新人提督が弥生とケッコンカッコカリしたりするまでの話 作:水代
海域のいたるところ、あちこちから爆音が響き渡る。
どん、どん、どん、どん、どん、どん、どん、耳に残る
砲撃の音、戦いの合図、そしてそこで行われるは決死の殺し合い。
戦場とは即ちそう言う場所である。
戦う以上、いつかは死ぬ。そう言う覚悟は艦娘であるならば…………否、軍人であるならば誰だって持っている。本来艦娘とは
けれど、だからと言って。
仲間たちが死して行くことに何も思わないわけでは断じて無いし。
それを当然のことだなんて…………思えるはずがない。
確かに彼女は沈んではいない…………轟沈はしていない。
けれどそれは、沈んでいないだけだ…………生きているのとはまた違う。
だから、駆逐艦弥生は震えた。
目の前で大破しながら…………今にも死んでしまいそうな自身の姉妹を見て。
体が震え、動くことすらできなかった。
青を通り越して白んでしまった血が通っているとは思えないその姉妹の顔色に。
唇は震え、言葉を紡ぐことすら忘れていた。
全身から血を流し、ぐったりとしてぴくりとも動かないその姉妹の様子に。
弥生は…………何もできず、立ち尽くした。
* * *
駆逐艦睦月は走っていた。
夜の闇に紛れて水面を叩くその姿は、けれど探照灯などと言う便利なものを持っていない深海棲艦には極めて気づかれにくい。
最早一刻の猶予も無かった。
それは知らぬが故の無知、と言うわけではない。実際のところ、睦月の思考は極めて正しい。
そも駆逐艦睦月がこんなところに…………第四目標とされた海域に居るのは、第三海域の攻略に詰まったからだ。だからこそ、睦月たちのいた第三攻略艦隊と第四攻略艦隊との合同での作戦が決行され。
そして第三海域サンタクロース諸島海域の制覇に成功する。
その際、睦月たち第三攻略艦隊の一部は、敗走する敵精鋭艦隊の追撃を行った。
続く第四目標海域…………
その行動は正しかった、けれど間違っていた。
引き際を間違えたのだ、睦月たちは。
故に敵陣中に深入りし過ぎ…………そして睦月以外の仲間は皆沈んでいった。
鉄底海峡の仲間入りを果たした。
そして睦月も…………。
「…………絶対に、絶対に生きるんだから」
本当は第四海域へ攻略部隊が突入してくるまで待つつもりであった。
だがその決心を変えさせたのは、一体の敵。
睦月なりに敵の様子は伺っていたのだ、脱出の機会は無いか、どこか敵の空白地帯のようなところは無いか、など。時には島から島に移るような真似もしながら、そして見てしまった。
それは少女だった。その背丈から言ってもまだ少女という言いかたが正しいだろう。
少女の全身は白かった。真っ白な肌、真っ白な髪、けれど目だけは爛々と赤かった。
一目見ただけで理解する、理解させられた。
目の前の少女が自身の想像を絶するほどの怪物であることに。
それを理解した瞬間、逃げ出した。
ここに居てはならないと理解した。この事実を仲間に伝えなければならないと理解した。
深海棲艦の上位種。それは先の南方海域強襲偵察の時にも発見された怪物に着けられた呼称。
一刻も早く、一秒でも早く知らせなければならない。
駆逐艦睦月はそれを知っている、かつての南方海域強襲偵察に参加し、その折たった一度だけ姫種との戦いを見たことがある睦月は知っている。
上位個体は他の深海棲艦のような…………それこそ戦艦などとすら比べものにならない、そんな生易しいものでは無い。
今回の作戦で姫種の存在は事前に知らされていた。実際、第三海域でもそれらしき姫種の存在は確認していた。
だがあそこにいたのはそれ以上だ。
あれは、あれは!!!
* * *
作戦は至ってシンプルだ。
闇夜に紛れ、強襲。敵陣最奥に座すだろう敵中枢艦を叩く。
そしてサンタクロース諸島海域で“姫種”が確認できたことから、恐らく次の海域ではさらなる姫が存在しているだろうと予測できる。
準備は怠らないように、それだけ告げて不知火は去っていった。
すでに日は落ちかけている。
あの水平線上に夕日が沈めば…………作戦決行だ。
それまで、まあもう一時間程度の余裕はあるだろう。
今のうちに艦隊内で話をしておいても良いかもしれない。
そんなことを考えたその時。
「…………第三次攻略艦隊…………追撃…………行方が…………」
他の艦隊で話合う誰かの声が聞こえた。
「…………生存者は…………できず…………全滅…………」
聞こえる言葉の端々に不吉の予感を募らせる。
「…………大丈夫…………だよ、ね?」
今から行く場所がどんな場所か、弥生は知っている。
だからこそ、不安に震えることもある、だがそれを誰かに見せるわけにはいかない。
弥生は…………旗艦…………だから。
自身はこの艦隊を率いているのだ。イムヤの、瑞鳳の、卯月の、鈴谷の、陸奥の命を預けられているのだ。
そんな自身が不安そうな顔をしていてはならない。
大丈夫…………大丈夫…………。
不安を押し殺しながら、時間は過ぎていく。
夕刻六時、太陽が水平線上に沈んでいく。
まだうっすらと明るさを残すが、これから目標海域に進軍すればちょうど闇夜に包まれる頃合いだろう。
「…………では行きましょうか」
いつの間にか、彼女はそこにいた。
自身が率いる絶対の群れをその背に負って。
闇の中から溶け出してきたかのように、誰もその存在に気づかなかった。
「目的地鉄底海峡」
ぐっ、と手袋をはめ直す。
「目的敵深海棲艦の撃滅」
くい、くい、とベストとシャツの裾を軽く直し。
「最優先目標敵中枢の撃破」
ふっ、と真横に手を薙ぎ。
「では、向いましょうか」
その手を真正面へと向け、そう告げた。
* * *
ドンドン、と砲撃音が夜の闇に響く。
「…………うーん、やっぱり厳しいにゃしぃ」
せめて、せめて今夜が新月ならば良かったのに、生憎満月…………とまではいかないが、月の光は煌々と海面を照らしている。敵の接近にいち早く気づけるのは利点だが、一人海を走る自身の姿もまたはっきりと見つけられるのは非常に大きなデメリットだ。
幸いこの辺りには島がいくつかあるので、そこに隠れながらなんとか見つからずに済んでいるが、それもいつまで持つやら。
けれどもうすぐだ、砲撃音がしている、と言うことは味方が進軍を始めている、と言うこと。
まさか海域を制圧したその日のうちに動きだすと言うのは予想外だったが、けれど第二海域もそれで制圧したのだから、存外有効な戦術には違いは無い。
あと少し、あと少しなのだ、あと少しで味方と合流できる。
だと言うのに、そのあと少しが果てしなく遠い。
弾薬も尽き、燃料も尽きた今、睦月には艤装を起動させる術が無い。艦隊機動は到底無理であるし、何よりも今襲われれば何もできずに殺される。
だからこそ、慎重にならなければならない。
例え戻った先に全滅の責を負わされようと、そのために解体の憂き目に会おうと。
あの場所で見たことだけは伝えねばならない、そうしなければ。
多くの艦娘があの鉄屑の海へと沈んでいくことになる。
急いでいた、焦っていた。
だからこそ、それは偶然の一撃であった。
進軍中の味方部隊と交戦中の敵艦隊。
そう、もう睦月は目の前まで来ていた。あと僅かな距離、そう…………。
だからこそ、故にこそ。
それは偶然の一撃であった、けれどそれは、必然の一発であった。
砲火が降り注ぐ。
「…………え…………あ…………」
言葉も出ない、燃料も尽き、機動力は無い。
体は動かない、弾薬も尽き、撃ち落とすことも出来ない。
ただ迫りくる敵の砲撃を、目の当たりにして…………。
「睦月!!!」
誰かが叫んだ、その声を。
「…………あ」
何となく…………
確認する間も無く、睦月の意識は闇に飲まれた。
* * *
砲が唸りを上げて鉄塊を撃ちだしていく。
鉄底海峡、この海域に侵入してまだそれほどと間は無いが、幾度とない激戦を強いられている。
夜戦、と言うのは本来ならばこちらに有利な状況だ。
何せこちらは駆逐艦に潜水艦が半数を占める。明るいうちの砲撃戦には不利な要素が多い。
だから極限まで接近してから弾丸を叩き込む夜戦は、こちらの攻撃力を爆発的に上昇させてくれている。
だがそれでも。
「点呼」
「イムヤ問題無し、夜ならこっちの領分よ、どんどん任せてくれていいわ」
「瑞鳳小破です…………あう、夜戦だと空母は何もできないから辛いわ」
「卯月問題ないっぴょん! ただ…………やばいかもしんない」
「鈴谷は中破だよ、ごめん、一発当たっちゃった」
「陸奥、問題ないわ…………まあいざとなったら戦艦の装甲で庇うわ…………けど」
卯月も陸奥も、言いよどむ。言葉にこそしないが、他の三人も…………そして弥生も同じ。
どこまでやれる、どこまで戦い抜ける。
夜戦は接近戦だ。お互いにこの闇の中で目視できる距離まで近づいての殴り合い。
だからこそ、こちらの火力が跳ね上がったように…………敵の火力も跳ね上がっている。
たとえ昼戦ならそれほど気にするほどのものでは無い駆逐艦、軽巡洋艦であろうと、この闇の中では恐ろしい強敵となる。
弥生たちの役割は露払いだ、最奥にまで不知火たち主力艦を導くことが役割だ。
だが、そこまで持つか?
そんな不安が頭を過り…………。
「敵艦隊見ゆ! 数四…………大きいのがいる、戦艦が一!」
瑞鳳の言葉にはっとなる。
慌てて視線をやれば、確かにやや遠くのほうに敵が見える。
「…………先制雷撃、かけます」
「こ、この距離でかぴょん!?」
その言葉に卯月が驚いたように叫ぶ。
だがその言葉にゆっくり頷く。
「敵影に異常無し、恐らくこちらに気づいてないわね」
瑞鳳の言葉にこくり、頷き。
「一手でも、多く…………稼ぎます、水雷戦隊、用意」
その言葉に、卯月が、そして海中でイムヤが、雷装を展開する。
「
ボンボンボン、と着水の音だけを立てながら、静かに魚雷が進んでいく。
そうして。
「突撃、です」
艦隊総員が動き出す。
一番射程の長い陸奥が砲撃を開始する、と同時に。
ズドォォォォォォォ
魚雷が爆破し、敵影を飲み込む。
どれだけ被害が出たかは分からない、だがどのみちここからは泥沼の殴り合いしかないのだ。
だったら…………一歩でも深く、敵に踏み込む。
そうして距離を詰め、水飛沫が晴れたことで…………気づく。
敵戦艦の砲塔がこちらを向いていないことに。
その先は…………敵の少し後方。
そこにいたのは…………一人の少女。
襟元が緑色の真っ白なシャツ。そして緑色のスカート。
知らない見た事が無い、少なくとも、弥生が建造されてこの方一度たりとも…………
けれど知っている、見覚えが無くても、魂が知っている。理解できる、あれが誰なのか。
「睦月!!!」
弥生らしくも無い、張り上げた大声に、少女がぴくり反応して。
直後、敵の砲撃に飲まれた。
* * *
ざあ、ざあ、と闇夜の海がさざめく。
敵の一団を倒し、そうしてすぐさまに駆けつけた弥生が見たのは。
波間に力なく浮かぶ、姉の姿だった。
「「睦月!」」
弥生と、そしてそれが誰なのかすぐ様理解した卯月が駆け寄り、卯月が抱き起す。
卯月の手の中の少女は、酷く冷たく。そして弱々しかった。
「むつ…………き…………」
確かに彼女は沈んではいない…………轟沈はしていない。
けれどそれは、沈んでいないだけだ…………生きているのとはまた違う。
だから、駆逐艦弥生は震えた。
目の前で大破しながら…………今にも死んでしまいそうな自身の姉妹を見て。
体が震え、動くことすらできなかった。
青を通り越して白んでしまった血が通っているとは思えないその姉妹の顔色に。
唇は震え、言葉を紡ぐことすら忘れていた。
全身から血を流し、ぐったりとしてぴくりとも動かないその姉妹の様子に。
弥生は…………何もできず、立ち尽くした。
そろそろ誰か轟沈しようか?
【戦果】
『第一艦隊』
旗艦 弥生改 Lv32
………………………………………………………………。
二番艦 伊168 Lv31
この子…………なんでこんなところに。
三番艦 瑞鳳 Lv33
酷い怪我…………早くドッグに…………。
四番艦 卯月改 Lv54
睦月! 睦月ぃ!
五番艦 鈴谷 Lv32
こいつはちとやばいねえ…………。
六番艦 陸奥 Lv18
さて、どうしたものかしらね。