いのに冷房も扇風機も無いからな、もうみんな気力も出ないだろ。今日は出撃も遠征も休みにするから、他のやつらにもそう言っておいてくれ」
「分かりました」
「それと、後で全員に工廠に行くように行っておいてくれ」
部屋を出る間際、司令官がそう言う。頷き部屋を出て…………それから首を傾げる。
「…………工廠?」
そんなところに一体何をしに? とは思ったが…………まあ司令官がそう言うならと考え、深く詮索するのを止めた。
「……………………いない?」
イムヤ、瑞鳳、卯月、夕張の部屋の扉を叩く、だが返事は無く扉には鍵がかかっていた。
外から呼びかけても返事が無く、それらしい気配も無い。どうやら留守にしているらしい。
そもそも、基本的に全員緊急時に備えて出かける時以外は鍵を閉めないので、鍵が閉まっていると言うことはどこかに行っているらしい。
こんな暑さの中でどこに? と思いながら最近入ってきたばかりの鈴谷の部屋をノックする。
「はーい、誰~? って弥生じゃん、どったの?」
部屋の扉を開けて鈴谷が出てくる。ふと見遣れば、開けた扉の向こう側、部屋の中でイムヤや瑞鳳、卯月、夕張がフローリングの上に倒れている姿が見えた。
自身の視線に気づいたのか、鈴谷が苦笑する。
「いやーあっついからさ、喋って気を紛らわせようってことになったんだけどさー、同じ部屋に四人も入っちゃったせいで逆にもっと暑くなっちゃってね~、最終的にみんなフローリングの冷たさの虜になっちゃってるんだよね」
弥生も来る? なんて聞いてくるが、暑苦しいのが分かっていて、何故この上さらに増やそうとするのか、目の前の重巡の思考が少々理解できない。いや、案外暑さで馬鹿になっているのかもしれないが。
「司令……官から……伝令、です。できれば、全員に、聞いて欲しい……です……」
そう言うと、鈴谷があいよー、と軽く返事を返し部屋の中へと戻っていく。
どっすんどったん、ばたん、ごとんごとん、どたん、ごとごと、どたーん
閉じられた扉の向こう側から聞こえる音を無視しながら待つこと数十秒。
「…………………………何か用?」
「…………………………暑い…………」
「………………死ぬ……ぴょん……」
「……………………………………」
「つれて来たよー」
ゾンビのように暑さにうな垂れる四人と一人まだ余裕のありそうな鈴谷が部屋から出てくる。
ちゃんと聞いているか怪しいが、最悪このまま一緒に連れて行けば良いだろうと思い、司令官からの伝令を伝える。
「今日は出撃、遠征は無し、だそうです……………………それから、全員工廠へ向かうように、と」
その言葉…………後半の言葉に、四人がゾンビの呻き声のようなものを上げるが、何を言っているのか不明だ。
代わりに鈴谷が首を傾げる。
「工廠に? 何しにいくの?」
「えっと…………分からない、ですけど」
そう返すと、特に気にした様子も無く。
「そ…………ま、じゃあ、行ってみよっか」
そう言って笑い、両手で四人の襟元を掴み、そのままずるずると引きずっていく。
重巡のパワーって凄い、と素直にそう思った。
「あっつ?!」
工廠の鉄製の扉の取っ手を握った瞬間、鈴谷が思わず飛び跳ねる。
勢いで掴んでいた卯月(他三人は道中で復活した)を離してしまい、卯月が地面に顔をぶつけ、呻き声を上げる。
「…………は、鼻が…………痛いぴょ……ん……」
「大丈夫? 卯月」
大丈夫、と言う卯月の返事に僅かに嘆息する。顔に少し砂が付いていたのでポケットからハンカチを取り出し、顔を拭ってやる。
「うー…………ありがとぴょん、弥生」
服についた砂を払いながら卯月が立ち上がる。どうやら完全に頭は冴えたらしい。怪我の功名…………と言うのだろうか?
その間にも鈴谷と瑞鳳とイムヤと夕張の四人は工廠の扉を指で突きながらその熱に顔を引きつらせていた。
「ここだけ鉄製だから、温度がハンパじゃないわね」
仕方ない、とイムヤが私服の裾を取っ手に充て、その上から取っ手を握る。
ぐっ、と力を込め、扉の片側が開く。
扉を閉め切っていた中から熱風のようなもわっ、とした暑さが流れ出してくる。
「うわ、あつっ!? キモっ、マジあり得ないんですけど」
思わず毒づく鈴谷だったが、基本的に全員同じ感想だったので、反論は無かった。
これ以上暑いのはごめんだ、と誰も中に入りたがらないので、仕方ないと一歩踏み出す。
と、その時。
「あ、いらっしゃい」
足元に妖精が現れ、驚いて一歩後退する。
ヘルメットを被った工廠で建造を専門にやっている妖精だ。自身たちも建造された時に会っているのでよく覚えている。
「頼まれたものはもう出来てるよ、好きなの持っていってくれていいよー」
そして、次いで告げた妖精の言葉に首を傾げる。
「頼まれた……もの……って?」
「あれ? 提督さんに言われて来たんじゃないの?」
「工廠に…………行け、としか、言われて、ないから」
そんな自身の返答に、妖精が笑う。
「なーるほど、なら自分の目が見たほうがいいわね、全員こっちに来て来て」
自身たち六人をくい、くい、と手招きしながら妖精が工廠の中へと入っていく。
ふと他の五人と顔を見合わせるが、何かあるのは確かなようなので、暑さを堪えながら中へと入っていく。
そうして、案内された場所にあったものを見て…………。
「あ………………そういう……こと……」
ようやく司令官が何をしたいのか理解した。
* * *
「暑いな…………あいつらそろそろ工廠に行ったか?」
団扇で生温い風を仰ぎながら呟く。
と、その時、執務室の扉をトントントン、ノックする音。
「このノック音は…………鈴谷か? 入れ」
そう言うと、扉を開き、そこには…………。
「全員お揃いか、ていうかなんでもう着てるんだよ」
水着一式を着たうちの鎮守府の艦娘たち六人がいた。
「…………で、マジでなんでここに来るんだ? 風呂場に水張らせてるだろ?」
冷房も扇風機も使えない代わりに、夕方、日が落ちるまで大浴場をプール代わりに使う。まあそれが自身の考えた案だった。先ほど工廠に行って、妖精たちに艦娘たちの水着を適当に作っておいて欲しいと頼んだのだが、どうやら本気でもう終わってしまったらしい。まだ三十分も経っていないはずなのだが、恐ろしきは妖精の力と言うことか。
「提督に水着見せてあげよーと思って」
ニヒヒと笑い重巡の力でここまで引きずってきたらしい五人を執務室の中に押し込み、自身も部屋へと入るとバタン、と扉を閉める。
「どーよ提督、可愛い子いっぱいだよー?」
悪戯っぽく笑い、見せ付けるようにポーズまで決める。
鈴谷は意外と言えば意外だったが、ツーピースの普通の茶色の水着だった。
「なんか割りとまともな水着だな、もっとはっちゃけたの着るかと思ってたのに」
「これけっこう気に入ったんだよねー、だから今日はこれ」
そうか、と呟きつつ視線を反らすと夕張がいた。
夕張は普通の青のビキニタイプだ。意外性は無いが、良く似合っている。
「おう、なかなか似合ってるじゃないか、夕張。良いと思うぞ」
「ありがとうございます、提督」
少しだけ頬を染め、首を傾けて笑う夕張。と、その隣に何故かぶすーとした顔の卯月。
その卯月は何故か着ぐるみを着ていた…………水着? 水着なのだろうか?
「………………なんだそれ?」
「うーちゃん、ひじょーに不本意だぴょん」
にひっ、と後ろで笑う鈴谷の笑みを見る限り、どうやら無理矢理着せられたらしい。
その卯月の隣で自身の視線に気づき、少し恥ずかしそうにしながら髪を結いなおしている瑞鳳がいた。
瑞鳳は上は普通の水着だが下がスカートのようになっていた、キュロパンと言うらしい。初めて知った。
「瑞鳳のそう言う格好はちょっと新鮮だな、いつももんぺみたいなの着てるからな」
「そ、そうですかぁ? ……………………そう言われると私服もスカートってあんまりないような」
何か琴線に触れたのかぶつぶつと一人つぶやく瑞鳳の隣、暑そうに顔の辺りを手で仰ぐイムヤの姿が。
イムヤはいつものスクール水着とは違う、赤いパレオ。少しだけ予想外なチョイスに多少驚きを感じる。
「いつものやつじゃないんだな…………少し驚いた」
「あれは出撃用だから、オフで着る時まで同じ水着は着ないわよ」
若干呆れたように呟くイムヤ。私服で見かけるたびに思うが、こいつが一番お洒落に気を使っている気がする。
と、イムヤの影に隠れている弥生の姿を見つける。イムヤも気づいたのか、観念しなさい、と言いつつその背をぐいぐいと押す。
恥ずかしそうに、いつも無表情なその顔を赤く染め、俯くその姿は普段とのギャップが大きく、中々に愛らしい。
弥生の水着は薄紫のフリルのついたセパレート。なんと言うかイメージに違わない感じがあって可愛らしい。
「ふむ…………可愛いじゃないか、俯いてちゃ勿体無い」
「…………えっと…………その…………ありがとう…………ございます」
蚊の鳴くような、今にも消え入りそうな声でそう呟き、さっとイムヤの影に隠れる。
「まあとにかく、風呂場に水張ってあるから、適当に涼んで来い。昼は間宮さんに間宮アイスも一緒に用意してもらっているからな」
その言葉に全員が動きを止め、ばっと顔を上げてこちらを見る。
「最近ちょっと出撃が多かったからな、偶の息抜きだと思って疲労を抜いて明日からまた励んでもらいたい、以上だ」
手を縦に振り、早く行けと催促する。
全員が苦笑しつつ一つ頷き。
「「「「「「了解」」」」」」
そう告げ、部屋から出て行った。
ちゃぽん、と浴槽に張られた水へとそっと足を差し入れる。
「…………冷たい」
ひんやりとした水の温度。体中に溜まった熱が一気に抜けていくような感覚。
ゆっくりと、少しずつ水へと体を漬けていこうとして…………。
「おっさきっだぴょーん!」
隣で卯月が浴槽へと飛び込み、大きな水飛沫が上がる。
跳ねた水を被り、全身で感じるその冷たさに思わず体が震える。
「……………………卯月?」
少々恨みがましく思いながら卯月を見遣ると、卯月がびくりと震える。
「や、弥生? ご、ごめんだぴょん、だから怒らないで欲しいぴょん」
ぶるり、と震える卯月がそう言うが、別に怒ってはいない…………怒ってはいない。
「別に…………怒ってないよ?」
「絶対に怒ってるぴょん! ごめんなさーい!」
水中を走りながら逃げ出す卯月。そのせいでまた水飛沫が上がるが、咄嗟に顔を腕で覆い隠し、幾分かは防ぐ。
「…………………………別に、怒ってないのに」
少しだけ拗ねたような声音になってしまったが、仕方ないと思う。
浴槽の段差に座り、腰半分ほどまで水に漬かる。
ふと自身の着ている水着を見る。
薄紫色…………自身と同じ色の水着。
弥生が選んだものではない、弥生自身は特にこだわりは無いので何でも良かったのだが、卯月が絶対にこれ、と言って選んだのがこれだったと言うだけだったのだが…………。
「………………可愛い」
そう司令官に言われた時から、どうにもむずがゆい感覚が胸の中に残る。
なんだか頬が熱くなってくるので、全身水に漬かる。
ひんやりとした水の冷たさが心地よい。
けれど…………どうにもこの頬の熱は取れそうに無かった。
戦果
弥生 ……可愛い……て……言われた
イムヤ 次はマイ水着を見せてあげるわ
瑞鳳 もうちょっとスカートとかも買ったほうがいいのかぁ?
卯月 うーちゃん今日は踏んだり蹴ったりだぴょん
夕張 次回に備えて、流行の水着のデータでも取ろうかしら
提督 MVP アイス六人分で財布が……もう少し安くならない?
間宮さん ダーメ、甲斐性の見せ所ですよ、提督さん?
妖精さん 水着作成の材料は提督の財布から出ています(えっ
いつもより弥生を三割り増し可愛く書いた(つもり
感想で弥生の水着ビキニとか言ってる人がいたので、またそのうち第二回水着回を書くかも(