新人提督が弥生とケッコンカッコカリしたりするまでの話   作:水代

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弥生ちゃんまじ天使。


十六話 新人提督と弥生が謝ったり許したりする話

 

 

「ああ、ところで、これを見てくれ」

 机の中から数枚の用紙をホッチキスでまとめたファイルを取り出すとそれを弥生に渡す。

 渡されたそれをパラパラと捲りながら、目を通していく弥生。

 だが、一枚、また一枚と捲るにつれて、その目が細められていく。

「司令官…………これ…………」

 

 ファイルの内容は各海域でのここ一月での深海棲艦の分布だ。

 実を言えばこれは、俺が作成したものでは無い。

 上官殿のところの不知火が作成したものである。

 上官殿が大本営から連絡を受け、そうして第二艦隊を使って調査したその内容を総合すると。

 

「深海棲艦が移動している。少しずつ、少しずつな」

 一日あたりの移動数があまりにも微弱で、一つ一つの海域で見れば誤差のようにも見えるが…………。

 現在海軍が把握している十六もの海域その全てでその誤差が一ヶ月絶えることなく続けば。

「目算だが、総数にしておよそ千にも及ぶ深海棲艦が海域から姿を消したことになる」

 この世界に唐突に現れた深海棲艦だが、当たり前だが唐突に消えてくれはしない。そんな甘い現実ならば世界はここまで衰退はしていない。

 つまり、見えないだけでどこかにいるのだ、およそ千もの数の深海棲艦の大群が。

 もしそれが一度に襲ってくれば…………。

 弥生もその可能性を考えているのか、こちらに視線をやってくる。

 こくり、と頷くと、また目を細め、ファイルへと視線を落とす。

 

「この一週間前、上官殿と電話で話しをしてな、近いうち何か起こる可能性があると示唆された」

 そこで、と呟き、こつん、と机を人差し指で叩くと、弥生がこちらへと視線を戻す。

「二日後出撃だ、そして、七日以内に沖ノ島海域を攻略する」

 その言葉に弥生が僅かに目を見開き…………こくり、と頷く。

「了解…………です…………司令官」

 その言葉を聞くと同時に、机からファイルとは別に、一枚の地図を取り出す。

「この一週間考えておいた、沖ノ島攻略のための案だ」

 そう言って地図を開いて、机の上に広げる。

 そこに描かれているのは沖ノ島海域の地図。そしてそれぞれの場所にいると予想される敵の分布。

「敵の中心部隊がここ、この地図の右端。そしてここにたどり着くための航路がこの三箇所。ただし北上すれば戦艦と空母が大量に立ちふさがるから、するとすれば東進か、南進だ。ただ波の関係で、南進すると航路が逸れる危険性が高い」

「じゃあ、東進…………ですか?」

「いや、北進する」

 その言葉に、弥生が首を傾げる。それはそうだろう、たった今、暗に北上は無いと言ったのは自分だ。

 だがその弥生の疑問を払拭するために、地図を指で指しながら、口頭での説明も交え一つずつ伝えていく。

 そうして全て説明し終わった際の弥生の反応は…………。

 

「無茶苦茶…………です、こんなの」

 

 だった。まあ自分でもかなり無茶ではあるとは思うが。

「けれど私としては無謀ではないと思っている…………いや、現状のうちの艦隊の練度を考えれば、むしろこれ以外に無いと思うが?」

 そんな自身の問いかけに、弥生が数秒考え込み、そうしてこくり、と頷く。

「無茶、だけど…………だけど…………無理、では…………ない……です……」

 そんな弥生の言葉に、ふっと笑い、そうか、とだけ返す。

 自身が何よりも信頼する彼女の頼もしい言葉に、自然と笑みがこぼれる。

「ならこれで決まりだ…………頼んだぞ、弥生」

「…………はい、任せて……ください……司令官…………」

 そんな自身の笑みに釣られるように、弥生もまた薄く笑った。

 

 

 * * *

 

 

「紅茶は飲めるか?」

 そんな司令官の言葉に、少しだけ考える。何せ飲んだことが無いのだから、判断できない。

 そしてそんな自身のことを察したのか、なるほど、と司令官が一人でに頷き。

「まあ、飲んでみろ」

 そう言ってティーカップをこちらに渡してきた。

 

 どうしてこんなことになっているのか。

 簡単に言えば、先ほど作戦会議もさてこれで終わりか、と弥生が思っていたら司令官が、暇なら少し話でもしないか? と言ってきて自身がそれに付いて来たからだ。

 執務室と続き部屋となった隣の部屋に司令官の私室がある。秘書艦である弥生は執務室には良くいるが、さすがにこちらにやってきたことはそう多くは無いため、未だにこちらにやってくることに緊張を覚えてしまう。

 最後にやってきたのは一月前、あの演習の夜が最後だっただろうか。

 

 あの時は、別のことで頭がいっぱいだったため、部屋の様子を落ち着いてみる余裕など無かったが、こうして見るとなんだか物が散らかった部屋だ。

 と言うか、本が良く散らかっている。本を読みかけたまま眠ってしまい、そのまま忘れていた、と言った感じのまま畳の上に転がっている本が十冊、二十冊となくある。

 意外、と言えば意外である、あの司令官のことだから、こう言うところはきちっとしていると思っていた部分がある。普段の仕事時の態度を見れば、整頓されきった部屋なのだろうと勝手に思っていたのだが、どうやら公私の使い分けがはっきりとしたタイプだったらしい。

 

 当たり前だが、司令官の私生活など弥生は知らない。司令官だって弥生の私生活など知らないだろう、むしろ知っていたらそれはそれで大問題ではあるが。

 弥生と司令官が触れ合う時間と言うのは、仕事中ばかりで、こうして私生活の部分で交流することと言うのは正直なところ初めてかもしれない、なんて、そんなこと考えていると。

「待たせたな」

 部屋の(ふすま)が開かれ、司令官がやってきた。

「紅茶は飲めるか?」

 そうして冒頭に戻る。

 

「…………ん…………良い香」

 鼻腔を擽るカップの中で湯気を立てる紅茶の香りに、少しだけ心が弾む。

 紅茶などと言うものを飲むのは、弥生としても初めての経験なので僅かな不安と、それ以上の期待が心中を渦巻く。そうして一口、カップへと口をつけ口の中に流れ込んでくるのは熱。

「……………………っ」

「っと…………熱かったか?」

 思わずカップから口を離したが、口の中に残るその味は、決して不快なものではない。

「ん…………美味しい……です……」

 だから思わず、そんな言葉が漏れた。そして弥生のそんな言葉に、司令官の笑みがこぼれる。

「そうか、まあゆっくり飲め」

 呟きながら司令官自身もまたカップへと口をつけていく。

「…………はー、美味い…………のか?」

 そうして出てきた言葉が疑問系だっただけに、え? と思わず言葉がこぼれた。

「いや、ぶっちゃけた話、本物の紅茶なんてしばらく飲んでなかったからな、久々に珍しさで手に入れてきたが、これが美味しい紅茶なのかどうか区別が付かないんだよな」

 そんな司令官の暴露話に、えぇー? と言いたくなる心境ではあったが、顔には出さない。

「昔販売されてたペットボトル入りのミルクティーは好きだったんだがな、茶葉の輸入が難しくなってからは日本産の茶葉を使って販売してたんだが…………まあなんか違うってんで、結局販売中止になったんだよな」

 それは司令官がまだ子供だった頃の話。自身たち艦娘がまだ存在する前の話。

「ああ、茶請けにクッキーもあるが食うか?」

 そう言って司令官が小さな皿に敷き詰められたクッキーを差し出してくる。

 時間的には昼前と言うこともあって、小腹が空いたタイミングであり、ついつい手が出てしまう。

 素直に美味しい、と言える。だが素直に喜べないのは、以前に司令官に渡した焦げたクッキーを思い出してしまったからであろうか。

 やっぱり、雲泥の差だなあ、なんて思いながら二枚目、三枚目と手を伸ばすその姿を司令官に見られているのに気づいたのは、五枚目のクッキーを飲み込んだ後のことだった。

 

「えっと…………司令……官……?」

 微笑みながらとは言え、そうじっと見られると気恥ずかしいものがある。

 かと言って、こっちを見るなと言うのも極端な話であり、結局何か用か、と暗に問いかけてみる。

「いや、思いのほか元気そうだと思ってな」

 そうして返ってきたのはそんな言葉。思いのほか、と言う言葉の意味が分からず首を傾げると、司令官が苦笑して答えを返してきた。

「三週間くらい前だったかな…………卯月が俺のところに来てな、お前が毎晩遅くまで何かやっているみたいだって報告してきたんだ」

「卯月が…………?」

 卯月はこちらにやってきてからずっと同室に住んでいるので、遅くまで起きていることがバレているのは弥生とて理解していたが、それを司令官に報告していたとは知らなかった。

「少し気になって調べたが、ここ最近の出撃も最後のほうは動きに精彩を欠いていたらしいな」

 それは否定してもしきれない事実である。実際、最後の最後、そのせいで被弾しているのだから。

「コンディションに影響が出るほどに何やってるのか、聞かせてもらえるか?」

「…………もしかして…………それを聞くために、呼んだん、ですか?」

「まあ半分くらいはな」

 そう言って返してくる司令官の目は真剣なもので。とてもじゃないけど、誤魔化すことはできそうにないと思う。

「えっと…………出撃の時の、自分の指示を、後から…………確認して……いました……」

 どうしてだか隠し事が親にバレた時の子供のようなそんな心境になりながら、ゆっくりと司令官に自身のやっていることを伝える。

 やっていることは至極簡単だ。

 出撃があった日、自身が出した指示を振り返り、それが本当に正しかったのか、他に何か指示すべきことは無かったのか、などを考えるだけだ。

 この一週間は出撃は無かったが、それまでの三週間のことがあったので、それらをずっと考えていた。

 

 そうしてやはり最後に思い出すのは、あの演習の時、自分たちに指示を出していた不知火の姿。

 

 猛烈なまでに強烈に鮮烈に焼きついたあの姿は…………きっと、ずっと忘れられないのだろう。

 

 

 * * *

 

 

 他愛無い話、普段話す事務的なやり取りとは違う、本当に他愛無い日常的な話。

 そうして話すことで分かるのは、自身が予想以上に目の前の少女について知らないと言うことだった。

「それで、卯月が…………部屋でその時のこと、話したから…………イムヤさんが怒っちゃって、大変、でした」

「なんだそりゃ…………ったく、卯月は良い意味でも悪い意味でも奔放だな」

 弥生から語られるこの一週間の話。それ以前の話。普段彼女たちが何をしているのか、俺はこれまで知ろうとしなかったが、提督と艦娘の間柄なんてものはそれで良いと思っていたが、存外そうでも無いのかもしれない、と最近思い直した。

 

 切欠はやはりあの演習の後だろう。

 

 俺は弥生がてっきり怒ると思っていた。勝手に決めるな、と。一言くらい相談してくれ、と。そう言うものだと思っていた。

 けれど彼女から出てきた言葉は…………。

 

 “弥生じゃ…………頼りになりませんか? 司令官の力に、なれませんか?”

 

 ガツン、と頭を殴られたような気分だったのは確かだ。

 そしてそれ以上に罪悪感に駆られたのも確かだった。

 決定権は常にこちらにある以上、それは別に違反でも何でもない。正当と言えば正当なものではある。

 けれどそれは、決してやってはいけない類のことだったのだと今にして思う。

 きっとあの演習で、俺は目の前の秘書艦の信頼を幾分か失ってしまったのだ。

 

 必要なことだったとは思っている。

 その選択を後悔したことは無い。

 

 だがそれはひたすら自分勝手な考えで、目の前の少女の感情を一ミリとて考慮に入れてなかったのは事実だった。

「やっぱ…………卯月には敵わねえな」

「え? えっと…………卯月が、どうか……しました……?」

 首を傾げる弥生に、何でもない、とだけ返して茶請けに出したクッキーを一つ摘む。

 甘いはずのクッキーが何故かいつか食べた焦げたクッキーのように苦く感じられて。

 それがどうしてか、弥生が自身を責めているようにも思うのは、どう考えたって気のせいであり、自身の罪悪感の問題でしか無かった。

 

 

 * * *

 

 

 三週間ほど前の話である。

 夜、弥生に今日の業務の終了を告げて部屋に返した後も、俺は執務室で資料に目を通していた。

 内容は南西諸島防衛線の突破に伴う詳細と、そして次に向かう海域、カムラン半島の敵分布だ。

 今日中に目を通すだけ通してしまおうと考え、気づけば夜半過ぎ。

 そろそろ資料も終わるし、その後一息吐いて寝ようか、と考え…………コンコン、と扉がノックされた。

「誰だ?」

「失礼するぴょん」

 扉を開き、入ってきたのは…………卯月だった。

 時間が時間こともそうだが、その相手も相手だっただけに、思わず目を丸くする。

「どうした、こんな時間に」

「…………弥生が」

 切り出し、そこに弥生の名があったことで、思わず目を細める。

「遅くまで何かしてるんだぴょん」

「何か、とは?」

 そんな自身の問いに、卯月はさあ? と肩を竦める。

「でもだいたい想像できるぴょん、先週司令官が弥生に言ったことを考えれば」

「…………演習の後のあの話、弥生から聞いたのか?」

 その問いに、卯月が僅かに目を細めて頷く。

「物は言い様だよね、弥生は真面目だから、騙されたみたいだけど、うーちゃんは騙されないぴょん」

「騙すって…………そんなつもり無かったんだがな」

 こうして会話している間にも、少しずつ、少しずつ、卯月の目が鋭く、細く、そしてその表情が険しくなっていく。

「じゃあどういうつもりか、教えて欲しいぴょん」

「…………あいつに旗艦の役割ってのを教えてやりたかったんだよ、卯月、お前だって元はあの第二艦隊の旗艦だったんだ、分かるだろ?」

 上官殿のところの電がまだ第一艦隊にいた頃、卯月は第二艦隊の旗艦を勤めていた。その期間にしておよそ一年と言う短いものではあったが、旗艦と言う物の特別性を知るには十分な期間だろう。

 そんな自身の問いに卯月が頷く、頷くの…………だがその顔から険しさは取れない。

「なら先に弥生に断ってからでも良かったはずだぴょん」

「ああ…………まあそれは悪かったと思ってる」

 弥生の滅多に見ない不安そうな表情を思い出し、思わず顔をしかめる。

 

「司令官は、弥生を自分に都合の良い道具だとでも思ってるの?」

 

 そして続けて出たその問いに、だからこそはっきりと答える。

 

()()()()()()()()()!」

 

 あまりに、と言えばあまりな言葉に、思わず熱が篭る。

 けれど、返って来た言葉はそれ以上だった。

 

「だったら、弥生のこと、ちゃんと考えてよ!!!」

 

 目の前の荒げたその声に、その内に秘められた激情に、思わず目を見開く。

 

「弥生は確かに感情が表情に出にくいけど、何も思ってないわけじゃないんだよ! 本当は不安で不安で、自信が無いのを、それでも旗艦として私たちに見せないように頑張ってるんだよ! いきなり旗艦から外されて、他所の艦隊の艦娘に自分の立ち居地奪われて、それで何も思わないわけ無いじゃない! 悲しくないわけ無いじゃない! 怒ってないわけ無いじゃない! 不安に思わないわけ無いじゃない! それでも司令官にそんな思いぶつけたくないから、必死に我慢してるんだよ、堪えてるんだよ! 気づいてよ、司令官が気づいてあげないと、弥生は出せないんだから、言えないだよ、真面目だから、弥生はそう言う子だから! 言えないまま、表に出せないままずっと溜め込んで、一人で抱え込んで、辛くても、苦しくても、悲しくても、怒っていても、不安でも、我慢するんだよ!!!」

 

 お願いだから…………気づいてよ、そう告げる卯月に。

 

 唖然とする。呆然とする。愕然とする。

 

 今にも泣き崩れそうな卯月に、手を差し伸べようとして…………けれど、それをする資格が自身にあるのか、と考えて止まる。 

 自分のせいなのに、全部自分が悪いのに。

 たった一人と決めた秘書艦を傷つけて、その傷ついた秘書艦のために泣いている姉妹に、俺は一体何と言って返せばいいのだろうか。

 

 ■■■■■。

 

 ふと、蘇る記憶の中で、誰かが自身を呼んだ。

「………………ああ、そっか」

 押し込めてた過去の後悔が傷を開く。血管に鉛を流し込まれたように重い体で、けれど目の前の卯月に手を差し出す。

「…………そう何だよな」

 何がそうなのか、自分の中でだけで分かったままの言葉をそのまま口に出す。

「アイツじゃないんだよな、弥生は…………だから、そうだな、お前の言う通りだよな、卯月」

 自身を見つめる卯月に、けれど目を反らすことなく、その手を卯月の頭に載せる。

「俺が悪かった…………うん、どう考えても俺が悪かった」

 思わずため息を吐きそうになるくらいに、自分の馬鹿さ加減に呆れる。

 弥生は、弥生だ。そんなことに、ようやく気づいた。

 いつからだろう、弥生と誰かを混同して見ていたのは。

 いつからだろう、弥生の前で、一人称を私、から俺に戻していたのは。

「本当に…………いつから()はこうだったんだろうな」

 一つ嘆息。そして卯月へと視線を合わせて口を開く。

「約束する。これからは弥生をおろそかにしたりしない。私の秘書艦を大事にする」

「本当に?」

「ああ、本当に」

「絶対?」

「絶対と言ったら絶対だ」

「…………………………」

「…………………………」

 そうして互いに見詰め合って、数秒。やがて卯月が一つ息を吐き出す。

「…………なら、今は信用するぴょん。でももし弥生を泣かせたら司令官のこと、絶対に許さないぴょん」

 卯月が小指をピンと立てて突き出す。その意味を一瞬図りかねたが、すぐに気づいてこちらも片手を差し出し、小指と小指を絡ませ――――

「…………ああ、約束だ」

 ――――互いに指を切った。

 

 

 * * *

 

 

「なあ弥生」

「はい…………なん、ですか?」

 三週間前のことを思い出し、今日までに一つ決めたこと実行に移す。

「公私混同ってのはよくないよな」

「は…………? え、はい、そう……ですね……」

「やっぱ仕事は仕事、私生活は私生活で分ける。うん、()も賛成だ」

 何が言いたいのか、分からない弥生が首を傾げる。

 まあ余り回りくどい言い方をしても、趣旨が伝わらないだろうから、きっぱりと伝えることにする。

 

「仕事中は俺はお前の上官で、お前は俺の部下。これは絶対だ、けどそれを私生活にまで持ち込む必要は無いぞ」

 

「………………え?」

 自身の言葉の意味を図りかねたのか、弥生が素っ頓狂な声を上げる。

「言いたいことがあるなら言っても良いってことだ。お前だって俺に言いたいこと、言ってないことあるだろ?」

 自身のそんな言葉に、弥生が少しだけ沈黙して。

「………………はい」

 頷いた。

「先に謝っておく。一月前の演習のことだ。夜に少し話しはしたが、それでもあれは俺が悪かった」

 そう言って頭を下げる俺に、弥生が驚いた様子で見る。

「必要なことだったと今でも思っている、やったこと自体は間違っていないと今でも思っている、けどそれをお前に伝えなかったのは俺が悪かった、その結果として、弥生が傷ついたなら俺の責任だ」

「………………………………」

 俺の告げた謝罪の言葉に、弥生が沈黙する。

 さっきは言いたいことがあるなら言っても良い、と言ったが、それでも弥生がそう簡単に自発的に本音を告げるとは思っていない。

 だから敢えて俺から尋ねる。

 

「あの時、悲しかったか?」

「はい」

「辛かったか?」

「はい」

「苦しかったか?」

「はい」

「腹が立ったか?」

「はい

「不安だったか?」

「…………はい」

 

 一つ一つ、頷くたびに歪んでいく弥生の表情に、心が痛む。

 

「全部俺のせいだ、悪かった。言いたいことがあるなら何でも言ってくれ」

 

 そう言って再度頭を下げる俺に、弥生がようやく口を開く。

 

「どうして…………どうして、何も言ってくれなかったん、ですか。どうして、黙って、あんなこと、したんですか。悲しかったか、ですか? 悲しかった、ですよ。弥生は、司令官に信じてもらえてないって、そう思った、から。辛かったか、ですか? 辛かったですよ。苦しかったし、本当は、怒ったりもしました。不安だったし、どうして、って何度も思いました」

 

 初めて聞くかもしれない、弥生の本心からの言葉に、ぐっと歯をかみ締める。

 自身がそれだけ我慢させたのだ、だから目の前の少女の吐き出す言葉を全て受け止めるのは最早自身の義務でもある。

 そうして、覚悟を決めて。

 

「けど、謝ってくれたから、だから、もういいです」

 

 あっさりと、その覚悟の上を行かれた。

 思わず呆然として、顔を上げる。

 

 笑っていた。

 

 いつも無表情過ぎるくらい無表情で。

 偶に表情が出ても微細で、ほとんどの人が気づかないほどで。

 雰囲気と言葉のトーンだけで機嫌を読むような目の前の少女が。

 はっきりと、誰にでも分かるくらいに微笑んでいた。

 

「司令官」

 

 そうして少女が、俺を呼ぶ。

 

「今度は、ちゃんと…………弥生にも、相談して、くださいね」

 

 こくり、こくり、と呆然としながら頷くと。

 

「なら、もう良い、です…………許しました」

 

 あっさりと、そう告げる少女に。

 

 こいつにだけは、絶対に敵わないな。

 

 そう思った。

 




というわけで、珍しく前回と併せて一つの話です。ん? 珍しかったっけ?

書きたいこと書きまくってたら、いつの間にか8000字超えた。基本5000字統一してたけど、まあいいか(

この小説もようやく最終話までの構想が出来てきました。
と言うわけで少しネタバレ→新人提督は弥生とケッコンカッコカリする。


因みに一章の最後は艦これのイベント関連です。
何のイベントか少しだけヒントを言うと、突破成功者約10万人。全体の僅か10%にして、突破できた提督できなかった提督関わらず大半の提督にトラウマを叩き込んだだろうあのイベントです。

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