新人提督が弥生とケッコンカッコカリしたりするまでの話 作:水代
まあ、ある意味珍しい日と言えるかもしれない。
「…………卯月、それ、取って」
「はーいだぴょん」
卯月が本棚から取り、こちらに差し出した本を受け取ると、隣の本棚へ並べると、すっかり空になった本棚をハタキがけして埃を落としていく。そうして埃が床へと落ちていくが、新聞紙は引いてあるしどの道後で床を掃くのだから問題ないだろう。
換気のために窓を開けていたらそよいだ風に集めたゴミが舞うなどと言うハプニングもあったが、それでもなんとか一時間程度で作業が終わる。
「ぴっかぴかだぴょーん」
満足げに頷く卯月を見ながら僅かに頬を緩める。
弥生とてこうして綺麗になった部屋を見れば嬉しくも思う。例えそれがほとんど表情に出ていなくとも。
さて、こうして弥生と卯月が朝から自室の掃除に励んでいることから分かるように、今日は出撃などが無い日だった。
いや、今日も、と言うべきか。
ここ一週間ほど、出撃命令が来ていない、珍しいことに。
「まあ、次は沖ノ島だから、仕方ないぴょん」
そんな卯月の言葉に、こくり、と頷いた。
西南諸島海域最後の指定域、沖ノ島海域。
西南諸島防衛線が新人提督最初の登竜門だとすれば、沖ノ島海域は新人提督二つ目して最大の関門だろう。
敵の編成の多くにelite艦が入り混じり、敵中枢の中にはflagship級の戦艦までもが混在する。
elite艦は深海棲艦の中でも通常の固体よりも強大な力を持った一部の固体を言う。
非常に不可思議な話ではあるが、深海棲艦の固体ごとの能力と言うのは種類ごとにほぼ似通ったものとなる。
僅かな違いはあれど、その程度は統計上の誤差程度の範囲でしかない。
だが時折、その種類の固体よりも遥かに強力な固体が存在する。
それらを総称して
そしてそれらeliteの中でも飛びぬけた、最早その種の固体とは別固体としか言えないような強大な力を持った個体が生まれることがある。
それら例外中の例外のような固体は、深海棲艦が個々に作る群れの中でも中心的役割を果たしていることが多く、群れの中で生まれたリーダー的存在ではないかと言われている。
それらを総称し
戦艦ル級。
製油所地帯沿岸で弥生たちの艦隊を苦しめた強敵。
鈴谷と言う砲撃戦の要が加わることで何とか突破したが、あわや直撃しそうになったあの一撃を弥生はまだ忘れていない。
あの忘れられない演習の三日後に西南諸島防衛線を突破してからはや一月。カムラン半島、バシー島沖、東部オリョール海と破竹の勢いで進軍してきた自身たちの艦隊。
特に東部オリョール海では、敵中枢艦隊に戦艦ル級eliteと戦艦ル級の二隻が偏在すると言う状況ではあったが、司令官の徹底的な夜戦狙いにより五隻と言う数のハンデを負いながら、僅か一度の試行で突破に成功した。
だがこのハイスピードな進軍もここまでだろう。
西南諸島沖防衛線で空からの脅威に果敢に立ち向かい、突破してきた提督たちの約八割でここで折れると言われる難関中の難関。
その難関を前にして、はや一週間だ。
さすらにそろそろ何かしらの行動を起すべきではないだろうか、とは思う。
だが司令官が無計画に過ごしているとも思えないので、きっと大丈夫だろうとも思っている。
一つ不安があるとすれば…………。
「今日もぴょん?」
「…………そう」
短く呟き、こくりと頷く。
今日もまた相変わらず執務室の扉は閉められたまま。鍵がかかっているか確かめたわけではないが、恐らくかけられているのだろう。少なくとも、数日前まではかかっていた。
この一週間、司令官はずっと執務室にこもったまま出てこない。
食事などは取っているようだが、秘書艦の仕事も休みだと言われ、待機命令を出されている以上、自身にはどうしようも無い。
無理をしていないだろうか、根を詰め過ぎていないだろうか。
ここ最近そんなことをばかり考えている自身がいる。
「いや、弥生も最近ちょっと頑張りすぎだぴょん」
そんな自身の内心を察してか、卯月が半眼で呟く。
「最近毎日遅くまで何かやってるし、何やってるか知らないけど、夜更かしは良くないぴょん」
「…………別に、そんなに、遅くまでは…………やってはないし」
否定はしない。いや、できないが。
嘘ばっかり、と言わんばかりにこちらをジト目で見つめる卯月の視線にバツの悪さを感じ。
「…………ちょっと、司令官の様子……見てくる、から……」
そんな理由をつけて部屋を出る。
後ろで卯月が思わずと言った感じでため息をついたような、そんな姿が見えたような気がした。
* * *
全身に感じる暑さと不快感に目を開くと、室内が明るかった。
電灯の明かりではない、太陽の…………自然な明かり。
もう朝か、と内心で呟きながら時計を見ればすでに昼前と言ったところか。
脳がゆっくりと覚醒していくにつれ、全身の汗ばんでいるのが不快感の原因だと気づく。
「…………あー、カーテン閉め忘れたか」
カーテンを開けられた窓からは、夏日のギラギラとした日差しが差し込んでおり、そのせいでこの部屋だけ室温が大分高くなっているようだ。
「クーラー…………なんて贅沢だよなあ」
深海棲艦の登場により海を閉ざされたこの島国では、現在過去のような繁栄が望めるはずも無く、日々衰退していく文明社会を艦娘と言う兵器の登場によってギリギリのところで食い止めているのが現状だ。
昔のような贅沢、当然望めるはずも無く、とは言うもののそんな二十年近く前のこと、自身にとって最早現状が当たり前過ぎて、現状が困窮していると言う感覚すらも薄いのだが。
とは言っても、覚えているのは覚えているのだ、昔を。まだ盛かりし頃の大量消費型文明社会を。
だから今の人間に聞かれても恐らく首を傾げられるような言葉を、時折覚えている。
まあそんなことはどうでもいいのだが。
とりあえずカーテンを閉め、直射日光を遮る。これだけでも少しマシになった気がする。とは言うものの、すでに上がった室温は下がらないので、同時に窓を開いて網戸にしておく。
それから執務室の片隅に置かれたクローゼットから着替えを取り出すと、とりあえず先にシャワーでも浴びるか、と考える。
だったらもう先に脱いでしまえばいいか、と不快感残る上着を脱ぎ、下着のシャツ一枚になったところで。
「あ、ちょ、卯月…………」
ガチャリ、と執務室が開いて、弥生が飛び込んできた。
「…………え」
「…………は?」
ばっちりと視線と視線がぶつかり、目を目が合う。
そうして――――――――
* * *
執務室の扉はやはり今日も閉じられている。
「…………司令……官……」
声に出して呟き、思い出すのは、すでに一週間以上顔を見ていない自身の上官。
正直言えば、想像以上に落ち着かない。これほど長く司令官と出会わないことが無かったから。
あの日、工廠で生み出されてからずっと、司令官と共に居たからこそ、たった一週間会わないだけで、ひどく落ち着かない。
今頃どうしているのだろう、元気なのだろうか、見ていないからこそ分からない。分からないからこそ、不安になるし、心配もする。
意味合いはおいておくとしても、弥生にとって司令官がとても大切な人なのは間違いないのだから。
とくん、と一瞬跳ねる鼓動。
目をぱちくり、とさせる…………少しだけ違和感。けれど気になるほどでもない。
そうしてすぐに忘れ去る、その程度の物…………今はまだ。
「…………あれ…………? 音…………してる…………」
と、その時、ふと気づく。扉の向こうで、何やら人が動く気配、と同時に何やらがたごとと音がする。
耳を澄ます、よく聞こえはしないが、確かに中で何かやっている音がする。
「…………司令官、起きてる、みたい」
今、この扉を叩いたら声、聞けるかな。
なんて、そんな思考がふと過ぎる。
いや、でも用事も無いのに、そんなことしてどうするのだろう。
そしてそれと同時に冷静な思考も過ぎる。
声が聞きたい、と言う思いと、邪魔をしたくない、と言う思いが心中でせめぎあう。
そうして、出た結論は…………。
「…………邪魔しちゃ、ダメ…………だよね」
理性が勝った答え、そしてその呟きと同時に。
「弥生? 司令官どうしてるぴょん?」
卯月がやってくる。そうして帰ろうとするこちらを見て。
「弥生、もしかして邪魔したら悪いから帰ろうかな、とか思ってないぴょん?」
「えっ…………ど、どうして、それ…………」
内心そのままズバリな内容に、珍しく動揺が声にも現れる。そしてそんな弥生の様子に、卯月がまた呆れたようにため息を吐く。そうしてそのまま執務室の扉の前まで行き、ドアノブを捻る。
ガチャン、と音を立ててドアノブが回る。そのことに、目を瞬く。てっきり鍵がかかっていると思っていたから。
そうして卯月がこちらを振り返り、ニィ、と笑う。
「チャンスだぴょーん」
そうして、空いた片手で弥生の腕を引き…………そのまま扉を開けて自身と入れ替わるようにして弥生を押し込める。
「あ、ちょ、卯月…………」
たたらを踏みながら、そうして弥生が顔を上げると…………。
「…………え」
「…………は?」
上半身裸の司令官がそこにいて――――。
視線がぶつかる、目と目がばっちりと合って。
そうして――――――――
「あ…………え…………えと…………あ…………う…………」
ぱくぱくと、口を開けど、漏れる言葉は単語にすらならない。
頬が熱い、今自身を鏡で見れば紅潮してるだろうと、自覚する。
そしてそんな自身をどこか冷静に見ている自分がいて…………。
「な!? ば、ばっ、バカ」
そしてそれ以上に慌てた様子に司令官が顔を赤くしながら、すぐに手に持った衣服で体を隠す。
「どこの生娘だぴょん、司令官」
部屋の外から、ひょっこり首だけ伸ばした卯月が部屋の惨状を見て、そう呟いて…………。
「とっとと出て行けこのバカ共おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
鎮守府中に轟きそうな大声と共に、逃げ出した。
* * *
「ったく…………あいつら」
くそ、と内心で毒吐きながら部屋に鍵をかける。
どうやら昨日戻った時にかけ忘れていたらしい、完全に油断していた。
隣の部屋へ行き、部屋の入り口すぐ傍の洗面所で全ての衣服を脱ぎ捨てると、そのまま浴場へと入りシャワーの蛇口を捻る。
流れ出てくる水がやがて湯に変わるころ、ようやくバクバクとうるさかった心臓が落ち着きを取り戻す。
「あー…………くそ」
そうしてようやく、深く吐いた息と共に照れが抜けていく。
「くそったれが…………」
もう一度だけ呟き。
「何考えてんだ俺…………」
後悔染みた感情と共に、その言葉を吐き出した。
* * *
司令官に呼び出された。
端的に言うならそれだけの話。
さっきまでの弥生ならば、恐らく胸の内から嬉しさが湧き出ていただろうけれど。
「………………………………はぁ」
「いや、その…………ごめんぴょん? 弥生」
今となってはため息しか出てこない。
それでも呼び出されれば行くしかない、少なくとも会えなかった昨日までよりはマシだと…………。
「思い…………たい…………かな」
いつもより間に挟まれる沈黙が幾分多いのは、そういう心情だから仕方ないとしか言えない。
そうして到着した執務室の前。
「……………………………………うん」
大丈夫、と一つ頷き、こんこん、と扉をノックする。
そうしてすぐに入れ、と声が返ってきて。
「…………失礼……します……」
扉を開いた。
部屋の中で机を挟んで対峙する。そうしてすでにどれだけの時間が流れただろう。
互いに沈黙を貫いている、と言っても弥生のほうは気まずさで話せないだけだが。
「…………さて、まず最初に言っておくが」
じろり、と司令官がこちらを見つめる。いつもより厳しいその視線に、思わず身を竦ませる。
少なくとも、これまで一度たりとも司令官にそんな視線向けられたことは無かったから。
「用があるならノックして入って来い、いきなり部屋を開けて入ってくるな」
「はい…………すみません……司令官……」
経緯はともかく、結果としては弥生が全面的に悪い以上、そうして頭を下げて謝るしかない。
怒っているのかな、そんな風に一瞬考え、当然か、とも思う。
そうして下げた頭を少しだけ上げ、司令官を見やると。
「…………と、まあそんなことお前でも分かっているだろ。次は気をつけろ」
少しだけ疲れた表情でため息を吐いていた。そうしてこちらを見て…………。
「ああ、もういいから、頭上げろ」
そう言ってくる。
「えっと、けど…………司令官…………」
「お前がそんなことしないって、分かってるよ、くそ…………どうせ卯月の悪ふざけだろ、同じ部屋なら後で注意しとけ」
弥生の言葉に、そう言って返してくる司令官に一瞬呆然として、それから――――
「……………………はい」
そう言って、微笑んだ。
【戦果】
『第一艦隊』
旗艦 弥生 Lv18 えっと、すみません、でした。
二番艦 伊168 Lv16 さっきの怒号何かしら?
三番艦 瑞鳳 Lv16 朝からうるさいわねえ。
四番艦 卯月改 Lv49 MVP やーよーいー、ごめんぴょーん。
五番艦 鈴谷 Lv15 あはは、元気な鎮守府だねえ。
六番艦 None
ラッキースケベ(ただし男)。
でもこれが意外と伏線に………………………………なったらこの小説にR18タグがつくのでやめよう(
おひさです。四月から社会就労者の水代です。
新しい環境で色々まだ慣れず、この小説書くのにも三日かけました。
やっぱ机がないと執筆は辛いなあ。とか思ったり。
前回のシリアスさがまったく無いけど、実は前回の続き書こうと思ってたら主題入る前に、ラッキースケベで文字数埋まってしまったと言う不可思議な話が(
と言うわけで次回はちょっとシリアス…………になる予定。
そして海域も1-3から一気に2-3までスキップ。1-4~2-3までは全カットです。
2-4攻略に4話か5話やったら、いよいよ最初のイベントです。このイベントで弥生のデレが加速する。そして司令官のほうのデレイベントも最近考え付いたので、そろそろ終着点、最終回も視野に入れながら書きたいところ。
一応予定としては、全三章か四章くらいになるかと。
まあ同じ四章でも響二次のほうより大分話数増えそうですけど。