新人提督が弥生とケッコンカッコカリしたりするまでの話 作:水代
ほんの僅かな気の緩み。
気づいた時には、もうすでに白い軌跡は目の前で。
その軌跡が敵の魚雷なのだと気づいた瞬間。
水面を蹴ったのと、魚雷が爆発するのは同時だった。
激しい水飛沫に視界が塞がる。直後にやってくる衝撃に体が弾かれ…………一メートルほど下がったところで、止まる。
数秒置いて、海中からイムヤが浮上し、こちらへとやってくる。
「弥生?! 大丈夫?」
そう尋ねられ、改めて自身へのダメージを冷静になって確かめる。
艤装破損箇所無し、身体へのダメージ軽微。直前に跳んだ分、爆発が遠のき結果的にダメージは軽くなったようだった。
「えっと、損傷は……問題無い……レベル、です」
その言葉にイムヤがほっとしたように息を吐き、ふと視線を反対側に向けた。
自身もそれを追うように視線をやると、そこに海底へと沈んでいくイ級の姿が見え…………。
「…………帰りましょう」
「…………そうね」
敵とは言え、海へと沈んでいくその姿は、決して他人事とは言えず。
出撃前はあれほどテンションの高かったイムヤも、どこか気難しそうに目を細め、そう呟いた。
* * *
「良く帰ってきてくれた」
港に戻ると、何故か司令官がいた。
どうして? とも思ったが、すぐに出迎えてくれたのだと気づいた。
「司令官……第一艦隊、ただいま、戻りました」
そんな弥生の言葉に、司令官が頷き、珍しく笑った。
「おかえり、弥生、イムヤ…………よく帰ってきてくれた。見たところ傷らしい傷はなさそうだが、どこか負傷したところはあるか?」
魚雷の衝撃で多少ダメージがあったので、そう言うと、司令官は鷹揚に頷き。
「ならすぐに
そう言い残し、司令官が去っていくのを見て、首を傾げる。
「夜から、何かするの…………?」
「さあ…………何かしら?」
互いに顔を見合わせ、けれどその時になれば分かることかと、無傷だったイムヤは自室へ、そして多少とは言えダメージを受けた弥生は入渠へと向かった。
飛んで時間は夜八時。
部屋の中には、すでに自身、弥生、イムヤの三人が揃っていた。部屋の奥に置かれた提督の机の前に椅子を二つ並べて、弥生とイムヤを座らせ、自身はその反対側に座っている。
来い、としか言ってないからか、弥生もイムヤもこれから何をするのかと、怪訝な表情をしていた…………と思う、弥生は表情が変わらないので雰囲気からそうじゃないかと思った程度だが。
「さて、時間通り集まっているな、結構…………それでは、これより作戦会議を始めようか」
そう告げると、弥生、イムヤの二人が首を傾げる。
「作戦、会議…………ですか?」
「司令官、具体的に何を話し合うのかしら?」
そんなイムヤの問いに、一つ頷き答える。
「簡単に言えば、当面の鎮守府の方向性だ。まあとりあえず、一つずつ進めていこう。まずは今日の出撃についてだ」
そう言って机の中から取り出したのは一枚のレポート用紙。
「鎮守府近海を巡回中に、敵駆逐イ級と交戦、敵を撃沈するもこちらも魚雷を被弾、被害軽微…………となっているな。まあ実際、入渠時間も短かったようだし被害軽微と言うのは、正しかったとして、だ」
こつん、と人差し指で机を突く。それから報告書から視線を外し、弥生とイムヤを交互に見て尋ねる。
「正直に言ってくれ、このまま出撃して、次はもっと遠くに行けるか?」
「難しい、です」
「無理ね」
言葉を濁した弥生に対し、きっぱりと断言したイムヤ。二人の言葉にやはりか、と思う。
「砲撃戦での火力不足、か?」
報告書を読んでいて思ったのはそこだ。潜水艦であるイムヤは砲撃戦ができない。砲撃戦での囮役はこなせても、そもそも絶対に当たらない魚雷だけは深海棲艦も無理に潜水艦に当てようとはしない、つまり残った弥生に全て飛んでいくことになる。
今回は敵単体だったから良かったものの、二隻や三隻以上の編成の敵がやってきていれば、それらの敵が撃って来る魚雷が全て弥生に集中することになる。
「そうね、戦艦…………ないし、重巡洋艦が一人でもいたらそもそも被害を受けなかったと思うわ」
先ほど言ったことの対策としては、味方の水上艦の数を増やすと言うものがある。
今は魚雷を撃てる対象が弥生一択だからこそ、全ての魚雷が弥生に集中してしまうだけで、他にも対象があれば、多少の運任せにはなるが、一隻増えるだけで確率的には50%変わる。
とは言っても、これは受身な考え方だ。一戦だけならともかく、二戦、三戦としようと思うのなら、もっと根本的な部分を変えなければならない。
それが今、イムヤが言った戦艦、ないし、重巡洋艦である。
砲撃戦で距離が開いている状況で敵を撃ち落せるならそもそも雷撃戦に至ることすら無くなる。
つまりやられる前にやってしまえ、と言う考え方である。
とは言うものの。
「けど…………戦艦を運用する資源なんて…………無い、ですよね? 司令官」
弥生の言う通り、運用する資源も無ければ、そもそも建造するための資源も無い。
俗に戦艦レシピと呼ばれるそれは、燃料400、弾薬30、鋼材600、ボーキサイト30の配合レシピだ。
現在の鎮守府は任務を消化したことにより多少の資源が増えているとは言え、燃料450、弾薬500、鋼材500、ボーキサイト500ほどしかない。
戦艦レシピを一回回すだけの余裕すら無いのだ。それではそもそも建造の仕様がない。
「まあ、もう一つ、選択肢が無くも無いがな」
そう言うと、弥生も、イムヤも、それはどうか、と言った表情をした。やっぱり弥生は無表情だったが、雰囲気的にそう言っている気がする。
もう一つの選択肢、それは燃料350、弾薬30、鋼材400、ボーキサイト350での建造だ。
基本のオール30レシピとも戦艦レシピとも異なるそれれは………………
「…………空母…………ですか?」
………………空母レシピと呼ばれている。
文字通り、空母を建造できる…………かもしれないレシピだ。
何故かもしれない、かと言えば、建造と言うのは非常に運要素が強く、戦艦レシピを回した結果がオール30で作れる軽巡洋艦だったり、空母レシピを回した結果が同じくオール30で作れる駆逐艦だったり、といわゆるレシピごとに当たり外れがあり、ハズレを引いた場合、無駄に資源だけを大量に消費してしまうことになる。
「回せるのは一回だけだが…………回せないものを考えるよりは現実的と言うべきか?」
正規空母と言えば、赤城、加賀などを初めとして、超がつくほど強力な戦力であり、その力は戦艦と比べても決して劣ることは無いだろう。だが消費する資源も戦艦と比べて全く劣らず、特に空母は戦艦や他の艦とは違い、ボーキサイトを消費する。ボーキサイトは他と比べ貴重な資源であり、集積しにくい。
そのため、空母を多く抱える鎮守府では、ボーキサイトは常に枯渇しがちなことも稀に良くあることだと言う。
基本的に一日ごとに配給される資源は燃料、弾薬、鋼材は一律なのだが、ボーキサイトだけは他の三分の一程度しか配給されない。
ボーキサイトは現在500、そこから350でなんらかの空母を出したとして、聞いた話によると一戦あたりのボーキサイト消費量は凡そ10~30、対空の高い敵と戦うと50を超えるらしいが、こんな鎮守府近海ではそうそういないだろうし、考える必要は無いとして、一戦あたり30と仮定すれば、5戦。10と仮定しても15戦でボーキサイトが尽きる計算になる。
「私として、その5戦ないし15戦の間に、第二艦隊の増設許可を取れるなら十分にアリだとは思っている」
第二艦隊を増設できたならば、遠征による資源入手が期待できる。
そうすれば燃料や弾薬、鋼材にボーキサイト…………全ての資源が遠征によって確保できる上に、高速修復剤…………通称バケツや、高速建造剤…………通称バーナーなども任務以外で獲得できるようになる。
ただしそのためには、第一艦隊とは別に、第二艦隊分の艦も作る必要性はあるが、第一艦隊と違い、戦闘を目的としない遠征ならば駆逐艦や軽巡洋艦だけでも十分にこなすことができる。
そうして資源が溜まるまで遠征を続け、出撃任務などは最低限にして、資源を溜め、第一艦隊を揃える。理想としてはこれなのだが、実際問題としては…………。
「だが、あと五回戦闘しただけで第二艦隊の増設許可はもらえるのか?」
比較的容易だとは聞いている。だが、楽観で行動して、後で泣きを見るハメになるのは自身だけではない、自身の部下たる目の前の少女たちもだ。
そう考えると、迂闊な行動はできない、まあだからこそ、こうして話し合っているのだが。
「駆逐艦を増やす、と言うのは…………どうでしょう…………?」
考えていると、弥生がふとそんなことを言った。
その意見に、全員思案顔になる、例によって弥生は無表情だが。
駆逐艦を増やす、確かにそうすれば安上がりだし、数も揃う。回すレシピはオール30で済むし、軽巡洋艦や…………もしかすると重巡洋艦が出るかもしれない。
だが…………もしかすると。
「また潜水艦が出たら…………怖いな」
それに、駆逐艦や軽巡洋艦では、あまり砲撃戦向きとは言えない部分がある。
砲撃戦での火力の底上げ、と言う部分ではどうだろう、と言ったところだ。
バカにするわけではない、実際重巡洋艦を一撃で中破させる駆逐艦だっているにはいる。
だがそれはかなりの
それで強化されるのは雷撃戦だけだ、そう言うと、なるほど、と弥生が意見を取り下げる。
「あまりやりたくは無いが…………一つ、資源をどうにかする方法はある」
そう呟くと、弥生とイムヤがこちらを見てくる。
正直、全く気は進まない上に、一つの鎮守府の提督として、かなりどうかと思う方法ではあるが。
しかしリスクはなく、確実に資源が確保できる今の自身たちにとってはかなり良い案ではある、つまり。
「上官の…………隣の鎮守府から資源を少し融通してもらうって手がある」
上官の鎮守府は遠征による補給線の確保に特に力を入れており、鎮守府には大量の資源が貯蔵されている。
正直、1000や2000借りても、端数程度にしか思えないほどだ。
だが、これをするということはつまり、自分たちの力だけでは鎮守府の運営は無理でした、と言う自分たちの無能を自ら露呈するようなことになる。
これを思いついた時、自身もまた、今の弥生やイムヤのような苦い表情になっている。
無表情がデフォルトのような弥生がこちらにも理解できる程度に表情を変えてしまうほどのことなのだ、これは。
鎮守府同士にあって、階級の違いはあっても、提督と言う前提において上下は無い。つまり、提督として着任した時点で、上官ともある意味対等と言える。だが、これをやってしまえば、はっきりとした上下が生まれる。
それは、嫌だった。上下が生まれることが、では無い。いくら同じ提督同士で、対等とは言え、その前提となる提督になるために受けた恩の数々がある時点で自身と上官の間には上下がある。だとすれば、何が嫌なのか?
上官の元から独立したくせに、その庇護下にまた入ろうとする、また助けてもらおうとする、恩も返さずまた恩を受けようと言う、その恩知らずで恥知らずな選択肢が嫌だった。考えついた瞬間、吐き気がしたくらいに。
「だが…………私はそれでも、弥生とイムヤのためなら、やっても良い。前線で戦うのは艦娘の役目で、それを助けるのが提督たる自身の役目だ。そのためなら、恥の一つや二つ、喜んで偲ぼう」
けれど、出来ればしたくは無い。そんな自身に思いは、けれど彼女たちとも同じだったらしい。
「嫌、です」
「嫌ね」
両者共に即答した。
それが何故なのか、二人とも言いはしなかったし、自身も追及はしなかった。
理由はともあれ、全員が一致して否定的なのだ、強行する意味も無い、すればただ悪戯に彼女たちからの信頼を失うだけだ。
と、すれば、あとはもう選択は二つに一つだ。
「結局、どっちかだ…………オール30レシピで回すか、それとも空母レシピで回すか」
オール30レシピならば建造に安定性があるが、戦闘には安定性が無い。
空母レシピならば建造には安定性が無いが、戦闘になれば安定性は格段に高まる。
「私個人としては空母レシピに挑戦してみたい」
何より、駆逐艦ばかりではこれから先ずっと戦い抜くことは出来ない。
その時になって、建造したての空母や戦艦を入れ始めるのでは、遅い。
将来を見据えるならば、今から空母を入れる、と言う選択肢は決して間違いではない…………と思いたい。
「と言っても、私もまだ新人のペーペーだ。間違えることだってあるかもしれない、二人の意見が聞きたい」
そう言うと、二人が顔を見合わせ、それからこちらを向く。
まず最初に口を開いたのはイムヤだった。
「司令官がそこまで先を考えているのなら、いいんじゃないかしら」
最も、資源繰りは確実に厳しくなるでしょうけどね…………そう告げ、苦笑するイムヤに、そうだな、と頷く。
確かに資源繰りは厳しくなるだろうが、それに見合った戦果もあるはずだ。
何よりも空母は先制爆撃ができる。敵が砲撃してくるよりさらに遠くから攻撃できるのだ。それはつまり、弥生だけではなくイムヤの安全性も増すという事だ。
さらに言えば、空母と言うのは索敵能力が高い。早期の敵の発見と、その数や艦種などの情報は、非常に重要なものになるだろう。戦艦のように場当たり的に敵と当たっても力尽くで粉砕できるだけの火力は無い以上、空母の索敵はひょっとすれば艦隊の生命線にもなるかもしれない。
そんなところまで考えていると、弥生がようやく口を開いた。
「賛成、です…………空母の索敵は…………今の私たちには、必要、でしょうから」
奇しくも弥生と考えていることが一致していることに奇妙なおかしさを覚え、苦笑する。
とは言え、全員一致で一つ決まった。
「では、明日、空母レシピを回そう」
これで駆逐艦が出たら全部意味の無いことなのだが、今の自身たちの頭にはそんな可能性は一欠けらも考慮されていなかった。
【戦果】
旗艦 弥生 Lv2 MVP 空母、建造って……駆逐艦……できたら、どうするん……ですか……?
二番艦 伊168 Lv1 空母かあ…………誰が来るのかしら
三番艦 None
四番艦 None
五番艦 None
六番艦 None
読者の感想が俺のエサ。
と言うわけで連日更新です。
なんか書き始めると止まらない。
一昔前の情熱を思い出せる執筆です。
燃料と弾薬が15000超えました。東京急行素晴らしい。
と言うわけで、そろそろ2-5掘ろうかと思います。浜風さん、もう出なくていいよ? 狙うは浦風と鈴谷です。